入れ替わる獅子とウサギ
頼国には政務局、財務局、健康福祉局などの部署が存在し、それぞれが国家の運営に携わっている。
その中でも魔術に関する事案全般を扱うのが”魔術局”である。
その対象範囲は非常に広く、軍事から日常生活まであらゆる事柄に及ぶ。
そのため、魔術と部署の名が与えられてはいても、実情は”なんでも屋”のようなものである。
その魔術局の中でも最も重要度が高く、危険な案件を請け負うのがタスクフォースである。
その集団の名は”M.D.T.F”と省略される。
エージェントは全員が超一流の腕前の持ち主で、今日もどこかで厄介事を始末している。
コフォル……ネスラ……ヌーフェンだった男はポギと名乗っていた。
宿の窓際に座り、カサカサ抵抗するリンゴ虫を強く握ってかじる。
フィーファン撒糧祭……大食い大会で彼の休暇は終わった。
それ以降は細かな犯罪に対処しつつ、本部からの指示待ちだった。
今までほぼ無休で働いていたので調整が入ったのだなとポギは思った。
「いざ自由な時間が出来るとなると手持ち無沙汰なものだな……」
ミナレートの美しい夕暮れ空を見ながら黄昏る。
スッ……
気づくと目の前に夜空のような漆黒の髪をしてお団子にしばりあげた女性が居た。
オウガーホテルの事件でファイセルと面識のある2人である。
「ルルシィか……ここは3階だぞ。不用意に動くと目立つだろう」
彼女は不敵に笑って首を左右に振った。
「あらポギ。みくびられたものね。でもあたしはマルキーよ? ルルシィなんて名前知らないわ」
そう言うと彼女はその場から消えた。
「相変わらず素晴らしい擬態能力だ。ミミクリィ・サラウンデイングス……。驚愕に値するな。これなら目立つこともないか……」
よく目を凝らすと人影が見える。
彼女の姿は背景にすっかりとけこんでしまったのだ。
「早速、連絡事項を伝えるわ。憲兵が二つ名2人に逃げられたの。猟菓のロッソ兄弟よ」
男性のエージェントは深い溜め息をついた。
「ハァ……。憲兵に任せていい連中じゃないだろう。しかし、気になるのは猟菓がハントされたことだ。ロッソ兄弟といえばかなりのやり手だろ? あいつらを止められる人間が居たということじゃないか。目撃情報はないのか?」
ポギの隣の窓際に腰掛けたマルキーは手振りを交えて説明した。
「ええ。目撃情報によると猫耳の大柄な女性の亜人と、私のような黒いロングヘアで軽装、ミナレートキャンディ、”素敵なステッキ”を装備した女性の2名が奴らを撃破したそうよ。周囲に目撃者が結構いたみたい」
それを聞いた男性エージェントは驚くどころか逆に納得したような顔をした。
「何? 心当たりでもあるの?」
女性エージェントは軽く俯くもう一人のエージェントを覗き込んだ。
「ああ……。君は見ていなかっただろうが、おそらく猫耳少女とはフィーファン撒糧祭で当たった。稀少亜人、ロンテールの娘に違いない」
なぜロッソ兄弟がこんな街中で狩猟行為に出たのかマルキーは合点がいったようだった。
「ああ、用心深くて人前では滅多に騒ぎを起こさないタイプだって情報が入ってたけどそういうことね。眼の前の財宝に目がくらんだってワケ……」
マルキーは窓枠から垂れた脚をぶらぶら揺らしていた。
「そうか。じゃあ今から準備をするとしようか。ロッソ兄弟を捕縛せねば」
窓のへりから立ち上がったM.D.T.F(魔術局タスクフォース)の一員はクローゼットを開けた。
とんがり帽子と質素だが品のある貴族が着るようなえんじの服に手をかける。
「あら、何を勘違いしてるのかしら? 今回の一件で貴方には直接の任務は出ていないわ。もし私がしくじったらその尻拭いをする。それが貴方の任務よ。顔が割れると万が一の時に問題が生じるから宿から絶対出ないこと。いいわね?」
変わった命令だったがそういうこともままあるのでポギは戸惑うこと無く頷いた。
「まぁ君の腕前に関してあれこれいうのは野暮としかいいようがないな。隠密性も極めて高い。取り逃す心配はないだろう。もちろん、力負けする心配もな」
超一流の女性エージェントはニタァっと笑みを浮かべた。
「フフフフ……一般人にやられるような二つ名に私がどうこうできると思って? まぁ私と貴方とやりあったらどうなるかはわからないでしょうけどね……」
そういうといつのまにかマルキーは居なくなっていた。
ポギは窓の外から通りを見下ろしたが、彼女の姿も気配ももうどこにもなかった。
「いくら優秀な擬態魔術と言えど、人に落ちる影ばかりは隠せない。逆を言えば暗がりなら多少動いても気づかれないということだ。夜は彼女の時間。まるでライネン・フクロウのように獲物のハントタイムが始まるだろう……。もっとも、昼でも上手いこと身を隠すのだから質が悪い」
ポギは部屋の隅に逃げていたリンゴ虫を捕まえ直してガリッっと齧った。
その頃、猟菓のロッソ兄弟は追手が来た場合に備え、ミナレート近郊の森で警戒態勢を維持しキャンプを張っていた。
「に、兄さん……ま、まさかあそこまで強いやつが紛れてるとは思わなかったよ」
弟のノッソはかすかに震えていた。
「おいノッソ!! お前はメンタルが弱いのが欠点だぞ!! 今まで何度も失敗を乗り越えてきただろう!! そうやって俺らは強くなってきた!! 違うか!? そうやっていつまでもビクビクしてるんじゃない!! 今回は想定外だったんだ……。この件はもう終わりにしよう」
兄のネッソは座ったまま足元の小石を思いっきり森の奥へと放り投げた。
「誤算に次ぐ誤算だったぜ。護衛がついているだろうと思ってはいたが、あそこまで化物じみているとは思わなかった。ノッソ、決してお前に否があったり力不足だったわけじゃねぇ。ありゃ修羅道のもんだ。カタギじゃねぇ」
それを聞いて弟は少しやる気を取り戻したようだった。
「でもって、肝心のロンテール本体だ。元々、戦闘能力の高い種族だとは知っていたがまさかあれほどとは思わなかった。俺達が見たのは身体能力だけだが、あれが拳術でも使いだしたらたまらんぞ。何か罠にでもかける必要がある」
それを聞いていたノッソは立ち上がった。
「に、兄さん!! まだロンテールを狩るつもりなのかい!? むむ、無茶だよ!! 護衛だってついてるんだよ!?」
兄が立ち上がり、向かい合う弟の鼻の先を突きながら主張した。
「馬鹿野郎!! こんなデカい獲物、見逃したままおいそれと退くことが出来るか!! 逃げたり、これ以上失敗したら俺ら兄弟は稀少生物ハンター界の笑いものだ。猟菓の評価も地に落ちる。俺らにゃもう命かけてでもあのロンテールを捕まえなきゃなんねーんだよ!!」
デコピンで弟の鼻をつっついた兄は腕組みしたまま背をピンと伸ばした。
「兄さん…………」
それに同意したのか、弟も立ち上がった。
そしてどちらが出すでもなく拳を差し出し、互いにぶつけ合って意志を確認した。
「あらあら……感動的な兄弟の絆……素晴らしいものを見せてもらいました」
夜の森、どこからか女性の声が聞こえてきた。
ロッソ兄弟はすぐに戦闘態勢に入って周囲を見回して声の主を探したが、誰もみつけることは出来なかった。
「誰だ!! 姿を見せろ!!」
すぐに兄弟は背中をくっつけあって死角を0にした。
「ノッソ!! 見えるか!?」
「兄さん!! 居ないよ!!」
場数は踏んでいたが、今回ばかりは状況がまずく2人は冷静さをかいた。
そして舐めるように夜の森を必死に観察し始めた。
「うふふふふ……居ますよ。間違いなくここに。居ますってば。ホラァ……」
すぐに弟はガムを膨らませて兄と自分を覆った。
「セパレーティン・ガムだよ!! これなら並大抵の攻撃は通用しない!! しかけてこようとしても無駄だぞっ!!」
ネッソは見えない相手めがけて怒鳴りつけた。
「おめぇ……誰だ!? 賞金首の俺たちをつけてきたんだろ!? 闘るなら正々堂々やってやるよ!! 出てこい!! このチキン野郎!!」
しばらくの間、静寂が場を包んだが間をおいて声が帰ってきた。
「チキン野郎? どこからどう聞いても女の声でしょう? ビビってるのかしら? ええ、そうよ。私はあなた達をハントしにきたわ。追いかける獅子がウサギになっただけってお話。ちょっと痛いかもしれないけど……ま、優しくしてア・ゲ・ル♥」
宣戦布告を確認すると同時にネッソはアメを口に含んで素早く仕掛けた。
「俺とノッソの相性は抜群!! セパレーティンで守って内側から俺が攻める!! 攻防一体だぜ!! ププププププププ!!!!!!」
兄のノッソは大量の雨あられの飴玉を手当たり次第、撃ち込んだ。
地面には穴が空き、草は散り、樹木には穴が空いた。回避する隙間など無かった。
「ハァ……ハァ……。これだけやりゃ満足か? おめぇが誰だか知らねぇが俺らにケンカ売ったのが間違いだったぜ。あぁ、穴ボコだらけでもう反応できねぇか。お気の毒なこったぜ」
またもや森は沈黙に包まれた。
「……エム・ディー・ティー・エフ」
ハッキリした女性の声に猟菓のロッソ兄弟は驚いて挙動不審になった。
「……エム・ディー・ティー・エフ」
「……エム・ディー・ティー・エフ」
まるで呪いの言葉のようにそれは何度か繰り返された。
「えむ……でぃ……てぃえふ!? バカな!! タスクフォースの連中だと!?」
「魔術局タスクフォースだって!?」
刹那、何かが頭上から降ってきた。
するとセパレーティン・ガムが割れて周囲に飛び散った。
「なぁんだ。ガムのくせしてねばって張りつかないのね。それって風船じゃない? じゃ、いくわよ~」
兄の目にはほんの一瞬だけ女性の姿が見えた。
「手加減してあげるから死なないで頂戴~」
音速のデコピンが彼を襲った。そのまま後ろにのけぞったネッソの頭部が弟のノッソの頭に直撃した。
「やったわね、狙い通りストライク。賞金首2匹いっちょありだわ。ま、実力の差ってこういうことだから。あなたたち、2人どころか1人でも十分なのよ。現実を見つめなさいな」
そう言うと気絶した2人を両腕にかついでマルキーはミナレートへと彼らを引き渡しに帰っていった。




