クラスメイトの証明
ある日の昼休み、ジュリスは出された膨大な課題を投げ捨ててオーシャンビューの教室から海を見つめていた。
クラス中から視線を受けているのを感じる。
今までカブトムシザリガニだったものがヒトになったのだ。驚かないわけがないだろう。
横目で彼らをチラリと眺めると教室はざわめいた。
これはまだ慣れるまでだいぶ時間がかかりそうだ。
そんな彼にアシェリィが声をかけてきた。
「ガリッ……、あ。ジュリスせん……あ。ジュリス……くん?」
呼び方に戸惑っている班長の方を向いた。
「なんだいリーダー。なんか用か?」
アシェリィは目線を微妙にそらしながら提案してきた。
「あの……そのね。みんな、ガリッツくんの中身がジュリスくんだったって事についていけてないんだ。だからね、皆に対して知ってることとかあれば教えてほしいな……なんて。そうればきっと本人だっていう証明になると思うんだ。ダメかな?」
ダメも何も課題の暇つぶしにはちょうどよかった。
「息抜きがてらだし、いいぜ」
それを聞いたクラスメイト達はワラワラと研究科の上級生の元へ集まってきた。
「待て待て。お前ら一気に来られても困る。一班ずつにしろよ」
そうジュリスが言うと皆は列を作った。
「ハァ……。お前らなんでそんな興味津々(きょうみしんしん)なんだよ……見世物じゃねぇぞ?」
アシェリィは声をあげて笑った。
「ふふっ。クラスの人気者ってことでいいじゃないですか」
紅蓮色の制服の青年はイスにもたれかかって腕を組んだ。
「まずは1班。全体的にポテンシャルが高いが、俺を含めてクセのあるやつが多くて人間関係が壊滅的だった。まぁでも最近はいくらかマシになってきたんじゃないか?」
彼はメンバーに視線を移しながら一言、解説した。
「アシェリィは召喚術の使い手だな。本来、術者としてもリーダーとしても、もっと慎重であるべきなんだが……。でもそこらへんは勇気とガッツでカバー出来ると思うぜ。実は今回みたいな優しい気遣いも出来る。決して女の子らしいとこが無いわけではないぞ」
余計なことを言われて少女は恥ずかしがった。
「次は……フォリオか。おまえは成長株だな。クラスで一番伸びたと言っても過言じゃないよ。まぁ元がひどく臆病なだけだが。こっからどう伸びていくかによって全く変わる。ばあさんのそのまたばあさんのホウキ、大事にしろよ」
ホウキの少年は大事そうにホウキを抱えてコクリコクリと首を縦に振った。
「イクセントは研究科の俺から見ても戦闘力はずば抜けて高い。だが、チームワークは絶望的だ。そのままだといつか必ず後悔する。しっかり信頼できる仲間を作っておけよ」
魔法剣士はそっぽをむいた。
「そしてシャルノワーレ……ノワレか。態度に関しては……もういいだろう。武器の記憶を読み込むWEPメトリーにエルフの十八番の弓技と隙がない。ただ、エルフは元は樹木だから炎や冷気が弱点なのには注意が必要だな」
次は2班がやってきてジュリスの周りを囲んだ。
「2班は回復・補助寄りか。安定感は高いが、その分の攻め手が不足しがちになる。そうすると押し込まれちまうケースも多いだろう。強敵揃いのこのクラスじゃ後手に回ることも覚悟しなきゃな」
この分析は的を得ていた。班員と接していないとわからないはずだ。
「リーダーの百虎丸……クラス最年長だが、実は俺もほぼお前と同い年だよ。よろしくな。夏季休暇のうちに剣術の流派を変えたな? 良い方向にシフトしたと思うぜ。チーム内の攻撃の要の役を果たすんだ。あとお前みたいなケモケモ、俺は大好きだぜ」
百虎丸をポンポンと撫でると隣の女子生徒にジュリスは向きなおった。
「出たよ。あまいもんばっかしか作れないミラニャン。最近になって改善したらしいな。確かにお前のスイーツは絶品だし、マナ回復量は半端ねぇ。体力を回復させられるクッキンガーは多いが、マナを回復させられるのは珍しい。普通の料理も作れるようになったのなら体力も回復できるはずだ。そのうち手料理、食わせてくれな」
百虎丸の年齢やら、ミラニャンの料理の特性などを彼は知っている。
「次は……ヴェーゼスか。色香を使った魅力呪文の使い手だな。決まれば相手を操ったり、一方的に攻撃することも可能。だが、格上や相性が悪いと成功しにくいって弱点がある。今は伸び悩んでるとこだったか。チャームだけに頼らず、他のサブ・マジックを鍛えてみるのもいいかもな。強い魅力系の奴は何かしら別のカードを持ってるもんだ」
そう指摘されてヴェーゼスは目からウロコと言った感じだった。
「あとはカルナ。光と香りの届く範囲なら治癒、リラグゼーション効果のあるロウソク使いのキャンドラーだな。効果は地味だが、縁の下の力持ちってところだな。ここぞという時に真価を発揮する。だが、恋愛沙汰に関してはとにかくうるせぇ。お前そればっかじゃねぇか」
ジュリスはケラケラと笑い飛ばした。
「じょっ!! こちとら冗談でやってるわけじゃないアルよ!!」
エセチャイナドレス風の制服を着た少女は憤慨した。
「そしてレールレール。生まれに関しては俺も思うところがあるが、学院じゃそんなのは関係ねぇ。気負わずやれ。魔術はレールを敷設したりカタパルトの生成が得意だな。これも非常に便利だが、単体ではどうしてもサポート役になっちまう。攻撃に転用できないか考えてみろ」
レールレールは大きく頷いた。
ジュリスの本人証明はいつのまにかクラスメイトと班としての分析に変わっていた。
「3班。この班はとにかく火力が高い。その上、近距離、中距離、遠距離をカバーしてる。班としての戦力は間違いなくトップクラスだ。その反面、危うい面も持ち合わせている。自覚があるとすれば早いうちカバーしとくんだな」
3班の面々が前に出てくる。
「スララはクラスでも屈指の実力者だ。もっとも、それは悪魔に寄生されているという大きな負担によって成り立っている。本人がその点を一番わかっていると思うからあえてそれ以上は言及しない」
彼女はなにを今更といった感じで微笑んでいた。
「おっ。クラティス。今日は学ランなのか。俺としてはチアガールのほうが好みなんだがな。おっと、口が滑ったな。彼女は大きな戦旗を使ったバトルスタイル。旗つっても槍みたいなもんだ。もちろん、はためいている部分での攻撃も可能だろう。こう見えて結構、打たれ強いから切り込み隊長に適してるかな」
クラティスはイケメンにチアのほうを褒められてこっ恥ずかしげに頭を掻いた。
「レーネは最近調子いいな。火属性だけじゃなくて新たな属性のボーリングを修得したようだな。そのペースで新たな属性を覚えていけばエレメンタル・ボーラーになるのも夢じゃない。ボーリングってのはシンプルだが、奥が深い。空中戦や時には狙撃にも使える。アスリートとしてトレーニングを欠かすなよ」
イケメンに認められて悪い気はしないのだろう。
レネも恥ずかしげに少し視線をそらした。
「あと、こっちは出来る方のチビ介のポーゼだ。こいつは見た目に反してパワフルな漢だよ。無口で何考えてるかわかんねぇ時もあるが、肝は座ってる。それに、決める時はしっかり決めてくるしな。武器にしてるポータブル・灯台の火力も半端ねぇしな」
彼は堂々とするでもなく、照れるでもなく、隠れるでもなく、淡々とそこに立っていた。
「あとは問題児のドクだな。使う薬物の効果はどれも高いが、多かれ少なかれ副作用が起こるウィルス・エンサァの使い手だな。運が良けりゃ場をひっくり返せるような治療が可能だが、運が悪いと単なる毒消しでも致命傷になる。いつ動いていつ止まるか。よく考えるべきだ」
彼はメガネをクイッと上げて少し深刻な顔をした。
「4班は……う~ん、それぞれのアクが強すぎてまとまりに欠けるな。個々は決して悪くねぇし、チームとしてもうまく機能すれば化けると思うんだが。まぁ今後に期待だな」
今度は次のチームがジュリスを囲んだ。
「お……おう……。カークス、お前、なんか見違えてねぇか? 今までなんというかほわ~んとした感じだったんだが、急に凛々(りり)しくなったな。もしかして今のお前ならこの班でいい線、行けるかもしれねぇってくらいだ。自信持っていけよ」
敗北を知った者は強い。彼女はまるでそれを体現するかのようだった。
「”タコ人間”のニュル……ってのは差別表現だわぁな。つってもデビルフィッシュ属ってのも大概なもんだと思うが……。お前は全体的に色々な武器を使いこなしてるのは強みだな。足も10本あるし。しかも再生できるしな。おまけに盾も装備可、味方を守りながら攻守のバランスをとるといいぜ」
ニュルは触手で力こぶを作って笑った。
「田吾作は……う~ん。やっぱり野菜がねぇと弱体化しちまうのが非常に苦しいところだ。植物を高速成長させるシード・アウェイカー持ちのノワレと組むとベストなんだが……。別の班だから諦めるんだな。野菜の供給が少ない環境での戦闘もままある。そうだな……ペース配分かな。一気食いするクセをなんとかしたら?」
ジュリスは横の男子に視線を移した。
「キーモ、お前もなんか見違えたな。前はチェルッキィーでの人探し能力だけで、戦闘面はからっきしダメだった。だが、今の姿を見るにバトルモードへの切り替えをマスターしたらしいな」
キーモは瓶底メガネを触りながら尋ねた。
「はて……、見た目は大して変わってないとおもうのでござるが……。わかるんでござるか?」
先輩はうんうんとそれに答えた。
「あぁ、わかるぜ。夏休み中に伸びたやつ……特に飛躍的にパワーアップしたやつは以前と比べてオーラが微妙に違うんだ。量がどうこうってより変質してる感じだな。まぁある程度、腕利きじゃないとわかんねぇらしいが……。じゃ次ははっぱちゃんか」
ワサワサと葉を揺らしてドライアドの亜人は前に出た。
「彼女もカルナと同じく縁の下の力持ち的だな。その場にいるだけで傷を癒やす効果がある。それにはっぱちゃんには珍しい魔術として場のストレスを軽減する効果があるんだよ。戦場では常にピリピリとした空気が漂っていて、それがパーティーに与える悪影響が多い。だから戦いの場では彼女をしっかり護衛することが勝利に繋がる」
これも今まで気づかなかった視点から捉えた戦術でクラスメイト達は感心していた。
「最後に5班だな。この班は占いに、歯車に、罠に、ピアスに、髪の毛とトリッキーな魔術の使い手が多い。正面からというよりは相手のスキを突っつくのがベストかもな」
上級生は黒髪色黒の少年を見た。
「アンジェナは占星術に加え、策を練るのが上手い。あまり実戦には向かないが、活躍してるしな。あとくれぐれも無理はするな。っていうか薄情だと思ってもどうでもいいことは占うんじゃねぇ。そういう魔術使いは得てして早死だ」
心当たりがあるのか、彼は苦笑いしてやり過ごした。
「次にガン。この班のアタッカーだな。マッドネス・ギアの強さはお前の精神力にかかっている。お前ちょっとヘタレなところあるし、なんか心の拠り所みたいなの見つけたらどうよ? 守るものがある男は強いぜ? なぁ?」
レーネに対する好意を暗に匂わされて彼はあたふたした。
「罠使いのグスモは……おめぇも随分逞しくなったな。洗礼試合見たけど、素晴らしい格闘術だったぜ。罠無しでもいけるくらいなんじゃねぇのか? まぁあれじゃ死ぬほどつらい思いしての結果なんだろうがな。よかったな。生きて学院に戻れて」
フォリオやポーゼと変わらないくらいの背丈の少年は控えめに笑った。
「ファーリスはピアスによる遠隔攻撃か。ピアスって色々種類があるから、バトル中にまめにチェンジ出来るようになると対応力上がるぜ。あとお前、頭キレるほうなんだから作戦とか考えながらやってみ。バトルになると夢中になってる感が否めないからな。もっとどしんと構えていくと良いぜ」
そんな風に言われるのは初めてで、彼女は目をパチクリさせた。
「最後にリーチェ。いやー、フィーファン蒔糧祭は素晴らしかったな!! 髪の毛もすっげ~伸びてたしな。俺の毛の色より鮮やかで羨ましいぜ。お前は髪を武器に変形させるスタイルだな。剣とか槍、トゲとか小ぶりなものが中心だがもっと重量系の武器を出してくといい。ハンマーとか鉄球とかの使用率が低いからな」
そう言われてリーチェはくるくると指に自分の髪を巻いた。
「これで全員か? ヒマつぶしの割にゃ大掛かりで説教臭くなっちまったな。何かの役に立てば幸いだ。でもまぁこれで俺がお前らのことをよ~く知ってるガリッツと同一存在って事がわかったろう。いや、ガリッツなんて名前、二度と聞きたくねぇけどな。ナッガン先生が勝手にナントカ語で”混じりけのある”とかいう意味で名付けたやつだし」
オチを聞いてクラス中は笑いに包まれた。
同時に誰しもが彼をガリッツであった者として認めたのだった。




