もうその味はわからなかった。
「頼むよ!! あとちょっとなんだからもっておくれよ~~~!!!」
「せっかく早起きしたのにぃぃぃ!!!!」
陸イクラドリンクの品切れ間近のアナウンスでメリッニとソールルは思わず悲鳴を上げた。
同じように並んでいる女子達の叫びにも似た声が響いてくる。
そうしている間にもどんどん列がはけていった。
「あと少し!! あと少し!!」
「ぬぬぬぬ!!」
2人は息をピッタリ揃え、ただひたすらに運頼みで念じた。
「は~い。お次のお2人でラストになりま~す」
目をつむって祈っていた彼女らはゆっくり瞳を開けた。
するとアンテナーチェ、モズの早贄の店員が手招きしている。
「イェーーーーイ!!!!!」
「やった!! やったね~!!!!」
メリッニとソールルは抱き合ってピョンピョン跳ねつつ歓喜した。
「はい。お客さん、一杯1500シエールね」
「高ッ!!」
誘われて詳しい話を聞いていなかった方の女子は思わずのけぞった。
「何いってんの。陸イクラドリンクの相場なんてこんなもんっしょ。あ、2つくださ~い」
こうして2人は噂のジュースを手にとった。
良く言えばミルクカフェ、悪く言えば泥水のような色合いの液体が透明なカップに入っている。
そして、その容器の底には肝心の”陸イクラ”が沈殿していた。
ストローは太く、底に沈んだものごと吸い込めそうだった。
かきまぜるとオレンジ色の透き通った球体が液体の中を舞い上がった。
お世辞にも美味しそうとは言えない見た目である。
なぜこんなものが流行るのだろうかとソールルは興ざめした。
ドリンクを買えたのはいいが、カフェのデッキは人で溢れており、おしくらまんじゅう状態だった。
せっかくの限定品だ。ゆっくり味わいたいと思ってはいても、この人数ではなかなか落ち着いてというわけにはいかない。
持ち帰るにも帰りの階段はまだ売り切れの伝わっていない行列で塞がっている。
「あ~。もっとこう、優雅にティーを楽しみたかったのにィ!!」
メリッニは口をとんがらせてぐずった。
「これティーなの? ……まぁしょうがないよ~。じゃ、さっさと飲んで帰ろうか~。ほら~、もう飲むよ~?」
半ば投げやりにミント色の髪の少女は残念がる橙色の少女を言い聞かせた。
彼女らが同時に口にストローをくわえたその時だった。
「お~い!! ソールルにメリッニじゃん!! 偶然だねこんなところで!!」
誰かがそう声をかけてきたのでそちらを2人は向いた。
そこには目立つ金髪でチームリーダのラーシェがパラソル席に座って手を振っていたのである。
「ラーシェちん!!」
「あ、ラーシェ!!」
彼女は手招きしてチームメイト達を空いた2つの空席へと招き入れた。
だがラーシェ以外に先客が居た。初対面の茶髪の美人でダイナマイツ・ボディの女性だ。
「どうも~。初めまして。わたし、アイネ・クラヴェールって言います。よろしくお願いしますね~」
メリッニとソールルは会釈をすると木製のイスに座った。
「あー。いきなりでゴメンね。彼女はアイネ。初等科で私と同じクラスで。その頃からの親友なんだ。今日はアイネが陸イクラドリンク飲みたいからって朝4時に起こしにきてさ。で、ノリノリでやってきたってワケ」
メリッニはニヤニヤしながらテーブルの下でこっそりソールルを肘でつついた。
ラーシェはこんなにノリが良いのに、それに比べてあなたはといわんばかりの顔をしている。
明らかなあてつけを食らって突かれた方は冷ややかな視線を送った。
表情だけが見えていたラーシェは勘違いして声をかけた。
「しっかしソールル、こんな朝早くによく来たね。どうせメリッニが誘ったんだろうけど。顔色悪いみたいだけど、大丈夫?」
彼女はそう言って不機嫌ガールを心配して声をかけた。
リーダーのこういうところは気が利いて嬉しいなと感心しながら、ソールルは気分を切り替えた。
「うん……。かなり眠い。でももう大丈夫。せっかくドリンク買えたしね。どんな味がするか楽しみだよ」
そういって彼女は本心半分、作り笑い半分の笑みを浮かべた。
「私とアイネは先に飲んだからネタバレは控えることにするよ。さぁ、飲んでごらんよ」
ラーシェ達のドリンクはまだ3分の1ほど残っている。
メリッニとソールルはストローに口をつけてドリンクを飲み始めた。
液体部分はややビターなカフェオレに近い味がした。
だが、肝心の陸イクラは一瞬で至福のひとときを感させるほどの甘味だった。
何と例えたらいいかわからないが、強いて例えるとすればハチミツに近い味だ。
同時に香る柑橘類のような風味が素晴らしい。
口に入るとプチプチと独特の感触がある。
そしてそれが弾けると舌がとろけるかのような、なめらかな甘みを感じられる。
「うわぁ……うっま!!」
「ほえ~。あまぁ~い~……」
2人は口を離すと目をまんまるにしてその得も言われぬ味と風味に驚いた。
飲み物部分は割とありきたりであるが、陸イクラに関しては経験したことのないレベルの逸品だった。
「あっ。飲みきらないでください。通はストローで陸イクラを混ぜながら溶かしてティーと一緒にちょっとずつ飲むんですよ。だから私達はゆっくりと時間をかけてここでお茶してるんですよ」
アイネのアドバイスを受けてデコボココンビは顔を見合わせた。
試しにストローで液体の中のオレンジの球体をゆっくり混ぜると段々と固体は溶けて液体に近くなっていった。
「そーそー。それで飲んでみるの。もうね、この世のものとは思えないヤバさだよ。これを一度飲んじゃうと他のドリンクは霞んじゃうと思うな」
メリッニとソールルは溶けたドリンクを再度、飲んでみた。
「!!」
「!!」
一見してありきたりなビターなドリンクだが、これに魔性の甘味がミックスされることによって絶妙のフレーバーが産まれていた。
「ほらー!! ソールルちん来てよかったべ!?」
正直、甘く見ていたミント髪の少女は何度も首を縦に振った。
「うんうん!! 期待以上だよこれは!! はぁ~早起きした甲斐があった~!!」
そんな2人の仲よさげな雰囲気を見てラーシェとアイネは声を出して笑った。
メリッニとソールルは揃って向かい側を見た。
よくよく見るとラーシェもアイネもまるでアイドルのようなルックスの良さだ。
ラーシェは美しい金髪に澄んだ碧い瞳。スタイルもボッキュッボンでおまけに面倒見がよく優しい。
男女別け隔てなく接し、人の悪口を言うことはめったにない。
チームメイト2人はそんなラーシェにだけはあらゆる面で敵わないなと常日頃思っている。
強いて欠点を上げるとすれば男性との交際に対する態度が非常にシビアな点くらいだろうか。
一方、隣の美女は栗毛色の艶っぽく美しいミドル丈髪だ。
目はタレ目で優しいを通り越して慈悲深げなイメージである。
ぷっくりとした唇や、ラーシェを上回る強烈なわがままボディがイヤでも目についた。
それこそデコボココンビに対しての美女コンビである。
実際のところ、自覚はしていないがメリッニもソールルも可愛い方に分類される。
だがこの2人の圧には気圧されざるを得なかった。
誰がどう見ても美人のこの2人に敵うはずがない。
そう招かれた客は震え上がった。次の瞬間だった。
「ふふふ。お2人がウワサのメリッニさんとソールルさん? なんでもクラス内であなたたちラーシェのチームはユニコーン3人娘とか言われてるんですって? チーム全員が乙女だからってラーシェが……」
アイネはニコニコ言いながら平然とそう言い放った。
一切の悪気が感じられない発言だ。
「ばっか!! あ、ああ。2人とも、気にしないでね!! アイネは天然ボケ入ってるから。平気でこういうボケかますけど、気にしないでいいからね!!」
ラーシェはあたふたして取り繕ったが、他者にユニコーン3人娘の話が伝わっているとわかったチームメイトは赤面した。
(くっそ~見てろよ~。一番乗りはあたしだからな~)
(くぅぅ~~~、恥っずかしーーーーーーー!!!!)
勝ち気なメリッニはすかさずカウンターパンチを放った。
「アイネ先輩はどうなんです? カレシとかいるんですか!?」
橙髪の少女は根拠のない自信があった。
「私? 私はお付き合いしている男性はいますよ? まだお付き合いを始めて間もないですが、互いに籍を入れるつもりで居ます」
パンチを回避され、逆に強烈なアッパーカットを食らったメリッニは座ったまま大きくのけぞった。
「ぎゃふん!!」
一方のラーシェはふてくされて机に頬杖をついていた。
「あーはいはい。ごちそうさまです」
戦友の死を無駄にしまいとソールルは核心に迫った。
「そ……その……もう夜を共にしたりとかはなさったんですか?」
乙女なら恥じらうべきところだったが、アイネはにっこりわらって頷いた。
「ええ。それはもう毎日。一時的に封印魔術を施しているので赤ちゃんとかはできませんよ」
余計な情報まで耳に入ってきて一気にソールルは瀕死状態に陥った。
「ごばぁっ!!」
メリッニと同じように力なく仰向けにイスにもたれかかった。
ちゃっかりメリッニにもその話も届いていた。
「あの~……私、なにか変なこといいました?」
「あ~~~……もうよろしい!!」
その後、意識を取り戻したメリッニとソールルは陸イクラドリンクを飲んだが、気まずさとショックのあまりもうその味はよくわからなかった。




