伝家の宝刀 ソード・オブ・ヴァッセ
「僕にも心当たりがある」
ウルラディール剣技の師範は根絶やしにされてしまった。
だが、イクセントとして生活してきたレイシェルハウトは解決策を掴んでいた。
「ならば話は早い。しばしこの部屋でくつろがれるとよかろう。一人しかおらんのに無駄に広いからのぉ。あと煙草臭いのは多目に見てくれんしゃい」
2つ向かい合わせにならんだソファーをボルカも含んだ4人で囲んで楽しげな雑談が始まった。
適度に時間が経った頃、ドアをノックする音と声が聞こえた。
「すいません。ファネリ教授はいらっしゃいますか?」
「お、来おった来おった。入りなされ」
両手開きの扉の片方を開けて見たことのある少女が入室してきた。
彼女一人に視線が集中する。
当然といえば当然だが少女はたじろいだ。
「な、なんですの? これは何の集まりでして?」
セルバンテ老は目を細めながらつぶやいた。
「シャルノワーレ・ノワレ・ヒュンゼータインズ・H.G.T・ウィンタルスマー・クランヴェリエンズ・ネ―――って長いわ!!」
少年剣士、いや、少女剣士は立ち上がってチームメイトを呼んだ。
「やっぱりノワレか……」
まだエルフの少女は戸惑っている。
「イクセント!! “やっぱり”ってどういうことでして!? そ、それにあたなのお姉さんまでいらして……」
ますますわけがわからなくなって彼女は沈黙した。
「ほっほ。お姫様にお嬢様とは中々セレブな顔ぶれですのぉ。お嬢様が酷く幸運なのは同じ学年にWEPメトラーの入学生が居た事なのですじゃ。まぁ偶然なはずもなく、チーム編成は多少いじらせてもらいましたが……。裏口入学は絶対に無い学院ですから、このくらいなら不正には当たりませんな……」
イクセントは教授に尋ねた。
「ナッガン教授もROOTSの一員なのか?」
老人は首を左右に振った。
「いえ、協力はしてくれましたがお家騒動に巻き込まれるのはゴメンというスタンスですじゃ。教授によりますが、強烈なアンチはおりませぬ」
完全においてけぼりにされたノワレが爆発した。
「んもう!! 急用だからと呼び出されましたが、何の用ですの!? サッパリ話が読めませんわ!! わたくし、もう帰らさていただきます!!」
背中を向ける彼女をイクセントは呼び止めた。
「待ってくれ!! お前だけが頼みなんだ!!」
「え……?」
キラキラと輝く美しい水色の髪を振り乱して少女は振り返った。
「僕に剣技の稽古をつけてほしいんだ。今は使い手が絶えてしまっていてな。お前のWEPメトリーでこの剣の記憶を読んで、それを僕に教えてくれないか!!」
少女剣士は必死に訴えかけた。
「いけすかない貴方に協力する気はありませんわ」
ノワレのこういうところは相変わらず頑固である。
しかし、決裂しかけた交渉をファネリが繋いだ。
「まぁ聞きなされ。この修業に協力してくれたら可能な限り、報酬を出すことを約束しよう。お主の今、一番欲しがっているものはなんじゃろうなぁ?」
エルフの少女はそう聞くと踵を返して部屋の中央へと戻ってきた。
「わたくしの……欲しいもの……?」
彼女は顎に指を当てて、瞳を閉じて考え込む仕草をとった。
「復讐……」
突然、ファネリがそう口にした。
「シャルノワーレ君が学院に入学した時の志望動機は……同胞を殺したリッチーを滅すること……。間違いないかね?」
「!!」
ノワレは驚いた表情で目を見開いた。
だが、すぐに落ち着いた口調で決意を語った。
「ええ。わたくしは”悦殺のクレイントス”というリッチーに敵討ちすることですわ」
それを聞いたウルラディール家の三人娘は思わず叫んだ。
「クレイントスだって!?」
「クレイントスですって!?」
「げー、アイツかよ~~~」
そのリアクションを見てすぐにノワレはソファーへ詰め寄った。
「あなた達、ヤツをご存知で!?」
イクセントは腕を組んでため息をついた。
「ハァ……。知り合いと言えば知り合いだな。いや、遊び相手でもあったからある意味、腐れ縁とも言える。だが誤解するなよ。今は僕もあんなヤツとっとと滅びればいいと思っている。生者に害を加えることしか考えていない不死者のクズだ」
少女剣士は立ち上がってノワレと向き直った。
「僕に協力してくれるならお前の復讐……クレイントスの撃滅を手伝うと約束する。だから頼む。お願いだ」
予想外の提案を受けて復讐者は困惑した。
こんな私的な事情の報復に仲間が出来るとは思わなかったからだ。
彼女は思っていた。仇が滅びる可能性が0.0001%でも増えればそれで良い……と。
「……いいでしょう。それならば受けますわ。で、何を読みますの?」
警戒心を保ったままノワレはそう聞いた。
するとイクセントは腰に刺さった美しい装飾が鞘についた剣を抜き取った。
丈はさほど長くないが、スピード重視の彼の戦闘スタイルには適していた。
「では、失礼いたしますわ」
魔法剣士が差し出した得物をWEPメトラーは受け取った。
そして意識を集中させて彼女は武器の記憶を読んだ。
「ここにウルラディール家の結成を堂々と宣言するッ!! 当主は我、ウルラディールである!! 皆の力を何卒貸して頂きたい!!」
何世代にも渡る記憶が移り変わっていく……
「父上!! 父上!!」
「はっは……ラルディンよ。いくら優れた武士でも病には叶わぬものだな……ごっほげっほ!!」
「ここがリジャントブイルか……。どんなツワモノが待ち受けているのだろうか?
「満足した成績を取れた。これで家の当主として恥じずにすむだろう」
「エッセンデル家との縁談? エッセンデル家といえばノットラント屈指の資産家の家じゃないか。政略結婚とは違うのかもしれんが、おおかた箔でも付けたいのだろう」
「マーネ……か。君とはうまくやっていけそうな気がする」
「これで私も父親……か。なんだか不思議な感じがするな。優れた子に育つよう、しっかり育てていかねば」
「まぁ。ラルディン様ったら。でもこの宝剣のようにこの娘には立派でたくましく育ってほしいものですわ」
「マーネ!! 死ぬんじゃない!! レイシェルハウトと……私を残して死ぬんじゃない!!」
「レイシェルハウト、また粗相があったそうだな。今晩の夕食は抜きだ」
「泣くな。立て。武家の娘に涙はいらない」
「泥儡アーヴェンジェを討ち取ったそうだな。よくやった。それでこそウルラディールの次期当主だ」
「くっ!! 私は監禁などしていないし、そもそも兄弟も居ない!! でっちあげだ!! 誰か居ないのか!! 誰か!!」
「ごほぁっ……ここで死ぬ……のか……。宝剣……ヴァッ……の宝剣は……。レ、レイシェルハウ…………」
「ハァ!! ハァ!! なんとかソーヴを持ち出すことが出来た!! あとはこれをお嬢様たちに託せられれば!!」
「出来ない!! 私にパルフィーを無視して行くなんて!! 申し訳ありませんラルディン様、お嬢様!!」
「ゼェッ……ゼェッ……これなら……なんとか……おじょう……さまのもとに……」
「アレンダ!! 今、治療するわ!! 死なないで!!」
「アレンダ!! アレンダーーーーーーーーッッッ!!!!」
「託されたペンダントとこの剣……今の私には重すぎるわ……」
――――――――――――――――
記憶を読んでいたノワレはカッっと目を見開いた。
そしてツカツカとイクセントのそばにやってくると容赦なく思いっきりビンタをかました。
「ッ!?」
「お嬢様!!」
「お嬢!!」
間髪入れずに裏平手打ちの往復ビンタを直撃させた。
この攻撃を受けた彼女は口の中を切り、唇から鮮血を滴らせた。
「とんでもない狼藉ですわ!! いいですの!? WEPメトリーは他人の意識をとりこむ繊細な魔術!! そこらへんの平凡な武器ならともかく、こんな宝物クラスのものを読んだら精神がショートしてしまいますのよ!? シャットダウンが間に合ったから良かったものの、ほんの少し遅かったらわたくしは廃人になっていたでしょう!!」
その場の全員が気迫に押されて、そしてとても驚いた。
「てぇい!!」
またもや彼女の全力ビンタがイクセントの顔面に直撃した。
彼女は避けることも出来たが、殴られて当然のことをしでかしたのだと反省してそれをあえて受け止めた。
「ぐっ!!」
「フン。これくらいにしておいてあげますわ。何がイクセントよ。それらしい偽名のつもりですの? ねぇ? レイシェルハウト・ディン・ウルラディールお・じょ・う・さ・ま。それに、性別も偽ってましたのね。そんな隠し事だらけの人間を信用しろっていいますの? それに、仮にクレイントスを討つ同志だったとしても、所詮は貴女の目的なんてお家騒動に過ぎないじゃない。わたくし、武家がどうこうは全くキョーミありませんわ」
思わずセルバンテは顔をしかめた。
「うぬぬ。きっつ~……こりゃあ手強いお姫様じゃわい……。もっとも、大した説明もなく、いきなり彼女を呼び出して殺しかけたわしが悪いんじゃが……」
するとセルバンテ老はレイシェルハウトの横に立っていきなり土下座した。
「ファネリ教授!? か、顔をおあげになってください。こ、困りますわ!!」
カーペットに頭を擦り付けるようにして彼は頼み込んだ。
「姫様にとっては”所詮”なのかもしれませんが、わしらにとっては命がけなんじゃ!! どうか、どうかそのお力を貸していただきたい。欲しいものがあれば何でもおっしゃってくださってかまいませんから!!」
ノワレは教授がこうまでして熱心な理由が痛いほどわかっていた。
言葉ではほとんど伝わっていなくてもソーヴ(SOV)……ヴァッセの宝剣が教えてくれたのだ。
なじってはみたものの、お嬢様から転落したイクセント……レイシェルハウトの気苦労も自分と重なって思えた。
しばらくの間、部屋は無音になった。それを破ったのはエルフだった。
「いいでしょう。クレイントスを共に滅する事を約束していただければ、貴女にウルラディール流剣技を伝授してさしあげますわ。決してわたくしの負担も軽くはないですが、一気に記憶を読みこまなければなんとかなりましてよ」
復讐者の陰が色濃くにじみ出た少女は決意の真顔でそう言った。
それに対してウルラディール家の関係者はただただ頭をさげるしか無かった。
「頼みばかりで申し訳ないのだが、この事はこの場のメンバー以外には内密にしてくれ。どうか頼む。僕もイクセントをうまく演じきる気でいるから」
それを聞いてノワレは笑みを浮かべた。
「そんな当たり前のことを頼むのは無粋ですわ。でも、もしナッガンクラスの方々が知ったらさぞかし驚くでしょうね。全国指名手配の超有名人ですもの。それよりもまさか貴女が女の子だと知れたらどうなるのかのほうが興味ありますわ。アシェリィなんて死ぬほどビックリするんじゃありません? 下手するとついてこれないでしょうね」
彼女に答えるようにレイシェルハウトは口角をあげた。




