蛮勇ガールの荒修行
こうしてアシェリィとモルポソもどきの訓練は始まった。
「アシェリィ!! まずは最近のバトルスタイルを見せてごらん。それを見て、今後の方針を決めるから!!」
背後から師匠の声が聞こえてくると同時にアシェリィはすかさずバックステップを踏んだ。
さっき、オルバが首を掴まれて、詠唱を妨害されたのを見て警戒したのだ。
「くっ!! まともにやりあったら大怪我間違いなし!! ならばクッションをはさむまで!! サモン・シードライ・ブラウン!! ウオポンさん!!」
素早く唱え終わると2mくらいある魚の干物の化物が出現した。
(なるほど。盾役を挟んだか。召喚術師の基礎の基礎ではあるが、はて……)
術者を捕らえそこなった相手はすぐに攻撃の矛先を眼の前の壁に向けた。
見惚れるようなナイフさばきで連撃を浴びせていく。
「グギョッ!! ギョ……ギョギョ……ギョ……ダメみたいですぅ~」
ウオポンはすぐに淡い紫の幻気体になって消えてしまった。
そのまま鏡は勢いを殺さず突っ込んでくる。
(さぁ!! どうするアシェリィ!!)
すぐに賢人は頭上を見た。
「滞空か!!」
少女の片腕を蒼く美しいタカのような鳥が握っていた。
「飛べはしないけど舞い上がるくらいなら出来るんだから!! ヒスピス・リリース!! と同時にサモン!! エレクトロニカ・イェロゥ!! フェンルゥ!!」
するとアシェリィの腕は空中でバチバチと電撃を帯びた。
そして地上の敵めがけて腕を振り下ろし、雷のような強烈な一撃を放った。
「くらえっ!! ライデノ・フォールッ!! やった!?」
光が収まった直後、奴は空を駆けるようにしてやってきた。
「ウソでしょ!? フルパワーだよ!? もう防御する余力は!! ごはぁっ!! あいだだだだだだだ!! 痛い痛い!! げふぅ!!」
勝算がいくらかあった彼女だったがあっけなくそれは砕け散った。
訓練相手は容赦なく空中コンボで少女の肉体を切り裂いていく。
アシェリィはいまだかつて感じたこと無いほどの痛みを感じていた。
それをオルバは黙って見守るしか無かった。
(う~ん……さすが二つ名。空中でも平気でやってのける。アイツ確か若い女の肉好きだったんだっけ。アシェリィは格好のターゲットってわけだな……)
ズタボロになった彼女を男は地表の魔術修復炉めがけて踵落としで叩き込んだ。
大きな水柱が上がって重症を負った少女がリアクターを真っ赤に染めた。
「う……う~ん……私……死んじゃうんですね……痛て、痛ててて……こんなのって……グブグブグブ……」
アシェリィは炉を朱に染めて底へ沈んでいった。
いつのまにか泉から上がったオルバはそれを見て座り込んで念じだした。
「さて、こっからキツいぞ……。泉の女神よ……我が願いに答え、魔術修復炉を更に活性化させん!! ポカプエラーズ・クランズ・リザレクション!!」
ポカプエル湖の幻魔達の力がどんどん泉へと注がれていった。
(あれ……おかしいな……。水の中なのに息が出来る。それに……なんだろう……。あんな大怪我をして……私、死んじゃったはずなのに……とても暖かくて、心地よくて……なんだか……)
リアクターの色は元の輝く黄緑色へと戻っていた。
「ぶはぁッ!!」
アシェリィは反射的に水面から顔を出した。思いっきり息を吸って吐く。
「すぅー、はぁー、すぅー、はぁぁぁぁ!!!!!!!」
そして慌てて刻まれたはずの胸から腹部にかけてをペタペタと触って確認した。
制服はズタズタだが、修行前に着たインナーは全く破けていなかった。
「ウソでしょ!? 全然痛くない!! それどころか、完治してる!? こんなのって……!!」
我に返ると同時に彼女の目には四つん這いになって息を荒げた師匠が目に入った。
うずくまるようにしてダラダラと滝のような汗を流している。
「ハァ……ハァ……ち、治療までおよそ1時間ってとこか……。ぐっ、想像以上にキツいな。だいぶなまってるね……」
修行少女はリアクターから上がろうとしたが、オルバは強く制止した。
「待った!! モルポソは炉の中にいる間は攻撃してこない。逆を言うとそこから出ると容赦なく襲いかかってくる。幻魔は基本、使役している主は襲わないから私は大丈夫だけど。さっき攻撃させたのはそういう命令だから。君が必要なものは私がとってくるからなにか欲しいものがあったらその中から伝えてくれればいい」
中年男性は動悸を押さえつけるようにして体を起こし、あぐらで座り込んだ。
只事ではないのが明らかだったのでアシェリィは気が動転した。
「師匠!! これは……まさか、炉をフルパワーで動かした反動ですか!? その様子じゃ無茶ですよ!! こんな修行を繰り返したら私がやられまくって師匠が持ちません!!」
彼女が悲痛な声をそういうと創雲は余裕ありげに笑った。
「はは。弟子が死ぬような思いで修行をしてるのに、それを治療してやらない師匠がいるかい? 私は大丈夫だよ。これでも計算してやってるつもりなんだ。私がここで倒れたらこの近辺の治安維持や、中部までやってる雲送りもできなくなる。……この程度で倒れるわけにはいかないんだよ。お互いにね。制約の中で可能な限り君の修行に付き合う。それが師匠の務めだ」
そう言うとオルバはリラックスした表情で少女の様子をうかがった。
「どうだい? 今のが実戦。痛くて、怖くてもう戦いたくなくなったろう? 別にここで退いたり、逃げ出すことは悪いことじゃないんだよ。やりたい人、出来る人だけがやればいいこともある。さぁ、君はどうだい?」
アシェリィは無言のまま下を向いていたが、ゆっくり顔を上げた。
「師匠……私……アイツに切り裂かれた瞬間、怖いってよりとても悔しいって思ったんですよ。私だってなんにもせずに遊んで一学期過ごしたわけじゃなかった。それなのに……なのに!! こうもあっさりと……実力の差って残酷だなってなると……」
弟子の少女は今までの苦労を振り返ってポロポロと涙をこぼし始めた。
ここまで強烈な敗退は彼女にとってこれが初めてだった。
そのため、まるで今までの自分の全てを否定されたかのように感じて修行少女は悔し泣きしたのだった。
すぐにそれに対する返事は返ってきた。
「上等上等!! むしろ怖さで縮こまってしまうかと思ってたんだけど、その意気があればアイツに打ち勝つことは出来るし、なんだかんだで君もこの道に向いてるってことさ。さぁ、涙を拭いて!! ほら、君のトランクから戦力になりそうなものを取り出すんだ。そしたら第二ラウンド開始!! いいね。負けてもいいからさっきとは違う戦い方をすること」
師匠がアシェリィのトランクを開けるとそこにはピンクの下着の上下が入っていた。
「お……」
「あッ!!」
思わずバタンと少女は横からトランクのフタを押さえた。
「こりゃ失敬……」
呑気に後頭部を掻くとオルバは人差し指を立ててバトルスタイルを提案してみた。
「う~ん、あれだけ速くて鋭い相手となるとまともにかち合うのは得策ではないね。マナボードで距離をとりながら戦ってみるのもいいかもしれない。それと、釣り竿だね。戦竿。まだ使い慣れてないから急には実戦投入できないけど、夏季休暇の終わりくらいまでには実用レベルまでもっていきたいとこだね。ちょっと見せてよ」
少女は下着類をぐいぐいと奥に隠したあと、短く伸縮したロッドを師匠に渡した。
「これは……人食い燕……キリング・スワローをモデルにしているスワローテイルの最新型か。これ、だいぶ高かったんじゃない? 良いものを買ったね。これを無駄にするのはもったいないよ」
竿を観察し終えた彼はアドバイスをしてきた。
「あ、すごく卑怯くさいんだけど魔術修復炉から出なければ攻撃されないことを利用して炉の中から一方的にロッドで狙うのもアリだよ。まぁ多分、今の君じゃ攻撃は当たらないと思うけど。それに、生身やマナボードの練度もしっかり上げておきたい。無茶もしつつ、色々試してみるんだね。幸いまだ時間はある。どっしり構えていこうじゃないか」
竿を片手に持ったおっさんは軽くヒュンヒュンと素振りをするとそれを投げて(キャスティング)みせた。
ビュオッ!!
メタル・ルアーが鏡の男の額に直撃した。
ガキィィィィィン……
騒音と透き通った音の混じったなんとも言えない衝突音がした。
シュルシュルシュルッ!!
一瞬で糸は手元に戻ってきた。
「やっぱいいロッドだね。ま、小川で釣りをするにはオーバースペックすぎるけどね。あ、アイツ、一応は鏡の幻魔なんだけど、性質まで完全に鏡ってわけじゃなくて。早い話がそこまで衝撃に弱いわけじゃないからそこんとこ誤解しないように」
横目で見ていたアシェリィは首を横に振った。
「釣り竿を極めるのも良いとは思うんですけど、モルポソに対する恐怖心を吹き飛ばせないことには始まらないと思うんです。だから、まずは一番の機動力をもつマナボードを試してみようと思います。同時に幻魔で仕掛けてもいいんですけど、まずは怪我せずにやり過ごせるようにならないと話になりません」
彼女はパシンと両頬を叩いて気合を入れた。
すると流ていた涙は弾け飛んだ。
「いっくぞぉぉぉぉ!!!!!」
がんばりガールは掛け声をかけながらリアクターから緑の飛沫を上げて飛び出した。
雲の賢人は炉に浸かって自分を回復し始めた。
「ふぇ~。しんど。う~ん。勇気があるってのは冒険者としては天性の才能なんだけど、同時に最大の欠点にもなり得る。今に始まった事じゃないけどアシェリィの場合は蛮勇のきらいがあるんだよなぁ。普通、不死者うろつくカタコンベとか一人じゃいけないでしょ……。さすがの私もドン引きだわ……」
アシェリィが飛び出すとすぐさま鏡の男はこちらへ駆け寄ってきた。
「速い!! でもお返しに一発くれてやる!!」
相手の二刀流ダガーの射程に入るかどうかといったところで少女はマナボードはじの出っ張りを足で押し込んで反動で宙に舞った。
「リジャントブイル学院のマナボード部は伊達じゃないんだから!!」
そのまま追跡者の顔面をハデに踏んづけて高くでトリックを決めた。
「やっりぃ!!」
流石にこれには反応しきれなかったのか、二つ名もどきは落下していった。
「このままじゃまたやられる!! エアリアルトリック”バック・ホッパー”!!」
彼女は空中でバク転するかのようなアクションをとって魔術修復炉へと戻ってきた。
「ヒュ~。やるねぇ」
オルバとアシェリィはがっちりハイタッチした。
「じゃ、ニセモルポソ、パワーアップね~」
オルバはあっけらかんと言い放った。
「しょ、しょんなぁ~~~……」
それを聞いて手応えを感じていた荒修行ガールはリアクターに沈んだ。




