美しい夕焼け、戦慄の密林
夕方から始まったジャングルに夜が来た。
ポーゼとミラニャンはなんとも言えない沈黙の時間を共有していた。
(ど~しよ。ポーゼくんって無口なんだよね……。話題を切り出しにくいし、なんかやりにくいなぁ……)
いい感じにぽっちゃりな少女は頭を抱えた。
一方の小さな少年はマイペースである。
(ふむ……。これからどうしたものかな……)
2人は樹の上に逃げてからずっとこんな感じだ。
やがて暗闇が深まってくるとポーゼの頭上に謎の光源が出現した。
思わず少女は声に出した。
「うわぁ……。なにこれ? マジックアイテム?」
彼の顔を光が照らして表情がハッキリ見えた。
「いや……。強い光を扱ううちに自然と身についたんだ。明度の調整が可能で、マナも消費しない。いざという時に便利な魔術さ」
思ったよりまともな返事が帰ってきたのでミラニャンは驚いた。
「ポーゼくん、話せるじゃん!!」
灯台少年はポリポリと頭を掻いた。
「いや、逆に誰が話せないって言ったんだい。僕だって人並みに会話はするよ……」
気まずくなってミラニャンはまた黙り込んでしまった。
「ハァ……。でも確かに雑談がニガテなのは事実だよ。じゃあ今後の計画でも練ろうか。それなら僕も話せると思う」
そう言うと彼女の表情はパァァっと明るくなった。
「うん。わかった!! で、ポーゼくんはどう思ってるの? 私はジャヤヤ象に追いかけられてみてわかったけど、とても一人じゃ勝てそうにないよ。フライパンとかで殴ってみたりもしたんだけど、私はあんまり力が強くないから……」
ミラニャンの意外な抵抗に少年は面食らった。
(あれに近距離武器で挑むとは意外と度胸あるなぁ……)
そんな事を考えていると彼女は提案してきた。
「ねぇ、やっぱり私達2人じゃ無理だよ!! みんなと合流して戦力を確保しよう!!」
ポーゼは腕組みして考えた。そしてすぐに答えを出した。
「いや、今、ここを迂闊に動くのは危険すぎるよ。ジャングルは広大だ。闇雲に歩き回ってもみんなに会える確率は低い。それに僕だけじゃ君を守りきれない」
少年は俯いたがすぐに顔を上げた。
「かといって手がないかと言えばそんなことはないよ。さっき見てたと思うけどフルチャージの光線を照射して急所に当てれば、僕一人でもジャヤヤ象を倒せる。ただ、消耗が非常に激しい。そこをミラニャンがスイーツを作って癒やしてくれれば2人でも象を減らすことが出来ると思う。下手にさまようより味方の援護につながると思うんだ」
ミラニャンはなるほどといった感じで首を縦に振った。
「もちろんずっとこのままってわけじゃない。ちょっとずつ拠点を動かしながら可能ならば合流していく感じでいいんじゃないかな。まぁ気づかれなければの話だけど」
その提案をしておきつつポーゼは若い男女が二人っきりとはいかがなものかと内心では思っていたが、あまり相手に抵抗はないようである。
それもそのはず、灯台少年の身長は小さくてまだ声変わりもしていない。
男として見られているかと言えばそんなことはなく、可愛らしい男の子とミラニャンの中では認識されていた。
それは彼女だけではない。クラスの女子の全員がポーゼの事を男として意識していなかった。
もっともポーゼ自身は一人前の男として振る舞っているつもりだったので、本人と女子の認識のギャップは大きかったのだが。
とりあえず驚異は去ったかと思われて2人は樹上で足を投げ出してリラックスした。
しかし、遠くから大きな足音が聞こえる。
ズズガン!! ドカドカ!! ズズン!!!
もう日が暮れたというのにジャヤヤ象が暴れまわっているではないか。
少年と少女は地上を覗き込みながらじっとり滴る汗を拭った。
「きっと邪神サーディ・スーパの影響で象が凶暴化してるんだ。こりゃあ気の休まる時間がないね……」
2人は揃って大きなため息をついた。ミラニャンが声をかけた。
「交代で眠ろっか……」
そして長い長い夜は始まった。
うかつに光源を焚けば発見される。かといって光なしでは月明かりしか頼るものがない。
多くの生徒達が恐怖と不安に包まれる中、明らかに異質なスタンスで臨む少女が居た。
彼女は地中から間接的に地上の様子を窺っていた。
「うウ~ん……きョうハ3ひキ……。まダはイるカな……」
ドドガドガドガ!!! ズズンズズズン!!!!!
「う~ン……どンだケわイてルんダろ……。かナりヨんデるヨねコれハ……」
ジャヤヤ象がある地点に到達した瞬間だった。
ばぐんっ!!
地面から真っ白に赤い紋様のついた気味の悪い悪魔が飛び出し、象を難なく丸呑みにした。
すぐに悪魔は地面へと戻り、カモフラージュしていく。
「4ひキめ……。じュりスせンぱイは、イくセんトくンしカそロじャやレなイっテいッてタけド、そンなコとハなイとオもウな……。だッてアたシでモどウにカなルし……」
スララは寄生悪魔「エ・G」で穴をほってその底で象を待ち伏せしていた。
周りから見ればただの地面なので、面白いようにターゲットを飲み込むことができた。
「ふフふ……きタいノほープっテよリはダーくホーすッてホうガしョうニあッてルわネ……あッ。まタきタ。あーアーあ~~~」
高い声をあげておびき寄せると一直線に象はこちらにくる。
がぁふっ!!
またもやエ・Gはモンスターを胃の中におさめた。
「ぱワー、たフねスはこウすいジゅン……でモ、おツむノほウはザんネんミたイね。くフうシだイでやレるワ。みンな……がンばッって……。あタしハしバらクそロでケずるから……」
スララもポーゼ達と同じように当面はジャヤヤ象の数を減らす役に徹しようと決めていた。
特に悪魔憑きのほうは本来、チームを組むより周りを無視して巻き込むようなバトルスタイルを得意としていたので、なおさらのことであった。
夜は深まっていくが、彼女の場合は悪魔の感覚によって活動しているので人間の五感とはまた異なった感じで活動している。
一切、光がなくてもなんとかなったりするのである。
悪魔憑きの少女は他のクラスメイトとは違い、ゆったりと地中の空洞で体を伸ばして眠った。
一方、ソロでもジャヤヤ象と戦えると評価されていたイクセントだったが、実際はもっとうまくやっていた。
夕方、ジャングルに降り立った直後に魔術を組み始めたのである。
「バカ言え。あんなデカイ象とまともにやりあうヤツが居るか!!」
彼は授業をサボッて読んでいた上級魔術書の中身を思い返しながらアレンジした。
「出来た!! アンチ・スメール・メールの術式!! 自分の体臭を周囲の環境に上書きする効果だった……はず。まぁソエル樹海だと役立たないかも知れないが、ここなら野生生物に目視されない限りは一方的な先制攻撃が可能!! これに加えてエアリアル・ウォークで着地音を軽減、足跡を隠滅すればステルス性能はぐーんと上がる!!」
ズズン!!! ズズズズズン!!!!!!
「早速来たか!!」
イクセントは素早く樹の裏に隠れた。
ジャヤヤ象はこちらに目もくれず、背後をかけぬけていった。
「…………もしかしてここまでやる必要なかったかもな……」
だが、彼はすぐに敵意を感じて辺りを見回した。
右斜め前方にダチョウのような鳥がよだれを垂らしてこちらをみつめている。
(見つかった!? いや、ステルス魔術のおかげでまだ場所は特定されていない!! 次はいつ回復できるかわからない!! ここはできるだけ戦闘回避せねば!!)
イクセントはそろり、そろりと樹を背中に当てたまま、鳥に見えない反対側の位置まで移動した。
そこで息を潜めているとヌッっと彼を追ってきた鳥頭が樹の脇から飛び出した。
これには驚いて思わず声を上げそうになったが、イクセントは両手で口を塞いだ。
「キュル……クキュルルル…………」
気配を見失ったモンスターは首を引っ込めてジャングルの奥へ消えていった。
「チッ!! 最初からこれとは先が思いやられる!! 敵は象だけじゃないってことだな。臭いは魔術でなんとかなるが、視力が恐ろしく優れている奴や、聴力が高いやつには気づかれる恐れがある。ナッガンのヤツ、厄介な場所に放り込みやがって。わかってやってるんだろう。いけすかない教授だ」
少年剣士は思わず背後の樹に拳を叩きつけそうになったが、何者かに見つかりかねないと思いとどまった。
「さて、どうしたものか。僕は探索系魔法があまり得意じゃない。どうやって連中と合流するかだが……。強いマナの衝突があればわからなくもないが、なにしろこの密林は広すぎる。そう都合よく近場で戦闘が発生するとは思えん。……余力を温存するために下手に動くのは得策ではないな。籠城と行くか」
そうつぶやくと彼は高い樹木の上までジャンプし、そこに腰を落ち着けた。
「何の種類かはわからんが、時々生えているこの樹木はジャヤヤ象の攻撃が届かない。この樹を転々として連中と合流するか。今日はもう日が暮れる。さっき採ったバナナでも食べながら夜を明かすか」
蒸れていたので制服をはだけ、ブーツを脱いで裸足を投げ出す。
「ふふふ……。こんな姿を見られたら姉さんにはしたないって言われるかしら。それにしてもパルーナ・ジャングルなんて懐かしい。昔も今もお風呂に入れないのは最悪だけど、とにかくバナナは美味しいのよね。あとはこの紫色に染まる独特な夕焼け……。今頃、サユキもパルフィーは呑気に生活してるんでしょうね……」
イクセントを演じるレイシェルハウトは剣を肩にかけたまま浅い眠りについた。
ポーゼ、ミラニャン、スララ、イクセント……その他数名は夜を明かすことが出来た。
だが、他の半数近くのクラスメイトは最初の夜を無事に越すことは出来ず、痛い目をみることになった。
ジャングル、そしてジャヤヤ象の恐ろしさを味わう夜となってしまった。
ダメージを負った生徒は回復が完了次第、アドバイス後に密林にランダムテレポートされる。
それが余計に互いの合流を困難にする原因ともなっていた。
遠足運営本部のある高台からナッガンは森を見下ろしていた。
「ふ……。痛いか? 怖いか? だがそれがお前らの力となる……」
彼は一睡もせずにその高台の岩場から教え子たちを見守っていた。




