死を偽りし師匠
ファイセル、リーリンカ、シャンテ、サランサ、マルシェル、ジルコーレの6人はようやくポカプエル湖にたどり着いていた。
リーネを含めると一応7人にはなるが。
「よぉし!! 今度こそはなんとしてもオルバ様にクレティア功労会に参列してもらいます!! いささか失礼な気はしますがオルバ様のご住居を探しましょう!!」
シャンテ達の教会組は張り切っていた。
(わざわざ表彰の場に呼び出しているというのに不敬な……!!)
(う~ん……オルバ様に会えた試しはないから、きっと今回も……)
なんとも言えない表情でファイセルとリーリンカがその様子を窺っていると、腰の瓶のリーネが声をかけてきた。
(おい。結局どーすんだよ。会わす気がねーならねぇで、なんかフォローしてやらなくていいのかよ?)
彼女はぶっきらぼうだが、意外とこういうところは気が利く。
(う~ん……彼らが湖畔に居るうちは師匠の家には近づけないからなぁ……。それも一理あるんだけど……)
サプレ夫妻とリーネが考え込んでいるとジルコーレ老がふらふらと森の方へ歩き出した。
「あっ……ジルコーレさん、どこへ?」
老人は振り向くと得意げに人差し指を振った。
「森林浴じゃよ森林浴。ポカプエル湖周辺の森は癒やし効果でくつろぐのに最適じゃって聞かんかの? オルバ様のおかげでモンスターも出んしの。あぁ、おんしらは飽きたら帰ってもええぞ。わしはゆっくりしていくからの」
そう言うと彼は手を振りながら背を向け、ふらりふらりと森の奥へと消えていった。
教会の三人組と取り残されたファイセルとリーリンカは困ってしまった。
(どうする? 私達はあのじいさんみたいにふらりとここを離れる訳にはいかないぞ?)
(う~ん……かといってシャンテ様たちがいつ諦めるかはわからないし……。っていうか簡単に退きそうな雰囲気じゃないよ?)
2人が途方に暮れているとほのかに青色をした霧がポカプエル湖を覆った。
(これは……師匠の霧の幻魔、カッゾが来てくれたんだ!!)
一気に辺りの視界は奪われ、ファイセルには隣のリーリンカしか見えなくなった。
「カッゾ。久しぶりだね」
大工の親方のようなガラガラ声が帰ってきた。
「おう坊主。元気そうだな。んでだ。ポカプエルつったら?」
彼は暗号じみた問いをかけてきた。
「ああ。ポカプエルといったら”塩”だよ。塩湖だからね」
殻からいくつかの頭を出した幻魔は首を縦に振った。
「ま、おめぇらに暗号を聞くのは野暮な上に、どのみち知り合いしか入れんのだが、まぁ形式張ったもんだな。さぁ、来な」
カッゾは本体を殻に包むと霧の奥へ奥へと進んでいった。
そう時間がかからないうちにオルバの家に到着した。
すると見知らぬ来客の後ろ姿が目に入り、ファイセルたちは警戒した。
振り向くとその人物はジルコーレだった。
「ジルコーレさん!! なぜあなたがここに?」
驚いた顔をするサプレ夫妻を全く気にすること無く老人はくるりと振り返った。
「なぜ? ……って弟子の所に師匠が顔をだしてはいかんのかの?」
しばらく状況をつかめずに居たが、もしやと思ってファイセルは尋ねた。
「もしかして……師匠の師匠!? そんな話、聞いたことありませんよ!?」
ジルコーレはめんどくさそうに頬を掻いた。
「そりゃ……ほら、例の隠者の賢人のセオリーってやつじゃよ。あとは本人に聞いたほうが早いじゃろうて」
耳を澄ますと草をかき分ける音が聞こえた。
やってきたのは目の下に深いクマを作ってやつれたオルバだった。
「師匠!!」
思わずファイセルは彼に駆け寄った。
「なんだ。お客さんが来たって言うから来てみたら師匠とファイセルくん、それにリーリンカくんじゃないか」
ジルコーレは穏やかな笑みを浮かべて弟子に声をかけた。
「ほっほ。創雲の。元気でやっとるか? いや、見た目的には本調子ではないようじゃのぉ。こやつはこう見えて大層、甘いものが好みでの。そんなことじゃろうと思って、土産を持ってきてやったんじゃよ」
老人は鞄の中から黄金色に輝く瓶詰めの蜜らしきものをとりだした。
「あ、あれはまさか!!」
薬物の調合に使われたりする液体なのか、リーリンカが反応した。
「あの輝きは……ハニカム・ドラゴンの蜜!! 極めて小型のドラゴンなんだが、蜜を集める習性がある。そのまま飲んでも滋養強壮の効果があるが、別の物と混ぜることによって特殊な効能を発揮する貴重なマテリアルだ!! おいそれと手に入る品物じゃないぞ!!」
ジルコーレはオルバに瓶を手渡した。
「そゆこと」
オルバはペコリとお辞儀をすると良い飲みっぷりでドラゴニー・ハニーを飲んでいった。
「ぷはぁっ!!」
蜜を飲み終えると賢人に力が戻ったのが明らかにわかった。
クマや疲労感、くたびれた感じも抜けて心身ともに完全回復といったところだった。
「いやぁ、コレジール師匠。こんな貴重なものを、ありがとうございます。これを飲んだの、いつ以来だろうなぁ……」
それを聞いたサプレ夫妻は顔を見合わせた。
「コレジールだって!? 聞き違いじゃないよね?」
「いや、今たしかに……しかし、私達と旅をしてきたのは”ジルコーレ”老だったはず……。アナグラム……なのか?」
ここまで着いてきたはずの老人が振り返るとその顔つきは別人のように今までとは大きく変化していた。
「!!」
「!!」
「なんだ。また若者をたぶらかして遊んでたんですか。相変わらず趣味が悪いですね」
老人は弟子を肘でつついた。
「たぶらかすなんて人聞きの悪い。世渡りじゃよ。世渡り」
ファイセルとリーリンカは黙り込んでしまった。
というのもコレジールとは第三次ノットラント内戦の東軍で活躍した二つ名持ちだったからだ。
その名も”偽死のコレジール・ナラバンス”
死んだふりをして魔術を使うという特徴は彼の今までのバトルスタイルと一致していた。
「そんな!! 第三次ノットラント内戦はおよそ100年前ですよ!? 存命だったとして今、何歳なんですか!?」
老人は顎に指をやって考え込みだした。
「ん~、年齢……年齢かぁ……。わし、そこんとこアバウトじゃからの。血気盛んな20代前半で戦に出とったから今は130歳オーバーってとこかの。多分じゃけど」
ファイセルとリーリンカは驚きのあまり、黙り込んでしまった。
「ず、ずば抜けて長寿な人がまれに居られるって話は聞いたことがあったんですが、学院外では初めてですね……」
戸惑う若者たちを見て、長寿の老人は笑ってみせた。
「ほっほ。それほど珍しいもんではあるまいて。特に、ノットラント内戦を生き抜いた者ほど長寿になる確率が高いとかなんとか聞いたことはあるがの。どこまで確かかは知らん。にしてもお主、相変わらず抜けているのう。もっとこうシャキっとせんもんかのう」
賢人は自分の師匠にペコペコと頭を下げた。
普段見ることのない一面をファイセルは見て少し意外に思えた。
「あの……。コレジールさんってその……。師匠に湖の管理を丸投げにしてバカンスに出たっていうあの師匠ですか?」
青年の疑問にオルバは敏感に反応した。
「こ、こら!! 失礼なことをいうもんじゃないよ!! コレジール師匠は世間知らずな私に稽古や勉学を教えて下すった紛れもない師匠だよ。私をほったらかしで蒸発しちゃったのはその前の方なの!!」
珍しく雲の賢人は声を荒げた。
「ほっほっほ。なぁに、かまわんよ。それよりおぬしのそういうところが抜けているというんじゃ。弟子の質問にくらい寛容に接してやれ」
またもやオルバはペコリペコリと頭を下げた。
ファイセルはこんな師匠は見たことがなかった。よっぽど頭が上がらない関係にあるのだろう。
「それより……ニューフェイスの出来はどんな感じじゃ?」
その一言を聞いてサプレ夫妻は反応した。
きっとアシェリィの事を言っているのである。
「そうですね……。短期間の割には上々の仕上がりだと思います。ラストスパートが順調に行けば簡単には命を落とさないレベルにはなるかと。無論、時と場合によりますがね。師匠としては一安心といったところです」
またもや
師匠の師匠は弟子の脇腹を肘でつついた。
「な~にが”師匠としては一安心”じゃ。言うようになりおって。ファイセルや。お主の修行もこうやってコッソリ見守っておったんじゃよ。ヨーグの森で出会った時はさすがに驚いたがの。もっともそっちはわしのことなんぞ知らんかったろうが。変装もしてたしの。これでもそれなりに有名人じゃからな。命を狙われることも無くはないんじゃよ」
コレジール老はまるで孫に向けるような柔らかな笑顔を弟子の弟子に向けた。
「さて、じゃあ二番弟子の成長でも見に行くとするかの。確か前回、様子を見に来た時にはマナボードに乗り始めだした頃じゃったかの。もうあれから数年経つのか……。どこまで育っとるか楽しみじゃわい!! 修行は森神域でやっとるんじゃろ? こっちじゃったな」
4人はオルバの家から移動して修業の場に近づいた。
「待つんじゃ。いきなり人が増えると修業の精度が落ちる。オクトカマー・オクトカミー・オクトカメスト!!!!」
小声でそう唱えると雲の賢人以外の姿が森に擬態した。
「派手に動くとバレる可能性がある。座ってくつろぎながら見学といこうじゃないか」
茂みからガサガサと音を立ててアシェリィの師匠が姿を現した。
「いやぁ、待たせたね。急な来客があったもんでね」
弟子の少女は不思議そうに首を傾げた。
「ん? 先生にお客さんって珍しいですね」
「ま、たまにはね。じゃ、早速、修業を再開しようか……」
アシェリィが泉から立ち上がると急に辺りに緊迫した雰囲気が流れ出した。
思わずファイセルとリーリンカは戦闘寸前の迫力に視線を合わせた。




