象の海からの脱出
野菜マニアの田吾作も仲間に会えずにジャングルを徘徊していた。
彼の力の源である野菜はこの密林には無いと思われたが……。
「ほほぉ~!! こんりゃ巨人カボチャの原種でねっか~!! 畑で採れるような野菜はほとんどねぇだが、このジャングルを起源にして発展していったワイルド野菜はたくさんあるだ。そんだから野菜補給には困らねぇだよ!!」
カボチャをリュックにつめこんでいると背後から敵意を感じた。
振り向くとそこには大きな燃えるたてがみを持つ獅子が居た。
「グルルルルルル……」
中肉中背だった少年は素早く野菜を食べた。
メリッ……メリメリメリ!!
するとみるみるうちに体に筋肉がついてマッチョマンになっていく。
「象はおっかねぇだが、このくれぇのサイズならんば!!」
田吾作は砲丸投げのようにさっき手にしていたカボチャを投げつけた。
すると野菜は小爆発を起こした。回避した獣に追撃をかける。
「うらぁっ!!」
彼の全力のラリアットが獅子の顎に直撃すると、ふっとんで樹に叩きつけられてピクリとも動かなくなった。
「これぐれぇで勘弁してや……ん!! こら象が来たで!! ホントは逃げ出してぇところだが、これだけ野菜がそろってる好条件はなかなかねぇ!! 逃げてばっかいねぇで試しに勝負してやるだよ!!」
田吾作は強気だったが、それはマッスル状態だからである。
野菜の供給が絶たれて、筋肉が保てなくなるとどんどん弱気になっていくのだ。
逆に言えばベストコンディションを保てればかなりの苦境でも乗り切ることができるのだが。
今の彼は完全にイケイケムードだった。
樹をなぎ倒しながらジャヤヤ象がやってくる。
そのまま踏み潰そうと足をあげて振り下ろしてきた。
「ぐぬぅ!!」
田吾作の筋肉がメリメリと音を立てた。
このプレスに真正面から耐えきれるクラスメイトはなかなか居ない。
「ぐ、ぐ、ぐ……マキシム・ガーリックだぁ!!」
筋肉が弾ける。野菜少年はニンニクを口に放り込んでからまた両手で足の裏を押し返した。
「ここまではなんとかなるだ!! こっからダメージを与えるのが難しいだ!! ひっくり返そうにも足が4本もあるだからな。いつもここで粘って逃げるの繰り返しだ!! だが、今回は違うだや!! 喰らえ!! ブロッコ・キャノン!!」
片手で脚の裏に抵抗しつつ、空いた方の片手でオレンジのブロッコリーを発射した。
ズギュウーーーーーンン!!!!!!
野菜は空中で弾けて象の頭上から熱を帯びて降り注いだ。
「これはなかなか珍しい野菜だかんな!! 威力もなかなかのもんだで!!」
ドロドロとした状態になった野菜は赤い巨象の顔面に直撃した。
「パオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーム!!!!」
敵は前足を上げるとそのまま向きを変えて逃げ出していった。
田吾作が初めてジャヤヤ象を退けた一戦だった。
「うおおおお!!!!! やったどぉーーーーー!!!!!!」
彼の雄叫びはジャングルにこだました。
だんだん彼の筋肉はしぼんできたが、野菜には不足しない。
むしろライネンテより有利な環境と言えるのではないかというくらいだ。
また彼は源流の野菜を食べてパワーアップした。
「条件が揃っていないと撃退は出来ないだが、無傷で逃げ切ることは可能だべ。ならば早いところ仲間を見つけて合流することを目指すのが懸命だやな。おらが盾になればトドメをさせる人もおるだろうしの」
パルーナ・ジャングルはかなり広大だったが、田吾作のように肉体を全開強化する事が出来ていれば探索できないわけではなかった。
そのため、肉体強化に自信のある生徒たちは仲間を探して広域の探索に乗り出しつつあった。
もっとも、広いことに変わりはないのでそう簡単に仲間に会えるかと言えばそんなことはなかったのだが。
出会うにはなにかしらのサインを出すか、アンジェナやキーモのような魔術を駆使するしか無い。
一方、ジャングルの端の辺りをジュリスはウロウロしていた。
「おーい!! 誰かいねぇかー!! おーい!!」
返事は全く帰ってこない。
「あったりまえだろ。こんな広いジャングルでそう簡単に合流できるかよ。全く、ナッガン先生も人が悪い……。ジトジトしてるし、足元はぬかるむしよ~」
彼が独り言をぶつくさ言いながら目線を下に落とすと水たまりに波紋が出来ているのが見えた。
ジュリスは無言のまま立ち止まって瞳を閉じた。
ドスンドスンドスン!!!!!!
重量感のある足音が接近してくる。
「ほれ!! 後ろ一匹もらい!!」
青年は直立不動のまま背後めがけてレーザーを放った。
光線はジャヤヤ象の頭部を一発で撃ち抜き絶命させた。
死んだ象に歩み寄って傷口を確認しに行く。
「コイツらホントに皮膚が硬いからな。ただ頭の脳のあたりがピンポイントで脆い。だが、初見じゃここを突くのは難しい。ま、俺かイクセントくらいしかソロで勝てないだろうって言ったのは現時点の話であって、弱点さえ掴めば他の連中でもなんとかなる気はするんだが。慣れるまでがキツいだろうなぁ……」
そう独り言をつぶやくと同時にジュリスは高くジャンプした。
地面からギザギザ歯をした怪魚が飛び出してきたのである。
象と同じくらいのサイズはあるだろうか。口が非常に大きく、丸呑みにされるレベルだ。
「それに、密林に潜むのは象だけじゃねぇ。こんくらいの奴を返り討ちに出来ねぇようじゃ当分遠足は続くわな」
レーザーの使い手は滞空しつつ体を捻って数本の光線を放った。
その軌道はランダムに思えたが、一つ一つが正確に他の物体に反射して飛び出してきた怪魚を貫いた。
鮮やかに着地したジュリスは魚の亡骸に近づいた。
緑の体に赤い筋が無数に走っている気持ちの悪い模様の魚だ。
「うわぁ。すっげぇ色だな。一見して毒がありそうだが、コイツは無毒だったはず。昔、講義でも聞いたし、ダッハラヤのバザールでも売ってたからな。焼いて食いたいところだが、火を起こすのはまずい。レーザーでちびちび加熱しながら食うか。それでも森の連中は寄ってくるだろうが、露骨に火種を起こすよりゃマシだ」
それなりに博識な上級生は器用にビームで魚をさばき始めた。
「チッ!! 図体のクセして骨ばっかな魚だな!! 食える肉これだけかよ!! っかー!! バナナは食い飽きたってところにコレだぜ。かといってこちらからケモノを狩るのはリスクが高すぎるからな。食糧は結局バナナだけってわけだ。研究生の俺でさえこうなんだから、仲間と出会えてないクラスメイトは最悪だと思うぜ。マジで」
こぶし大ほどの怪魚の肉を口に放り込むと彼は移動を始めた。
ゆっくり休みたくなるのも無理のないことだが、ここでは長時間とどまればとどまるほど野生生物に気配を悟られやすくなってしまう。
どんなに疲れていても可能な限り動き回るのが戦闘を避ける近道なのだ。
単独行動の場合は余計にその傾向は強まる。一人では休むヒマもないのである。
「あ~、帰りてぇ~」
思わず考えていることを口に出さずには居られなかった。
「教授は何も言わなかったから俺は黙ってたけど、ジャヤヤ象はパーティーを組めば組むほどそのメンバーを標的にするって習性がある。つまり、仲間と出会えたからといって楽観してるとあっけなく全滅ってこともありうる。というか、何度も全滅させるつもりでナッガン先生はジャヤヤ象なんかにクラスメイトを当ててるんだから酷ぇ話だよ」
理不尽に感じた青年はワシャワシャと赤く長い髪を掻いた。
「恩人とは言え、信じられないエグさだぜ。まぁ、ここで大怪我するか、道半ばで死ぬかって二択を強いられるなら前者なんだけどな。そういう意味だとナッガン教授は決して間違ってはねぇんだが……。う~ん……なんだかな。甘いと言われても俺はあそこまで鬼教官にはなれんわな」
もし自分が教職になったらナッガンよりは優しく指導しようと誓うジュリスだった。
ちょうどその頃、フォリオ、グスモ、ファーリスのパーティーは馴染んできていて数体の象を撃破していた。
グスモが近接格闘と仕掛け罠をうまい具合に使いこなし、ファーリスは中~遠距離での援護、フォリオは補給と索敵と役割が当てはまっていた。
「っし!! 6体目でやんす!!」
「お、おお~~~」
「フゥ……。やれば出来るものだな……」
3人は道を塞ぐ獣も蹴散らしていったので食糧に困ることはなかった。
「こ、これで後は他の仲間と合流するだけだね!!」
低空飛行するフォリオがそう確認すると他の2人も自信ありげに頷いた。その直後だった。
ぞわっ……
なんとも言えない悪寒のようなものを3人は感じたのである。
「な、なぁ……今たしかに……。わ、私だけじゃないよな?」
「そうでやんすね……。あっしも……」
「こ、これ、ぼ、僕だけじゃなかったんだ……」
すぐに互いに背を合わせて死角のないフォーメーションをとる。
どこから何が来るのかわかったものではない。パーティーに緊張が走った。
ジャングルの樹々の合間にゆらゆらと蒼い炎がついたり消えたりしている。
それが点滅するたびに3人は不安に心ゆすられた。
「まさか……あれが邪神サーディ・スーパか? 他のモンスターとは全く違うオーラをしている……」
少年少女はじっとり全身に汗をかいてそれを拭った。次の瞬間だった。
「オーッフォッフォ!!!!! ケタケタケタケタ!!!!!!!」
至近距離に近づいてきてベロベロバーをしたのである。
その姿は人間の呪術師の胸像に手がついているように見えた。
顔面のあちこちにアクセサリーやピアスを身に着けている。
チームが呆気にとられていると四方八方からジャヤヤ象の足音が迫ってきた。
これは今までにない数だ。とても3人ではさばけない。
クラスメイト総当たりでも乗り切れるかわからないレベルだ。
「やはりこいつがサーディ・スーパなんでやんすね!! 象を呼び寄せているでやんす!!」
すると咄嗟の判断でフォリオが叫んだ。
「グスモくん!! ファーリスさん!! 掴まって!!」
彼は2人にホウキにぶら下がるように促した。
ファーリスはフォリオの背中の後ろに両足をかけて乗り、グスモはホウキのグリップの先端を掴んだ。
するとホウキ少年と同乗者は一気に急上昇した。
かなりの高度まで上がり、安全圏までたどり着くと3人は足元の密林を見下ろした。
「こりゃひでぇ。フォリオさんが居なけりゃペシャンコでさぁ」
「あいつら暴れるに暴れまくっているな。無茶苦茶だ……」
仲間を持ち上げて支えている少年を気遣ってファーリスは聞いた。
「フォリオ……その、重くはないか?」
少年は首を横に振って答えた。
「う、ううん。だ、大丈夫だよ。に、人間ならあまり重くないし……。ぶ、部活ではもっと重いもの運んだりしてるから」
逞しい発言に場が和んだ時だった。
「ウヒョヒョ!!! ベロベロ~~~バァ~~~~!!!!!!!」
フォリオ達の頭上に、突如としてサーディ・スーパが出現したのである。
「!!」
「!!」
「!!」
驚くべきはそれからで、何と空からジャヤヤ象が降り注いできたのだ。
とてもではないが、3人が避けきれるスペースはない。
グスモが迅速な判断を下して叫んだ。
「あっしも、ファーリスさんも空中では大したことはできやせん!! ここはフォリオさんだけでも逃げてくだせぇ!!」
仲間を見捨てるなんて出来るわけもなく、ホウキ乗りは戸惑った。
「そ、そそそそそんなぁ!!!! ふふふふふ、2人を投げ出すなんてできないよぉ!!」
ファーリスもグスモと同じ意見だった。
「私も空中では役立たずだ!! フォリオ、行け!! この勢いを無駄にするな!!」
そう言うと少女はホウキから飛び降りて象の海の中に消えていった。
いつの間にかグスモも手を離して居なくなっていた。
「ぐぐぐぐグスモくーーーーーーーーん!!!!! ふふふふふファーリスさぁぁぁんんん!!!!!!」
フォリオは象の海をかわしきって涙と共にジャングルの空に舞った。




