年上とか年下じゃなくて
「ふ、ふぁ、ふぁあ~あ……」
ジャングルに朝が来た。動物も人も活動を開始し始める頃だ。
後頭部に腕を組んでホウキの上で寝ていた少年は伸びをして体を起こした。
フォリオも無事に夜を乗り切った一人だった。
決して空に敵が居ないわけではなかったが、今の所は巻くことが出来るレベルの連中しか居ない。
そして彼は彼自身の素質とフライトクラブでの苛烈なしごきによってホウキの上でも熟睡することが出来るようになってしまっていた。
「う、う~ん……寝心地がそこそこいいのもなんだかなぁ……。ぶ、部活で鍛えてたらこんなことに……。ど、ドレーク級のドラゴンとかめちゃくちゃ速いヤツとかじゃなければなんとかなりそう……そ、それより……」
フォリオは相棒のホウキ、コルトルネーにぶら下がったトランクを引き寄せて、バランスを崩さす器用に開けた。
飛んでいると中身が混ざってしまうので、バンドでくくりつけてある荷物を整頓した。
「も、もしもの時にと思って、し、照明弾を用意してきたんだけど……。こ、これを使えばこの周辺の皆は集まってくると思う。けけ、けど……集まってくるのは仲間だけじゃない。も、モンスターもたくさん呼んじゃうはずだよ。ぼ、ボクは逃げ切れるけど、みんなを乱戦の中に放り込む事になっちゃう……。ど、どうしよう、コルトルネー……」
イマイチ自信に欠ける少年はホウキに訊いてみた。
「そ、そういう大事なことは自分で考えろって? き、きっついなぁコルトルネーは……。で、でもこのままじゃ良くも悪くも事態は動かないよね。も、もちろんやるからにはボクも逃げないよ。ここここわいけど……」
少年は首にかけていたゴーグルを目に装着してマジックアイテムを取り出した。
「べ、ベイクド・カラージュ!! に、肉をフライパンで焼くような音を立てて垂直方向に、色鮮やかに伸びるタイプの照明弾……。に、匂いはしないんだよなぁコレ。ぶ、部活や演習でよく使うから使い方はOK。よよよよ~~~し、い、いくぞ~!!」
フォリオはベイクドカラージュに印を切って効果を発動させた。
「ジュウウウウウゥゥゥゥゥゥッッッ!!!!!」
確かに肉を一気に熱したフライパンに投げ込んだときのような音がした。
この信号弾の性能は決して低いものではなかったが、ジャングルがあまりにも広大だったために密林全体の1/5もカバーしきれなかった。
反応はすぐにわかった。森が急激にざわめきだして、樹がバタバタと倒れ始めた。
「う、うわぁ……ジャヤヤ象が活性化しちゃったよ!! どどどどどうしよう!!」
ホウキ乗りの少年はあたふたとしたが、すぐに意を決した。
「き、きめたんだ!! ぼ、僕は逃げない!!」
周りを囲む空のモンスターを無視してフォリオは地表近くまでダイブしていった。
樹々の間を鮮やかにすりぬけながら照明弾の光が届いたと思われる一帯を高速で飛び回る。
「こ、これがジャヤヤ象かぁ!! え、ええい!!」
彼は至近距離でモンスターと対峙したが、うまい具合に股の下をくぐり抜けてやり過ごした。
「ん!? 何か光った!!」
少し先で誰かが交戦しているのが見えた。
「くっ……やはり照明弾の下はモンスターも集まるか……。明け方の深夜から連戦が続いているのは痛い……。その上、またこのバケモノ象か……。なにをしたらこんなヤツに……勝てるっていうんだ……」
そこには立膝をついて今にも赤色の象に踏まれそうになっているファーリスがいた。
「フ、ファーリス!! 受け取って!!」
フォリオはすれ違いざまに手のひらに収まる程度の回復potを投げて援護した。
「こ……これは……!! んぐっ!!」
水薬をキャッチした彼女は戸惑うこと無くそれを一気飲みした。
ズシン!!
思いっきりの踏みつけ攻撃にホウキ少年はファーリスが間に合わなかったかと思った。
とんぼ返りして彼女の安否を確認すると彼女はなんとか攻撃を回避していた。
だが、まだ危機的状況が解決したわけではない。
「フォリオか!!」
なんとか立ち上がった彼女はピアスを付け替えて攻撃パターンを変えようとしたが、間に合わない。
体当たりで気を引きつけようかとフォリオが悩んでいる時だった。
刺さるような飛び蹴りがジャヤヤ象のこめかみにヒットした。
「あ、あれは……」
「彼は……!!」
少女をかばうように格闘の構えをとっていたのはグスモだった。
「大丈夫でやんすか? ここはあっしが」
頭に激しい衝撃を受けてスタンした象にグスモは駆け寄った。
そして指をピンと伸ばすと突き刺すように相手の腹を貫いた。
そして腕をねじって抉り、横に振り抜いて内臓を破壊した。
ズビシュゥゥゥ!!!!
鮮血の返り血が彼を真っ赤に染めた。
象はしばらく暴れていたが、すぐに力なく息絶えた。
「……ごちそうさまでした」
思わず腰を抜かしたファーリスに彼は歩み寄った。
「ほら、ぼーっとしてねぇで立つでやんす。はやくここを離れないと血のニオイでケモノが集まってくるでやんすよ。ここは我々3人が合流できただけ上出来と思いやしょう」
グスモも男子の割にはとても小さく、ファーリスからみても男子としてはあまり意識していなかった。
だが、この戦いぶりに感動して頼りがいのある男子に昇格した感はあった。
「ん? あっしの顔になにか? あ、いや、返り血か……」
「あ、ありがとう。助かったよグスモ。しかし、キミは以前とは別人のように格闘術が強くなった気がするのだが……」
彼はフッっと笑いを漏らした。
「そりゃあもうちっと落ち着いたら話しやしょう。それと、フォリオさん。上昇しすぎて豆粒くらいにしか見えないでやんすが、聞こえてるんでっしゃろ? 地上に降りてリスクを冒さなくていいので、あっしらを上空からサポートしてくだせぇ。アイテムを投げるだけじゃなくて索敵とかも出来るはずでさぁ!!」
その呼びかけをフォリオもしっかり聞いていた。
空から降ってくるように声がする。
「グスモくんと!! わわわ、わかったよ~。ぼ、僕は出来る限り上空からグスモくんとファーリスさんを援護するから。ふ、2人とも頑張って!! い、今がこらえ時だよ!!」
グスモは葉っぱをむしり、血を拭った。ついでにその葉の汁で返り血を洗い流した。
「まぁ完全にニオイはぬけないでやんすが、やらないよりゃマシでさぁ。あぁ、それとフォリオさん。誤解しちゃいけませんぜ。もうすでにあっし、ファーリスさん、フォリオさんの3人でパーティーが出来上がってるんで。自分だけが傍観者でいようってのはフェアじゃないでやんすねぇ」
空に向けて冗談めいて声をかけるとすぐに返事が帰ってきた。
「ごごごごめんなさい!! そ、そうだよね!! ぼぼ、僕だけ逃げるってのは……ありえないよね!!」
その声は笑っているように聞こえた。
2人の小さな少年とチームを組んだファーリスは驚いていた。
(体のなりは小さいがこの2人とも、相当出来る!! フォリオ君はかなり遠くから絶妙のコントロールで水薬を投げて渡してくれたし、グスモ君の格闘力はずば抜けている。しかも彼の場合は罠も使いこなせる。2人とも私より年下のはずなのに……。それに比べて私と来たら……死ぬ気で特訓したつもりなのに!!)
少女は焦りからかダークブルーのミドルヘアーをわしゃわしゃと揉んだ。
それを脇目で見ていたグスモは声をかけた。
「ファーリスさん。なんだかイライラしてるみたいでやんすね」
驚いたような顔をしながらグスモを指さしつつ、彼女はそれに答えた。
「ああ……。君たちがいなければ私は今頃……。そんな自分が不甲斐なくてね……」
今まで連続で危険に晒されていたからか、彼女はやや荒んでいた。
グスモは彼女を思いやって柔らかな表情で語りかけた。
「焦ることはねぇでやんすよ。フォリオさんは部活のしごきが、あっしは……冗談なしに死にかけた……いや、一度死んだ身でやんすから……。それにファーリスさんだってまだ本来のチカラを発揮できてねぇじゃないでやんすか。それに、人によって長所は違うでやんすよ。あっしはフォリオさんのように空は飛べねぇし、フォリオさんもあっしのようには戦えねぇ。もちろん、ファーリスさんにしか出来ないこともあるでさぁ。それに一人じゃわからなくても仲間となら……」
それを聞いて年上女子はキョトンとした。そしてすぐに笑いだした。
「ははは!! こりゃ一本取られたよ。年下のキミにそう励まされるとはね。いや、わかっていたんだ。年上、年下というくくりがそもそも間違っているんだって。それでも頑固な私はそれを認めることが出来なかったんだ。でも、ピンチを前にして思い知ったよ。同じクラスである以上、皆が平等で互角であるということをね。キミに教えられたよ」
彼女は微笑みを浮かべながら手ぐしでぐしゃぐしゃだった髪の毛を整えた。
その様子をフォリオも見聞きしていた。どうやら目も耳もパワーアップしているらしい。
「ほ、ほえ~。な、仲間っていいもんだな~。ち、チームのみんなはげ、元気かなぁ~。そ、それにしても、い、いつも怖い顔してるから厳しい人かと思ってたんだけど、ふ、ファーリスさんってあんな女の子らしい顔するんだなぁ……」
グスモも彼女を褒めた。
「あっしが思うにファーリスさんは自然体が一番だと思うでやんす。下手に気負わず、ありのままでいいと思うでやんすよ。まさに今みたいな感じのほうが実力を出せるはず。頼りにしてるでやんすよ!!」
地上の少年は拳を突き出した。
それに応じるように朗らかに自分を取り戻した少女は拳をつきかえした。
次の瞬間、上空にいたはずのフォリオがすぐそばに降りてきていた。
「ふふ、ふたりだけでずるいなぁ。ぼ、ぼ、僕も仲間に入れてよ。だ……ダメかな?」
「フッ……ダメと言われたらどうする気でやんすか?」
「ははは……意地悪だなぁ。ダメなわけないでしょ」
改めて3人は円陣を組んでジャングルに切り込む決意を固めた。




