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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter6:魔術謳歌
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幾重にも連なる知恵の輪

どこからか黄色いランサージュの花が持ち込まれた。


死体の後に生えると言われる植物で、不死者ふししゃとしてよみがえらないでくれという意味も持つ。


やがて、ガリッツの周囲は美しい黄で満たされた。


その直後だった。亡骸なきがらに異変があった。


突如とつじょとしてその背中にヒビが入って輝き出した。


まるで何かが羽化うかするかのような光景だ。


クラスメイト達は驚かずに居られなかったが、あまりにも突然の出来事に反応できずに居た。


ヒビ割れた甲殻こうかくから人間の形をした”何か”が出てくる。


メリッ!! メリメリメリッ!!!! メキャアッ!!


そして”彼”は立ち上がった。


「ふぅ~~~!!!! あっぶねぇ~!! 死ぬかと思ったぜ!! マジで!! 手足とか欠けてねぇよな!?」


そこには紅蓮の長めの髪にえんじ色の制服を着た男性がペタペタと自分の体を確認していた。


180cmはあろうかという長身で、顔立ちは整っていて誰が見てもイケメンだった。


「おいおい。お前ら辛気臭しんきくさいぞ。第一、闘技場の対戦で死者が出るわけあるかよ」


彼は身振り手振りを交えて心配しないよう訴えたが、周囲はこの出来事についていけていなかった。


すると珍しくナッガンが声を上げて笑った。


「はっは。ジュリス。程々(ほどほど)にしといてやれ。みんな困惑しているだろう。ああ、お前たちには言っていなかったが、ガリッツなどという生徒はこの学院には存在しない。仮初かりそめの名前、そして姿だったのだ。その正体は研究科エルダーの生徒。名をジュリス。ジュリス・アルテンと言う」


まだ話についていけていなくて教室の人々は呆然ぼうぜんとしていた。


「いやな、変形魔術メタモーフォージスの術者を相手に戦ってて、俺が仲間をかばったんだよ。それがディナーの会場でな。メインディッシュで出てたソエル・オオカブトと、シャルネ・ロブスターを両手に持ったヤツの魔術をモロに喰らっちまった。結果、あんな合成獣キメラみたいなドブ臭い化物の完成だよ」


ガリッツの奇妙な風体ふうたいに納得がいって思わずクラスメイト達はうなづいていた。


「変形しちまった俺はすっかりわれを失って凶暴化しちまってな。一人、また一人と仲間達は去っていったんだよ。もちろん、俺なりに努力はしていた。化物のからの中で必死に変形をアンロック……もしくは人間の元の姿を再構築さいこうちくする手段を手当たり次第に試していた。それでも体が暴れるのを防ぐことが出来なくてな。人を傷つけて、もう退学寸前だった……」


ジュリスはうつむいた。赤い髪が美しく垂れる。


「ホントに一度変形した自分を元に戻すってのは難しくてな。まるでパズルや鍵開かぎあけ……幾重いくえにも連なる知恵の輪をやらされてるような気分だった。全身が重りだらけの状態でな。だが、もうアンロックは完了だぜ。100%とまでは行かないが、時期にカンは取り戻せるだろう」


苦虫を噛み潰すような顔をしていた彼はすぐに顔を上げて前を向いた。


「そんな俺を拾ってくれたのがこのナッガン先生ってわけだ。学院に在籍ざいせきさせてくれるばかりか、一年のお前らと一緒に学園生活するだけで研究生エルダーの単位をくれるっていうんだぜ? 本当に物好きっているもんだなって思ったぜ」


ナッガンは目を閉じて口角を上げていた。


「おいおい。恩人にその言い様はないだろう。信頼してたとはいえ、正体不明のバケモノを引き取った身にもなれ。ほら、お前らもいつまでもボサッっとアホづらしてないで、状況を理解しろ。班長のアシェリィ、これがどういうことだかわかるか?」


いきなり当てられた少女は焦ったが、あごに指を当てて自分なりに答えた。


「えーっと……。ガリッツ君の中身は実はジュリス先輩で……つまり、ガリッツ君は死んでないって事でいいんですか……?」


ナッガンとジュリスは揃って首を縦に振った。


「まぁ、そういうことだな。危篤状態きとくじょうたいがどうとかいうのは単なる寸劇すんげきだ」

「そゆこと。ドッキリだったってこったよ」


この確認が本人たちから取れると教室に歓喜の渦が巻き起こった。


今度は嬉し泣きしている者もいる。


「あぁーあ。お前らぐちゃぐちゃじゃねぇかよ。でもま、ここまで心配されるなら今までガリッツ”やってきた”のも悪くねぇと思うよ。もっとも、この形に戻れたのはほんの少し前の事だからお前らをだましてる余裕は無かった。そこんとこ勘弁してくれ」


ジュリスはやつれたような顔でにっこりと笑った。


きっと、”羽化うか”に相当のマナを使ったのだろう。


群がるクラスメイト達にもみくちゃにされている。


いつのまにか彼は胴上どうあげされていた。


「あははっ。お前らやめろって! 脱皮だっぴ直後でまだからがやわっこいんだからな! なんつって」


それを遠巻きに眺めながらナッガンは今後のジュリスのあつかいについて語った。


「元の体を取り戻したわけだし、ジュリスは研究生エルダークラスに戻るのが適切だ」


クラスメイト達はピタリと動きを止めた。


「だが、もうここまで乗りかけた船だ。ジュリスにはこのクラスに残ってもらう。俺も単位をくれてやると約束してしまったからな。ただし、研究科エルダーのクラスに顔は出すように。あとは俺がみっちり宿題を出してやるから全部こなすこと。いいな?」


それを聞いた教室の生徒達はまた胴上どうあげを再開し始めた。


「うえ~っ!! ナッガン先生の宿題とか聞いてねぇよぉ~。絶対マゾいって!!」


研究科エルダーの青年は目を片手でおおった。


「なお、演習や遠足などの実戦を含むものに関しては手加減して参加するものとする。ジュリスだけ残った場合はその時点で失敗確定だ。上級生に手伝ってもらおうなどと甘っちょろいことを考えないことだな。まぁ腕の立つ奴ほど手加減が上手いと相場が決まっている。それに教師課程なら余計に生徒を傷つけるわけにも行くまい」


何気ない一言にクラスは困惑に包まれた。


「え、せ、せんせい? ほ、ほんとに?」

「えぇ……そ、そういう感じじゃないけど……」

「それでいて先生ですの?」

「教師志望の自覚あるのか?」


飛んできた1班の手厳てきびしいリアクションに教師を目指す者は顔をしかめた。


「お~ま~え~ら~。こんなんが教師せんせいで悪いか。そんな事言ったらナッガン先生だって大概たいがいのもんだし、俺はむしろリジャントブイルの中では常識人じょうしきじんの方に分類されるんじゃないか?」


その指摘に誰も反論出来なくなってしまった。


「ゴホン。その話はまたの機会にしろ。ジュリス、そういうわけでお前は1班の連中と改めて挨拶あいさつして席につけ」


彼はひらひらと手を振ってぶっきらぼうにそれに答えた。


フォリオはなんだかおびえている。


「ほ、本当にガリッツくん……な、なの?」


ジュリスは戸惑う彼にデコピンを食らわした。


「あ、あいたっ!!」


少年はおでこをさすった。


「ホントもウソもあるかよ。ガリッツはもう居ない。ジュリスだジュリス。早いこと覚えてくれよな。にしてもチビすけ、お前、最初はどうしょもないグズだと思ったが、なかなかいい伸びっぷりだな。その調子で行けば良い使い手になれる。周りの信頼だけじゃなく、自分で自分を信じる力を見つけていくんだな」


フォリオは未だに事態に追いついて行けていないようで、キョトンとした顔をしていた。


「次は……ノーブル・ハイ・エルフのノワレお姫様おひめさまか」


スッっと青年は握手を求めて手を差し出した。


「今更ノーブル・ハイを持ち出してくるのね。しかももう姫君ひめぎみでもなんでもないですわ。意地悪なおかた


ノワレは適当に手を握り返した。


「ふ~ん……。お姫様も随分ずいぶん変わったな。ちょっと前まで見るに耐えがた傲慢ごうまんな態度だったのにな」


突っつくように言われてシャルノワーレは怒った。


「んもう!! 本当に気にさわ殿方とのがたですわね!! 人には触れられたくない事もありましてよ!?」


ジュリスはその反応を見て深々と頭を下げた。


「これはこれは……。気を悪くしないでいただきたい。今の貴女あなたが以前と違うのは一目瞭然いちもくりょうぜんです。それを今更になってし返すにする気は毛頭もうとうありません。まぁ、婚姻こんいんネームをアダ名にされてるのはホント気の毒だとおもわれますが……」


彼はギリギリのところでエルフの少女をおちょくった。


「フンッ!! 本当に失礼なおかた!!」ガリッツのほうがマシでしたわ!!」


次に席に座るイクセントの隣に彼は立った。


無言のまま拳を差し出す。


するとイクセントも黙ったまま拳を突き出して、互いに拳をぶつけ合った。


ほとんど他人と馴れ合わないイクセントらしくない行動にクラスメイト達は驚いた。


しかし、拳を突き合わせるだけで一言もしゃべらなかったので、これが何を意味するのか全くわからなかった。


「最後はアシェリィか。お前、よくこんなじゃじゃ馬パーティーで班長やってきたな。同情を越えて尊敬するぜ……」


アシェリィは違和感を覚えてまともにジュリスの顔が見られなかった。


「あはは……ガリッツ……君なんだよね? 全然実感わかないな……」


そう言われた研究生エルダーは肩をすくめた。


「そっちが知らなくてもこっちは知ってんだぜ? 考えてそうだが、無鉄砲でお転婆てんば。……あんまりお転婆てんばが過ぎるとカレシできねーぞ。リーダー」


「なっ!!」


アシェリィの顔は湯沸かしのように真っ赤になった。図星である。


「やっぱジュリス先輩は教師に向いてないですね!!」


イヤミったらしくアシェリィは反撃した。


「まぁまぁ。お前ら、からかって悪かったって。こう見えて根は真面目だから誤解しないでくれ。生徒目線でのフランクな指導がモットーなのさ。あ、あと俺は呼び捨てでかまわない。というか呼び捨てにしてくれ。先輩って言われるのに慣れないんでね。お前らとは対等な仲間だと思ってるからな。どうかよろしく頼むぜ」


今までさんざんクラスメイトを振り回して茶化ちゃかしてきた彼だったが、深くお辞儀じぎをした。


いざ名乗るとなると締めるところは締める至って誠実な人物である事がわかった。


彼ならばきっと良い先生になる。そんなカリスマ性も感じ取ることが出来た。


もっとも、同時に教師としては青臭すぎるところもそれと同じくらいに感じられたが。


こうしてナッガンクラスに新たなメンバーが加わった。


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