氷海ツアーみたいですね……
フラリアーノはまだお土産を配っていた。
リジャントブイルの教授層は厚く、かなり大勢居る。
彼ら全員に贈り物するのはお金と手間がかかる。
もっとも学院の教授はかなり高給取りなので、金銭的な面はあまり問題にならないのだが。
それにしてもここまで凝ったお土産配りをするのはフラリアーノくらいのものである。
別にごまをすっているというわけではなく、それは周りに対する純粋な感謝の気持ちからくるものであった。
(そうだな。じゃあサバイバル学のシュルム教授のところへ行こうかな……)
ドアをノックすると返事があった。
「どうぞ~」
「失礼します」
教授室のドアを開けるとかなり細身の優しげな男性教授が迎えてくれた。
「やはりフラリアーノ先生でしたか。ご苦労さまです。その様子だと私にもなにか持ってきてくださったようですね」
シュルム教授はちょくちょくナッガンクラスに講義をしていて、野生植物の目利きや極限地帯での生存術を教えている。
雑草やキノコを図鑑を見ながら食べさせられたのは記憶に新しい。
「ええ。暑すぎて生物が死に絶える砂の鍋底と呼ばれるヒーティング・エリアに観光に行ってきました。周りの方々は途中で引き返して行きましたが、私はサウナ気分で楽しんできましたよ。いや~いい汗かきましたね」
サバイバル学専門家はカップ片手に飲んでいたお茶を吹いた。
「フブーッ!! ま、まさか生身で砂の鍋底をうろついたんじゃありませんよね?! なにかしらの耐熱装備は用意していったんでしょう!?」
お土産教授は腰にくっついていた分厚い本を取り出した。
サモナーズ・ブックが自然とパラリパラリとめくれる。
そして彼はすばやく唱えた。
「サモン シースルー・イース!! イシアラ!!」
すると彼の背後に透き通った青色をした子供ほどの氷の女神が現れた。
サイズは小さいが、しっかり女神の見た目をしている。
そして背中から美しい氷柱がいくつも伸びていた。
「こ……これは……。そそそ、そういう事だったんですね。あああああの環境だとなななな生身で耐えきれるききき……きょう……じゅは……」
驚いたシュルムはガタガタと震えたかと思うと動かなくなった。
「あっ!! しまった!! イシアラの冷気で凍りかけてしまってる!! ならばこれを!!」
召喚術クラスの教授は素早く袋から真っ赤に燃えるような石を取り出した。
あまりの熱さでジュウジュウと取り出した手から水蒸気があがった。
そして彼は凍りかけの教授の机にその石を置いた。
するとその熱量でシュルムは意識を取り戻した。
「さささ……寒い……。で、でもこここ……これは間違いなく鍋底の石!! 通称ボトム・プロミネンス!! キャンプ装備としてはかなりレアアイテムじゃないですか!!」
寒がる教授の頬に赤みがさすと同時に氷の女神は消えていった。
「いやぁ、本当にすいません。冷却用の温度調整のまんまでしたので。あとちょっとで先生を氷漬けにしてしまうところでしたよ」
フラリアーノは冷や汗をハンカチーフで拭っていた。
やがて部屋は冷房が効いているのにポカポカしてきた。
「ふぅ。あそこへは教授といえど生身、しかも装備無しで潜れる人は数えるほどしかいませんからね。とても貴重なお土産です。本当にありがとうございます!! にしても熱いですね~。ハイパーミトンで掴んで……そうだな、耐熱フィルムにでも包んでおくのがベストですかね」
お礼を終えるとボトム・プロミネンスの扱いにシュルムは集中し始めた。
こういったものの扱いになれているのか器用なものである。
幻魔で彼を危うくカチンコチンの氷漬けにしそうになった教授は良心の呵責に苛まれた。
(これじゃまるでアシェリィの氷海ツアーみたいですね……)
同時に相手からも叱責されると思っていたのだが、プレゼントのチョイスが良かったからかその場は丸く収まった。
「それでは失礼しますね」
軽く頭を下げてそそくさと教授室を去った。
(次は……キュンテー教授で行こうか。早めに行っておいたほうが気が楽だし……)
キュンテー女教授はふくよかで温厚そうな見た目に反して生徒への指導が厳しい事で知られる。
ナッガンとはまた別の方向で説教や反省文が厳しいともっぱらの評判だ。
仕事を両立してバリバリこなしているのでキャリアウーマンの要素が教授に混ぜこぜになっている感もあるが。
彼女は魔法生物課の教授でヨウガン・ガエルの潜む落ち葉の上を生徒に歩かせて捕まえさせたりしている。
それは同僚である教授に対しても変わらず、ときには説教することもあるくらいだ。
もちろんそんな彼女だからして、毎回の贈り物への評価はハードルが高い。
(う~ん……今回はどうだろうか?)
黒髪を軽く掻きながらあんまり自信のない男性教授はノックした。
「はい。どうぞ」
「失礼します」
キュンテー教授と目が合った。
「フラリアーノ先生ですか。またいつものようにプレゼントを配っているようですね。今回は何を持ってきてくれたのですか」
彼女は視線があったのを確認するとすぐにデスクの方に向き直ってしまった。
この人はいつもこんな感じでそっけない。生徒の前では情熱的らしいのだが。
「ええ。お持ちいたしましたよ。喜んでいただけると幸いです」
小さな包みを手渡すと早速、彼女はその中身を確認した。
「はああぁぁぁぁぁぁぁ♥ ピ・ニャ・ズーだぁ♥」
彼女はイメージに合わない女性らしい高い声をあげた。
そして遠足でナッガンクラスが世話になった野生生物、ピ・ニャ・ズーのキーホルダーを取り出した。
ぶち模様のマンジュウのような胴体に短い手足が生えていて、胴体に猫のような顔がついている。
「はっ!! ごほん、ごほげほ。あ……ありがとうございます。ところで先生、なぜ私がピ・ニャ・ズーが好きだとわかったんですか?」
両方に泣きぼくろのある男性教授は人差し指を立てながら首を縦に振った。
「以前、教授同士での飲み会があったじゃないですか。あの時、キュンテー先生のカバンにピ・ニャ・ズーの小さな人形が下がっていたのを見たので、それならこれもお気に召すかと思ったんです」
それを聞くとキュンテーはこちらを向き直った。
「そ……それはどうも……。せっかくですし、これもカバンにつけさせてもらうことにします。ありがとうございました」
実は前回のプレゼントもそれなりに喜んでもらえていたのではないだろうかなど渡した側には思えてきていた。
皆から厳しく、スパルタだと思い込まれてはいるが蓋を開けてみれば女性らしいところはあるのだ。
なんだか損な性格だなと思いながらフラリアーノは挨拶して退出した。
「さて……次も手強いぞ……」
教授はクイッっと気合を入れて砂嵐模様のネクタイを締め直した。
「ファネリ教授、おいでですか?」
「なんじゃね? 入りなされ」
教授室に通されるとそこには紅蓮色のとんがり帽子にローブを着たいかにも魔術師といった風の老人が居た。
「ふぉっふぉっふぉ。話は聞いておるぞ。今度は何を持ってきたか見せてみい」
長く白いひげをいじるのは二つ名持ちの炎焔のファネリ教授だ。
本来、「焔」は「えん」とは読まないが、炎とかけて彼は炎焔という呼び名が定着している。
カークスに修行をつけたり、コロシアムで生徒を蹴散らしまくったりしている学院では有名であり、結構なお偉いさんだ。
「これでどうですか?」
フラリアーノは机の上にコトリと地味な瓶を置いた。
ツカツカと窓際から歩み寄ってきてファネリ老はそれを手にとった。
「ふ~む。この瓶の作り、液体の色、沈殿物……。これはギッジュの酒じゃな!?」
栓も開けていないのに利き酒されてしまって送り主は額に手をやった。
「あちゃ~。今回もやっぱりダメでしたか。そうです。それは北方砂漠諸島群……ジュエル・デザート西端の少数民族、ギッジュ族に伝わるお酒です。さすがにこれだけマイナーなお酒ならファネリ先生のコレクションに無いだろうなと思ったんですけど……」
もらった酒を大事そうに抱えると彼は壁に作られた酒蔵にそれを大事そうに収納した。
「ギッシュの酒ならお主のより年代物をもってるぞい。40年モノじゃよ。だが、この酒自体が珍しいものに違いはない。わしのコレクションとの競争には負けだが、満足しとるよ。あすこは立地が立地だけになかなか行けんし、ギッジュの連中もガンコじゃからの。スペアがあると非常に有り難いんじゃ。まぁわしは飲むのも好きじゃが、どちらかといえば蒐集する派じゃからの」
クセのようにまた白ひげをなでながら老教授は穏やかな笑みを見せた。
これでいて、闘技場では対戦相手をまっ黒焦げにする炎の使い手だというのだから人は見た目ではわからない。
噂によれば炎属性以外も使えるらしいが、基本的には炎縛りをしているらしい。
それによって威力が上がるというのもあるのだが、いざという時に相手の裏をかくという意図もあるように思えた。
「ふぉっふぉ。これに凝りずまた挑戦にきてくれ。わしもお主のお見合い相手でも探しておくからな」
「ファ、ファネリ先生!!」
冗談混じりの言い合いをしあった後、フラリアーノは次の送り相手を目指した。




