ほら、お前らが楽しみにしていた遠足だ
新学期が始まって一週間が経った。
ナッガンのクラスメイト達はまた今まで通りに戻り、休み明けムードから抜けてきた感があった。
そんな日常の戻ってきた平和ムードの教室はその日のHRで一瞬で崩れ去った。
「お前ら。楽しみにしていた遠足にいくぞ」
ナッガン教授が開口一番そう言ったのである。
一体、誰が楽しみにしていたというのだろうか。
クラス全体が絶望に包まれた。
遠足といえば聞こえは良いが、彼の場合は命懸けの課外実戦だからだ。
入学間もなく、北方砂漠諸島群で野生モンスターや魔導生物を狩らされた。
今回もハードな戦闘演習になるのは間違いなく、皆の血の気が引いた。
「はは。今度はどこだと思う?」
全部わかっていて笑っているのだこの教授は。
容赦のない彼の態度には慣れたとは言え、流石に呆れざるをえない。
「次はだな。ダッハラヤ王国……ジャングルだ」
教室中がガヤガヤし始めた。ジャングルで何をやらされるというのだろうか。
「今回の遠足はパルーナ・ジャングルと呼ばれる広域に及ぶ密林地帯だ。お前らにはそこで害獣とその元凶をハントしてもらう」
ジュリスが厳しい表情でつぶやいた。
「ジャヤヤ象とサーディ・スーパですか……」
教授は首を縦に振った。
「まぁ研究生なら知っていて当たり前だな。解説に移るぞ。パルーナ・ジャングルにはジャヤヤ象と呼ばれる巨大なゾウが生息している。かつてその象牙のために乱獲されたことのある生物だ。だが、ある時を堺にジャヤヤ象は爆発的に増え、そして凶暴化した。群を組んでダッハラヤ王国に攻め入るほどにな」
生徒たちはその話に真剣に聞き入った。
「原因を調査したところ、ジャヤヤ象の怨念の塊である亡霊の出現が確認された。そいつをサーディ・スーパと名付けた。現地語で”厄災を生むもの”という意味を持つ。こいつはひたすら凶暴な象をジャングルのあちこちに召喚するというまさに厄災そのものだ。おかげでダッハラヤはたびたび存亡の危機に晒されている」
ナッガンは両手を教卓について続けた。
「ただな、サーディ・スーパは常に現れているわけではない。おおむね数年に一回のペースで出現している。それがちょうど今というわけだ。お前らにはジャヤヤ象を撃破しつつ、亡霊狩りをしてもらう。研究生やOB・OGのリジャスターも同行してくれるが、救護や命の危機を除いては手を出さないことになっている。自分でどうにかしろということだな」
ナッガンクラスのメンバーは皆、辛気臭い顔をして、ため息をついた。
「おいおい。しっかりしろお前ら。今回はダッハラヤ王国直々の依頼なんだ。俺が適しているからと選んだのは事実だが、王国の民は今、こうしている間もジャヤヤ象に怯えているんだぞ? この国の人を守るべき剣であるお前らがそんなようであってはどうする。 俺はこの程度で音を上げるようにお前らをしごいてきたつもりはない。前線は常にギリギリの戦いだ。それを忘れてはならないぞ。この経験がこの先、命を繋ぐことになるかもしれん」
最初は笑いを浮かべていた担任は真剣な表情になっていた。
彼の言葉を聞いて勇気づけられた者もいれば、無茶だと思うものも居た。
だが、全員が挑戦する意思は持っていた。
一丸となって取り組めばきっと北方砂漠諸島群の時のようになんとかなる。
厳しい課題でも仲間とならやり遂げられる。
夏休みで一皮むけた彼らは確実に、着実に成長していた。
だが、この後の展開で一同は一気に意気消沈することになった。
「あの~、ナッガン先生、俺もチームメイトの一員として参加するんですか? いや、不満とかそういうのではないんですが……。確認までに」
ジュリスが自分を指さしながら尋ねた。
教授は腕組みしながら首を左右に振った。
「ああ、まだ説明していなかったな。今回の遠足は全員バラバラからのスタートだ。個人、またはチーム全員がダウンした時点でジャングルの各地点にランダムテレポートする。リジャスターが全面協力してくれている。座標をミスして亜空間に転移したりはしないから安心しろ。解散したらまた仲間を見つけて集結。そしてサーディ・スーパを倒してもらう。ちなみにこの亡霊は大人数で当たらなくとも倒せるが、テレポートをするので非常に厄介だ。1チームでは捕まえられんだろう」
想像以上のハードルの高さにクラスは沈黙した。
そんな中、ポツリと赤髪の上級生がぼやいた
「あーあ。容赦ねぇなぁ……。そもそもジャヤヤ象狩りがありえねーよ。ソロで勝てるの俺とイクセントくらいだろ。他の連中は出来る限り早く仲間と合流する必要がある。特にヒーラーや援護型の奴らはうまいこと隠れるか、逃げ切る必要があるな。攻撃力があってもなにせ3m以上の巨体だからな。かなりタフだぜ。3人は欲しいところだな。群れでこられたらそれ以上の人数が必要になる。ま、見かけたら手伝ってやるよ」
ジュリスはやれやれとばかりに肩をすくめた。
どんよりとした空気が教室を包む中、アシェリィはジャングル冒険に心を踊らせてウキウキしていた。
休み時間に入るとそれぞれが持っていくものや装備をリストアップしたりしていた。
「おい、絶対リーダーは盛り上がってるぜアレ」
「ぼ、ボクはそういうところもいいと思うな」
「どこがですの? わたくしもう呆れてますわ」
「パルーナ・ジャングルか……何年ぶりだろうか」
「こら、そこ!! コソコソ噂話しない!!」
真っ赤な顔をして冒険ガールはプンスカと怒った。
前回の砂漠遠足の経験があったのでクラスメイト達は大した混乱はなかった。
3日後には学院のドラゴン・バッケージ便でライネンテの南東にある大きな島国、ダッハラヤ王国に向かっていた。
学院のドラゴンは空港のそれとは比べ物にならない速度で飛ぶことが出来る。
超一流のドラゴンテイマーのススレ教授が飼いならしているためである。
3日半経った頃だった。いくつかの国の上空をまたいだ後に広大な密林が見えてきた。
もわ~っとした熱気と湿気に一同は圧倒された。
「うわ~……気持ち悪い。ブラウスが肌にベッタリくっついちゃったよ……。着いたらとりあえず、お風呂入りたいなぁ。でもすごいな密林って!! 未確認生物とかいっぱいいるんだろうな!! 楽しみだなぁ!!」
ゴンドラからジャングルを眺めてゴキゲンな少女にジュリスは忠告した。
「おいおい。ジャングルに風呂はないぜ? 川とか滝とかはあるが、モンスターや野生生物に警戒しなきゃなんねぇから一人じゃ水浴びの余裕さえないだろうな。ダッハラヤ王都以降の風呂は保証できねぇ。満足するまでじっくり入っておくことだな」
それを聞いたアシェリィは可愛げのないリアクションをとった。
「う~ん……。冒険者なら劣悪な環境は当たり前って冒険譚で読んだし、害虫や寄生虫の影響さえなければお風呂に入れなくてもそこまでは……。でも他の人達は絶対に気にすると思うから私、伝えてくるよ」
座席部分に降りていこうとした彼女をジュリスは止めた。
「ああ待て待て!! 伝えても余計な混乱を招くだけだ。どのみち誰かが教えるだろうから今は黙っとけ。バッケージ中にキャーキャー悲鳴があがるのは勘弁だ。今くらいは旅行気分を楽しませてやろう」
上級生はそれらしく気を利かせた。
「それよりアシェリィ。楽しみってお前マジで言ってんのか? 冒険ってよりは命懸けのサバイバルゲームだぞこれは」
ジュリスは手すりに腕を置き、振り向きつつ聞いた。
「ん~。そりゃ不安がないわけじゃないですけど、自分が開拓したことのない世界を見て回れるってすごく楽しくないですか? もちろん危ないこともたくさんある。でも、それもひっくるめてエキサイティングで……。冒険するたびにそれが自分の血肉になっていく……気がします。だから私は冒険が好きなんですよ」
答えを聞いた青年はため息をはいた。
「ハァ……。お前、その歳でそれだけ達観してりゃ大したもんだよ。でも俺としては危なっかしくて心配だぜ。その向こう見ずな性格は痛い目に会う前になんとかしとけよ。それに、冒険ばっかに力を入れてるとモテねーぞ」
アシェリィは顔を赤くして腕を振った。
「あ~!! またそうやってモテないモテないって!!」
ジュリスは視線をそらして聞き返した。
「で、実際はどうよ?」
緑髪の少女は大きくのけぞった。
「う……それは……」
上級生は眼下のジャングルを覗きながらぼやいた。
「お前、素材は良いんだからもうちょっとそっちも頑張れよ。何、下手に着飾ったりせずにありのままでいいからさ。意外と恋愛で得るものは多いんだぜ。人間的にも魔術的にも飛躍的に伸びることがある。もちろんそれがメインではないが、恋愛できるチャンスがあるうちに経験しとくのは悪くない。あ、ちなみに俺は彼女居るからパスな。自分でみっけな」
思わず恋愛と縁遠い少女は盲点を突かれ、ポカーンと口を開けて唖然としてしまった。
今までがむしゃらにやってきて、青春の醍醐味といっても過言ではない恋愛をないがしろにしてきていたのだ。
どこか、自分だけは他人事のような気がしていて。
これでもれっきとした女子なのにだ。
「なんか誤解されがちなんだが、別に俺は恋愛脳じゃねぇし。だから無闇矢鱈に色恋に走るのもどうかと思う派だ。本当に付き合いたいと思わなきゃ声かけねーよ。っつーわけで、余計なおせっかいだと思ったら聞き流してくれ。恋愛するもしないも個人の自由だからな。さて、ぼちぼち着く頃だ。出発準備しとけよ」
そう言いながら先輩は乗船スペースへと降りていった。
そうは言うものの、上級生のアドバイスだ。聞き逃がせない面はある。
このアドバイスを期にアシェリィは恋愛について深く考えるようになった。
「……いけない。恋愛もいいけど、今はそんな事を考えていたら大怪我しちゃうよ!! 無事に亡霊狩りを終えて学院に帰ったらじっくり考えよう!!」
アシェリィは両手で頬をパンパンと叩いて気合を入れ直した。




