スケベな干物
荒修行が始まって5日ほどが経った。
アシェリィはモルポソもどきに何度か捕まって死にそうな思いをしながらそれを克服しつつあった。
死にそうというか実際には何度も死にかけていたのだが。
「ぜーっぜーっ!! 本物じゃないからって全くバテないのは反則だよ!! また森の端に追い詰められちゃった……。くっ!! まずいぞぉ……またやられる!!」
1人と1体のにらみ合いは続いた。
「右!!」
少女が木の板のマナボードで重心をかけると鏡の男はそちらに襲いかかった。
「……とみせかけて左フェイント~!! イェ~イ!!」
反射神経のSENSEを強化してアシェリィはうまく襲撃を回避した。
うまいことやってのけた彼女ははガッツポーズの代わりにニセモルポソの脇腹をすれ違いざまに叩いて泉へ戻ってきた。
猛スピードで追跡されたが、ブーストをかけて泉へとスライディングで飛び込んだ。
そばの石に腰を掛けたオルバは満足げだった。
「う~ん。あれからかなり弱体化したとは言え、あのレベルの敵にフェイントを決めるとは中々、順調だね。マナボードは及第点かな。あとはやっぱり生身での戦闘が重要になると思う。さっきは上手く行ったけど能力底上げのSENSEは焼け石に水だからほとんど実戦では使えないからね。何度言ったかわからないけど召喚術師は打たれ弱くて死にやすいんだ。それをしっかり自覚しないと早死するよ」
それを聞いた召喚術少女はコクリと頷いた。
粘着質な黄緑の雫を垂らしつつリアクターの外へと足を踏み出す。
竿での練習を除いて安全地帯にこもっての修練はしないという決まりがあった。
「わかってます。瀕死の恐怖は何度も味わいましたから。ああならないようにするのが召喚術師の役割です。それは単騎でもチームでも変わらないですから……」
それを聞いて雲の賢人は意外に思った。
(おや……。いきすぎた勇気の蛮勇かと思いきや、思慮深いところも無くはない。これは成長したと素直に喜んでいいものなのだろうか? いや、だが人間そう変わるもんでもあるまいに……)
アシェリィは髪をかきあげて相手をじっと見つめた。
「この森……森神域は私に力をくれるような気がします……。サモン!! ビリジアン・ケイジ!! ラーダ・ストラーダ!!」
詠唱と同時に切り裂き魔の足元から木のツタのような幻魔が無数に沸き上がった。
そして、その男の体をガッチリと拘束した。
サモナーズ・ブックを片手に青筋を立てながら少女は踏ん張った。
「ツタの幻魔……ラーダの……発展形です!! やっぱり……そうだ。コイツはダガーの扱いや……スピードには長けているけど……純粋な筋力はそこまでじゃないんだ!!」
ギリギリと音を立てて束縛から抜けようとするが、鏡の男は抜け出せない。
「ぐ……ぐ……ぐ……このまま……落とせる!?」
次の瞬間、モルポソもどきはあっというまにツタをスパスパ斬ってこちらに突進してきた。
「おっとぉ!!」
召喚術師はすぐにバックステップで炉に逃げ込んだ。
「その読みは正しい。でも、さすがにあれで落ちるほど打たれ弱くはないよ。それと、あくまであれは劣化コピーであることを忘れちゃならない。もし、モルポソ本人とアシェリィが当たったら……わかるね? でもラーダの発展形はいい線行ってたよ。あの捕縛能力と射程は武器になるとおもう。あ、でも君は火属性とコネが薄いんだったね。耐火面で難ありかなぁ」
またもやアシェリィが魔術回復炉から飛び出した。
「北方砂漠諸島群の遠足で砂や土属性の人たちと結構仲良くなってですね~。無明下位幻魔の子が多かったんですが、その中でもこのサンドリスちゃんにはとってもお世話になってます。サモン!! カーキウォール・ド・サンド!! サンドリス!!」
砂の音を立てながら地面から砂で出来た縦長の長方形の板が出現した。
「砂だからってバカにしちゃいけません。みっちりつまってるからカチンコチンなんです。水とかの弱点さえ突かれなければ盾として心強くて。最近はこんなのも出来ますよ!! ラッシュ・エン・プレス!!」
黄土色の砂の塊はモルポソもどきへと突進していった。
抵抗にあって無数の刃傷を負ったが、無視してそのまま敵めがけて倒れ込んだ。
ズシーン!!
鈍い音を立てて地響きが起こる。
手堅く鏡の男は倒れ込んできた壁を横っ飛びでかわした。
いつのまにか砂の幻魔は姿を消していた。
「あちゃ~。やっぱあのスピードには敵わないか~」
オルバは顎を指で擦りながらつぶやいた。
「う~ん。どれもなかなかいい幻魔だね。火力、速度ともに雷の魚の姿をしたフェンルゥが一番だけど、この業界ではお決まりというか決め手の幻魔みたいなのを決めるのは死亡フラグだからなぁ。どんな弱小幻魔でも戦力として捉える柔軟性が必要なんだ。あとは幻魔同士のコンビネーションもね。滞空からの電撃とか相手が悪かっただけで良かったと思うし」
修行ガールは改めて自分のサモナーズ・ブックをめくって役に立ちそうな幻魔を探していった。
液体に浸かりながら本を見るその様はまるでお風呂で読書をしているようにも見える。
「う~ん……花粉をばら撒くビリリーン……。使えるような、そうでもないような……。意思を持つ石……これは……。あ”っ!! 忘れてた!! ドンドマだ!!」
師匠が逆さまに覗き込んできた。
「ん~? これは……ほうほう。いくらでも使いみちがありそうだけど、どう使うの?」
アシェリィはトランクから竿を取り出すと唱えた。
「サモン!! グレー・ウィルパワー!! ドンドマ!!」
疑似餌代わりにその幻魔が糸の先についた。
「意思を持つって事は意志を伝えることも出来るんです!! せやぁっ!!」
カツン!!
そう言いながら彼女がロッドを振ると今まで当たらなかった的にドンドマがヒットしたのだ。
「やった!!」
思わず少女はガッツポーズをとった。
雲のご隠居は納得した様子だったが、なにか引っかかる点があったのか問いかけてきた。
「ねえ、その石、ある程度はコントロールが効くんでしょ? なら糸でぐるぐる巻きにして相手を縛れるんじゃない?」
弟子はポンと拳を手のひらに打ち付けた。
「あ、さっすが師匠!! よく思いつきますね。やってみます!! ドンドマ、い~く~よ~!!!」
リールのない竿だけの構造の釣り竿を思いっきり振って投げて(キャスティング)念じた。
するとうまい具合に石ころの幻魔はモルポソもどきの周辺を回って彼を糸で拘束した。
「モルポソが釣れ―――にょわあ!!」
動きを奪ったかと思われたターゲットは無理矢理ラインを手繰り寄せてアシェリィを泉から引っ張り出したのだ。
彼女は焦りに焦って全身に冷や汗をかいた。
オルバは興味深げにその光景を眺めていた。
(わざと危険な提案をするとは我ながら人が悪い。だが、緊迫感のない修行なんて身にはならないからね。さて、またリアクターの起動準備でもしておくか……)
逆に釣り上げられた釣りガールは当然、切り裂かれたくはないので次の手をあれこれ考えていた。
「このままだと本体に引っ張られる!! まず、ライン切断機能で糸を切る!! そしたらえーとえーと……うわっ!! もうアイツの糸が切り刻まれてる!! しかもジャンプの姿勢!! これは……サモン!! クリアピーコック・フェザー!! ヒィスピスゥ!!!!!!」
アシェリィは必死の詠唱で美しい碧い鳥、ヒスピスを召喚した。
腕をがっしりと掴んでもらい、羽ばたきで舞い上がる。
基本的に幻魔は主を傷つけない。
そのため、強く体に触れられたり、引かれても痛みを感じることはない。
なんとか間一髪で鏡の男の斬撃をかわしたが、このままでは更に上昇してくる奴に巻き込まれてしまう。
「う~ん……コンビネーション……コンビネーション……そうだ!!」
少女は空中をマナボードで駆ける姿をイメージした。
「サモン!! ドライ・ドライド・ウッデンC!! ウオポンさん!!」
唱えると同時に魚の干物の化物が足元に出現した。
今はいわゆる開きの状態で、短い手足に銛を装備している。
召喚術師は背中側を上に向けてボードのようにし、その上に立った。
「お願い!! 耐えて!!」
サモニング・ガールは足元にウオポンを展開して盾としての役割を期待したのだ。
ザシュッ!! ズッ!! ゾシュッ!! ズザザッ!! バシュ!!
鋭い刃が肉を切り裂く音がする。だが、彼はなんとか攻撃を防ぎきった。
「ギョッ!! 最初は死ぬかと思いましたけど、このくらいなら大丈夫です!! ええ、喜んでお守り致しますよ~。騎士ってガラじゃないですけどね~。ギョギョ~」
幻魔に死の概念はないのでそこは完全なジョークだったが。
下方からの攻撃を一身に受けるウオポンは黙り込んだ。
「まずい!! ウオポンさん!! 大丈夫!? 次の手を……」
彼の血走った目はギョロリと上を見上げていた。
「うひ……うひひ……しましま……しましまパンツ……」
スカートを下からモロに覗かれていた事に気づいたアシェリィは悲鳴を上げた。
「キャーーーーーーーーーー!!!!!!! ウオポンさんのエッチーーーーーーーー!!!!!」
彼女は干物の化物を足蹴りにしてエセモルポソへ叩きつけた。
そしてスカートの裾を握ってパンチラ、もといパンモロをガードした。
オルバはやれやれとばかりに首をコキコキと鳴らしながら独り言を言った。
「う~ん……真面目にやってるのはわかるんだけど、なんだか漫才みたいなんだよなぁ。ま、実際は予想以上の成長に驚いてるんだけどさ。ありゃ実戦で化けるタイプだな。強くなるけど一番死にやすい。難儀なパターンだね」
地面に叩きつけられたスケベ魚類を弾き飛ばして追ってくる敵から必死に彼女は逃げ切ってきた。
もはやお馴染みになったハデなスライディングでリアクターへと逃げ込んだ。
スカートがめくれる。
(…………ライムグリーンのしましまか……)
あまり興味がなさそうにその件に関して師匠はスルーした。




