トリックスターはどっちだ
アシェリィはいよいよ闘技場の舞台に立った。
イクセントと同じく、気持ちは酷く落ち着いて澄み渡っている。
あれだけ血の滲む修業を乗り越えたのだ。
多少のことではびくともしないガッツを引っさげて彼女は堂々と胸を張った。
「今日は実況教授ことノールスが担当します。たまには教授も実況したいもんね。さて、アーシェリィー君だけど、なかなか良い感じだね。こりゃいいとこいくんじゃない? ちなみに先日のイクセント君の番狂わせのせいでオッズは3.7と低めとなってるよ。ま、しょうがないね」
コロシアム中からブーイングが上がった。
「とは言っても3.7倍はでかいじゃない。文句言ってないで賭ける人は賭けなさいよ。ほんじゃ、対戦相手のご紹介。シパ出身で忍術の使い手の落影君です!! 魔術は……ネタバレだから当然ヒミツね。今回のステージは砂漠!! 暑いし、足元をとられる過酷なコンディションです。さて、2人はどんなバトルを見せてくれるのかな?」
カンカンカン!!!!!!
アシェリィはこの暑さを懐かしく感じていた。
(そうだ……これ、北方砂漠諸島群の遠足とソックリなんだ。だから、多少は慣れていると言うか、へばってしまうことはなさそうかな)
一方の落影は黒装束で見るからに暑そうだ。
必死に汗を拭っている。
それを観察する余裕のあった召喚ガールはもしやと思った。
(あれ……もしかしてこの人……暑いのに弱い? チャンスかもしれない!!)
「くっ!! これは早く決めないとまずいでござる!! 忍技!! 三心分身!!」
すると忍者は3人に分身した。
「うそぉ!?」
最初、アシェリィは砂漠ゆえの錯覚と思った。
しかしどうやら3人全員に存在感はあったし、単なる幻ではないのは明らかだった。
「あっとぉ!! 初手で忍者の十八番の分身かぁ。でも、砂漠がニガテなのか本調子じゃないね」
アシェリィは師匠の言葉を思い出した。
「……召喚術師はとにかく打たれ弱い。もし、こちらから先制攻撃できそうな場合であっても、まずは守りを優先して相手の動きをよく観察するんだ。相手の動きが読めたら反撃開始。できるだけ効果的な幻魔を召喚していければ多少の不利はひっくり返せる。いいね、まずは守るんだ!!」
少女は腰に貼りつけたブックから召喚を始めた。
「サモン!! カーキサンドイェロゥ!! サンドリス・シールド!! エン・ドライシー・フィッシェア・スケベベス・サモン!! ウオポン!!」
自分の全面にサンドリスで盾を張り、魚の干物の幻魔であるウオポンと背中をくっつけあって防御を固めた。
「お~っと。アシェリィ君、守りを固めた。そ~だもんね。召喚術師は迂闊に仕掛けるべきじゃない。懸命だね」
落影は目にも留まらぬ速さで円形に回りながら苦無の弾幕を張った。
「こしゃくなッ!! 回転苦無!!」
だが、サンドリスとウオポンによってうまい具合にそれらを弾くことに成功した。
「ウオポンさん!! どれが本体だかわかる!? 当たり前だけど術者本人をKOできれば分身は消えると思うんだけど!!」
干物は背後の少女に聞こえるように大きな声を出して答えた。
「ギョ、ギョギョ~~~さっぱりわからないです~~~。第一、あの人めっちゃ速いし。それに、見た目の区別はほぼ不可能じゃないですか~。ときどき痛いの飛んでくるし~。もうイヤになりますギョ~~~!!!!!」
アシェリィは気になるワードを拾った。
「ときどき痛い? 他のはそうでもないの?」
ウオポンはよくわからない問いに戸惑った。
「主はサンドリスで完全防御してるからわからないかもしれないですけど、アイツの苦無の威力、ムラがあるんですよ。ウロコで弾けるものもあれば、ホラ。こんな風にグッサリ刺さるものもあるんです!!」
干物の化物は刺さった得物を指さした。
「そっか!! 多分だけど分身すると戦闘力が分散するんだ。そして、本体に戦闘力が一番残ってる……はず!! なら強い魔力に反応するように幻魔に命令を出せば!!」
落影は暑さでバテてきているのかわずかに速度が落ち始めていた。
アシェリィはそれを見逃さなかった。
「サモン!! クリアランス・ヒーリンレイン!! ランフィーーーーネ!!!!!!」
彼女がそう唱えるとステージ上空が分厚い雲に包まれた。
そして砂漠にも関わらずシトシトと雨が降り始めたのだ。やがてザーザー降りへと変化した。
「アシェリィ君、雨乞いだ~。猛暑に耐えかねたかな?」
一方の忍者はこれに喜んだ。
「おお!! なんという恵みの雨!! だが迂闊でござったな。拙者の活力はこれで回復!!」
だが、それで終わらなかった。
「……からの!! サモン・ライジン・ボルティング・ミキシング・レイニーデイ!! ミックス・ジュース ランフィーネ・エン・フェンルゥ!!」
雷の幻魔、フェンルゥと雨の幻魔ランフィーネが混ざることによって激しい雷雨が発生した。
「てぇい!!」
召喚ガールが片手を持ち上げてギュッと握るとそのたびに激しい落雷が生じた。
そのまま空間をこねくり回すように両腕を動かすと降っている雨に電撃が伝わってステージ全体がバチバチ、ジージーと轟音を立てた。
常人ならば回避する場所はほぼ無く、防御するしか対処法が無い。
だが流石の中等部といったところだろうか。
飛ぶようにして巧みに電撃の海を避けてみせた。
「三身一体!! 忍!! 忍忍忍!! 忍者とは耐え忍ぶ者也!! これしきの事で拙者は倒せんよ!!」
「これは素晴らしい戦いだね。互角と言ってもいいだろう」
ノールスは満足げに首を縦に振りながらつぶやいた。
雨によってドロリと溶けたサンドリス越しに落影の姿が見える。
「あっ!! 分身が消えてる!! コピーってかなり高度な魔術って師匠が言ってたっけ……。ということは2人撃破したからそれなりダメージを与えてるはず!! こっからが正念場かな!!」
忍はこうなるとは予想もしていなかった。
(くっ!! よもや下級生風情に分身がやられるとは!! もう一度、分身するか……? いや、無闇に同じ手を繰り返せば相手も返してくるに違いない。それに消耗も激しい!! あの広い範囲に攻撃力……おまけに拙者のニガテな猛暑!! 悔しいながら相性がかなり悪いでござる。かくなる上は分身に頼らずで一人でこの小娘を倒すしか!!)
上級生は苦無を構えた。
一方のアシェリィは腰の釣り竿を抜き取って戦闘態勢に入った。
(”にんじゃ”って確かかなりトリッキーな戦い方をするんだったっけ。師匠がうかつに攻めるなって言ってたし。中~遠距離を維持したまま、懐に入られないように立ち回る!!)
「おっと。忍術VS釣り竿とか珍しい組み合わせだね」
実況教授は目を細めた。
彼女が折りたたみ式の釣り竿を展開すると相手がなにか投げてきた。
「お返しでござる!! 雷遁の術!!」
少女はすぐに飛んでくる物体の属性を感じ取った。
「これは……雷!! サモン!! マッディ・ブラウン!!! ドンドマッドマッド!!」
すぐにスワローテイルmk-Ⅲを振って飛来物に直撃させた。
ベチャリと音を立ててそれは茶色の塊にくるまれた。
「何!? あれは……泥!? 無効化狙いか!!」
幻魔ルアーを投げた勢いで雷遁は落影めがけて飛んでいった。
(このまま電撃を返してもきっと避けられちゃう。相手の裏をかくんだ!! ドンドマッドマッド!! その仕掛けの構造を変化させて!! チェンジ・エレメンタル・ハック!!)
竿の先の泥の幻魔は弧を描いて忍者の頭上に到達した。
同時に召喚少女が詠唱する。
「ラーダ・ストラーダ・ネット!!」
ラーダの草のツタがクモの巣のように展開して落影を捕らえようとした。
「なんのっ!! 甘いでござるよ!!」
彼は影を残しながら軽やかに捕縛攻撃をかわした。
「まだだよ!! 咲け!! 毒の華!! サモン・ラーダ・ポイゾニ・ブロッサミィ!!」
広がったラーダのツタのあちこちに紅色をした鮮やかな花が咲いた。
「くぅ!! これは毒!! しかし、我ら忍、毒に関しては得意分野!! この丸薬で!!」
落影は腰の小袋から解毒剤を取り出して飲み込んだ。
「毒は効かないか……」
実況役は首をひねった。
「う~ん、先生、残念ながらあまり幻魔には詳しくないんだ。だから何が起こってるのかサッパリ……」
コロシアムは激しいブーイングに包まれた。
アシェリィの攻撃後の合間をついて相手は仕掛けてきた。
「追尾式手裏剣・九尾!!」
目にも留まらぬ速さで忍者は9つの尖った部位のある手裏剣を連射してきた。
朱色の美しい色をした武器だ。
「うわ!! あれが噂に聞くシュリケンか!! しかも追っかけてきてるし!! サンドリスは間に合わない!! ウオポンさん!! 守って!!」
すぐにウオポンは盾になるようにしてアシェリィをかばった。
ザクッ!! ザクザクッ!!
「ギョギョ、ギョギョギョ~~~」
攻撃を受けた彼は紫色の幻気体を上げて蒸発していった。
「あ、今度はわかります。スリケンだよスリケン」
落影は手裏剣を更に取り出した。
「まだまだ!! 九尾は連射可能!! 痛い目をみせてやるでござる!!」
不利な環境ながらもペースを取り戻した忍は勝ちを取りに来た。
「くっ!! 数も威力も段違い!! これじゃどこまでいけるか!! スワローテイルmk-Ⅲ!!」
アシェリィは釣り竿を器用に振り回して小石のドンドマの力を借りながら出来る限り手裏剣を撃ち落としていった。
ザシュッ!! ザッ!!
「あだっ!!」
太ももに攻撃が直撃し、ざっくりと切れた。左腕にもかするように当たる。
思わず少女は血の吹き出す傷口を押さえた。
「勝機あり!! まだまだ九尾はたくさん用意してあるでござるよ!!」
(あててて……。避ける手はいくつかあったけど、ここはあえて肉を切らせて骨を断つ作戦!! ニセモルポソほど痛いわけじゃないし。この人は油断させないと攻撃があたらないと思う。いくら機動力の高いニンジャでも隙を突かれたらたまらないと思うんだよね!!)
落影はいくつも手裏剣を握って九尾の二波を構えた。
「あー、これは落影君にきまったかな!?」
そのタイミングをアシェリィは見逃さなかった。
「サモン!! リーヴス・カノンノ・レーザー!!!! ザンハ!!!!」
召喚術師の両方の手の指先から木の葉のビームが発射された。
かなりの速度で発射されており、攻撃態勢に入っていた忍者は避けることが出来なかった。
そして木の葉は彼の両脚の太ももあたりを抉った。
「ヒットぉっ!! まぁ照準サポートつきなんだけど」
忍は手裏剣をばらまいて脚を押さえた。
「しまった!! 見切れなかった!?」
回避能力が著しく落ちた相手を血を滴らせたままのアシェリィは狙い撃った。
決して彼女の傷も軽くはなかったが、全く怯まなかった。
「あ~~~。これ肉をきらせてナントカじゃない?」
もうだれも教授の実況を聞いていなかった。
「はああああぁぁぁぁ!!!!!! サモン!! ザンハ!! リーヴス・カノンノ・バスターキャノン!!!!!」
ボシュゥゥ!!!!!
枯れ葉の塊がキャノン砲になって落影を襲った。
「何ッ!? 速くはないがこの脚では!! ぬわあああああああああぁぁぁぁ!!!!!」
攻撃が直撃した忍者は激しく吹っ飛んで砂にまみれ、全身に打撃ダメージを負って気絶してしまった。
カンカンカン!!!!!!!
「はい。試合終了~~~。今年の新入生はすんごいね。特にナッガン、トーチル、リリラフクラスの活躍が目立ちます。上級生しっかりしろ~」
アシェリィも相当ダメージを受けており、砂の上にかがみ込んでしまった。
地面が出血で濡れる。
「ハァ……ハァ……やっぱり実戦は違うな。そううまくはいかないや……」
またもやの番狂わせで闘技場はグラグラと揺れた。




