さようならガリッツ君
司会のシュテナがマギ・マイクを握った。
「さて、洗礼試合も5日目と最終日を迎えました。今年は例年より新入生が活躍している印象です。今日はどうでしょうか? 流石に5日目となると我々アナウンサーも疲れてくるのですが、これで一区切りです。最後まで盛り上がっていきましょう!!」
人気女子司会のシュテナに男性陣の熱いコールがあがった。
「えーっと、次のステージは……水中!! なんと水中です!! 空中に並ぶ特殊ステージで、陸地は一切なしの水と底砂で満たされた空間での戦いとなります。長時間、水中で溺れないスキルや、水中で呼吸出来るスキルのあるファイターでないとまともな戦闘は不可能と言っても過言ではないでしょう!! これは見ごたえのあるバトルになりそうですね~!」
まずは上級生がやってきた。まるでワニのような顎の突き出た姿をした魚に跨っている。
「イェ~イ!! フィッシュテイマーのシャニィだよ~。みんなヨロシク~~~」
快活そうな少女はVサインを出してゴキゲンにキメた。
「シャニィ選手のあの魚は……ライネン・ガーですね。大きいものだと10mを超えると聞きます。彼女のはおよそ5mといったところでしょうか。それでもかなりの威圧感を感じます。水中なのにクリアな発音ができているところから見ても、魚といくつかの機能をリンクしていると思えます。一方、対戦相手は……」
どぷん!!!!!
大きな水音を立ててカブトムシザリガニの化物が水底に沈んでいく。
ゆらゆらと沈んでいくだけでピクリとも動かない。
「あっちは……ナッガンクラスのガリッツ選手ですね。…………見た目はロブスターっぽいところもあるんですが、大丈夫なんでしょうか? ちょっと呼吸できてるか怪しいところがあります。もっとも、水中ステージに不適な選手は選ばれないようになっているのでそこらへんの心配はいらないんでしょうが……。それでもちょっと心配ですね」
シュテナは思わず首を傾げた。
「あっ、オッズ出ました。ガリッツ選手、4.6倍です。まぁ妥当な倍率じゃないでしょうか。番狂わせはそう簡単には起きないだろうとジャッジされたようです。では、そろそろ行きましょうか。れでぃ~」
カンカンカン!!!!!!
戦いの火蓋が切って落とされた。
「先手必勝!! きっとロブスターのお肉はおいしいぞ♪ 集まれピラニー・テトラ!!!!!!」
シャニィは水中で指笛を吹いた。
すぐにブルーとレッドのネオンのような小魚がワラワラとガリッツを襲った。
一匹一匹は小さいが、あまりにも数が多くてしかも鋭い牙を持っている。
本当にエサに群がる魚のような状態になってしまった。
ついには節のある脚部まで何本か食いちぎられてしまっている。
それでもガリッツはピクリとも動かない。
ナッガンクラスの面々は応援どころではなく、悲鳴を上げていた。
このままでは大怪我どころか、命に関わりかねないダメージを受けているのが明らかだったからだ。
しかもガリッツにギブアップが出来るとも思えなかった。
やがて、ズタボロになったビートル・ロブスターは底の砂地に接地した。
「うわぁ……。やりすぎちったかな? 死んでないよね?」
シャニィは水面近くから遠くに見えるエサを見下ろしてつぶやいた。
身を乗り出して下の方を観察していると動きがあった。
なんとドブ臭い化物が水中で羽ばたきし出したのだ。
それは推力を生んで、一気に水面近くまで舞い上がった。
ブーーーーーーーン!!!!
スクリューのような鈍い音が響く。
「ッッッ!!!」
すぐに上級生は魚に後退指示を出したが、反応が遅ければ真っ赤なハサミのアッパーカットが決まるところだった。
「ええ? わざとッ!? ガーちゃん、思いっきり噛み砕いてやって!!」
アッパーの空振りで隙だらけになったガリッツを巨大なくちばしのような口をした古代魚が襲った。
それに対してまたもや彼は羽ばたいて、今度は再び水底に逃げた。
そして頭から砂に突っ込むと水面に向けて、見えても居ないのに前触れもなくビームを発射した。
光線はシャニィの鼻頭をかすめる。
「ぐっ!! ビームが水中で減衰しない!? あなた何者!? ちょっとやりすぎたかなと思ったけど、とんだ勘違いだった!! とっととエサになってもらうよ!! グラチャン!!」
シャニィが指令を出すと砂地に隠れていたアンコウに似たグロテスクな魚が飛び出した。
巨体で大きな顎、鋭い牙、奈落にも見える口の奥。
砂に半身がハマったガリッツは回避が遅れた。
バグンッ!!
なんと彼の立派で真っ赤な右のハサミはグラチャンに食べられてしまった。
闘技場はあまりの酷い試合展開に静まり返った。
我に返るようにシュテナが実況を挟む。
「こ、これは……。ガリッツ選手、満身創痍です。失われた体の部位は食べられてしまっているところも多く、再生するのはかなり時間がかかってしまいそうです。これでは医務室での治療は難しいですね。魔術修復炉……リアクター室送りでしょう」
“リアクター室送り”と聞いてオーディエンス達は騒然とした。
「えー、補足します。実はガリッツ選手はギブアップサインが決められており、どうしても苦しい時はサインを出すようにナッガン先生から伝えてあるそうです。にも関わらず、ガリッツ選手がサインを出さないということは……まだ彼は戦う意志があるということ。Drストップは未だ出ず。 試合続行です!!」
コロシアムの観客達は爆発したかのように盛り上がった。
ナッガンクラスの面々は彼を必死に応援していた。中には号泣しているものも居る。
ドブ臭く、気持ちの悪い化物だったはずにも関わらずだ。
「ぐっ!! グラチャン!! 丸呑みにしちゃって!!」
迫りくる化物アンコウをカブトムシザリガニの化物は羽ばたいて緊急回避した。
水中に浮くとガリッツは明後日の方向へビームを発射した。
シャニィはそれを見て鼻で笑った。
「ふふん。ヤケッぱちの一発ってわけ? 大人しくギブアップしていればそこまで重傷にならなかったものを!! バカよあん―――かはぁっ!?」
魚使いの少女は背中に激痛を感じた。
戦っている本人は何が起こったか全く理解できていなかったが、観客席からはよく見えた。
「これは……跳弾!! ビームが壁面を反射してシャニィ選手の背中に直撃しました。これはマグレでは起こりえません。間違いなく狙っての一撃です」
直撃を喰らった上級生だったが、冷静さを欠かなかった。
「ふん。だから何? 跳弾出来たところでこの威力じゃぁねぇ。やっぱ勢い落ちてる。水中でビームなんてのが無茶な―――ごほぉっ!!」
ガリッツは水底に落ちていく途中でまたビームを発射していた。
それが再び跳弾し、見事に一度当てたシャニィの背中の同じ箇所にまたもや当たったのだ。
「くぅぅ……痛ッッた~い!!!! あんた手加減してるでしょ!? ふざけないでよ!! あったま来た!! リアクター室送りにしてあげるわ!! ピラニー・テトラ!! ゆらゆら沈むエサよ!! お腹いっぱい食べちゃいなさい!!」
さきほどと同じ種類の小魚がガリッツに群がる。もう今度こそダメだった。
彼は見るも無残になり、硬い甲殻だけが残る形となった。
誰がどう見てももはや戦闘不能状態である。
カンカンカン!!!!!!!
「決着です!! シャニィ選手VSガリッツ選手の試合はシャニィ選手の勝利です。いやぁ、素晴らしい勝負でしたね。ガリッツ選手は復帰まで当分かかってしまうかと思いますが、期待のファイターとして活躍してくれるでしょう。それでは試合を終わります」
今のがナッガンクラスの最後の洗礼試合だった。
クラスメイト達は混乱しつつもナッガンにガリッツの容態を確かめた。
「その件だが……とりあえず教室へ戻れ。そこで報告する」
ナッガン教授の顔つきはとても険しかった。
クラスの誰もが最悪の結果を想像せざるをえなかった。
お通夜ムードで皆が教室に帰ってきた。
「まずはお前ら、上級生相手によくやった。負けた者にもボロ負けというのは居ない。みな敢闘していた。ひとまずここでは勝敗にこだわらなくても良い。勝ったものも、そうでないものも、今後の糧になるようにこの経験を生かしていけ。一応だがそれぞれの勝敗を確認しておく」
ナッガンはバインダーを取り出して読み上げた。
「アシェリィの1班は……アシェリィが勝ち、フォリオが負け、イクセントが勝ち、シャルノワーレが勝ち、ガリッツが負け……だ」
教室はガヤガヤし始めた。
「次に百虎丸の2班だ。百虎丸が勝ち、ミラニャンが勝ち、ヴェーゼスが負け、カルナが負け、レールレールが負け。以上だ」
勝ちそうだとおもった仲間が負けている。やはり洗礼試合は厳しいものがあるようだ。
「3班だ。スララが勝ち、クラティスが勝ち、ドクが負け、レネが勝ち、ポーゼが勝ちだ。相手との相性もあるがこのクラスでは一番勝率が高いな」
クラスメイト達は拍手して3班を称えた。
「4班はカークスが勝ち、ニュルが負け、田吾作が負け、キーモが勝ち、はっぱちゃんが負けだ。まずまずといったところだな」
ナッガンはペラリとバインダーの資料をめくった。
「最後に5班。アンジェナが負け、ガンが負け、ファーリスが勝ち、グスモが勝ち、リーチェが負けだ。以上、これが俺のクラスの試合結果だ。トータルで見ると13勝12敗だな。新入生の洗礼試合の平均勝率が3割な事を考えると格上相手に五分五分でやりあったのは上出来だと言えるだろう。自信を持っていいぞ」
それを聞いて緊張の糸が切れたのか、クラスに笑顔がポツポツと浮かび始めた。
やがて互いの健闘を認め合うように熱心に皆が試合の話で盛り上がった。
ナッガン教授は腕組みをするとその光景を見て満足げに頷いた。
だが、楽しい時は長く続かなかった。
ドアを激しく叩く音がする。
ダンダンダン!!!!!
「ナッガン先生!! ガリッツ君が!! 魔術修復炉……リアクターでも間に合いません!! 危篤状態です!!」
応答する間もなく、前方のドアから無残な姿のガリッツがキャスターに乗せられて運び込まれてくる。
誰がどう見てもそれは息絶えかけていた。
クラスメイト達は駆け寄って大声で呼びかけた。
「ガリッツくん!! ウソでしょ!? ガリッツ君!!!!」
「あなたのことは本当に嫌いですけれども、ここで死んでしまうのは早すぎますわ!!」
「ガ、ガリッツくぅん!! し、しなないで!!」
「…………生き物はいつか死ぬもの。それが早いか遅いかだけの差だ。そしてお前も先に逝ってしまうのだな……」
1班以外のクラスメイトも必死で声をかけ続けたが、何の反応もない。
1人、2人と諦める者が出てきた。
やがて彼らは喚くのを止め、冥福を祈る所作へと変わっていった。
「さようなら……ガリッツ君……」
アシェリィ達は亡骸に黙祷を捧げた。
こうして多くの友に囲まれ、”ガリッツ”は死んだ。




