パッション・ステップ
「なんとぉぉぉぉーーーー!!!! すっかり音沙汰のなかったコロシアム荒らしの常連、ジュリス・アルテンがエントリーしてきたーーーーーー!!!!」
名物司会のドガは勢いよくアナウンスした。
「荒らしっていうな!! 魔術を教える側になるための研究だよ!! ハァ……。まだ本調子じゃねぇってのになんでこんな事に……」
青年は長めで美しい赤髪をワシャワシャさせた。
それは数日前……ナッガン教授の朝のHRでのことである。
「そういえば、お前らジュリスの魔術や実力を見たことがないな。いい機会だから見ておくと良い。明後日の闘技場にジュリスをエントリーしておいた。全員見学するように」
思わず青年は机に手をついて立ち上がった。
「ちょっ!! 待ってくださいよナッガン先生!! 元の姿を取り戻したとは言え、まだ以前の7割くらいしか力が発揮できてないんですよ!?」
クラスで一人だけ紅蓮色の制服を着た抗議した。
それに対してナッガンは即答した。
「7割? 十分だろう。甘ったれてるようだと単位はやらんぞ。そもそも、お前は研究生だろ? ここで逃げたら示しがつかんのではないか?」
教授は不敵に笑った。
「あー、単位を人質にして!! きったねぇ!! しかたない!! 俺、出ますよ!!」
かくかくしかじかで青年は闘技場に立つことになってしまったのだった。
「ジュリス選手、本当に久しぶりです!! かつてはランカークラスでしたが、ブランクが長いのが気になります。相手の選手はフレス選手です。彼も常にコロシアム上位をうろついている強ファイターです。これは見ものですよ!!」
会場は熱気につつまれていた。
「はい。只今オッズが出ました!! オッズはジュリス選手が6.4倍、フレス選手が2.8倍となっております!! ジュリス選手の長期間の空白期間が大きくマイナスに響いていますね~~~。どこまでやれるのか読めないところがあります」
賭けの倍率を聞いた復帰者は不機嫌そうな表情をした。
「むっ。ナメやがって。こりゃ負けるわけにゃいかねぇな。後輩共も見てるわけだし」
彼はけだるげにナッガンクラスのメンバーに手を振った。
一方、相対する長身の男子は真っ赤なシャツに黒いズボンという出で立ちだ。
口には薔薇をくわえている。
「ジュリス……か。戻ってきたのだな。同じランカーとして嬉しく思うぞ」
帰ってきた教員志望は首をならしながら返した。
「そりゃどーも。アンタと直接当たった事はねぇが、一応データはとってあるぜ。まぁ情報だけで決まるものでもねぇってのは……言うだけ野暮だな。早速やろうぜ!!」
ジュリスは武器も何も持たず、丸腰だった。フレスも薔薇以外は丸腰だ。
果たしてどんな戦い方をするのかと新入生たちはあれこれ想像した。
「準備が出来たようなのでいきます!! 試合開始ッ!!」
カンカンカン!!!!!!
ゴングがけたたましくなると、舞台は教室へと変化した。
「あーーーーーっと!! 教室ステージだぁぁぁ!!! これも割と特別な部類で、戦闘するには非常に狭いコースとなります。密室での戦闘!! 当てるのは容易ですが、避けるのが難しい!! さて、どう切り出すか!?」
その直後、フレスは思いっきりシャウトした。
「オーッ・レイ!!」
情熱的なその叫びは教室どころか障壁さえも少し貫通し、爆音がコロシアム中に響いた。
観客席はこれだけで気絶する者が続出した。
現にナッガンクラスのほとんどが意識を失ってしまった。
それをモロに喰らったジュリスは耳を塞いでなんとかやり過ごしていた。
「かぁーっ!! 相変わらずうるせェ~~~!!!! なんつー爆音!! これ不意打ちで喰らったら脳味噌が爆発すんな」
コロシアムの緊急時の機能が立ち上がった。
万一、オーディエンスにダメージがあった場合、観客席に治癒効果のある魔法円が発生するのだ。
気を失った生徒たちは次々と意識を取り戻していった。
戦闘はノンストップで続いている。
「とりま一発ご挨拶ッ!!」
ジュリスは細くて速いレーザーを一発正面から撃ち込んだ。
なにか動作が必要なわけではなく耳を塞いだままで発射出来ていた。
「オ・レイ!!」
タカタ・タカタ・タカタ・ターーーンッ!!!!
フレスはタップダンスで華麗にレーザーを避けた。
「お~。タッピング・ファンタズムだな。見事な回避だ。ならこれならどうだ!!」
ジュリスは明後日の方向にレーザーを数発撃った。
ナッガンクラスの面々は「何やってんだよ」と思った。
だが、そこからが本番だった。
発射したレーザーは壁面、床、天井、机、イス、教卓、果ては窓ガラスまで跳ねるように跳弾してフレスを襲った。
どの光線も死角だったり、弱点を突くいやらしい軌道を狙ってきていた。
これには闘技場中が驚いて歓声を上げた。
「オ・レーーーーーイ!!!!」
タカタッタ・タカタッタ・タカタカ・タカタッタ!!!!
背後からの攻撃もまるで見えているかのように情熱ダンサーは回避した。
これはレイシェルハウトの回避呪文、ウィン・ダ・ボイドとよく似ていた。
こうなるとよっぽどのことでもしない限りは被弾しない。
「う~ん、ビームの速度も威力も落ちてんな。ジャブだぜ!! おらおらおら!!」
またもやジュリスは数発の光線を放ってバラまくように撃った。
狙う方向は別々でも最終的には跳弾で当ててくる。
かなり器用な魔術だった。
発射されたいくつもの光線が教室のありとあらゆるものに跳ねっ返りながら、予測不能のルートで対戦相手に迫る。
誰がどう見ても回避不能と思われる中、フレスはますます情熱さを増した。
「オ・オオオ~~~~!!!!! レイッ!!!!」
タカタ・タカタ・タカタ・タターン!!
彼から汗がほとばしる。
タッピング・ファンタズマの性能は恐ろしく、レーザーを避けきった。
「チッ!! レーザービームは一発でも当たれば貫通して致命傷になりうるんだが、あたらなきゃ意味がねぇ!! やっぱり速度と精度が落ちてるぜ!!」
予測不能なのはジュリスの光線だけではない。フレスのタップダンスもまた予想不可能な動きで回避をしていた。
下級生には脚踏みの動作は全く見えず、まるで分身しているようにさえ見えた。
中等部の上位や研究生でないと見きれないくらいだ。
「今だ!! 行け!! お肉大好きローゼン!!」
フレスが頭をシャカシャカと振ると口にくわていた薔薇の茎が物凄いスピードで伸びた。
そして、美しく真っ赤な華はその正体を表した。
ぐぱぁっと牙のついた巨大な口を開いてジュリスに噛み付いたのである。
「よぉっと!!」
コロシアム荒らしはしなやかな動作で側転してかわした。
もちろんお肉大好きローゼンは茎をニョキニョキ伸ばして追尾してくる。
「ほっ!! ふっ!! せっ!! よっ!!」
ジュリスはそれをバク転や側転、ロンダートを織り交ぜながら華麗に回避した。
男女かかわらずこの動きは見ていてかっこよく、会場中から黄色い声援があがった。
フレスは研究生だけあって、冷静にかつうろたえずに策を練った。
(一見して絶対回避のフレスの野郎だが、タッピング・ファンタズマにも穴はある。確か体の数カ所に移動する当たり判定と魔田があるはずだ。もっとも、どれも高速で移動しているからピンポイントで狙うのは難しい……ならば下手な鉄砲も撃ちゃ当たる作戦だぜ!!)
レーザーの使い手は両手で耳を塞いだまま、華麗にジャンプしフィギュアスケートのようにクルクル猛回転した
「いくぜぇ!! ヘッジホッグ・テンペストラー!!」
彼は回転しながら全身のあちこちからまるで弾幕のように無数のレーザーを発射した。
レイシェルハウトは思わず麗幕のソルマリアを思い出した。
教室中が白く眩しく光るほどビームは乱射された。
ジュリス自身にもレーザーは飛んできているが、全部弾かれていた。
どうやらこの魔術は敵味方を識別しているらしい。恐ろしく高度だった。
ハイジャンプを終えた青年は着地でしゃがんだ後、すくっと立ち上がった。
眼の前には光線の嵐に晒されてズタボロになって倒れ込む相手が見えた。
流石にハイレベルなだけあってフレスにはまだ意識があった。
「ふふふ……。噂には聞いてたが、ジュリス。お前本当に強いな……」
復帰ランカーは首をコキコキならしながら答えた。
「そうかぁ? それほどいいモンでもないと思うぜ。そっちこそ、タッピング・ファンタズマ、見事だったぜ。まぁ俺とは相性が悪かっただけだ。そう気に病むことはないと思うぜ。死ににくいってのはそれだけで才能だからな。実のところその魔術、うらやましかったりもするぜ」
地面に伏した対戦相手は苦笑いをした。
「ふ……はは。お前、お人好しだな。闘技場あらしとは思えないぜ」
ジュリスは腕を組んで苦言を呈した。
「あのな、俺がコロシアムに入り浸るのは教える側になった時のために多くの種類の魔術を見ておこうと思ったからだよ。それで噂だけ独り歩きしてそんなあだ名がついちまった。至極不名誉な話しさ」
男性ダンサーは力尽きる前に声をかけた。
「は……は。お前ならきっと……いい先生になれる……」
こうしてフレスは気絶し、テレポートで医務室送りになった。
一人のこされたジュリスは運動後のストレッチを始めた。
「う~ん。キレがねぇな。それにまだ体が重い。今日も徹夜で”修復”しねぇとだな」
勝者は不満げにそう言うが、研究生と当たってノーダメージ、短時間撃破は非常に好成績だった。
会場は黄色い声援と賭けを外した学生たちの怒号が入り混じって混乱していた。
ナッガンクラスの面々は驚いてスタンディングオベーションのまま立ち尽くしていた。




