Dive into the jungle
一行はダッハラヤ郊外の空港に降り立った。
まず目につくのは立派で荘厳な宮殿だった。
壁は白銀でキラキラと輝き、屋根にはタマネギのような特徴的な部屋がついている。
あまりの豪華さにクラスメイト達は驚いた。
ナッガンは解説を挟んだ。
「あれが象牙乱獲時代に出来た王宮だ。そう言われると納得がいくだろう? もっとも、亡霊の出現を恐れて近年は象牙を取るのは禁止しているが。それでも潤っているのには理由がある。ジャングルは希少生物や植物の宝庫だからな。それをハントする権利を狩人に売りさばいているのだ。また、依頼して狩ったものを売りさばいたりもしている。欲に目がくらんで何も学んでいないのだ」
教授に連れられて王宮へと入る。
とてつもない建造物、部屋の広さで圧巻としか言いようがない。
そして一階の中央には大きな王座と黒いヒゲに黒い肌のダッハラヤ王が美女を両手に侍らせてすわっていた。
チャットピクシーを誰かが呼び出すと何を喋っているかわからなかった言葉が翻訳される。
妖精は女の子の声で語り始めた。ご丁寧に訛りまで再現されている。
「オヤー、リジャントブイルのセンセ、セイト達よくきたねー。マタ、邪神サーディ・スーパの現れるシーズンになってまったネー。ナッガン先生には以前もオセワになったから信頼シテルネー。多額のホウシューは用意してるから、今回もヨロシクネー。ア、賞金デテるから戦いでの保証はイッサイしないから。ソコントコよろしく~」
戦いの保証は一切しない。とりあえず全てカネで解決する姿勢が伝わってきた。
この傲慢な態度にますます生徒たちはやる気を削がれた。
宮殿を少し見学させてもらった後、一同は外へ出た。
いかにも乗り気でなさそうな生徒たちに教授は振り返って念を押した。
「なんだ。お前ら気が進まないのか? 誤解するんじゃない。今回、お前らが守るのはダッハラヤ宮殿でふんぞり返っている連中ではない。ジャヤヤ象に怯える住民たちだ。事前報酬を受け取っているので奴らも守る契約ではあるのだが、俺はあまり気が進まんな」
ナッガンは目をつむって首をコキコキと鳴らした。
「ちなみに報酬の現金は魔術修復炉……リアクターの設置に全額つぎ込んだ。こんな劣悪な環境の中で接地するのには相当苦労したが、リアクターとリジャスターの救護があれば死人は出ない。間違いなく痛い思いはするだろうが、治療体制は万全だ。それに紹介しよう。彼らが補助してくれる」
ナッガンの後ろから思い思いの服と装備を身に着けた集団が前に出た。それと10人くらい研究生も来ていた。
普段の授業でも教えるのを手伝ったりしてくれているOB・OG集団、リジャスターである。
彼らは卒業後、世界各地に散って様々な分野で人々のためになる活動をしている。
ただ、有事の際はリジャントブイルへ戻ってきて国を守るという使命を全うする集団でもある。
「ジャングルは広大だ。それに、ピ・ニャ・ズー程度の動物では救出が不可能なケースも多い。ここは腕利きを集めるしか無いというわけだな。生き残りが居なくなった時のランダムテレポートはこの中の数名が協力して構築してくれている。流石に一人での空間転移は不安定になりがちであるし、無茶だからな。正確な位置にテレポートさせるのはハードルが高すぎるが、ランダムだとだいぶ難易度が下がる。とりあえず広い範囲内のどこかへ飛ばせばいいだけだからな」
7人前後の術者がきらめく魔法円を中心に集中している。
「それと、セミメンターの補助もつける。散開した直後にそれぞれの班のセミメンターがアドバイスをくれるはずだ。有効活用しろ。……さて、こちらは準備完了だ。お前らはどうだ? しっかり装備類を整えたか? 今回は前回よりハードで、荷物を預けたり受け取ることは出来ない。可能なのは破損した装備の修理くらいだな。荷物量にも気を使えよ。いらないと思ったものはガンガン捨てていく大胆さも必要だ」
クラスメイト達はピリピリと緊迫した表情をした。
「いくぞ。俺が指を鳴らしたらランダムテレポート発動だ。お前らは一気にジャングルの各地にランダムでジャンプすることになる。空中や川など悪路の上は避けて飛ぶから安心しろ。では、健闘を祈る!!」
パチン!!
ナッガン教授が指を鳴らすと遠足に来た生徒たちは一斉に光の筋を残して消えた。
「……………………」
キーモ・ウォタは恐る恐る目を開けた。
「…………どうやら近くにはジャヤヤ象は居ないようでござるな。はっ!! チェルッキィーの位置マーキングを確認せねば!! 今回の遠足では拙者のマーキングが前回以上に重要になってくるでござる!! どれどれ……」
彼はお菓子の箱をあけて細長いスティック状のものを取り出してくわえた。
「………………ん!? 位置マーキングのストックがいつのまにかリセットされているでござる!! 準備しておいたクラスメイトたちのマーキングが全て消えているでござるよ!! そう簡単には集合させてくれないというわけでござるか……」
ギャーギャーギャー!!
野鳥がバタバタと羽ばたいて静かな森を荒らした。
「なんとかして、位置情報を復活して他のメンバーと合流せねば」
「グルルルルル……ガルルルルル……」
キーモが考えを巡らせていると背後からケモノの唸り声が聞こえてきた。
「これは……モンスターでござるな!?」
瓶底眼鏡の少年が振り返るとそこには狼が数匹、群れを組んでいた。
「くっ!! 出るのはジャヤヤ象だけではない……か!!」
彼の能力はどちらかといえばサポートタイプだったので学院生活ではしばしば戦闘力不足が目立っていた。
「絵の具の洞窟での修業は伊達じゃないでござるよ!! 女史殿、見ていてほしいでござる」
お菓子使いは箱から一気に5本のチェルッキィーを抜き出した。
「そいやぁっ!!」
3発発射するとそれはまるで鋭い針のようになり、素早い狼のモンスターの頭部を貫いた。
だが、そう簡単にやられる相手ではない。今度は体当たりと噛みつきで残り二体が迫る。
「よっとっと!! せりゃぁあ!!」
キーモは器用に2匹を回避すると指の間に挟んだチェルッキィーをかき爪のようにして相手を切り裂いた。
非常に細い菓子だが、まるで頑丈な金属の刃のような感触だ。
「フィニッシュ!!」
深手を負ったモンスターにまた菓子を発射すると辺りの敵はみんな息絶えた。
「デュフフフフ。これはすごいでござるな。まさかここまでやれるようになっているとは我ながら……。ただ、慢心は死を呼ぶとさんざ言われましたからな。これからが本番でござるよ。出来ればジャヤヤ象に会わずに誰かとコンタクト出来れば言うことはないのですが……」
彼はソロリ、ソロリとできるだけ気配を殺しながらジャングルを歩き始めた。
「ん~、そういえば食料は自力で調達でしたな……。ふっ!!」
チェルッキィーを投げて木の上の黄色い果物を狙い撃つ。
落っこちてきたそれをキャッチした。
「お~。これは……天然物のパルーナ・バナナじゃありませんか!! よく見るとあちこちにみのってますな。でもこれだけバナナばっか食べてたら飽きてイヤになるのでは……」
そんな心配をしていたキーモだが、野菜やらキノコやらを図鑑片手に食べさせられる講義を思い出して身震いした。
「も、もしパルーナ・バナナが無くなったら野草や木の実、キノコ……そこらへんを図鑑もなしに食べる必要が出くるかもしれないのでござるな……。あのときはなんでそんなことするのかと思ったものですが、今思えば非常に役立つ講義でしたな。完璧とは言わないかもしれないでござるが、強烈な毒食材はなんとか回避できそうでござる。ただし慎重に、慎重に……」
一本残してキーモはバナナを口にした。
「う~ん、このまろやかで極上な甘み!! 少なくとも拙者は3食バナナでもやっていけそうでござるな。栄養価的にもこれだけでも問題ないはず。しかし、果物やバナナが嫌いな人からするとこれは地獄ですぞ……。みんなは無事にやっているでござろうか……?」
少年は夕暮れ時のジャングルの三日月を見上げた。
その頃、ポーゼは無事ジャンプに成功し、着地してポータブル・灯台を背負っていた。
(う~ん……。まずはジャヤヤ象と当たってみないことにはなんとも……。でも、ジュリス先輩の口ぶりからすると一人での撃破は困難。今はアテもなしに仲間を探すしか出来ないな。灯台を照らしてサインを送れるけどそれはマズイ。絶対に他のモンスターが寄ってくる。やっぱりさまようしかないんだな……)
ピチョン……
かすかな振動を感じてポーゼは足元の水たまりを見つめた。
ピチョン……
明らかに揺れで表面に波紋が残っている。
そして揺れはみるみる激しく、接近してきた。
間違いなく、何らかの巨大生物が接近してくる。
普通なら驚き戸惑うところだが、ポーゼは冷静だった。
(来た!! これがジャヤヤ象か。姿はまだ見えないのにこの振動……かなりデカいぞ。身を屈めて……木の陰に隠れながら……息を……止めるッ!!)
小さな少年はある程度、距離をとると両手で口と鼻を覆った。
ズシン!! ドドカドドカドドカ!!!!!
背後の樹木をなぎ倒しながら赤い巨体の象が3体、走り抜けていった。
「ぷはぁっ!!」
ポーゼは思いっきり息を吐いて吸い込んだ。
(なんだあれ……。あんなの、5~6人くらいで当たらないと倒せないぞ……。一対一で様子見してみてもいいけれど、正面からじゃ分が悪い。奇襲攻撃なら勝てるかもしれない。少しでも相手にダメージを与えてみんなを援護しなきゃ……)
その時だった。さきほど象がやってきた方から悲鳴が聞こえる。
少年はかなり重い灯台をかついだままひょいっと樹上に飛び上がった。
(マジカ・ルーペ!!)
彼は虫眼鏡のようなマジック・アイテムを取り出して声のする方を見た。
「キャーーーーーー!!!!!!! 追ってこないで~~~~~~!!!!!!!!」
少年は目を細めた。
(あれは……ミラニャンさんじゃないか!! ジャヤヤ象に追われている!! 助けなきゃ!!)
ポータブル・灯台を背中から下ろすと寡黙なスナイパーはそれで赤い巨大生物の目を狙った。
(今だ!!)
チャージしてから放たれた強力で幅の広い光が象の顔面めがけて照射された。
目が潰れたターゲットは転んでバタンバタンと地面で暴れまわった。
さんざん暴れまわったあと、そいつは微動だにしなくなった。
(目だけじゃなくて脳も焼き切れたか……。狙い撃つチャージ時間と余裕があれば僕一人でもなんとかなるみたいだな……。まぁそれには囮役が必要だけど)
ミラニャンは全身汗だくで体を前のめりにして息を荒げていた。
「ハァツ!! ハァッ!!」
灯台を背負い直すとポーゼは樹から降りて、彼女の元へ駆け寄った。
「大丈夫? ここは危ないよ。一旦逃げよう。体に触れるけどいいかな?」
相手はただ、うなだれるしか気力が残っていなかった。
返事を見ると少年は首を縦に振った。
そして肩に少女の腹部をひっかけて、かかえるようにしてかついだ。
本当はおんぶやお姫様抱っこが理想的なのだろうが、背中には荷物があるし後者も少年の背丈では出来なかった。
「よっ!!」
ポーゼとミラニャンは高い樹木の上に跳んで無事に着地した。
真っ青な顔をしている青髪の少女に灯台の少年はパルーナ・バナナを差し出した。
「はい。………………………………食べたら?」
彼女は果実を受け取るとゆっくりと食べ始めた。
徐々(じょじょ)にスイーツ料理人の顔に元気が戻ってきた。
「あ、ありがとう。ポーゼくん。ほんと助かったよ。本当にキミは命の恩人だよ!!」
それを聞いて少年は大げさだなと思いつつも、目線をそらして後頭部をかいて照れ隠ししたのだった。




