気は利くけど食えない男
(今度はちょっと手間がかかるけど……)
紙袋を片手に持った教授は廊下をクルクルと回り始めた。
今度は階段を昇ったり降りたりする。
そしてまた廊下を回り始めるといつのまにか彼は長い下り階段にたどり着いていた。
終わりの見えない下り階段を降り続けると鼻歌が聞こえてきた。
「♪ふんふふ~ん ふふふ~ん」
どうやら地下霊園の入り口を誰かがホウキで掃除しているらしい。
そんなことをしている人物といえば彼女しか居ない。
「あ、カラグサ先生。こんにちは」
「う、うひゃああぁぁぁッ!!」
彼女は背中から声をかけられたため、驚きのあまり飛び上がった。
その衝撃で彼女の生首がスポーンともげてフラリアーノめがけてすっとんできた。
「おっとぉ!!」
彼はカラグサ教授の頭部を見事にキャッチした。
後頭部を向いていたので頭を持ち替えて目が合うような位置に合わせた。
「大丈夫ですか? おケガは?」
「せ、先生……。顔……ち、近いよ……」
なんだか恥ずかしげに彼女は目線をそらした。
我に返ったフラリアーノはカラグサの頭部を自分の顔から離した。
「こ、これは失礼しました。待っていてくださいね。今、体とくっつけますから」
階段の下では首なしの体がアテもなくフラフラしている。
頭を抱えたまま小走りでその肉体に近づくと向こうから手を伸ばしてきた。
その手に頭を委ねるとカラグサは自力で胴体にくっつけ直した。
「はは!! フラリアーノ先生。こりゃケガとか重症どころの話じゃないでしょ。いきなり声かけるもんだから。んもう!!」
カラグサ教授は冗談紛れで笑い飛ばした。
「いえいえ、立派なケガですよ。あ、そうだ」
不死者にびくともしない教授は階段の途中で落とした紙袋を拾って戻ってきた。
「旅行に行ってきまして。これ、お土産です。ジュエル・デザートに生えるサンライト・ハイビスカスの髪飾りでして。周期的に色が変わって黄色から赤の間をグラデーションするんです。どうです? 先生に似合うと思って私に来たんですが……」
袋から髪飾りを出したカラグサ教授は首を左右に振った。
「いや、こりゃあたしには似合わないな。見なよほら。黄ばんだ包帯にボロ服、土気色の肌、ところどころ青い肌。こんなのにこんなオシャレで明るい色の髪飾りが似合うわけないって」
フラリアーノは首を傾けながらリクエストしてみた。
「ふ~む。とりあえず付けてみてくれませんか? せっかくのお土産なので。お気に召さなければ煮るなり焼くなりしてかまいませんし」
なんだかんだでしぶしぶ彼女はサンライト・ハイビスカスの花飾りを耳の上の髪にとめた。
「素敵だと思いますけどね。ここは辛気臭いですし、色も単調です。だから私はせめてカラグサ先生ぐらいには華があってもいいと思って買ってきたんです。でも、まぁ嫌なら無理につけることもありませんから……」
“素敵”という反応に彼女は敏感に反応した。
「本当かい? あたしみたいな……こんな姿になっても素敵って言ってくれるのかい?」
お土産教授は微笑んで言った。
「ええ。私はお世辞が上手いほうでは無いので。とても似合ってると思いますよ。きっと訪れる生徒たちも皆、褒めてくれると思います」
しばらくの間、カラグサ教授は俯いて黙りこくっていたが、すぐにいつもの彼女に戻った
「そこまで言われちゃ仕方ないね~。フラリアーノ先生に”素敵”なんて言われて悪い気がする女子なんているのかね? 反則だよそれは。あ、今、お前のどこが女子だよとか思ったろ? え? あたしはわかってんだぞ?」
急に元気に調子を取り戻した彼女を見て内心、フラリアーノは戸惑っていた。
(最初はウケが悪いと思ったのにこの喜び様……女子心と秋の空っていうのはこういう事を言うんだろうか……)
フラリアーノは乙女心に壊滅的に疎かったのである。
(こんなんでこの先やっていけんのかね……それともあたしにもワンチャンあるか? いや、そりゃありえんわな)
カラグサは満面の笑みを浮かべながら花飾りをつける位置を試行錯誤した。
ボトッ……
腕を上げ続けていた彼女の片腕が床に落ちた。
慌てて腐りかけの教授は転がった肉塊を拾い上げてくっつけた。
「あは。あはは……。ま、ともかくあんがとね!! あたしはこっから出られないからお返しとかは出来ないんだけど……。そんな私にもお土産くれたこと、本当に感謝してるよ。またいつでも顔を見せてよね!!」
彼女はそう言ってウインクするような仕草をとった。片目が閉じないからこうなってしまうのだった。
「はい。ちょくちょく来て外の話をしますよ。それでは失礼します」
女心に鈍い教授は手を振りながら来た階段を上がっていった。
階段を登りつつ、フラリアーノは思い出した。
(あっ……教授室が無いから忘れそうになってました。かなり厄介なお方が……気が重いなぁ……)
彼は次のお土産を教授室に取りに戻ると、校舎を出て闘技場へと向かった。
コロシアム付属の医務室のそばへと歩いていくと激しい怒号が聞こえてきた。
「オラァ!! 1班、治療がおせーぞ!! それだとクランケの苦痛が強くなりすぎる!! とっとと治せ!!」
「2班!! おめーらそれでもヤケド編成かぁ!? 治りが不完全でしかもおせぇんだよ!!」
「ふざけんな3班!! 毒の進行が止まってねーぞ!! そのままじゃ後遺症が残りかねねぇ!! マジでやれマジで!!」
「4班!! 封印魔術は専門外とか言ってんじゃねーよ!! 直せそうなものはなんでも治せ!!」
「だー!! 5班!! クランケが暴れてるじゃねぇか!! 眠らすなり麻痺させるなり何なりしろ!! 基本だろがよ!! ひよっこかおめぇらは!!」
医務室には闘技場で傷を負った生徒たちがひっきりなしに担ぎ込まれてくる。
実戦を意識して生徒たちが彼らを治療するのがここというわけだ。
その一室は阿鼻叫喚の様相を呈していた。
さっきから怒鳴りっぱなしなのはニルム教授だ。
医師の教授にもかかわらず、部屋に充満するほどの煙草の煙をふかしている。
「スーゥゥーーーハァァァァーーーー!!!!」
いかにも苛立っていると言った様子で彼は窓際に腰をかけて煙を吐いた。
お土産教授は恐る恐るコロシアムの医務室を覗き込んだ。
「あぁん? 召喚術の小僧か。ここは患者以外立ち入り禁止だ!! 、見せもんじゃねぇぞ!! とっとと出てけや!!」
カランカランと音を立てて灰皿が飛んできた。
なんでも昔は温厚な医師だったらしいのだが、担当した生徒が死亡したのをきっかけに偏屈で頑固、怒りっぽい性格になったという。
面と向かって話すとめんどくさいことになりそうだったので、顔と袋だけをひょっこり出してゆらゆらと振った。
「おい。手の空いてるやつ。そうだな。おめー、おめぇだよ。あの小僧の袋、受け取ってこいや」
見学していたとある学生が指名され、フラリアーノから袋を受け取った。
そして贈り物はニルムに届けられた。
ヒゲ面のヘビースモーカーは袋を覗き、荒っぽく包みを破いた。
「ほぉ~ん。こりゃアレか。砂漠を転がってる草……タンブル・ウィードで作った葉巻か。おまけにジュエル・デザート産。ガキのクセにいいモン知ってるじゃねぇか」
早速、ニコチン中毒の男は葉巻をくわえて火を付けて喫煙し始めた。
普通の煙草のむせるような臭いではなく、香ばしいような香りが部屋を満たした。
ビーツァは一服すると遠い目をして窓の外を眺めていた。
そしてこちらに背を向けたままおもむろに口を開いた。
「青二才の小僧。一応、礼は言っておくぜ。だが俺からの土産は期待すんじゃねーぞ。ここから離れるのはめんどくせぇからな」
乱暴なDrは動物でも追い払うかのようにそっぽのままシッシッっと手を降った。
思ったより険悪にならずに済んでフラリアーノはホッとしていた。
「最後は……校長先生ですね」
ようやく他の教授にもお土産を配り終えて、いよいよラストの校長先生のみとなった。
ちょっとだけ立派な教授室の扉の前に立つ。
「フラリアーノです。いらっしゃいますか?」
「おおっほ。入りたまえ」
老いた声の返事があったので教授は校長室に入った。
そこには座り心地の良さそうな大きいイスにちょこんと校長が座っていた。
真っ白な髪の毛とひげが一体化しており、そういう種類の犬かなにかなのではないかといった見た目だ。
「フラリアーノ先生、お土産、くばってるみたいね。もしかしてワシにもなにかあったりする? んん?」
校長はひょこっひょこっとひょうきんに体を揺すった。
「はい。サーテブルカン校長先生。お気に召すかはわからないのですが……」
彼は前に出ると机の上に小さな紙片とコインを差し出した。
「これはジュエル・デザート限定販売の切手と、王族の即位記念コインです」
サーテブルカンは小さな身長を乗り出して2つのプレゼントを目利きし始めた。
いつのまにかルーペ片手に白い手袋をして両方の品を鑑定している。
「う~む。こちらは確かにサルテナハ郵便局発行のサンライト・ハイビスカス柄の切手じゃな。こっちは最近、戴冠したアージャジャシャナ妃の横顔のコインじゃな。裏面はピ・ニャ・ズーか。カタログ通りのモノホンじゃ。ええのうええのう!!」
校長は興奮して跳ねた。
「ホッ。よかった。私はどちらとも詳しいジャンルではなかったのでこれであってるのか不安だったんです」
机に顔をくっつけていた白いけむくじゃら校長はガバっと顔を上げてわらった。
「こやつ、なにを言っておるか。どちらも幻魔を介して能力を上げる魔術の”SENSE”を使ったじゃろ。お主が頼ったのはおそらく”直感”を鋭くするSENSEじゃ。かなりの使い手で無いとこれを向上させるのは無理じゃ。確かに送り相手の好みをリサーチして努力はしておるが、お主の贈り物にハズレが無いのはそれ無しには説明できん。全く、食えん男じゃて……」
見破られた教授は無造作に後頭部を掻いた。
「ありゃりゃ……さすがの校長先生にはお見通しでしたか。でも、ほんの少しだけ勘が鋭くなるだけですよ。ふふふふふ……」
「カーカッカッカッカ!!!!!!」
2人はひとしきり笑いあうと挨拶を交わしてわかれた。
フラリアーノはスケジュールに余裕を残してあり、まだ半日以上休暇が残っていた。
さすがにこのままぶっ続けで課外講義をしたら疲れがとれない。
そのため、彼は自室へ戻ってきていた。
「は~……。肉体的には疲れてないけど、精神的には結構つかれましたね。まぁでもみんな喜んでくれたし、めでたしめでたしですかね…………」
彼はスーツ姿のままベッドで眠りこけるのだった。
もっとも寝間着もスーツなので大差無いと言えば大差無いのだが。




