ラーシェの親友VS担当生徒
「えーっと。次の実況&司会はコロシアム・レディのシュテナが担当いたします。みなさんお手柔らかに……」
会場は全くお手柔らかではなかった。
「で、ですね。次のカードはメリッニ選手VSイクセント選手です。えーっと……今回のオッズは新入生が勝てば7.3倍ですね。まぁ並の倍率と言えるのではないでしょうか。舞台は草原です。割とプレーンに近く、戦闘にさほど影響がない地形と言えるでしょう」
ナッガンクラスの客席で観戦していたラーシェは思わず立ち上がった。
「は!? メリッニとイクセント君が当たるの!? ウソでしょ!?」
突然立ち上がったセミメンターに驚いて百虎丸が声をかけた。
「お知り合いでござるか?」
ウサミミの亜人の方を振り向いて彼女は説明した。
「そう。皆にも言っとくけど、メリッニは私のサブクラス……グリモアルファイタークラスの同じチームなの。付き合いも深いし、親友なんだけど……。あぁ!! でもイクセント君も応援したいし、どうすればいいのよぉ!!」
ラーシェはワシャワシャと頭をかき乱した。
美しい金髪のポニーテールが台無しである。
急いでアシェリィとノワレがクラスメイトの集まる観客席に合流した。
「あれ、なんかラーシェ先輩、慌ててない?」
クラティスが腕を組みながら話の経緯を教えてくれた。
「ラーシェ先輩の親友が次の試合に出るんだってさ。で、イクセントも出るから板挟みになってるってワケ」
そうこうしているうちに2人が入場してきた。
激しい喧騒の中に包まれていたが、イクセントは酷く落ち着いていた。
(なんだこの不思議な感覚は……。今までとは何かが違う気がする。人は一度死にかけると飛躍的に伸びると聞いたことがあったが、それなのか……? 明鏡止水といったところか……)
一方のメリッニは少年を煽っていた。
「ヘイ、少年!! 私、手加減って言葉を知らないから。痛くて苦しくなったら早くギブアップすること。いいね? 大怪我負われても後味悪いんでね!!」
彼女はトントンと独特のステップを踏み始めて構えた。
「お~っと、メリッニ選手、随分と挑発的ですね~。自信の現れでしょうか!! それじゃ、いきま~す。勝つのはどっちかな?」
シュテナは熱血系のドガに対しておっとりとして落ち着いた実況をするアナウンサーだった。
カンカンカン!!!!!!!
戦いの火蓋を切って落とす合図が鳴り響いた。
「まずは軽くご挨拶を!! 格闘の基礎!! パンチ・パンチ・ソバットォ!!」
対するイクセントは一発目のパンチを左ステップで、二発目を後方ステップで、大ぶりなソバットを二連ステップで回避しきった。
まるでウサギが跳ねるように華麗にピョンピョンとステップを踏む。
もうそれだけで闘技場は爆発しそうだった。
(これは……二重ステップ回避が出来るようになってる!! これなら多少、相手のリーチが長くても避けることが出来るッ!!)
「あ~……メリッニ選手、このコンボは決して慢心ではないですね。にもかかわらず回避されてしまった~~~」
単純なメリッニは攻撃がかわされた事にイラッっとしていた。
「こんのっ……新入生のクセして生意気な……でやぁ!!」
今度は突進の勢いを加えてのストレートパンチだ。
とてもではないが常人が見切れるスピードではない。
イクセントは反射神経の限界を超えてひらりとそれを避けた。
だが、相手も相手ですれ違いざまに回し蹴りにモーションを変えてきた。
「へへ~ん!! フェイントもらい~~~!!! 首刈りハイキック!!」
さすがの上級生だけあって二段ステップが間に合わない。
少年はかろうじて抜刀し、剣で足蹴りガードした。
だが、剣はその反動で弾き飛ばされて草むらの中にガサガサと音を立てて隠れてしまった。
司会&実況のシュテナは落ち着いたトーンのまま続けた。
「これは~。イクセント選手、剣を手放してしまいました。剣術が使えなくなってしまいました~~~」
上級生はニタリと笑って少年を指さした。
「ふふん♪ グリモアルフェンサーなのに剣がなきゃね~。お気の毒ゥ~~~」
剣を失った魔法剣士は俯いた。
「……え……の……」
「ん?」
中等部の少女は首をかしげた。
「炎獄の煮底!! マントリアス・ボトミィ・マントリア!!」
イクセントがそう唱えると試合会場全体の地面から超高熱のマグマがせり上がってきた。
「あっち!!」
思わずたまらなくなってメリッニはジャンプして高く飛び上がった。
草原の舞台は一面の焼け野原の灼熱の海へと変貌した。
「誰が剣がないと戦えないって言った? むしろ剣を持たせておいたほうが苦しまずに済んだかもな……」
ジリジリせり上がるマグマと熱波にメリッニの呼吸は荒くなっていた。
「くっ!! コイツ、出来る!!」
少年の方はマグマの中にいてもダメージが無いようで平然としていた。
一方のメリッニは熱で炙られてどんどんイライラが溜まっていく。
「クソッ!! 新入生相手にこんな奥の手を使うハメになるなんて!! アンタが悪いんだからね!! シャドウ・ハンズ!!」
すると突然、何者かの手がイクセントの襟をがっちりつかんだ。
「魔術障壁にブチ当たって気絶しちゃえ!!」
半端ない力で後方へ引っ張られ、マグマの外に引きずり出されてしまった。
「出ました~~~。メリッニ選手のシャドウ・ハンズ~~~。対策を練らなければ回避することはまず不可能~~~。メリッニ選手、本気で落とす気ですぅ~~~」
そのまま物凄い勢いでイクセントは障壁めがけて投げつけられた。
「なんのっ!!」
投げられた方は魔術で反射神経を強化して、宙返りして壁を蹴った。
「今度はこっちの……ぐぅ!?」
少年はまたもや空中で何者かにガッチリと首筋を掴まれた。
どう考えてもメリッニの魔術なのだが、相手とはかなり距離が離れている。
「くっ!! 遠隔系の魔術か!! それにしても攻撃が見えない!! このまま何もせずにいれば負ける!!」
そうこうしていると首筋がギリギリと締め付けられ始めた。
観客席のソールルはやれやれとばかりにつぶやいた。
「あ~あ。大人げないな~。やっぱ無理だって。だってメリッニのシャドウ・ハンズって基本的には見えないじゃん? おまけに遠距離も射程に入るし。そんでもって投げ技とか締めっしょ? タネがわからなきゃ中等部でもなかなか勝てないって。ムリムリ」
イクセントはもがいたがビクともしない。
このままでは間もなく絞め落とされてしまうだろう。
だが、彼は冷静沈着だった。
大きく息を吸い込んで気道を確保して叫ぶように唱えた。
「呪氷の伝身!! アイシクル・トランスミショナンス!!」
その直後、絶好のチャンスだったのになぜだか上級生は締めるのを止めてバックステップして退いた。
「くっ!! ガキんちょのクセしてなんてプレッシャー、そして研ぎ澄まされた殺気!!」
素早く着地したイクセントはメリッニを睨みつけた。
(やっぱりな。アイツのシャドウ・ハンズは一見すると飛び道具だが、そうじゃない。本体とつながってるんだ。だからあのまま締め続けていればこの身体を伝わる氷結呪文をモロに喰らっていたはず)
「おっと? メリッニ選手、思わず引きました~~~。今の呪文のキレは半端ないですね~~~。バックステップで正解でしょう。避けなかったらカチンコチンでしたね」
高くジャンプしたままのメリッニは落ちながら怒りを爆発させた。
「ええい!! しゃらくさい!! そんなマグマ、アンタごと全部吹き飛ばしてやんよ!!」
ラーシェとソールルは2人揃って額に手を当てた。
「あちゃ~……メリッニ、キレちゃったね……」
「何を今更……。いつものことじゃんよ……」
2人は呆れるようにして観戦を再開した。
「せやああああぁぁぁ!!!! パニッシュメント・スタンプッ!!」
彼女は急降下すると両手を蝶々(ちょうちょう)のように開いて掌底をマグマ向けて撃ち込んだ。
その結果、灼熱の沼は大きく抉れてクレーターのようになってすっかり鎮火した。
あまりの衝撃にグラグラと戦いの舞台が揺れる。
ブチ切た末の大きな挙動だったのでうまい具合にイクセントはジャンプして直撃を回避した。
「ハァ……ハァ……コケにして……許さない……許さない!!」
彼女は再びシャドウ・ハンズで地についたの少年を拘束しようとしてきた。
この魔術はご丁寧に回避呪文対策がなされているらしく、イクセントの超人的な回避魔術は通用しなかった。
「今度こそソッコー締め落とす!!」
見えない二本の腕が音もなく迫ってくる。
だが、五感に意識を集中させた少年は勝機を見出した。
(コイツ、さっき掌底でマグマを撃ち抜いた時、手がかすかに焦げたんだ!! だからそのススと匂いに集中すれば!! うまく痕跡を消したつもりなんだろうが、甘い!!)
イクセントはその場で急いで念じ、自分の回避呪文を再構築し始めた。
本来、じっくり長いこと時間をかけないと出来ないものを彼は数十秒でやってのけたのだ。
「ま、慣れた呪文だったからこんなもんか……見切った!!」
かすかな手掛かりを頼りに魔術使いの少年は相手の不可視の手を見事に回避した。
「え、あ、う、ウソ!? あ、灼熱を撃ち抜いたあの時か!! クソッ!! クソクソッ!! こんのぉ~~~!!!!」
メリッニはますます頭に血が上がった。
「あ~~~、メリッニ選手、普段はもっとうまくやるのですが、ルーキーにコケにされたのが響いてますねぇ。一方のイクセント選手の対処法は驚愕に値します。ホントに新入生ですかね?」
ラーシェとソールルは揃って首を横に振った。
「今度はこっちの番だな。もう遠距離魔術は効かんぞ」
そう言いながらイクセントは地面の剣を拾い上げた。
「せえええい!!!!!」
メリッニは苦し紛れにシャドウ・ハンズを何度も繰り返したが、全てイクセントにステップ回避されてしまった。
「お前は身体能力がかなり高そうだ。ここは確実に当てていく!! 歯を食いしばれよ!! 閃・疾斬風!! ……からの乱嵐の荒風!! パニック・ニック・ソニック・ストリーマー!!!!!!!」
剣技と魔術が混ざり合ってあらゆるものを切り裂く暴風が発生した。
だが、剣のほうは陽動で呪文のほうが凶悪な威力を発揮していた。
鍛え抜かれているはずのメリッニの肉がスパスパと切れ、深いキズを負わせていく。
「あっ、ぐっ!! 痛ッ!! ぐぐぐっ!! うああっ!!」
すっかり魔術につかまった女性は身動きが取れなくなっていた。
「これが……死にかけから復帰して身についた力なのか……。アンタに恨みはないがこれでトドメだ!! 旋王の暴渦!! キノーブ・サイクロネード・タイランティア!!!!」
切り裂き魔、ジャック・ザ・リッパーに捕らえられたようになったメリッニはそのまま激しいかまいたちの竜巻で上空へと巻き上げられていった。
「ああああああああ!!! きゃあああああああああああああああーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
彼女はみるみるズタボロになっていく。そして重症を負って見るに堪えない姿になった。
すぐさま彼女は医務室へテレポートさせられ、試合結果はKO判定で終了した。
洗礼に圧倒的な強さで勝利したイクセントは剣をヒュンと素振ると鞘に収めた。
カチンッ……
「……こんな戦い……何が面白いっていうんだ……」
彼はどこか憂いの表情を浮かべ、無言のまま会場を後にした。
誰もまさかこんな予想外の逆転劇になるとは思わなかった。
しかもここまで情け容赦無い戦いになり、皆が度肝を抜かれたのだった。
これ以降、イクセントは闘技場で研究生クラスのファイターと認識されることとなった。




