気が利くいい男
次なるお土産を手にフラリアーノは教授棟をめぐりだした。
「えっと……まずはバレン教授からかな」
彼の部屋の前に立ってノックする。
「すいません、フラリアーノです」
「おう、入りな」
すぐ返事が来たので中に入るとお土産教授は驚いた。
バレン教授は汗だくで筋トレに勤しんでいたのだ。
かつて闘技場でザティスをコテンパンにしたあのバレンである。
「ん? なんだ? 筋トレなんて無駄無駄。なぜ瞑想しないかと言わんばかりの顔だな。わっかんねぇかなぁ~。良いもんだぜ筋トレってものはよ!! ほっほっほっ!!!!」
そう言いながら色黒でアフロが特徴的なマッチョマンは筋トレを再開した。
「んで、何の用だい?」
「……コレです」
フラリアーノは袋からスッっと縦長で大きめの缶を片手で取り出した。
「こ……こいつぁ……北方砂漠諸島群の灼熱とんがらしのエキス入りのプロテイン!! なんでも効率よく脂肪を燃やし、マナ筋をつけるという……。ウワサには聞いていたが、お目にかかるのは始めてだぜ……。教授、どうしてこれを?」
砂嵐ネクタイの教授は指を振りながら笑みを浮かべた。
「ちょっとそちらのほうにツテがありまして。まぁかといってしょっちゅう仕入れるというわけにもいかないんですが。大事に使ってください」
とんがらしプロテインの缶を眺めながらバレンは明るく返した。
「恩に着るよ。そのうちお返しするから気長に待っててくれい」
彼はズビシッっとハンドサインを決めた。
「えっと、次は……ボルカ先生だな」
お土産配りは始まったばかりだ。
フラリアーノは気配りができる事で有名で、旅行などに出かけると必ずと言っていいほど教授陣には何かしらお土産を持ち込んでいる。
ボルカの教授室のドアをノックすると中から入室許可の返事があった。
「失礼します」
「やぁやぁ。フラリアーノ先生じゃないですか。まぁ座ってくださいよ」
広めの部屋では亜人たちがお茶会をしていた。
人に近い者から、ほぼ人外の者までその姿はバリエーションに富んでいた。
「でさー、メーヤーの奴さ、後ろ向いたまんま上空まですっ飛んできたんだよ。超人かよってさ!!」
ピンクのスカートが目立つオシャレな猫耳の亜人の少女がそう語ると周りはドッと笑った。
話題に出されたメーヤーは穏やかな表情で微笑んでいた。
「皆さん楽しそうでいいですね。珍しい種族の方を保護していると聞いていたのでもっと堅苦しいかと思っていました」
一緒にお茶会に加わっていたボルカはにこやかに答えた。
「本人たちに出来る限り窮屈な思いをさせたくないって私の方針でね。ガッチガチに守る保護官もいるけど、それじゃまるで飼われてるみたいじゃないか。私としては首輪をつけるようなマネはしたくないから。ところで、フラリアーノ先生は何の御用?」
艶っぽい黒髪を揺らして男性教授は首を縦に振った。
「ええ。旅行のお土産を届けにきたんですよ」
それを聞いてボルカは目を見開いた。
「おっ!! みんな。お土産に定評のある先生のだ!! 期待していいよ!!」
亜人の面々はガヤガヤと盛り上がった。
「はは……。そこまで期待されると困るのですが……」
フラリアーノはテーブルに何やら袋を配り始めた。
袋の中には白と紫の混じり合ったマーブル模様のマシュマロが入っていた。
ボルカはまっさきにそれを手に取ると覗いたりかざしたりして観察した。
「これ……もしかして砂瘴?」
送り主は拍手でそれに応えた。
「ご明察。さすがボルカ教授。それは砂漠に漂うマナを遮断する砂瘴を浄化して作られたものです。お茶菓子にはぴったりだと思いますよ。食べてみてください。あ、私にも少しわけてください」
マシュマロが全員にいくつか配られると揃って食べてみることになった。
「いただきま~す」
なんとそのお菓子は食べるとまるで流砂が口の中を流れるかのような不思議な食感がしたのだ。
おまけにコクがあり、非常に上質な甘さをしている。それが砂に乗って舌をなぜた。
その質は普段食べている菓子など比べ物にならないほどで、病みつきになりそうだった。
茶会のメンバーは次々とマシュマロを口に放り込んでいって、すぐに袋は空になってしまった。
「これは……フラリアーノ先生、大変良いものをありがとうございました。北方砂漠諸島群に行ったことはあるけれど、これは食べたことなかったですね。この子達も喜んでますし」
亜人たちは思い思いの仕草でプレゼント教授に感謝の意をしめした。
「いえいえ。一応、味見しましたがお口にあわないかと思って気になっていたんですが、それならなによりです。これは私もハマってしまいそうですよ」
彼が笑いながら後頭部を掻くと亜人たちも笑った。
「次は……バハンナ先生かな」
一度にお土産を運ぶと荷物がかさばってしまうのでフラリアーノは自分の教授室と渡し先を行き来していた。
だが疲れる様子はなく、足取りは軽い。彼はこうやって人に尽くすのが好きなのだ。
位の高い真っ青なコック服を着たクッキング科のバハンナは元気に挨拶を返してきた。
「やぁ。フラリアーノ先生じゃないか。もうおみやげのウワサは回ってきてるよ。で、催促するようで悪いんだが、私には何をくれるのかな?」
彼女は片手でサラリと目が隠れた方の前髪をかきあげた。
「おや、サプライズのつもりだったんですが……。噂話が回るのは早いもんですねぇ……」
それを聞いてバハンナは苦笑いした。
「はは。先生の贈り物は学内でも有名だからね。一度、配り始めるとすぐにそのウワサは広まるもんなのさ。全く、いい男な上に気も利くとは憎いねぇ」
それを聞いて噂の教授は頬を軽く掻いた。
「そんな。いい男だなんてとんでもないですよ。それに今になっておだててもお土産はグレードアップできませんからね。それでは、これを」
フラリアーノは片手に収まるサイズの鉱石を取り出した。
「前回のサイコロ型のスパイスも良かったけど今回は砥石だね?」
ひと目でバハンナは彼の手に握られた長方形の石を見て断定した。
それは漆黒で、時折光を反射してきらめいていた。
「そうです。これは黒砂を特殊な工程で固めたエボニィ・ウェスト・ストーンという砥石なんです。あ、見た目以上に重たいので扱いには注意してくださいね」
そう説明した教授は片手から両手に石を持ち替えて、両手を差し出したバハンナの手の上に置いた。
「うおっとぉ!!」
女教授の手のひらはグンと下に下がった。
「大丈夫そうですか?」
受け取った彼女は漆黒の砥石を見つめてからフラリアーノの顔に視線を移した。
「ああ。かなり重いけど大丈夫。早速、研がせてもらうけどいいかな?」
スーツの男性はにこりと笑って頷いた。
次の瞬間だった。バハンナは目にも留まらぬスピードで腰のカバーに入れた包丁を抜き取り、ヒュンヒュンと軽く素振りした。
伊達に包丁の扱いには慣れていないといったところだろうか。
彼女は両手を添えてエボニィ・ウェスト・ストーンで刃を研ぎ始めた。
フラリアーノは目を細めて興味深げにその様子を見ていた。
シャッシャッっという鋭い音が教授室にこだました。
真剣な表情でしばらく刃を研いでいた女教授はやがてかざすように包丁を上にかかげた。
マナ・ライトの光を反射して包丁はキラリと輝いた。
「いい……。これはいいよ!! フラリアーノ先生!! すぐにこの場で試し斬りして見せられないのが残念だけど、この砥石は素晴らしい逸品だ!! 今度、私もどこかへ行く機会があったら必ずお返しすると約束しよう。大事に使わせてもらうよ。ありがとう!!」
片目が茶髪で隠れた女性は手を差し出して握手を求めてきた。
するとお土産教授はハンカチーフで手を拭ってからその手を握り返した。
「いえいえ。好きでやっていることなので見返りは求めませんよ。それでも何かくださるというなら楽しみにしておくことにします」
無事、バハンナに渡したら次は誰だろうとフラリアーノは考えていた。
「そうだな……。スヴェイン先生にしようか」
スヴェインとはパワー系の多いリジャントブイルには珍しく探知、探索系が得意な教授である。
ファイセルチームのアイネがトーベで不死者を討伐した時の監督官でもある。
教授が担当の生徒同士を競わせるインヴィテーション・マッチでは自分のクラスの生徒では腕っぷしが弱い。
そのため、いつも辛酸をなめさせられているちょっと気の毒な教授だ。
歩くお土産がドアを叩くとややあらっぽい返事が帰ってきた。
「誰だ? 入ってくれ」
教授室に入ると女性のように長い髪にバンダナを額に巻いた群青髪の男性がボードゲームのような板に手をかざしていた。
「違う!! そっちじゃない!! Bチーム!! ゴールから遠ざかってるぞ!!」
「Aチーム!! 何度同じ道を通るんだ!!」
「Cチーム!! A、Bチームが遅れてるのでゴール地点変更だ!! 仕切り直し!!」
神経質にボードに向かってなにやら大声を上げている。
彼はやがて髪をクシャクシャとし始めた。
「あのぉ~……」
恐る恐るフラリアーノはスヴェインに声をかけた。
「ああ、みっともないところを見せた。ちょうど今、迷宮攻略の演習中でね。生徒たちが仮想空間で迷っているのを監督してるんだ。で、フラリアーノ先生は何の用ですか?」
事情を説明すると、不機嫌そうだったスヴェインの顔が明るくなった。
彼は機嫌がコロコロ変わるところが子供っぽいが、無邪気なもんである。
「先生にはですね……砂瘴のペンデュラムを手に入れてきました」
フラリアーノが小さな袋から取り出したのはリングにヒモがついていて、先端に小さな紫の小石のついた小物だった。
「そ!! それは結構レアものじゃないですか!! 試してみても?」
「どうぞ」
珍しいものだと聞いて買ったはいいものの、実際に使うのを見る機会はめったにない。
スヴェインは中指にリングをはめると垂直に小石を垂らした。
「グラーク……」
彼がそうつぶやくと小石が一人でに動いてボードの一点を指した。
「リーリゼナ……」
今度は別の位置を小石が指した。
「これ、迷路内に居る生徒の名前なんですよ。つまり、このペンデュラムがあればピンポイントでそれを特定できる。かなり強力な探知機能を持ってるみたいですね。当たりですよ。フラリアーノ……」
紫の小石はピーンとヒモを伸ばしてフラリアーノの立っている方角に向いた。
「ま、こんな感じです」
どこかスヴェインは得意げだ。
「ともかく、ありがとうございます。性能も申し分ないし、砂瘴の小石ならある程度の悪影響下でも使えるはずですから。ありがとうございました」
「いえいえ」
ペコリと頭を下げてフラリアーノが退出しようとしたその時だった。
「あ……先生、ついでと言ってはなんなのですが、もし今度、インヴィテーション・マッチがあったらいい生徒、紹介してくれませんか? お土産をもらっている上に図々しいのは承知なのですが……」
そう頼まれた教授は顎に指を当て、首をひねった。
「わかりました。考えておきましょう」
「重ね重ねありがとうございます!!」
適当にお茶を濁して彼は部屋を退出した。
「ふぅ。その時になったら考えればいいか。さて……と。次に配る教授はっと……」
まだ彼の用意した贈り物は自室に大量に残っているのであった。




