洗礼? 返り討ちにしてやれ
アシェリィは元気よく自分の教室の扉を開けた。
「皆!! 久しぶりだね!!」
何人かが寄ってきて雑談を始めた。
HRが近かったので彼女はイスにこしかけた。
前から先頭のフォリオ、二番目のイクセント、三番目のノワレ、4番目のガリッツ、そして一番うしろの窓際のアシェリィが揃った。
みんな特に問題はなさそうで班長としてアシェリィは一安心した。
前の方のドアが開いてグレーの髪でオールバック気味のナッガン教授が入ってきた。
そのまま教卓に両手をついて、彼はクラスメイトを見渡した。
「久しいな。休暇は満喫出来たか? それぞれなにか手応えを掴んだような顔をしているな。遊び呆けていた者は居ないと見た。いや、一人二人は居てもいいかもしれんな」
教室は笑いに包まれた。
「ん? よく見るとアンジェナが居ないじゃないか。まさか……一人欠けるような事態を想定しては居たが……。あまりにも短い……」
クラスメイト達はショックを受けたようで一気に暗くなった。
次の瞬間、ドアをバタンと開けて黒髪色黒の少年が入り込んできた。
「ハァ……ハァ……すいません。アンジェナ、寝坊しました……」
ナッガンは肩をすくめた。
「なんてな。死んでは居ない。屍骸翼鳥の騒ぎに巻き込まれたと聞いてな。生死の境を彷徨ったのは事実だが、こうしていきているのだから幸運だったということだな」
アンジェナは息を切らして自分の席についた。
「さて、諸君。二学期始まって早々だが、行事が入っている……」
クラス中が”遠足”を警戒して身構えた。
「行事というのは洗礼だ。初等科の生徒は闘技場に二学期開始から参戦出来る。必ず全ての新入生にデビュー戦が用意される事になるのだ。棄権やギブアップは不可。おまけに洗礼というだけあって相手は全員が中等科の実力者だ。勝敗の割合は例年、およそ3:7……。勝てる新入生は3割しか居ないことになる。勝っても負けても大抵の生徒は非常に痛い目を見ることになる」
アンジェナで一度暗くなった教室はまたどんよりとした空気に包まれた。
ナッガンは堂々と立って背を伸ばし、腕を組んだ。
「お前ら、何のために苦しく厳しい指導方針に耐えてきたと思ってるんだ。まさにこういうときのためだろう。他のクラスの勝率が2~3割だったとしてもお前らならベストを尽くせば5割勝利も夢ではない。もっと自分に自信を持て。何が洗礼だ。返り討ちにしてやれ」
実は熱血入ってる教師はグッっと握りこぶしを作って生徒を鼓舞した。
今までブルーだったクラスメイトたちはガヤガヤと賑わいを取り戻した。
同時に、ナッガンクラス全体としてのチームワークを意識してクラス単位での勝率を上げる話になっていった。
狩咎のナッガンはカリスマ性があった。
だからどれだけスパルタでも挫折する者は居ないし、しごきの絶妙なバランスを練るのがとても上手かった。
おまけに面倒見がいい。これで生徒がついてこないわけがなかった。
「いいか。続きを解説するぞ。エキシビジョンマッチなどシンプルな実力を測る場合は円形で砂、そして高い壁のあるステージで選ばれる。だが、洗礼はステージがランダムで決定される。これが非常にバリエーションがあってだな。森林、砂漠、雪原、洞窟、市街地などがある。空中と水中は適正が必要だからやや特殊だな」
皆はどの地形が一番有利かを考えていた。
「時に、一方的に不利な地形で戦うこともある。地の利を活かさないと苦戦は必至。柔軟な戦術と行動が要求される。様々なパターンをシミュレーションしておくんだな。よし、お前ら、気合入れていけよ!! 休暇中の成長をみせてもらおう!!」
ナッガンクラスのクラスメイト達は互いに励まし合って勝利を目指した。
数日後、闘技場では洗礼が始まっていた。
「えー、えー、こちらドガ。こちらドガ。ただいまマイクのテスト中……」
紅蓮色の制服の生徒がマギ・マイクを握った。
「おっ、今日も満員だな。確認しておくぜ。洗礼イベントでは中等部の選手に賭ける事は出来ないぜ。なんつったって中等部のほうが勝率が高いからね。新入生に賭けるのはOKだ。勝てそうな選手にガンガン賭けてくれよな」
ドガは書類を受け取りながら続けた。
「さーて!! 続々と洗礼が続いてるけど、新入生の勝率は2割5分ってとこかな~。お~どしたどした。新入生張り切ってよ!! ほんじゃ、今回はナッガンクラスのフォリオ・フォリオ君VSマーニークラスのコッテス爺さんだ~~~~!!!!!」
コロシアムはアツく盛り上がった。
「な、なんておじいさんがいるの?」
少年は怪訝な顔で尋ねた。
ハゲ頭の老人はにっこりと笑った。
「リジャントブイルの入学制限は20歳と言われておるが、稀にワシみたいな高齢者も受かるらしいぞい。歳は食っとるが、まだまだ若いもんにはまけんわい。ほっほっほっほ。それに、それを言うならなんでそんな骨董品に乗ってるんじゃ? ワシをバカにしとるのか?」
フォリオは黙り込んだ。
「そ、そっちこそ、こ、コルトルネーをバカにしたな……。ゆ、ゆるさないぞ……」
2人のやりとりを聞いていた司会&実況のドガはそれを煽った。
「おっとぉ!! 穏やかな流れと思ってたけど、想像以上に険悪()けんあくだぜこりゃ。じゃ、今回のステージチェンジといくぜ~!! せーの!!」
彼がそう掛け声をかけると地面が無くなって真っ暗な崖に変化した。
「あーっと!! これはまさかの空中戦だーーーーーーーー!!!!!!!!」
珍しめなバトルに会場はヒートアップした。
フォリオは素早く愛用のホウキ、コルトルネーに乗って上昇してきた。
相手のコッテスは座布団にあぐらをかいてすわって浮いている。
「おっと!! 片方はホウキ、一方は座布団だーーー!!! さて、この2人はどんなバトルを繰り広げてくれるのか!? いくぜぇ。試合開始!!」
カンカンカン!!!!
ゴングが鳴り響いた。
フォリオは急に挙動不審になりだした。ただでさえ臆病なのに、格上との戦いだ。
しかも彼はバトル系のスキルがほとんどなかった。
今日だって持ち込んだのはホウキとライネン・ドッヂボールのボールだけだ。
「あわ、あわわわわわ……」
彼が震えていると観客席から大きな声が上がった。
「フォリオー!!!! まけんじゃねぇぞ!!」
「フォリちゃんならやれるよ!!!!」
「しっかりしろフォリオ!!! お前は強豪のフライトクラブ部員なんだぞ!!」
なんと部員たちが声を張り上げて応援してくれていたのだった。
「み、みんな……」
ホウキ少年は適当に逃げ回ってギブアップしようと思っていたが、そんな自分が恥ずかしくなってきていた。
「ぼ、僕だって……。僕だってフライトクラブの一員なんだッ!! 戦い方なんてわからないけれど、やるだけやってみる!!」
逃げ腰だったホウキ乘りは相手と向き合った。
班員たちも応援してくれていた。
「フォリオく~~~ん!! 頑張って~~~!!!」
「こんなところで負けたら許しませんことよ~~~!!!!」
「フン……せいぜい頑張ることだな…………」
ハチンッ!! バチンッ!!
フォリオは勇気が湧いて来ていた。
「み、みんな……。あ、アシェリィ……僕、やるよ!!」
コッテスはニヤリと笑った。
「お仲間の応援、ありがたいことじゃのぉ。じゃが、それは無駄に終わる」
座布団の上の爺さんは猛スピードでクルクル回転し始めた。
すると物凄い速度で体当たりを繰り出してきた。
流石にこれは誰もがヒットしたかと思ったが、なんと宙返りするようにしてフォリオは華麗に回避した。
「ああああーーーーーーーーっとぉ!! フォリオ選手!! 恐ろしい速さのコッテス選手の攻撃をかわしたーーーーーーッッッ!!!!!! フライトクラブは伊達じゃない!!」
すぐにUターンしてハゲのじいさんが背後から迫る。
「よっ!!」
少年は自分でホウキから飛び降りて落下し、下の暗闇へと消えていった。
「ぬっ!? 何かの策じゃ!!」
コッテスが警戒してあちこちに視線を移していると暗闇の見えにくいところから爆発的な速度でフォリオとコルトルネーが上がってきた。
「で、でやああああ!!!!」
ホウキ乘りの少年は空中で思いっきり体当たりをかました。
ただの体当たりとは言え、この速さで突っ込んでくるとただではすまなかった。
「ごほぉっ!!」
「い、痛っつ~!!」
かなりの勢いで突っ込んだが、フォリオの体格が小さすぎてそこまでのダメージは通らなかった。
「ま、まだだ!!」
彼はライネン・ドッヂボールで使われる人の頭くらいのサイズのボールを全力投球した。
「うほぉっ!!」
今度は老人の顔面にボールがクリティカルヒットした。
だが、フォリオの投球力はレギュラーの中でもぶっちぎちに弱かったので期待できるほどの打撃は与えられなかった。
コッテスは唇から垂れた血を拭って笑った。
「まったく。年寄りにはもっと……やさしくせんとなァ……」
新入生はプレッシャーでゾッとした。
「ふとんが……ふっとんだ」
何の脈絡もなく御老体はつぶやいた。
すると異変が起こって、彼の乗っている座布団が二枚に増えた。
「!?」
実況がエキサイトする。
「で、出たーーーーーー!!!! コッテス爺さんの”テン・カウンター”だーーー!!! 上級生同士の戦いならネタバレするけど、これ洗礼ですから。さぁ、ザブトンが重なっていくとどうなっちゃうんでしょうか!?」
ちびっこホウキ乘りは未知の現象に焦りを感じ始めていた。
「もちろん、十枚数える前にも攻撃はするぞい!!」
老人はザブトンの上で猛回転し始めた。
「独楽回し!!」
少年はすぐに反応してキャッチしたボールを再び投げた。
しかし、それも虚しく、攻撃は弾かれてしまった。
よく出来た攻防一体の技だった。
爺さんはかなりのスピードで突進してきたがフォリオも負けてはいなかった。
「ほっ!!」
素早くホウキの上に立つとジャンプで相手をかわして下にダイブしつつ、迎えに来たコルトルネーにつかまった。
「あーーーーーーーっと!!!!!!! 何というアクロバティックな回避!! それにこれはホウキを信用していないととてもじゃないけど出来ない芸当です!! フォリオ選手―――!!! もうホウキが時代遅れとは言わせないーーー!!!」
研究生であり、実況のドガはホウキを再評価した。
「……となりにかこいができたんだってねぇ。へぇ、”かっこいい”……」
またもやコッテスがダジャレを言った。
紺色の座布団は3枚に増えた。
「な、なにが起こるっていうんだろ……。い、いずれにせよ長期戦はまずいよ。は、早くなんとかしないと……そうだ!!」
フォリオはまた急降下していって、下層の闇へと消えていった。
「ふぉっふぉっふぉ。寒いダジャレはやめなシャレ……」
「メガネとったら”目がねぇ”」
ポンポンと立て続けに座布団は増えて5枚になっていた。
一方、またもやフォリオはボトム層から奇襲をかけていた。
「ほ、ホウキの先で突っつくと、す、すごく痛いんだからーーー!!!」
少年は逆さ向きにホウキに跨って今度は相手を突き刺そうとした。
「うぬぬ!!! 舐めるでないぞひよっこぉっ!!」
コッテスは宙返りするようにのけぞって座布団で突きを防御した。
「く、くっ!! さすが上級生の洗礼だ!! ひ、一筋縄ではいかないのかな……」
ややフォリオにアドバンテージがある状態だったのでコロシアムは揺れた。
特に賭けている者は死に物狂いで少年を応援していた。
互いにまだ戦意はある。果たしてコッテスの座布団が貯まると何がおこるのだろうか?
フォリオは嫌な汗を全身にかいていた。




