冒険者(イクスプローラー)の死に様
(ホレ!! はじまるぞい!!)
コレジールが声を潜めて呼びかけるとアシェリィに動きがあった。
チャパチャパと水音を立てて、リアクターの水面に彼女のマナーボードが浮き上がったのだ。
そのまま勢いをつけて炉から飛び出す。
すぐにモルポソもどきは少女を追跡し始めた。
(早い!! 追いつかれる!!)
リーリンカはキラリと光る謎の人型を目で追った。
「トリック・フル・マキシマム・バースト・トリック・ド・サンド!!」
アシェリィが力を込めるとマナボードは風を切って急加速した。
対戦相手を大きく突き放す。
そして、腰に差していた釣り竿、スワローテイルmk-Ⅲを抜き取ると同時にキャスティング(投げ)の姿勢に入った。
「せええっっっ!!!!」
しなやかな一投は一発で相手を捕らえた。
「今だッ!!」
そのまま釣りガールはクルクルと敵の周りを巡ってぐるぐる巻きにした。
「これならいけるはず!! いっけぇ~~~~!!!!!!」
様子を見守っていたオルバとコレジールはがっくりしたように目線を落とした。
「この糸に……フェンルゥの雷を……流すッ!! サモン!! リモート・サモニング・バックトリック!! イエロー・フェンルゥ!!!!!」
ジィジィ!! バチバチバチバチ!!!!
激しい電撃が釣り糸に乗ってニセモルポソを感電させた。
これには確かな手当たりがあり、アシェリィはガッツポーズを決めながら両手で竿を握って更に電流を強めた。
だが、次の瞬間だった。
「あ……あれ……。お、おかしいな……。全身の力が抜けて……。眼の前が……真っ暗に」
少女はその場に倒れ込んた。
「あちゃ~。”魔暴走”だよ~。魔力のタコ足配線みたいなもんだね。おっと師匠、これはあえて魔暴走を彼女に体験してもらうためであって、考えなしにやったことではないのをわかってください。彼女は知識的には知ってますが、実際に味わってみないとわからないこともありますからね」
「マナボード、釣り竿、幻魔召喚……そりゃ3つも同時にやったらブットんでしまうわ。」
うつ伏せに倒れ込んだアシェリィをグサグサ、ザクザクと鏡の男が切り刻み始めた。
「おい!! いくらなんでもやりすぎじゃないか!? もう十分だろう? 攻撃を止めてやれよ!!」
だが、オルバもファイセルもコレジールも誰一人として切り裂き魔を止めることはなかった。
「薬師のリーリンカ君にはわからないかもしれんが、冒険者の死に様って実際のところあんなもんじゃよ? 格上の狩人に目をつけられて獲物扱いされてアッサリ死ぬ。……なんてのは珍しくもなんともない。アシェリィは今ので一回、死んだんじゃよ。じゃが、今ならまだやり直せる。そういう修業なんじゃこれは」
ファイセルも顔を歪めて振り返った。
「ああ……僕もやったんだ。あの手の修業。相手は女性だったんだけど生身じゃないんだ。どっからかコピーしてきた”鏡の女”。相当手強く……いや、手強いとかいうレベルじゃないね。それこそ雑魚狩されてた。まぁなんとか勝つことは出来たんだけど、あれで飛躍的に腕が上がったね。やり方の是非はともかく、効果がある修業なのは間違いないよ」
この訓練が遅かれ早かれ乗り越えねばならない壁であることを3人は知っていた。
アシェリィを一通り斬りつけて満足するとニセモルポソは思いっきり彼女を蹴り飛ばして魔術修復炉に叩き込んだ。
ザブンと水音と飛沫を上げてリアクターは動き始めた。
思わずリーリンカが歩み寄ると血まみれで赤くなっているはずの泉が黄緑色に光っていた。
もしやと思い、リーリンカはその液体に手を突っ込んでみた。
「こ、これは……リアクター? どうしてこんな高等な代物がここに……。こんなもの、大病院や学院などの一部研究機関にしか無いはず……。創雲のオルバ……あなたは一体……?」
詮索されてまいったなといった感じで彼は後頭部を無造作に掻いた。
「ん~……。あなたは一体って言われてもなぁ。しがない雲の賢人としか。いや、自分で賢人を名乗るのは違和感があるな。のらりくらりと湖の畔で雲を眺めてるただのおっさんだよ。リアクターは私一人の力で動いてるわけじゃなくて、創雲の先輩方の魔術の粋みたいなところあるからなぁ」
炉からはボコボコと泡がわいている。魔術を発動しようというのだろうか。
「確かにこの修復炉は代々受け継がれてきたものじゃが、それを起動させられるのは大したもんじゃ。先代からの引き継ぎ期間が短いのにようやるわい。性格はともかく、才能は太鼓判を押さざるを得ないわい」
オルバは我関せずといった様子であくびをした。
「はいはい。偽死様のお褒め言葉ありがとうございます。さて、いきなり部外者が現れると修業に支障が出るので皆は私の家の方でくつろいでいてよ。アシェリィがグサグサされるのあまり見たくないだろ? 師匠、ファイセル君、リーリンカ君の家を今、くり抜いたから。修業の切り上げが裏亀竜の月の25日の予定だから、後数日ある。それまでは自由時間で」
そう言うと雲を見るおっさんは岩の上に座って集中力を高め始めた。
リーリンカが声を潜めてファイセルに尋ねた。
「な、なぁ……私は体験した事が無いからわからないんだが、こうやって死にかけると新たな魔術に覚醒したりするって本当なのか? それを狙ってあえて何度も死の淵へ追いやっているという事なのか……?」
素朴な疑問にはコレジールが答えた。
「いんや、それはないんじゃ。死にかけてパワーアップするのは自分自身が”確実に死ぬ”と確信したときだけじゃ。アシェリィは修業で死にかけたわけじゃから心の何処かで死なないだろうと思っていたのじゃろう。だから、修業でわざと死にかけて快復を繰り返すのは意味がない。強敵との死闘や不意の事故などで死にかけた時にのみ目覚めるのじゃ。ほれ、おんしら。修業の邪魔をせんようにいくぞ」
ファイセル、リーリンカ、コレジールの3人はオルバの家の方へと森神域から引き返していった。
戻るとオルバと同じような家が4つに増えていた。
その広場に巨大な蒼い狼が寝そべっていた。
「アルルケン!! 元気でやってたかい?」
ファイセルは恐れることもなく近寄り、ペタペタとなでて回った。
「おい、お前、俺は犬じゃねぇんだぞ。それにそこの女はビビんな。いい加減慣れろ」
青髪を振り乱してリーリンカは後ずさった。
「べべべべっ、べつにびびびびってなんて!!」
次に目をギョロリと動かしてコレジールに視線を移す。
「なんだ。師匠の師匠か。お久しぶり。ふぁ~あ」
呑気にあくびなどしている。
「まったく、こいつはあいかわらず生意気なヤツよの!!」
丘犬は身震いをして答えた。
「残念ながら人間関係の上下は幻魔にゃ関係ないんでね。人間界のエラいエラくないだのは知ったことか。しっかりとした契約ができて、対価であるマナをくれるヤツがエラいんだよ」
幻魔特有の価値観に人間たちは黙り込んだ。
青年が話題を変えるために話を振った。
「あ、アシェリィにはもう会ったんだろ?」
アルルケンは脚で首元を掻いた。
「一応、見るには見たが、それっきりだ。俺は会ってやらん。アイツは約束を破った。本当にヤバいときしか俺を喚ぶなと強く言って聞かせたはずなんだが。命の危機でも何でも無い時に喚び出しやがって。ケツの青いうちは当分、絶交だぜ。ガキンチョに賭けて大損だったな」
辛辣な物言いだったが、心配しているのが丸わかりだった。
「まぁそう言わずにさ。修業が終わったら会ってあげてもいいんじゃない? 絶交だなんて言ったらアシェリィ、悲しむと思うよ」
鼻をスンスンすると大狼は森の向こう、ポカプエル湖畔の方を振り向いた。
「それはそうとあの教会の3人……しつこいな。まだこちらを探ってやがる。まぁここを見つけることなんざありえねぇがな。あのガキんちょなんか何度目だよ。無視されるのわかっててくるんだからご苦労なこったよ。第一、オルバのやつに表彰会なんてのが似合うと思うか? 正装とかすんだぞ?」
その場の全員が頭をかかえた。
「う~ん……なんとかシャンテ様には報われてほしいけど師匠の意志、隠者の賢人のセオリーもあるしなぁ。残念だけど、ここは諦めて帰ってもらうしか無いね。僕らもこれ以上、干渉すべきじゃない。何、カッゾが上手く霧で巻いてくれるよ」
またもや丘犬が反応した。
「おい。なんだこのケモノの臭い。こっちに来てやがる。嗅いだことねーぞ。新種か?」
コレジールは頷いた。
「うんむ。わしらが東部で飼いならし(テイミング)して連れてきたパルモアというヤツじゃ。何、害はない。わしらになついておるから寄ってきているんじゃろう。あとで回収しておかねばの」
険しい顔つきになっていたアルルケンは表情を緩めた。
「なんだ。食い殺しにいこうかとおもってたとこだぜ……」
戦慄するような殺気は一瞬でおさまった。
「ほ!! パルモアで思い出したが、シャンテの坊主、アイツらを教会に持ち帰ったらおそらく二つ名持ちに担ぎ上げられるじゃろうな。教会はそういう権威的なステータスが大好きじゃからの。脚頼のシャンテとかつきそうじゃな。いや、完全にあてずっぽうじゃが……」
それを聞いてファイセルとリーリンカは笑顔を浮かべたが、コレジールはなんとも言えない顔つきだ。
オルバと同じように顎に指をやってトントンと片足を踏み足する。
「そう喜べたものでもないぞ? 国内の地方調査なんて役割は巫子の中では最底辺の者の仕事じゃ。巫子としての位が上がれば十中八九、教会……カルティ・ランツァ・ローレンの敷地から外には出られまい。死ぬまではな。自由もない教会という監獄じゃよ」
サプレ夫妻は旅をしてきた健気なシャンテの姿を思い浮かべた。
彼のこの先の境遇を思うとあまりの落差に切なさを禁じ得ないのだった。
「ところでコレジールさん、なんでそんなに教会の事情に明るいんですか?」
老人はトボけて首をすくめた。
「そりゃぁ年の功じゃよ年の功」
もうファイセルもリーリンカもこの誤魔化しには飽き飽きしていた。
「こんのジジイはいっつもこうだ。しょうがねぇジジイだぜ」
アルルケンはぐーっと伸びをすると眠たそうにまた横たわった。
「こやつがこうして寝ているという事は平和な証じゃな。結構結構」
青の狼は耳を頻繁にパタつかせた。
「おい。昼寝の邪魔だぜ。おたくらせっかく家作ってもらったんだからそこで休めよ。オルバの使ってる大樹の部屋だけは広いから3人で集まって使うなら勝手にしろ。特に用事もないのに俺を起こすんじゃねーぞ」
狼の幻魔のプレッシャーを受けて3人は逃げ込むようにオルバの家へと入っていった。
「アヤツ、いつもに比べてイライラしとらんか?」
「多分、アシェリィに意地はってるからじゃないかと思います」
「ふふふふ。なんだ。可愛らしいところあるじゃないか」
アルルケンは耳を頻繁にパタパタさせて音を拾っていた。




