何があっても生き延びる覚悟
「おい、お前、よくも俺の体をぐちゃぐちゃにしてくれたな?!!」
「うわあああああああああッッッ!!!!」
「俺の首は……首はどこだ!?」
「こんなしょんべんくさい小娘共にこのアタシが……」
「ぎゃあああああああ!!!!」
「パルフィー、おまたせ!!」
「ぬおあああああああああああああああああ!!!!!」
(息が……苦しい。息が出来ない!!)
フレリヤは悪夢と現実の狭間を行き来していたが、意識がハッキリして目を見開いた。
そこには見慣れた女性が馬乗りになって居た……しかし、状況を判断するのに時間を要した。
「メーヤー……? な、なんで……なんでメーヤーがアタシの首を絞めてるのさ……」
フレリヤの護衛のはずの女性はミナレートキャンディ、通称”素敵なステッキ”の持ち手の部分を首にあてがってギリギリと圧迫していた。
ギリギリ……ギギギ……
「な、なんで……なんでなんだよ。メーヤー、苦しいよ……やめてよ……」
彼女は盲目の両目を閉じたまま顔色一つ変えなかった。
「お前に個人的な恨みはないが、色々と事情があってな。お前にはここで死んでもらう」
喋った。
今まで一度たりとも口を開かなかったそう彼女が喋ったのだ。
フレリヤはとても驚いて口をポカーンと開けた。
「なんだ? 人殺しのクセして、自分が死ぬ時は命乞いか?」
すぐに亜人の少女は隣で寝ている恩人の安否を気にした。
「ううぐっ……ボルカは……ボルカはどうした!!」
冷徹な態度の女性は淡々(たんたん)と語った。
「安心しろ。教授は気絶させてあるだけだ。私に任されているのはお前を殺すことだけ。ボルカを殺ったら余計な騒ぎになるだけだからな。一方のお前は密猟者にでもハントされたとでもいくらでもアリバイ工作や証拠の隠滅は出来る」
この時、フレリヤは見込み以上に抵抗していて、メーヤーは絞め殺しきれずに居た。
(チッ!! この馬鹿力が!!)
「ぐぐっ!! あんたも月日輪廻の弟子の一人なのか!? そうでもなきゃ、あたしを殺す理由なんて……」
メーヤーの表情はまるでお面を被ったように変化せず、不気味だった。
「殺す理由? いや、あるね。どうせ死ぬんだから教えてやるよ。もしウルラディールのお嬢様がお前と接触したらすぐにお前を殺す。それが私がここに潜り込んで雇われてた本当の目的だ。お前を殺せば戦力をだいぶ削げるからな。ゲツジツリンネとかは私には全く関係ない。逆に言えば、あいつらに会わなけりゃお前は変わらぬ平和な毎日を送ってたのにな。殺すことも、死ぬこともなかった。残念だよ。フ・レ・リ・ヤ……」
ギリギリとアメのステッキで締め付けられて、フレリヤの意識は遠くなっていった。
(あぁ……もう……なんか……どうでもいいかな。今までさんざ殺してきたんだ。自分が殺されても文句は言えないよ……)
フレリヤの意識はどんどん遠のいていった。
(あなた、ほんとバカですわ。こんな寒い雪の中で飛び回るなんて。ホント、バカですわね。つきあってられませんわ)
(あらあら、パルフィー。お屋敷に入る時はしっかり体を拭くんですよ。廊下が濡れてメイドにも怒られててしまいますし、なにしろお風邪をひきますよ)
(パルフィーは力持ちだし、すっごいなぁ。私なんてまだまだだよ。テイマーとしても分析官としてもまだまだ……)
(こんのぉぉ~~~!!!! こんなクソ小娘共にアタシが!! あ“だじが…………あがあがが……)
(あ、あのぉ……パルフィーちゃんって呼んで良いかな? 猫耳とフサフサ尻尾がカワイイいね!!)
(間に合え!! シーサーペント・ラージァーーーーーー!!!!)
(ごめんね……パルフィー……わたし……こんなんじゃ……うっ……)
(こぉれフレリヤぁ!! またつまみ食いしおって!! もうちょっと女子らしくせんか!!)
(月日輪廻同士は互いに出会う運命にあるんだぜ?)
(見たんだ、俺、見たんだ!! こいつ……コイツは人殺しなんだ!!)
(おめぇの魔術も中々だと思うぜ。俺とならいい勝負なんじゃねぇか?)
(フレリヤっていうの? 素敵な名前だね!! よろしくねフレリヤちゃん!!)
(ふぅ、ありがとうフレリヤ。死んじゃうかと思ったよ……)
(私がリジャントブイル学院の教授……主に希少生物……珍しい生物の保護をやってるボルカです。よろしくね。そして、こちらが君の護衛をしてくれるメーヤーです)
(……………………………………………………)
そしてハッキリとした声が聞こえる……。
「なにボサっとしてますの? 行きますわよ。パルフィー」
「パルフィー、どうしたの? 置いていってしまいますよ?」
「スゥーーーーーー、カハァーーーーー!!!」
パルフィーは大きく深呼吸してカッっと目を開けた。
その圧に押されて暗殺者は猫のような柔軟さでバク宙して後ろに飛んだ。
「たとえ……アタシが誰で、どんな奴だったとしても……。ここで死ぬ訳にはいかないッ!! 今まで私を支えてくれた人たち、親しくしてくれる人が居る以上、余計にだ!! 確かにアタシは根っからの殺人鬼なのかもしれない。でもだからと言ってうじうじしても今更どうなるものでもない!! だったら……だったらいつまでも引きずって居ないで、前を向くことしか無いじゃないか!!」
それを聞いていたメーヤーは肩を震わせて笑った。
「はっはっは。結局、開き直って人生終いか。いいだろう。私がお前の人生にピリオドを打ってや……!?」
戻ってきたパルフィーは腰を落として独特な月日輪廻の構えをとった。
(馬鹿な!! これが本当に殺人拳術の放つ気か? 澄み渡る空のように汚れや邪気がない。まさか……これが”無殺意の殺意”なのか!?)
不用意に攻めるのは危険だと感じて彼女は付かず離れずを維持した。
「なぁ……やめてくれよ。やめてくれよメーヤー!! あたし、あんたとは殺り合いたくない!! たとえ、そっちに譲れない事情があるからとしてもだよ!! 本当に……本当に殺し合う必要があるのか!? たとえおままごとだったとしても楽しく一緒に過ごした毎日はウソじゃないだろ!?」
彼女の真剣な主張は鼻で笑われた。
「フン。すっかり平和ボケしやがって。そういうアマちゃんな考えが皮肉にもお前の命を縮める事になるんだよ。これ以上、ガキのあそびにつきやってやるヒマはない。死ねェッ!!」
女性らしさとは相反する殺意をあらわにし、彼女は恐ろしい速さでステッキの先端で亜人の少女の胴を突いた。
パルフィーは死を覚悟した。というのも一度も彼女の攻撃を見切れた事がなかったからだ。
このまま急所をやられるか、マナのツボである魔田を突かれる。
しかし、迷いを断ち切った彼女はその一撃から決して目をそらさなかった。
「そこだッ!!」
フレリヤは体の向きを突き攻撃と平行に切り替えて強烈な突きをすんでのところでかわした。
「やめてくれ!! やめてくれよ!! メーヤー!!!!!」
相手は無表情のままだったが、どこか嬉しそうにつぶやいた。
「面白い……。実にやりがいがある。そう思わないか?」
戦いへの戸惑いがパルフィーの反応を鈍らせた。
飴の杖の使い手は走り出すと、対戦相手の腕にステッキの取っ手をひっかけた。
そのまま、思いっきり振りかぶる。
「打ち付けてやる!! せいやぁっ!!」
パルフィーはこの一振りで後方へ吹っ飛んだ。
「くそっ!! この体格差でここまで投げ飛ばされるとは!! 只者じゃない!!」
受け身をとって、猫耳少女は危なげなく壁から床へと着地した。
互いに見合っているとメーヤーに変化が見て取れた。
声のトーンが下がって急に不機嫌そうになったのだ。
「フレリヤ……お前、本気を出してないだろ? わかるんだよ。動きに無駄なノイズが混じってる。どうせやるなら楽しい時間を過ごせたほうが有意義だ。そう思わないか。手加減してるやつに勝っても面白くもなんともない……」
少女は刺客を睨みつけた。
「もう止めようよ……。殺し合いが楽しい時間なわけないって……」
パルフィーは目線を落とした。
そんな彼女にアサシンの女性は提案した。
「わかった。じゃあ、こうしよう。もし、お前が負けたら……私がボルカを殺す―――。そうすれば本気を出さざるを得ないよなぁ? ちゃんんんっと眼の前でボルカを八つ裂きにするところをみせてやるからさぁ」
それを聞いた少女の顔は怒りに満ちていると思いきや、虚しさに満ちあふれていた。
「アタシは大切な人を守るために戦う。たとえその結果、誰かを殺すことになったとしても……」
顔色一つ変えない元護衛だったが、この答えには満足だったようだ。
「その心意気やよし。私も手を抜かずにやらせてもらう。お前の顔が苦悶にまみれるのが楽しみだからな!!」
物凄いスピードでメーヤーは杖の先端で顔面めがけて突きを放ってきた。
「くッ!! 攻めるスキが微塵もないッ!!」
亜人の少女は直感に頼って素敵なステッキを白刃取りした。
眉間から数センチまで飴の先っぽが迫る。
ギリ……ギリギリギリ……
「てぇい!!」
パルフィーはそのまま捻りをつけて杖ごと相手を壁めがけて投げつけた。
もちろんメーヤーも手堅く壁面に着地する。
そのまま壁を駆け上がって天井を舞うように移動し始めた。
(この動き……メーヤーは本当に完全に目が見えてないのか!? 前にもこんなことあった気がするぞ!!)
背後からの強烈なステッキ一振りが来る。
敵を見失った亜人の少女は体をねじってなんとか二の腕でガードした。
「いっって~~~~~!!!!!! こりゃ急所とか魔田を突かれたら一発KOだ!!」
それを聞いて心の中で元護衛の女性はイライラしていた。
(アホが!! こちとら殺す気で当ててんだよ!! デクノボウめ!! とっとと死ねよ!!)
次にメーヤーは手首に取っ手を通すと杖をクルクルとまるでプロペラのように高速回転し始めた。
そして宙を舞うようにパルフィーめがけてタックルしてくる。
「散・体・解ッ!! これは威力、速度ともに最高クラス!! もらったァ!! バラバラになれぇぇぇ!!!!!」
バキバキッ!! メキャァッ!! メリメリッ!!
関節や骨が折れるような鈍い音がしてメーヤーは勝利を確信した。
だが、杖の回転はピタリと止まっていた。
眼の前には血だらけの腕と脚を飴ステッキに絡ませた少女が居た。
肢体をスクリューに巻き込ませて無理やり止めたのだ。
メーヤーは驚いて思わず飛び退いた。
「バ……バカな!! す、捨て身だと!?」
「違うね……。あんたは自分の正面のほんの一部が死角なんだ。アタシが突きを白刃取りした時の反応の遅さで気づいたんだよ。この技だって体の真正面をカバーしてる。目が見えないのに戦えてる術者はどこかしら死角があるもんなんだってどっかで記憶に残っててね。いずれにせよ、アンタ相手で攻めに転じるにはこれしかなかった。さすがにミナレート・キャンディは折れなかったけど……」
パルフィーはまるでゾンビのようにびっこを引いて折れた片腕をぶらぶらさせながら相手に近づいた。
「ふ、ふはは!! この勝負、私の勝ちだな!! 確かにお前は大した奴だよ。だが、見誤ったな!! お前は深手を負いすぎた!! その傷ではもうどうにもなるまい!!」
言葉とは裏腹にその頃になるとメーヤーは取り乱していて、すっかりボルカの事を忘れていた。
まさか必殺必中のはずの技が止められると思っていなかったのだ。無理もない。
そして彼女は不思議なプレッシャーに覆われた。
(コイツ……あれだけ殺りあったのに私を殺す気がない!? いや、これこそが”無殺意の殺意”なのか……!! 来るな……来るなァァァッッ!!)
手負いのケモノはシュンと耳を垂れてすごく悲しそうな顔をした。
「メーヤー……。あんたは可哀想な奴だよ。それじゃ死に場所を探してるだけだ。アンタに足りないのは……”何があっても生き延びる覚悟”だよッ!!」
彼女は残った片手で目にも留まらぬ掌底を繰り出し、暗殺者の頭部にぶち込んだ。
「はああああぁぁぁぁ!!!! 暁破掌!!!!!」
「お……きゅ……ぽ……」
グバシャアアアア!!!!!
まるで大木をスイカに叩きつけたようにメーヤーの頭は粉々に弾け飛んだ。
「あんたの分も……生きるから。許してくれよ……」
自分の血溜まりに浸りつつ、パルフィーは眠りについた。




