肝心な所はいつも曖昧で
アッジルとリーリンカの父は家までファイセルかかえながら言葉をかわした。
「ま、この一件が終わってしまえば彼は富豪でも何でもない。ただの純朴な少年ですからな。東部のくだらない因習にとらわれる事はないでしょう」
嫁の父は不思議そうに尋ねた。
「あの……貴方は彼の身内と聞いていますが、どんな間柄なんですか?」
アッジルは空を仰ぎながら答えた。
「何、彼がたまたまノダールを買いに入った店の店主ですよ。単に潰しが成功すると面白いのではと思って協力していたのですが娘さんを助けたい一心で遠方からはるばるやってきたと聞かされましてね。接しているうちに段々ともし年頃の息子が居たらという気分になってしまいまして」
ファイセルを見つめなおしてアッジルは微笑んだ。
「普段すれ違いがちな妻とも手を取り合って、彼に作法などを教え込んだのです。今では生まれてくるであろう子供に彼のように育って欲しいなどとおぼろげに考えてみたりして。全くもってお恥ずかしい話ですがね。本人の前ではそんな事言えませんよ」
リーリンカの父はそれを聞いて笑顔になった。
「ほう、それは素晴らしい。短い間の付き合いでそれだけの事を思わせるという事はさぞかし好青年なのでしょう。きっと娘の事も大事にしてくれると思います。我々親族や彼女の友人にとっては英雄どころではなく、救世主のようなものだと思います」
アッジルはファイセルを見ながら首を横に振った。
「いや、彼のことだから『救世主だなんて大げさな!! やめてくださいよ!!』とでも言うでしょうね」
2人はリーリンカの家へとファイセルを運んだ。
まだ嫁本人はと母は結婚式会場に居るようだった。
店主が頭のノダールをスルスルっと脱がした。ファイセルの素顔が露わになる。
「おお、これは中々のルックスの少年ですな。リーリンカも隅に置けないところがありますな」
そのまま全身のノダールを脱がすと薄い部屋着のみを纏った状態になった。
再び2人で両腕を支え、大きなダブルベッドにファイセルを寝かせた。
「さすがに彼をリーリンカの部屋の小さなベッドに寝かせるわけにはいかないし、今日は私と妻は客間で寝ることにしますかな」
アッジルが少年の頬を軽く叩いて様子を見る。
「カルバッジア君、聞こえるかい? 気分は?」
「う~ん……。うん。う~ん」
反応を見てもうんうんと言うばかりでまともな反応が帰ってこない。
2人は肩をすくめて苦笑いした。
ここまで酔いつぶれているとアルコールが抜けるまで放っておくしか無い。
2人は部屋を後にした。リーリンカの父が申し訳無さそうに衣服屋の店主に言った。
「本当は貴方や奥さんもおもてなして泊まっていってもらいたかったのですが、あいにく部屋がありませんでして……」
アッジルはちょび髭をいじりながら笑った。
「いえいえ、結構ですよ。私も妻を探して連れ帰らなければなりません。もしカルバッジア君が起きたら、よろしくお伝え下さい」
アッジルは深く礼をしてリーリンカの家を後にした。
その晩遅く、ファイセルが寝ているダブルベッドの部屋の扉がゆっくり開いた。
「お、おい、起きてるのか……?」
寝間着のリーリンカが扉の向こうから姿を現した。
「うん。うん」
少年は相変わらずうなされているようでうんうんとうわ言を言っている。
「そ……そのだな……嫁を買ったという事は、だな……つまりそういう事なわけであってだな……わかっているのか?」
「うん、う~ん」
リーリンカは胸に手を当てて爆発しそうな鼓動を静めながら続けた。
月明かりに綺麗な青い髪が揺れる。
「わ、わたしは始めてだからそ、そういうのよくわからなくて……」
「ん? う、う~ん」
意を決したように両腕の拳を握り、ファイセルに伝える。
「で、でもお前となら!!」
「ん?ん?うんうん」
彼女は安堵して微笑み、恥ずかしそうな素振りを見せつつベッドに歩み寄ってファイセルの顔を覗きこんだ。
「な……なんだ……酔いつぶれてうなされてるだけだったのか……」
リーリンカは怒りを通り越して脱力してしまった。
「あ、あはは……まぁお前はそういう奴だよな……」
臭いファイセルの頬にキスをして、隣に寝そべって腕に抱きつく。
「この大事な日にこの有様……か。でも、私はいつまでも気長に待ってるからな……」
そのままリーリンカは眠りについた。
次の日の朝、ファイセルは二日酔いの激しい頭痛で目が覚めた。
「あっ、痛っつー。あいたたた……ん? ここは……?」
半身を起こそうとすると何か温かいものが片腕にピッタリとくっついている。
「おっ!? おおっ!?」
驚きのあまり思わず変な声が出た。隣に寝ているリーリンカがいた。
スタイルが良い方ではないので当たるべきものが当たらないが、女子と密着しているのは間違いない。
(な、な、なんなんだこのシチュエーションは!! 結婚式の後どうなったらこんな事になるんだ!?)
普通の夫婦ならむしろこのような状況になるほうが当たり前なのだ。
しかし、ファイセルは突如こんな状況に陥ったために、未だに現状をよく理解出来ていなかった。
(え~っと、確か酒を飲んで酔っ払った後に気を失った……ような気がするぞ。その後、アッジルさんが夢に出てきてどこかのベッドに運んでくれて。で、リーリンカが夜に部屋に入ってきて……って肝心のその後の記憶が無い!!)
「ん、ん~~ん~~」
ファイセルが慌てながら昨日のことを思い出そうとしていた。
するとリーリンカが目覚めた。
こちらが起きているのに気づくと顔を赤くしたが、もうガッチリしがみついているので隠しようがない。
「えへへ……おはよう」
「……お、おはようございます」
昨晩、何があったかなんて聞き返すことが出来るわけがない。
全く覚えていないが、人生で初めて一線を越えてしまったと見るのが妥当だろう。
本来は喜ぶべきことなのだろうが、こんな形で迎えることになるとは思いもしなかった。
素直に喜べない理由としてメガネをかけていないリーリンカには未だに慣れない。
まるで初対面であるような感覚に陥ってしまうのだ。
本当にメガネ顔とのギャップが激しい。
いつもは瞳の大きさや形が隠れているため、裸眼の可愛らしいつぶらな瞳にどうも違和感を感じてしまうのだ。
さらにところどころ女の子っぽい口調に変わっている点も気になる。
「良かった。本当に良かった。お前が迎えに来てくれたのは夢じゃなかったんだな……。夢なんかじゃないよな?」
リーリンカが強く腕を抱きしめてくる。
ファイセルはどこからが夢なのか全くわからなくなり、その質問に自信を持って答えることが出来なかった。
とりあえず安心させようと声をかける。
「ああ、僕がリーリンカを助けだしたのは紛れもない現実だよ……それより、僕にとっては本当に結婚してしまったかどうかのほうが夢のように思えるんだけど。夢じゃないよね?」
逆にファイセルがそう聞き返した。
首元に手を当てて確認すると確かに婚姻の証の漆黒のチョーカーがはまっている。
リーリンカの首元にもだ。
「『してしまった』とは何だ。ま、まさか私では不満だったのか……?」
急にリーリンカがおどおどし始めた。
「別に不満じゃないよ。僕こそ、本当に僕が君の結婚相手でよかったのかと思うくらいだよ。たださ、ついこの間まで友達だったと思ってたのに恋人の期間も経ずに結婚しちゃって、僕としては気持ちの整理がまだつかないんだよ」
リーリンカはホッとしたようにため息をついてファイセルを見つめた。
「私も内心では急な展開に戸惑っている。それでも私はチョーカーを交換したことは全く後悔していない。しょ、正直を言えば……じゅ、純粋にお前が好きなんだ。これは確かなこと。だからこれからはもっと一緒にいてくれないか……?」
まさかのリーリンカからのプロポーズである。
これでは一体、どっちが男なのかわからない。
ファイセルはこんな美少女にここまで言わせてしまって情けないやら申し訳ない気持ちで一杯になった。
ようやく冷静になった今、本当にこんな美少女と結婚できるというならば男として逃す手はない。
そう思えてちゃんと返事を返した。
「……不束者ですが、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
2人は軽くハグしてからベッドから出た。




