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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter5:Crazy Summer Nights
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ただのくいしんぼとはもう言わせない!!

フレリヤは夏休み入ってもマイペースで手記をつけていた。この書き物もずいぶん長く続いている。


「あたしは……まぁちょーききゅうかとか関係ないんだけど、なんとなく浮かれた気分になって……。そこらを食べ歩きしたりしてる。大食い大会の優勝でもらったこの金のフォー……? ファー……? なんちゃら像があればお店のご飯食べほーだいだかんね。いいもんもらったな~ホント」


彼女は猫耳とたぬきしっぽをピコピコさせて机の上の金のフィーファン像をなでた。


その直後だった。絶滅危惧種生物保護官ぜつめつきぐしゅでもある教授のボルカは後ろからフレリヤに声をかけてきた。


「フレリヤ。ちょっとおいで」


教授室に呼び出された彼女は小さめのイスに座らされた。


ボルカはあからさまに不機嫌そうだ。嫌な予感がする。


「なんで呼び出されたか、わかる?」


白衣を着た彼女は腕を組み、脚も組んでいた。


動物的カンによればこれは”苛立いらだち”だ。


教授は大きくため息をついて怒りの表情から困惑へと顔色を変えた。


「はぁ……。フレリヤ、あなたフィーファン撒糧祭さんりょうさいで優勝して金の像もらったでしょ?」


色々と面倒を見てもらっている身なので猫耳亜人はボルカに頭が上がらなかった。


恐る恐る上目遣うわめづかいになる。


「う……うん。そ、それで?」


またもや女性教授は大きなため息をついた。


「あのね……別に優勝したことは問題ないわ。でもね、ミナレートのあちこちの飲食店の間でウワサになってるのよ。”店を潰す勢いで大食いする金の像持ちが居る”って。現にこのままのペースで無料食べ放題をやられると潰れるお店が続出するでしょうね。わかる?」


誰とは言わないが、誰のことを指しているのか火を見るより明らかだった。無言の圧を感じる。


「は……はい。それ、あたしの事だと思います……」


猫耳をシュンとさせてフレリヤはうつむいた。


「よろしい。何もね、食べるものを我慢しなさいとか、外食を禁止するつもりはないの。限度を考えて欲しいって話なのよ。それと、あなたは食に偏りすぎなのはわかってるわね?  衣・食・住よ。いくらロンテールだからってたまにはオシャレでもしなさい。女の子なんだから」


亜人の少女は頓狂とんきょうな声をあげた。


「おっ、女の子ォ!? あ、あたし、そんなふうに言われたこと無かったなァ……。なんかこう、ちょっと恥ずかしいっていうか……」


彼女は頭をかきながらはにかんだ。


「そうそう!! それっぽいそれっぽい!! あとはファッションがなんとかなれば立派なミナレート・ガールよ!! ただのくいしんぼとはもう呼ばせないわ!! おこづかいと用心棒のメーヤーをつけるから今から出かけてらっしゃいな。こういう経験も大事よ」


そうボルカが言うと研究助手室からフレリヤお付きのボディガードの女性、メーヤーがやってきた。


(うわっ。いっつもこの人が一緒なんだけど、無口でどうもやりにくいんだよなぁ。表情はあるんだけど、何考えてるかわかんないとこあるっていうか……)


フレリヤは改めてメーヤーを観察した。


彼女は目を開いていることがない。ボルカによると全盲ぜんもうらしい。


果たしてそんな人物にボディガードが務まるのかという話だが、亜人少女のカンからするとかなりのやり手に見えた。


(前にどっかで盲目もうもくの奴と戦ったことある気がすんだよな……。目が見える見えないはあんまアテにならない)


髪は長く、腰まであった。闇に溶け込むような色をしている。


身長は女性としては高めだが、フレリヤと並ぶと大人と子供くらいの差はある。


軽量のプレートに膝丈までのプロテクター付きズボン、グラディエイターサンダルといった出で立ちだ。


重荷になる装備類は一切なく、誰が見てもスピーディーだった。


一番変わっているのはあめを身に付けている点である。


ミナレート・キャンディと呼ばれる銘菓めいかがあるのだが、彼女はそれをつえ代わりに使っている。


このあめは通称”素敵なステッキ”と呼ばれている。


その大きさや形状が老紳士が使うようなステッキに似ているところに由来ゆらいしている。


カラフルな装飾そうしょくも特徴的だ。子どもたちはこの絵具をこぼしたようなカラーリングにかれるのである。


ただ、大変に甘くて美味びみではあるが噛むと歯が折れると言われるほどの硬度こうどを持っている。


その割に衝撃には弱いので殴り合いなどにはめっぽう弱く、ケンカなどには使えないはずの代物だ。


メーヤーは無言でアメを磨いていた。先端にテカテカと光が反射する。


彼女の身に付けているそれは通常のものよりかなり長く、女性の背の丈ほどあった。


(見る度に思うけど、こりゃただの得物えものじゃないな。よっぽどこれに愛着があるんだろうな。まぁ今までメーヤーの本気を見たことがないからどうあめで戦うかなんて見当もつかないけど。やっぱり殴るのか……?)


目の見えない女性はヒュンヒュンと素早くアメを振ると背中に差した。


(いつみても速いな……アメだから白刃取しらはどりできそうだけど。ボルカにはあたしとメーヤーが手合わせするなんていう選択肢はないんだろうけど、あたしとしては興味湧いてきたなぁ。なんかいい機会はないだろうか)


フレリヤはロンテール種のさがだからか、純粋に強さを求めていた。


かといって戦闘狂かというとそんな事はなかった。


育つべき環境が環境ならオシャレでスイーツ好きな女の子になっていたかもしれないのだ。


ボルカはそこまで察した上で今回の外出を計画していた。


純粋に強さを求めるという呪縛じゅばくからフレリヤを解き放とうとして。


「じゃあ行ってきます!!」


フレリヤは耳を隠す深めの帽子ぼうしと尻尾を隠すバンドつきの長ズボンに着替えてから声をかけた。


「はい。気をつけてね」


ボルカはニコニコして笑っていた。


メーヤーと並んで学院を出る。ウォルナッツ大橋を渡り、ルーネス通りにやってきた。


「う~ん……あたし、ふあっしおんなんてしたこと無いんだけど、大丈夫なのかな。そもそもこんな大女に合う服なんてあるのかな?」


体格に関してフレリヤは全くコンプレックスはないが、それでも自分がデカ女デあることは自覚していた。


ロンテールの中ではそうでもないのだが、周りの人間からデカいデカい言われればそうもなる。


すると隣のメーヤーがコクリコクリとうなづいて取り出したチラシを見せてきた。


「なんだって? サイズや体の部位が合わないアナタも安心!! バリエーションも非常に豊か!! 亜人専用アパレルショップ”アザーズ”……。へぇ、こんなお店あるんだ。まぁよくよく考えたらあたしなんてまだ人間に近いほうで、もっと人型から遠い亜人もいるからなぁ。需要は高いかもね」


全盲の女性は微笑みながら首を縦に振った。事前にボルカから聞かされていたのだろう。


それからはフレリヤが一方的に話題を振りながら目的の店まで歩き出した。


彼女がメーヤーに苦手意識を持つ一つの原因がこれだ。


反応が薄いのでなんだか自分だけひとり言を話しているような錯覚さっかくに襲われてしまうのだ。


まさに暖簾のれん腕押うでおしといったところだろうか。


別に互いに無口でもいいのだろうが、どちらかといえば快活かいかつな亜人は会話を好んだ。


「でさ―――」


話の 途中でスッっと瞳を閉じた少女は指をさした。


「亜人専門アパレルショップ、アザーズ……ここか!!」


2人揃って入ってみると様々な亜人向けの服を取り扱っていた。


「奥さん、足何本でしたっけ?」


「7本ザマス」


紫のデビルフィッシュ族の婦人が試着をしている。


「……………………」


「え、ええ。体がみつだらけでベタベタ……と。ならばこちらの夏用の吸収タイプのスーツがよろしいかと」


フレリヤは首をひねった。


「すげーな。あのドライアドとかどう会話してんだろ。あたしにゃさっぱり……」


他にも桃色のリザードマンが試着をしていた。


「本物の甲冑かっちゅうは重いから。装飾用そうしょくようのが欲しくってね。里じゃ許されないのよ~」


物珍ものめずらしげに観察していると、女性店員がやってきた。


「こんにちは。アザーズへいらっしゃいませ。お客様、今日はいかがなされます? ……あ、もしかして、本日が初めてでございますか?」


どうしようかと考えあぐねていたフレリヤに助け舟が出された。


「う、うん。そうなんだ。ふぁっしよんってのもよくわかんなくて……。でも、おしゃれはしてみたいかなって」


人の良さそうな店員は深くお辞儀をした。


「かしこまりました。当店ではまず、お客様の体のサイズの測定から始めていただきます。というのも、亜人さんは体格に大きな差がありますため試着をするにはあらかじめ測っておくのがスムーズなのでございます」


なんだかわからないが、案ずるより産むがやすしとフレリヤはうなづいた。


「うん。頼むよ」


メーヤーの方を振り向くと彼女は亜人の少女の気配を感じ取れる位置に待機した。


着替え室で服を脱ぐと女性店員が入ってきた。


一方のフレリヤは胸にサラシと尻尾の付け根が開いたひもパンツとなんともシンプルな下着を着ていた。


彼女はそこらへんにひど無頓着むとんちゃくで男性のそれとあまり差が無かった。


「お客様、失礼ですがこのスタイルですとちゃんとしたブラジャーをお付けになったほうがいいと思われますよ。お試しになりますか?」


「え、あ? うん」


「では失礼して、サイズをはかりつつ身に付けさせてもらいますね」


よくわからないまま承諾しょうだくしてしまった彼女は人生で初のオシャレな下着を着せられた。


可愛いながらちゃんと尻尾を通すひも部分もついている。


「お、おお!!!! こ……これは……なんていうか……胸はキュークツだな……。防御力とか上がるのか!?」


姿鏡には猫耳たぬき尻尾でスタイル抜群の下着姿の女性が立っていた。


「こっ……これがオシャレ……。にしてもキュークツだな……」


店員はニコニコと笑っていた。


「なに、じきに慣れます。お似合いでございますよ。次は下着の上に着るものの試着と参りましょうか」


うっかり下着だけで満足しかけていたフレリヤは我に返って耳をピコピコした。


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