三人娘の熱い抱擁
イクセントは長めの群青髪を垂れ、窓際に座って優雅なティータイムを送っていた。
「フフ……こんなの何年ぶりかしらね……。いえ、何年というほど時間は経っていないのだけれど……」
シャリラがお茶菓子を持ってきてくれた。
「はい。イクセント、いえ、レイシェルハウトお嬢……。それともレイシー? ふふ。もうそんな些末な事、どちらでもいいわね。それに、いまさら姉妹ごっこを解消だ!! なんて言われても寂しいものね」
2人は揃って笑いあった。
「確かにそうね。もうシャリラでもサユキでも姉さんでもよろしくてよ」
ゆったりとしながら雪虫パンケーキを味わう。
「平和に暮らせることがこんなに尊いなんて……あの頃のわたくしは知らなかった……。もちろん家やお父様の事もあるし、楽観はできないけれど」
レイシーは窓から下町の風景を眺めた。
炎焔のファネリと接触後、ほとんど無防備だった彼女らの家はガードが厳しくなった。
家の位置はラビリンシュアル・マギでほとんど気づかれなくなった。
それに、万一の侵入者に備えてガーディアンのモンスターも置かれている。
無論、迷路を破った者だけ迎撃するよう設定してあるのだが。
まるで実の姉妹のようになった女子達は談笑を続けていた。
その時、窓の手すりに赤いナメクジが這い寄ってきた。
明らかに使い魔だが、危害を加える様子はない。そのままそれは喋り始めた。
「えー、イクセント様、シャリラ様に緊急の用事があります。ファネリ教授の部屋までお急ぎください」
2人は顔を見合わせると急いで外出着に着替えて学院へと向かった。
両手開きの扉を開けると老人が窓から外を見ていた。
その脇のソファーには首にギプスをつけたボルカが、その隣にはパルフィーが立っていた。
「ファネリ……いや、セルバンテ老。用事とはなんでしょうか?」
ホムラはゆっくり振り返って頭を下げた。
「まずはお主らには謝らねばならん。ここ数日に起こった重大な出来事を黙っておったことを」
何のことやらわからず、レイシーとサユキは顔を見合わせた。
重い空気で発言したのはパルフィーだった。
「アタシ……殺されそうになって一時、重傷だったんだよ。殺しに来たのはいつも護衛してくれてた人だったんだ……」
「!!」
「!!」
老人はお辞儀していた頭を上げた。
「あっっててて……私が居たにも関わらず、彼女を守れませんでした。面目ない」
ボルカは首を下げようとして痛みに顔を歪めていた。
「これこれボルカ、無理するでない。……黙っておったのは魔術修復炉でパルフィーの完治は可能と踏んだからじゃ。連絡してお主らに殴り込まれても困るし、いたずらに人を驚かせるものでもない。乱暴な言い方じゃが、お主ら武家の者じゃからな。そこらへんの覚悟は出来てるはずじゃ」
厳しい指摘だったが、当の本人は納得していた。
「やっぱ最新のりあくたーは違うよ。腕も脚もバキバキだったけど、すっかり元通りだ」
彼女は手のひらを開いたり閉じたりした。
「誤解してほしくはないんだけど、ファネリもボルカもアタシには良くしてくれてるよ。特にボルカは姉ちゃんみたいだ。……結果的に友達を殺すことになったけど、アタシは後悔していない。だってお嬢とサユキが呼んでくれたかんな!! 確かにフレリヤはじっちゃんがくれた大事な名前だけど……アタシはやっぱりパルフィーだからさ!!」
彼女がそう言い放つとレイシェルハウト、サユキ、パルフィーは一気に駆け寄って互いに抱きしめあった。
「見た目はだいぶ違うけど、この声、この臭い、この体格、雰囲気。間違いないよ!!」
もっとも、一番大きな猫耳亜人が2人を抱える形となってしまったが。
「おうおう。青春じゃのぉ……雨降って地固まる……か」
ファネリは満足げにヒゲを撫ぜた。
「うう……ううう……よかったね。よかったねパルフィー……」
ボルカはメガネを外してひたすら涙を拭った。
ひとしきり再会の抱擁を終えたあと、レイシーは疑問を浮かべた。
「しかし話を聞くに、そのメーヤーという暗殺者はルーブの手がかかっているらしいじゃないか。学院にはROOTSの敵対勢力みたいなのがあるんじゃないのか?」
セルバンテは目を閉じて左右に頭を振った。
「学院内には中立こそあれ、敵対している組織はありませんですじゃ。と、いうのも貴女のお父上であるラルディン様がご在籍なさっていたくらいですから、むしろややROOTS寄りであると言えます。では、メーヤーとは何だったのか? ボルカ先生と色々と考えたのですが……」
女教授はメガネをかけると推測を述べ始めた。
「きっと元々はライネンテ国内に送り込まれた刺客の一人だったと思うんです。それが判明していれば絶対に護衛には付けませんが。おそらくメーヤーはパルフィーを執拗に追跡していました。そして、学院に着く前に先回りして雇用試験を受けていたのです。人手が少なかったので通してしまったわけですが、別に面接で何派だとか名乗る必要はないですからね。こればかりは……」
彼女は痛そうに首をさすりながら続けた。
「お二方と違って、パルフィーはすごく追跡しやすいんです。というのも、ご飯を食べる量が多いから食糧が不足した集落を追って行けばおおよその位置と行き先を特定できるんです。だから、相当数のハンターやアサシンがパルフィーを狙ってミナレートへたどり着いているはずです。それだけ数が多ければ上手いことすり抜ける可能性もある。それがメーヤーです。まぁ皮肉なことに彼女は彼女で他のライバルを護衛として排除してたんですけどね」
しばらく一同は沈黙した。それを破ったのはセルバンテだった。
「ふむ。ROOTSの者たちは皆、必死に誇りをかけて活動しておりますが残念ながらルーブの資金力に目がくらむ輩がいるのもまた事実。今回の一件はしっかり代表者会で報告しておきますじゃ。本当はお嬢様に会合に参加して頂きたいのですが、一箇所に集まるというのは非常にリスキー。我々は変えが効きますが、お嬢様はそうはいかない。家の事も気になるでしょうが、今は地下に潜り、力を蓄えるときですじゃ。それに、学院生活も楽しむことですな」
ホムラはニッコリと笑った。
最初は信用できるか怪しい人物だと思っていたレイシェルハウト達だったが、何か騙していたり、ウソをついていると思えるところが無い。
それに、その態度や援助の仕方がまるで孫に対するそれのようであった。
会う回数を重ねるうち、レイシーの父、ラルディンとの思い出話や屋敷の話などについて触れたが矛盾はなかった。
むしろ彼は楽しげに今は亡き父とのやりとりを語っていた。
レイシェルハウトとサユキ。
まるで絶海に2人だけで遭難していたような状況に現れた救世主と言っても過言ではなかった。
向こうも向こうで出来る限り早くコンタクトをとりたかったらしいのだが、アンダーグラウンドな場所でもない限りは痕跡が残る。
ROOTSは秘密結社であるので決して活動を悟られてはいけない。
そういったシビアな環境下で根を伸ばしている集団なのだ。
一員として活動しているセルバンテは苦労が耐えないと言う。
「暗号は当然ダメですじゃし、隠滅も遡られてしまいますじゃ。普通はそんな事はおいそれとは出来ないんですが、ルーブは持っている財産を惜しみなくジャブジャブ注ぎ込んでおりますじゃ。ですから、優秀な人材が全世界から集まってきております。全世界にほんの一握りで対抗するなんて馬鹿げた話だと思いますじゃろ? でも、それこそがラルディン様の無実を確信する我々なのです」
それを聞いてレイシェルハウトは自分の武家を守るという責務を再認識させられていた。
実感が湧かないが自分はウルラディールの正統後継者なのである。
それ以上でも、それ以下でもない。
本当にそうだろうか?
これが本当にクラリアの言っていた”やりたいこと”なのだろうか?
当主という偶像として祭り上げられているに過ぎないのではないのか?
考えれば考えるほどわからなくなって、お嬢様は黙り込んでしまった。
それを観察していた老人は柔らかな表情で語りかけてきた。
「ほっほっほ。祭り上げられて戸惑っておられるんですな?」
図星だ。思わず次期当主はコクリと頷いてしまった。
「難しくて答えの出ぬ問題じゃ。しかし、お嬢様のために命を賭けている者たちが居ることだけは努努忘れぬよう。わしも含めての。それに、屋敷に縛り付ける気は毛頭無いとは言っておきますぞ」
それを聞いてレイシェルハウトは少し気が楽になったが、別の意味で重くなった。
「キング……いや、クイーンは揃いましたが、とても痛い欠けた駒があるのです」
少女は首をかしげた。
「お嬢様はウルラディール流剣技をご存知ですな? 我が家は魔法が主体のバトルスタイルと思われがちですが、実際は剣術も駆使するのです。だから初代からヴァッセの宝剣(SOV)が伝わっているのです。魔術を活かすために特化した特殊な剣技……それがウルラディール流剣技なのですじゃ」
レイシーはサユキと顔を見合わせた。
というのも、彼女が使う剣技はサユキ直伝の西華西刀であって、その剣技ではない。
「ええ。わかっておりますとも。お嬢様も本来なら剣技の稽古を受けるはずでした。しかし、その年齢に達するまでに御家騒動が起こってしまったというわけですじゃ。ルーブは真っ先に剣技の使い手達を暗殺していったのですじゃ。その結果、現在はウルラディール流剣技を伝授できる師範は一人も残って居りませぬ」
その場の全員が呆然とした。
「たかが剣術の流派と侮るなかれ。ヴァッセの宝剣、通称ソーヴ(SOV)は剣技が使えない者を持ち主としては認めませぬ。真の魔力を発揮できない剣はただの飾りに過ぎませぬ。戦力的にも、身分の証明にもならないのです……」
今まで宝剣の持ち主がラルディンであり、受け継ぎを想定していなかった。
そのため、レイシェルハウトやサユキは詳しいことを聞かされていなかった。
ソーヴさえあればなんとかなるというのは大間違いだったわけだ。
「ですが……地下病院の件といい、今回の件と言い、お嬢様は大変に運がよろしい。この上なく腕の立つ師範が”入学してきた”のですからな」
そう言われてすぐに彼女はイクセントに戻った。
「なるほど。僕にも心当たりがある」




