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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter5:Crazy Summer Nights
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熟睡を破るは陸イクラドリンク

ピンポーン。ピンポンピンポンピンポン!!


女子寮の一室のドアホンがけたたましく鳴った。


「ん~? むにゃむ……ん~? まだ朝の5時じゃないですかぁ~。だ~れがこんな時間に……むにゃむにゃ……すかー……くぴ~~~~」


叩き起こされた少女は時計をチラ見するとすぐに再び眠りについた。


ピンポーン。ピンポンピンポンピンポン!!


それを完全に無視するようにチャイムが連打される。


「う……う~ん……。むにゃむにゃ……こ、これは~……私が朝弱いの知っててやってるな~……。何て意地の悪いやつ……これは~……」


セミメンターのラーシェと同じクラスでチームメイトのソールルは寝ぼけまなこで半身をね起こした。


クールミントカラーの髪は寝癖ねぐせだらけだ。


手ぐしで荒っぽく寝かせて細いポニーテールを肩かららすと玄関へと向かった。


タンクトップに短パンという露出の高いラフな服装だ。


「はいはい。……ほら~いわんこっちゃない。メリッニじゃ~ん」


開かれたドアの前にはだいだい色のボブカットをしたメリッニが満面まんめんみを浮かべていた。


彼女もラーシェと同じクラスでチームメイトである。


つまり、ラーシェをリーダーとしてメリッニ、ソールルの女子3人組でグリモアルファイターのクラスにおいて活動している。


メリッニはこの早朝にも関わらず元気いっぱいだ。


「よーっす!! ソールルちん、おっは~!! 覚えてる? 今日は流行りものを扱うアンテナーチェってお店にケイナのスイーツの”りくイクラドリンク”が入荷するんだ!! 1年に1回しか採れないし、急がないと売り切れちゃうよ!!」


覚えてるかと聞かれても記憶に無かった。多分、メリッニの思い違いなのだろう。


おおきなあくびをしながらソールルは無言のままドアを閉めようとした。


すると流行り物好きな少女はがしっとドアのフチをつかんだ。


「ぐぐっ!! 待った!! 待った待った!! ここまで来てそりゃないっしょ!? 薄情すぎるよ~。ね~、お願いだから一緒にりくイクラしに行ってよ~~~」


目をしぱしぱさせてソールルはドライに対応した。


平時ならともかく、これだけ早朝に来られると冷めた態度にもなる。


「ラーシェ誘っていけばいいじゃ~ん。あたし寝たいんだけど~。ふぁ~あ……」


ドアの端の手にギリギリと尋常じんじょうでない力が入っているのがわかる。


「そっ……それがさぁ、ラーシェは何度チャイム押しても反応しないんだよね。多分寝ぼけてるんだと思うんだけど!!」


ラーシェだとあきらめるのに、自分にはこうも食らいついてくるものなのだろうかと寝起きの少女はあきれた。


「だってさぁ、せっかくの限定モノだし、誰かと共有したいじゃん!? ラーシェちんとソールルちんの3人で行こうと思ってたのに!! だからせめてソールルちんには!!」


扉の向こうの相手はボーッとした様子でしばらく目をしぱしぱさせていた。


「…………ハァ……。持つべきは悪友あくゆう……かぁ~。しょうがないな~。付き合ってあげるよ~……」


メリッニは両手を握って縦に振った。


「ヤター!! ソールル様々(さまさま)だよ!! あ、もう並んでいる人居ると思うから早く準備してね!! 売り切れちゃうかもしれないから!!」


それに叩き起こされた少女はむすっとして答えた。


「メリッニちゃん、今何時だと思ってるの~? ご近所さんもいるんだから静かにしてよね~」


身勝手な誘いをしょうがなく受けて、ソールルは身支度を終わらせた。


白を基調としたセーラー服風の私服だ。


「おまたせ~」


ドアの外では麦わら帽子にグラサン、オフショルダアーでパンツルックのメリッニが待っていた。


オレンジの上着と青いパンツの対比が彼女らしい。


「おっ、急がせて悪いね。じゃあ行こうか」


「ほわ……ほわぁ~あ……」


ソールルは口を覆いつつ大きなあくびをした。


まだ半目で眠りかけらしく、部屋のマギ・ロックをかけながらコクリコクリとしている。


「器用なやっちゃな~。ほら目ェ覚まして!! りくイクラドリンクがにげちゃうよ!!」


デシン!! とねぼすけ娘の背中をメリッニは元気よく叩いた。


「あだっ!! つうぅ~……」


遠慮なしの一撃に流石に意識がハッキリしてくる。


メリッニとソールルはいつもこんな感じである。


パワフルなトラブルメーカーとそれに巻き込まれるゆる~い常識派である。


本来ならここで押しかけてきて睡眠を邪魔する相手に怒ってもいいくらいだが、ソールルは良くも悪くもマイペースだ。


こんな非常識ガールに対しても滅多なことでは声を荒げたり、怒ったりしない。


もはやあきらめの境地きょうちに至っているのかもしれない。


一方のメリッニは最低限の常識はあるが、何をするにもテンションが高めである。


どんな逆境でも乗り越えるパワフルさを持ってはいるが、行き過ぎることもしばしばだ。


この2人は全く違う性格をしながらも仲がよく相性抜群あいしょうばつぐんである。


ただ、乱戦や混戦になるとヒートアップしがちなメリッニをフォローしきれなくなってしまう。


ソールルはもともと単騎たんきに向いている魔術なので仕方ないと言えば仕方ないのだが。


そこで2人をチームのリーダーとしてカバーするのがラーシェの役割ロールというわけだ。


彼女はパワフルとゆるさの中間に立ち、場合によっては指示を出すことによって彼女らの実力が遺憾いかん無く発揮されているのである。


戦術的にもラーシェが加わることによってだいぶマイルドになり、攻めるか退くかといった極端なものからバリエーションが増えている。


彼女が今まで積極的に後輩を指導してきた成果がダイレクトに出ていると言えるだろう。         


メリッニはソールルの手を引いて小走りで走っていた。


あれだけ強烈に気合を入れたのにまだ起こされた少女はぽわ~んとしている。


「……どこ……どこいくんだっけ……」


クールミント髪の少女は目をこすった。


「アンテーナーチェ!! カフェ併設のアンテナショップだよ!! ホラ、樹の上に刺さるようにデッキが作られてるからモズの早贄はやにえって呼ばれてる!! ご当地物産が定期的に入荷されるショップ!! 聞いたことあるでしょ!?」


ソールルは首をかたむけた。


「う~ん……むにゃむにゃ。聞いた事はあるけど、行ったことは無いかなぁ……」


ボーっと考えながら走る彼女にメリッニはかつを入れた。


「ホラ!! 早くしないと売り切れちゃうよ~!! あたしたち仮にも肉体派なんだから!! 走った走った!!」


まだ眠気ねむけの抜けない少女は手をぎゅっと引っ張られそのまま走り出した。


さすがに普段から鍛錬たんれんしているだけあって、あっという間にモズのはやにえに到着した。


その頃には体が温まったソールルは意識がはっきりしていた。


行く手に見える木製の螺旋階段らせんかいだんが目に入ってくる。


「ほえ~。高いなぁ~。ここがアンテナーチェ……モズのはやにえ? かなり高いね。ミナレートのはじからでも見えるんじゃない?」


そう言いながら首が痛くなりそうなほど上を見上げる。


建物は非常に高く、まるで大樹のように頭上にデッキが広がっている。


太い支柱の周りを螺旋階段らせんかいだんが回っていた。


驚いたのはそれだけではない。並んでいる人数の数だ。


「えぇ!? これみんなお客さん!? 階段に登るまでにむっちゃ並んでるじゃん!!」


それを聞いてメリッニはむくれた。


「そーら。だから言ったじゃん。早くしないと売り切れちゃうよってさ!!」


すぐに付き添いの少女はきびすを返した。


咄嗟とっさに誘った方が腕をつかんで呼び止めた。


「ちょっと待って。待ってったら!!」


メリッニはあせり顔だ。


「これだけ並んで飲めるかわかんないんでしょ? あたし、もう帰って寝るから」


普段は優しいソールルだったが、叩き起こされた上に不確かな行列に並ばされるとなるとさすがに理不尽さを感じずにはいられなかった。


プチギレである。


だが、すぐに彼女は認識を改めることとなった。


「え……何コレ……」


彼女が列を抜けようと振り向いたところ、後列の最後が見えなくなるほど人が並んでいたのである。


りくイクラドリンクは女子向けらしく、並んでいる人のほとんどが女子である。


まるでミナレート中の女子が集まってきているのではないのだろうか。


そう錯覚さっかくするような列の長さだった。


「にっひひ~。どうする? 帰ってもいいんだけど」


意地悪気いじわるげ微笑ほほえみをよそにソールルは無言のまま列にもどった。


「ねぇ、これってもしかして私って流行はやりにうとい?」


メリッニはだいだいのボブカットを揺らしながらパシンと彼女の肩を叩いた。


「ああ、そりゃもううとうとい!! うとすぎるよ~。だってりくイクラの収穫期って1年前には決まってんだよ? そんで少なくとも収穫の1週間前には解禁日が決定するんだって!! 鈍い、鈍い。ニブチンだなぁソールルちんは!!」


なんだか脳筋のうきんに根本的に負けた気がしてニブチン呼ばわりされた少女は密かに苦虫を噛み潰したような顔をした。


「いやー、女子たるもの、トレンドに敏感でないといかんよ~。これを期に流行はやりに敏感になりたまえよ」


もっともメリッニみたいなのは世間で言うミーハー以外の何物でもないのだが。


「ねー、もしかして、一年前からこのドリンク、狙ってたりする?」


だいたいどんな答えが帰ってくるか想像がつきつつもソールルはご機嫌な彼女にたずねてみた。


「あったりまえじゃん!! 来年のカレンダー買って一年前から解禁日予想しちゃってさ!! もう今月のカレンダーが書き込みで真っ赤なんだよね!! おまけに昨日の夜はよく眠れなくってさ~。一晩中、魔術ガエルのコーヒー飲んでたよ!!」


思わずそれを聞いた側はひたいに手を当てて首を左右に振った。


(あちゃ~。だからいつにも増し増しでテンション高いんだな……。厄介やっかいからみ方してくるわけだよ……)


いままでつっけんどんにメリッニを扱ったソールルだったが、そういう裏事情があると知るとなんだか気の毒になってきた。


「…………りくイクラドリンク……楽しみだね……」


目線をそらしながらそうつぶやくとかたわらの少女の顔色が一気に明るくなった。


「おお……おお……。ようやくソールルが興味を持ってくれた……。こんなに嬉しいことはない……!!」


「ふぅ~」


思わず寝起きガールからため息がれる。


そうこうしているうちに2人はようやく木製の螺旋階段らせんかいだんまで進んだ。


相性がいいだけあって、今朝のような無茶振りがなければメリッニとソールルはとても仲が良い。


話題のバランスも絶妙に異なり、長時間雑談していても苦にならない。


あれやこれやと話しているうちにいつのまにか樹上のウッドデッキまで到達していた。


あとはジュースパーラーで例のブツを買うだけである。


「え~、りくイクラドリンク、残りあとわずかとなりま~す」


店員の告知と共にショップ全体がドッっとざわめいた。


「!!」

「!!」


2人の間にも衝撃が走った。


「頼む!! もってくれーーーー!!!!」

「苦労して早起きしたんだからーーー!!」


ただひたすら念じるデコボココンビだった。


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