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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter5:Crazy Summer Nights
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親友でライバルで

アシェリィの故郷であるアルマ村。そこに彼女の親友であるハンナという少女が住んでいた。


龍のぬいぐるみでアシェリィのマナボードとレースするなど非凡ひぼんな才能を見せていた彼女だったが、更なる成長をげていた。


「おーい、新入りちゃ~~~ん!!!! 15分遅れてるぞ~。この遅れが重なると業務終了まで余計に一時間半はかかっちゃうよ!!」


ハンナはスピードを上げるためにまるでマナボードに乗るように龍のぬいぐるみの上に二本足で立った。


「ドラゴラ・ドラゴラーーーーッシュ!!」


彼女は街ゆく人々を器用に回避しつつも急加速した。


あっという間にシリル郵便局の右斜め階段前に到達した。


マナを使い果たしてぬいぐるみから投げ出されて地面に転がる。


「ほれ、支給のヒーリング・ポットだよ。飲みなよ」


小さな小瓶こびんに入ったマナの水薬が飛んでくる。


それを大事そうにキャッチして、疲弊ひへいしきった少女は血のように赤い液体を一気飲みした。


「っっ、はあああッ!!」


乙女がいつまでも地べたに倒れている訳にはいかない。


まるで重りを全身につけているかの動きで立ち上がり、体中の砂やホコリをはらった。


「ハァッ……ハァッ……」


巨大なウサギに寄りかかった女性は感心するような、呆れもするような顔つきで声をかけた。


「新人ちゃん、頑張り屋だからポット多めに出てるかんね。飲みたかったら遠慮なく言ってよ。にしてもこんなにしんどい思いして挫折ざせつせずによく続けるわ。前の新人ちゃんはちょっとしかもたなかったかんね。まぁ辞めたこと関してはなんとも思わないけど。こんなしんどい仕事、できる人がやりゃいいんだよ。そういう意味ではハンナもできる人なのかもしれないね。お給料はいいしねニシシシ!!」


くたくたのデフォルメされたドラゴンのぬいぐるみを拾いながらハンナは聞いた。


「ハァ……ハァ……カレンヌ先輩は……。辛くなかったんですか?」


だいぶ体力が回復した少女はひたいの汗を拭いながら獣使いの先輩の方を見た。


愚問ぐもん!! そりゃアタシの才能ならお茶の子さいさいよ!! ……と言いたいところだけど、アタシの乗ってるR・Rランページ・ラビットはとても気性が荒い動物なんだ。だから普通はしがみついてもいられない。小さい頃から乗ってるからアタシは乗りこなすことが出来るけど、めちゃくちゃ体力は使うよ。それに、人を避けて走らなきゃいけないし。今でこそ軽々と楽してるように思えるかもしれないけど、新人のときは死ぬかと思ったよ」


そんな話をしていると”C-P.O.Sシーポス”のリーダー、ウェイストが郵便局から出てきた。


C-P.O.Sシーポスとは”Cillil-Post-Office-Staff”の略でつまるところシリルの郵便局職員である。


職員は鮮やかなオレンジ色の帯の上下に白のラインが入り、白文字で”C-P.O.S”と記された腕章わんしょうをしている。


ハンナの腕にもしっかりその腕章わんしょうはついていた。


シリル郵便局右斜め前階段が彼らの仕事場だ。


「じゃ、仕分けが終わった分を届けてもらおうかな? ハンナ、いけそうかい?」


鼻の高い青年は彼女のコンディションをすぐに判断した。


「わたし、いけます!!」


張り切る彼女の様子を見極めたウェイストは休むよう指示した。


「どうも君は頑張りすぎるきらいがあるね。そろそろクラッカスとシェアラねえが戻ってくるから二人に分担してもらおうか。残った部分を割り振って、君はそれを届ければいいよ」


そう言いながら彼が腕をかざすとワラワラと金色に光るヤモリが集まってきた。


なんでも”G・ゲッコーズ”という魔術らしく、彼らを使役して郵便物を届けるのだという。


ヤモリたちは軽そうな物を持ち上げてカサカサと散開さんかいしていった。


(いつみてもゾワゾワするんだよなぁ)


ハンナは身震いした。


ドスッドスッドスッ!!


「おっ、来たね」


「クラッカス先輩ちーっす」


大男が人並みを分けてやってきた。


彼は配達員の一人、クラッカスである。


一見すると強面こわもてで威圧感があるし、おまけに無口である。


とてもとっつきにくい人物だが、話によれば極めて温厚らしい。


重い物を運ぶことが大の得意で、非常に重いパルム鉱を運ぶ仕事もしているという。


「うっす」


それだけ言って配達物を受け取ると彼はペコリとお辞儀して走っていった。


「あれで愛想がよけりゃぁなぁ……」


カレンヌは両手を頭の後ろで組んだ。


「カレンヌちゃん、聞こえてるわよぉ~」


びっくりして彼女は振り向きつつ上空を見上げた。


「シェアラねえ!!」


もう一人の配達員は長く真っ赤な髪の女性だ。


物腰柔らかでとても優しい性格をしていて、幾度いくどとなくハンナはメンタル面で救われていた。


彼女は学童、幼保園のかたわらこの仕事をしている。


実質的には貧しい子どもたちを養う形となっているようだが、本人はあまり気にしていないようだ。


敬意をこめてシェアラねえと姉付けで呼ばれるが、一説には年齢を気にしているという噂もある。


彼女は噴出する熱量を抑えてこぶりな気球とゴンドラを着陸させた。


シェアラねえは熱気を放出する魔術を使え、それによって気球を浮かすことが出来るのだ。


いざというときには護身用にも使えそうだが……。


「始めてからそこそこ経つけど、一日二日でどうなる仕事じゃないだからね。私もこっちを分担していくから。ゆっくり休んでから自分の分をしっかり届ければいいのよ。たとえ半人前だったとしてもあなたが続けてくれるのは私達もとても助かるし、なにより嬉しいのよ」


シェアラねえはにっこり笑った。


ウェイストも、カレンヌも同じように笑顔を浮かべつつうなづいた。


ハンナは不覚にも泣きそうになったが、泣くのは家の中だけという意地があった。


もっともこの場合は泣いてもいいような気がしなくもなかったが。


「じゃ、アタシもひとっ走りいってくるぜい!!」


ちぢれ気味の茶髪の上にメットとゴーグルをつけてカレンヌはR・Rランページ・ラビットのガッツ君にまたがった。


「ハイッ!!」


軽くウサギの尻にムチを入れると猛発信して彼女は街中に消えていった。


ポットの効果が利いたのか疲労感はだいぶ抜けてきた。


「ウェイストさん。今度は強がりじゃないです」


「うん。じゃあこの配達物を担当してね。同じ方向にまとめてあるから行ったり来たりしないで帰ってこれると思うよ」


ハンナは真っ黒なグラトニーズバッグに荷物を入れた。


このバッグは郵便局特注の大量に郵便物が入るマジックアイテムだ。


ただし、詰め込みすぎると一気に中の物を吐き出すので入れ過ぎは禁物なのだが。


「じゃあ、行ってきますね!!」


荷物を積むシェアラねえと現場の指揮をるウェイストは手を振って答えた。


勢いをつけて出発してくるとすぐに滝のように汗が吹き出てくる。


「へへっ……アシェリィ……。あんたは私よりもずっと前にC-P.O.Sシーポスで仕事をこなしてたんだよなぁ。すごいよ。ホントに!! でも、だからってあたしが置いてけぼりにされるとは思うなよ~~~!!」


ハンナとアシェリィはこまめに文通をして、互いの近況を知っていた。


ただ、自分がシリルの郵便局で働いているのは秘密にしていた。


変なところでサプライズ精神があるというのもあるのだが、素直に言い出せないのには理由があった。


C-P.O.Sシーポスの面々にもアシェリィと友達であることは一切話していない。


別に過ぎたライバル心というわけでも、才能に嫉妬しっとしてというわけでもなかった。


超有名人となってしまったアシェリィとは別の居場所でやっていきたい。彼女はそう思っていたのだ。


どこへいっても口を開けば彼女の話題が出てくる。


自分はあくまで自分で居たいのに、話せば天才の親友ポジションを強いられてしまう。


アシェリィはそれくらいリジャントブイルに合格した神童としてあこがれの的となっていた。


今、シリルの街中ではライラマのローブを着て、マナボードに乗る子どもたちばかりになった。


そうすることで創雲のオルバに少しでも近付こうとしているのだろう。


それはアルマ村にも影響を与え、紫のローブの売上は爆発的に上がった。


それに、アルマ村の新しい学校にも賢者の弟子を輩出はいしゅつしたということで生徒が集まってきた。


その結果、7人程度の生徒数は街の生徒で40人近くにふくれ上がった。


ウィールネール便も増えて、アルマ村は急激に賑やかになったのだった。


一見すると良いことだらけだったが、ハンナにはわだかまりがあった。


果たして人の真似事まねごとで、オリジナリティもない魔術に価値はあるのかと。


これはアルマ村の学校のレンツ先生がよく教えてくれることである。


(アシェリィ……本当にこの有様でオルバ様が声をかけてくれると思うか? ま、あたしは賢人のおいかけっこには興味ないんだけどね。あたしはこのまま我が道を突っ切ろうと思うよ。あんたとはいつまでも親友で居たい。そのためにゃ、恥ずかしくない実力をつけないと胸を張って会えないじゃん。あんだけさんざんライバルとか言っちゃって……さっ!!)


人混みを抜けるとハンナのぬいぐるみは一気に加速した。


田舎道を飛んでいると親子が歩いてくるのが見えた。


少年の手には赤い風船が握られていたが、うっかりそれを離してしまった。


ふわふわとバルーンは上昇していく。


「あ~~~ん。お父さん、フーセンがぁ~~~」


「う~ん。あんな高くまで飛んじゃったらしょうがないよ……」


ハンナはチラリと上空を見つめた。


(いける!!)


ぬいぐるみにしがみつく姿勢から二本足で立つ姿勢へと移行するとハンナは急上昇した。


「へへ~ん!! アシェリィ、あんたにゃ空は飛べないよな!?」


宙の風船のヒモを見事にキャッチすると彼女はふわりと地面に降り立った。


「ボク。しっかり持ってないとダメだからね」


かがみながら風船を渡すとすぐに少年は泣き止んだ。


「ありがとうお姉ちゃん!!」


その父もペコリと頭を下げた。


「本当にありがとうございます。つまらないものですが……」


彼はチップを手渡してくれた。


去りゆく親子に手を振っていたハンナだったが、疲労感がどっと来て仰向けに倒れ込んでしまった。


「へへ……こういうとこが無茶だっていわれるんだよなぁ……」


ハンナは予備で受け取っていた水薬ポットを飲んで、マナが回復するまでしばらく青空を見上げていた。


スカートの中が丸見えなのに気づくまで彼女は寝そべっていた。


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