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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter5:Crazy Summer Nights
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苦い想い出、甘いサボテン

ナッガンクラスのカークスの激しい特訓は続いていた。


「ニュル!! トマホークで牽制けんせいッ!! キーモは中間地点で射撃援護!! 同時にはっぱちゃんも前進してメンバーのヒーリング&ストレス管理!! 田吾作たごさくは前に出てライン維持ッ!! ニュルも追って!!」


傷だらけの赤ジャージ少女は指をさして仲間のこま達に指示を出した。


(ふむ……。戦術書を与えてみると悪くない組み立てをするようになった。だが、相手は俺が生徒たちのデータを元に練った動きだ。一朝一夕いっちょういっせきで破れるものではない)


ナッガンは目を細めてけわしい顔をした。


カークスの命令を受けて立つ形になったナッガン側の駒の動きは鮮やかだった。


田吾作たごさくが腕を組んで足場となり、ニュルを敵のど真ん中に送り込んできたのだ。


すぐさま振り回される武器の嵐にこちらの田吾作たごさくとはっぱちゃんがKOされる。


相手のニュルはカークスめがけて武器を突きつけてきた。


「くっ、こんな戦術……どうやったら打ち破れるの……!?」


メイスで胴を殴りつけられた少女は派手に吹き飛んで後頭部を強打した。


「かはぁっ!!」


そのまま床をこすりながら転がっていく。


かなりダメージを負ったはずだが、このボードゲームのような舞台ではポーン以外の治癒力は高まるようになっていた。


人数も少なく、あまり広くない範囲だが術者が触れなくてもヒーリングできるのは大きい。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


カークスは普段は元気で天真爛漫てんしんらんまんだが、続く苦境にくじけそうになって腕で目を覆って思わず涙を流しそうになった。


勝ち気な彼女にしては珍しく弱気になってきていた。


同時に自分が蹴散けちらし続けた仲間たちの姿がフラッシュバックする。


「みんなに……あんな思いをさせておいて……自分だけ何のおとがめも無しなんて……フェアじゃないよね……。きっとこれは私の罪滅つみほろぼしでもあるんだ……。これを乗り越えなきゃ……みんなに顔向け出来ない!! たとえみんなが許してくれたとしてもッ!!」


少女は鈍痛を必死にこらえ、立ち上がった。もう何度立ち上がったかわからない。


それを見下していた彼女の”シルエット”は愉快ゆかいそうに嘲笑わらっている。


「あーーーーーーーーっはっはっはっは!!! バカじゃね~~~の? アンタがアタシに勝てるわけがね~んだよ。パルーナ象が逆立ちするくらいムリムリムリムリ!!!! バカは何度痛い思いしてもわかんねぇんだろ!? いっそここでアタシがお前をぶちのめして、お前の代わりにナッガンのクラスメイトになってやるよ!! オラ、立てよ!! 泣きわめけ!! 再起不能になるまでぐっちゃぐちゃにしてやるよ!!!」


マギ・スクリーンでその様子を見守っていたナッガン教授は口元に手をやってダーク・シルエットを観察した。


「”あれ”は居場所を求めているようだ。まさにカークスが心に秘めている本音なのだろうな。皆から受け入れられて真のクラスメイトとなりたがっている。もっとも、そうやって躍起やっきになっているのは本人だけで、既に受け入れられているとは知らずにな。ああ見えて頑固がんこなところがある。おまけに自分が嫌われ者だと思いこむ。難儀なんぎな娘だな」


教授は腕を組み、瞳を閉じて座り心地の良さそうなチェアに深く腰掛こしかけた。


……コンコン


誰かが教授室のドアをノックしてきた。


「入ってかまわんよ」


扉の外からは聞き覚えのある声がする。


「こんにちは。失礼します。フラリアーノです」


ドアを開けて入ってきたその姿を確認したナッガンは肩の力を抜いた。


オールバック気味にグレーの髪をかきあげる。


「なんだ。フラリアーノ教授か。いつもアシェリィが世話になっているな」


そう声をかけられた黒髪に両泣きぼくろの男性はニコッっと笑いながら手をひらひらと振った。


「いえいえ。彼女は見ていて楽しいほど目覚ましい成長をげています。これもきっとナッガン先生の指導の賜物たまものでしょう。そのスクリーンに映っている生徒も猛特訓といったところですか? 私は”あまあま”なので、参考にしなければいけない点もありますね」


複数のスクリーンを眺めながらスーツに砂嵐模様のネクタイをしたフラリアーノは考え込んだ。


「くっ……くううぅぅ……痛っっつ~……。うぐ、うぐぐぐぐぐ!!!!!」


痛みを精神力で押し殺してカークスは半身を起こし、立膝を立てて体を起こし始めた。


(あれだけのダメージを受けてもなお立ち上がる……。常日頃つねひごろから厳しい訓練を受けていないとこうは行かない……)


ナッガンがスパルタとは聞いていたが、想像以上でフラリアーノは驚いて立ち尽くした。


「くっくっく!! 資格も、才能もねぇくせして日向ひなたでポカポカしてたやつが苦しむのは面白れぇなぁ!! 知ってんだぜ? お前、本当は皆に嫌われる前の”ジオ”って名前で呼んで欲しいってこと!! なのにわざわざサブネーム名乗って皆から距離あけられてよぉ!! ま、学院に来てそんな事は一言も言わなかったから誰も知らないんだけどサ!! いや、”言えなかった”んだな。 ギャハハハ!!!! オラァッ!!」


ダーク・シルエットはグッと拳を握った。


すると立ち上がりかけのカークスを花火弾が襲った。


バンババン!! パラパラパラ!!!


「ぐっ!!」


花火をくらった側はのけぞって倒れ込み、しりもちをついた。


「はぁーーーっっっはっはっは!!! 残念だ。残念だよ!! あたしとお前の花火の威力は格段に落ちてる。本当は直接お前をぶっ殺したいけど、こんなチャチい爆発じゃどうしょもねぇ。あたしのリミッターのせいで肉体的にはお前を殺る事はできないけど、精神的にぶっ壊すのは可能!! オラ!! 立てよ!! 自分がエセモンだって感情を死ぬまで抱いて生きろよ!! ギャハハハハハッッッ!!!!」


自分の負の塊に対抗して少女は体を起こそうとしたが、回復が間に合わない。


「ううう……くそぉ……くそぉ……」


とうとう彼女は仰向あおむけのまま泣き出してしまった。


思わずフラリアーノは鬼教官にたずねた。


「あ……あの、ナッガン先生、彼女は……どうなるんですか?」


特にスパルタを非難するでもなく、結末を知りたいだけの至ってドライな質問だった。


「うむ。カークス・ジオ……ジオには勝たせない。あいつはああ見えて負けん気の強く打たれ強い奴だ。本人は気づいていないと思うが、天然ボケに見えて熱い心を秘めている。そうだな、熱血指揮官の素質があると俺はんでいる。そのためにはかなりこくでもジオには強くあたっていくべきだと思っている。もっとも、打たれ弱かったり、事情のある生徒には配慮しているつもりだ」


いつのまにかナッガンはこちらを向き直っていた。


フラリアーノは笑顔を浮かべてコクリと彼にうなづいた。


「あっとぉ!!」


突如、来客の教授は手に下げた袋を思い出した。


「すいません。今日、おうかがいしたのはお土産みやげを渡すためでして。3日間のバカンスをいただいたので、北方砂漠諸島群ほっぽうさばくしょとうぐんに旅行に行ってきました。はい。これを……あっと、トゲに気をつけてくださいね」


旅行帰りの教授は仕事でカンヅメだった教授に袋を渡した。


「これは……ミルキィ・サボテンじゃないか!!」


思わずナッガンは歓喜の声を上げた。


「そうです。ナッガン先生が甘いものが大層お好きと聞きまして。今は白い実に赤く鋭い針が隙間なく生えていますが、置いておくとやがて蒼い花がてっぺんに咲きます」


「すると、針がすべて抜け落ちる。あとは切り分けるなり、かじるなりして楽しめ……といったところか。ミルキィという名を持つだけあって、その風味はこの上なくジューシーで濃厚なミルクセーキと形容される代物だな。ミナレートで手に入れることも出来るのだが、高級品でな。また食べたいと思っていたところだ。ありがとう。感謝するよ」


甘い物好きの男は深々とフラリアーノへお辞儀をした。


「ああ、ナッガン先生。そんな、いいですよ。それにしてもミルキィ・サボテンにお詳しいですね。その調子で世界中の甘味を味わったりしてるんですか?」


ナッガンは早速さっそく、サボテンをたなかざった。


「あぁ、昔はな。咎人とがびとを狩った帰りに甘味かんみを漁ったりもしていた。今、思えばストレスからの現実逃避だったのかもしれない。だが、今でも好きなところからして、やはり根っからの甘い物好きのようだな。もっともM.D.T.F(魔術局タスクフォース)で教鞭きょうべんをとるようになってからはそうあちこち行くわけにもいかなくなってな」


再び彼は黒いチェアに深くかけ直した。


「厳しすぎる……そう言いたそうだが……」


ナッガンはフラリアーノの顔を見つめた。


一見して笑っているように見えるが、それは細目なだけではない。


教育方針きょういくほうしん干渉かんしょうするつもりはありませんが、いささか乱暴かなとは思います」


苦言をていされた教授はマギ・スクリーンをながめた。


その先にはへたりこんだまま脚に力を込める少女がうつっていた。


「フラリアーノ教授。何も俺は好きで生徒をなぶっているわけじゃない。俺は……俺は教え子を何人も死なせている。死亡率の高いM.D.T.F(魔術局タスクフォース)担当とは言え、言い訳が立つわけがない。だから俺はリジャントブイルに来る時に決めたのだ。もう二度と俺の教え子から死人は出さないと。そのためには残酷ざんこくとも思える仕打ちもさない……とな」


それを聞いた黒スーツの教授は黙り込んだ。


部屋はしばしの沈黙に包まれた。


「……やはり余計なお世話だったようですね。すいません。ナッガン先生。ミルキィ・サボテン、味わってくださいね。それでは」


フラリアーノはお辞儀じぎをするとドアを開けて退室していった。


「お前らの死……決して無駄にはせんからな」


鬼教官は深い深い溜め息をついた。


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