墓守りレディは慈しむ骸と共に
ニャイラとノワレは学院の門をくぐって校内へと入った。そのまま事務局の窓口へと向かう。
「ニャイラ=エルトンですけど、”例の場所”への入場許可を貰いに来ました。カラグサ先生はいますか?」
受付の女性は笑顔を浮かべながら案内した。
「ええ。あなたが来るのを”例の場所”の前でお待ちですよ。早速向かってください」
リッチー研究家はコクリと頷いた。
「でも……霊え……ゴホン。例の場所ってどう行きますの? そんな場所、学内のどこにも……」
2人が歩いていくと教室の並んだ廊下に出た。
何の変哲もない学院の風景である。
休暇中の講義に参加している生徒が多々いるらしく、休みだと言うのに人気はあった。
するとニャイラは1年生の廊下をグルグルと回り始めた。
廊下は四角形に続いているので回っていれば当然、同じ場所に戻ってくる。
彼女はそれを数回繰り返した。
かと思うと今度、ニャイラは踵を返し、廊下を逆方向に回りだした。
「ちょ、ちょっと!!」
ノワレは戸惑いの声をあげた。
先をゆく女性は無口のままだ。こうなったらもう着いていくしか無いとエルフの少女も黙りこんだ。
また逆方向に廊下を回しだした。
次は階段の上り下りだ。廊下を回りながら1Fに二箇所ある階段を登ったり降りたりをひたすら繰り返す。
この行為に一体何の意味があるのか。ノワレが文句を言いそうになったときだった。
気づくと今までの廊下は消え失せ、2人は不気味なまっすぐの下り階段の途中に居た。
「地下霊園の場所が一般の生徒にバレるとマズいからね。これが”例の場所”への道だよ。もっとも、こまめにルートが変更されるから次はこの道順じゃ入れなくなってるけどね。皮肉ぶってラビリンス・オブ・セメタリーとか呼ばれたりもするんだ」
テクテクと下っていく女性を追う。荷物が大きく、まるでリュックサックが歩いているようだ。
実に長い長い下り階段だ。不死者を封印するにはピッタリ……というかこれほど深くに封印しないとリスクがあるのだろう。
ひたすら階段を下る事、10分弱。
2人は白く輝く文様が刻まれた気味の悪い毒々しい紫の扉の前に着いていた。
扉の角に誰か立っていることに気づいてノワレは飛び退いた。
というのも全く気配に気づくことが出来なかったからである。
「ひいいっ!!!!」
「なんだ……。失礼なエルフの娘だなァ……」
ボロボロの服に素肌を黄ばんだ包帯で覆った女性が前に出てきた。
美人ではあったが、顔も肌もボロボロでところどころ青く変色していた。
「カラグサ先生、お久しぶりです」
ニャイラは頭を深く下げた。
「久しぶりだね。その様子だとまた一皮剥けたね。今日はオーザにでも会いに来たんだろ? ……で? そっちのお嬢さんは?」
カラグサはこちらにジトッとした視線を向けてきた。明らかにそれは生者のそれではなかった。
「あっあの……その……」
ノワレは彼女の痛々しさに目のやりどころに困り、目線をそらした。
カラグサはフレンドリーに手をひらひらと振った。
「あ~、気にすることはないよ。あたしはリッチーに転生しそこなってゾンビっていうかミイラみたいになった身だから。失敗作なんてこんなもんだ。一応これでも教授を任せてもらってる。あとはさしずめ地下霊園の墓守ってとこだね」
不死者教授が振っていた腕がちぎれてボトッっと床に落ちた。
「!!」
初対面の少女はゾッとして後退りした。
「あ~、いけない、いけない。よくあるんだよね。体を動かすとさ……」
彼女が腕を拾おうと前かがみになると今度は首がゴロンと落ちて転がった。
「あちゃ~。頭、頭……こりゃそろそろ修復が必要かね」
ニャイラは地面に転がったカラグサの頭を大事そうに抱えると、あるべき場所へとくっつけた。
「お~。ありがとありがと。ニャイラ、お前は相変わらず優しいねェ……。あ、でだ。そっちのエルフ少女は何の用があってこんなところまで迷い込んだんだい? 事と次第によっちゃ立ち入りを禁止させてもらうよ。原則立ち入り禁止区域なんでね」
血の気のない青い顔の教授は両手で首の位置を微調整しながらそう尋ねた。
「こう見えてもカラグサ先生は結構、生徒に人気でね。それなりにモテるんだ。まぁ一般受けはしないけど……」
「一般受けってなんだよ……」
まだ教授は頭の位置を微調整している。ついでに髪も手ぐしをかけていた。
普通の生徒ならここでビビりきってしまうところだが、ノワレには敵を必ず討つという強い決心があった。
そのためにはこの程度で気後れするわけにはいかなかった。
「わたくし、リッチー……”悦殺のクレイントス”を滅ぼすヒントを得るためにニャイラ先輩に案内してもらってここに来ましたわ。奴は私の故郷を……同胞を殺した敵なのですわ。わたくしは絶対、奴を滅ぼしますわ……」
無意識に彼女は凄んでいた。
それを聞いた腐りかけの教授はなんとも言えないといった表情をした。
「復讐……か。私は復讐したがった奴で幸せになった奴を見たことがないよ。ま、”人を呪わば穴2つ”ってやつだな。覚悟があろうが、なかろうが、復讐はやめときな。相手と一緒に心中する気があるなら話は別だが……ニャイラもなんとか言ったらどうだ? 後輩なんだろ?」
ニャイラは真剣な表情でカラグサとノワレの顔を交互に見た。
「この子の敵を討つっていう決心は出会った時から揺るがないんですよ。なんていうかもう復讐心の塊みたいな子で。切れるナイフみたいでした。でも今は違う。きっと大切な……還るべきところがある。だからこそ私は彼女を連れてきたんです」
しばらくの間、沈黙がその場を包んだ。
「はぁ~あ。ま、アンタの後輩ってんだから変わり者だわな」
カラグサは肩をすくめたが、体のパーツがまたもやもげそうになって仕草を止めた。
「いいよ。入りな。ただし、この件の一切の口外は禁止だからね。普段はこの大きなバイオレットの扉を開けるんだけど、少人数の場合は脇の小さな扉から入るんだ。さ、ニャイラ、手のひらを出しな」
白衣の女性が手のひらを差し出して、不死者なりかけの女性とタッチした。
するとリッチー研究家の手のひらに淡く光る白い文様が現れた。
「ノワレ、行くよ」
そう言うと彼女は巨大な扉の脇にある小さなドアをぐっと押し込んだ。
するとギィィィィと鈍い音を立てて紫の小さな扉は開いた。
3人は禍々(まがまが)しい雰囲気のする墓所に出た。
凄まじい腐敗臭が鼻をつく。
「うっ、うえっ、うええっ!!!」
ノワレは口元を抑えてしゃがみこんでしまった。
「まーそんなもんだよな。私は消臭対策してるから臭わないけど。レディのエチケットってやつだな」
なんとも言えないボケにどこからつっこめばいいのかわからないが、ニャイラは地下霊園に向けて呼びかけた。
「オーザ!! いるんでしょ? オーザ!!」
彼女が呼ぶとほぼ同時に目の前に宙に浮いたローブつきのボロ布のようなものが出現した。
「そんなに大きな声で呼ばなくとも聞こていますよ。ニャイラ=エルトン……」
その正体はリッチーだった。まるでボロ布の中には人体が収まっているようで心が落ち着くような蒼い眼光が2つ光っていた。
それがそよ風になびくようにゆらゆらと宙に浮いている。
「やあ、慈骸のオーザ。元気でやっていたかい? ……ってリッチーに対する挨拶じゃないねこれは……」
オーザはバサバサとローブを整えてそれに答えた。
「フフフフ……私自身を心配するというより、私の遺品の無事を気遣うべきですね。もっとも、学院が管理しているから簡単に破壊される心配はないのだけれど……逆を言えばいつでも破壊可能ですけどね……」
吐き気がおさまったノワレはひざまづいたまま憎しみの顔でリッチーを見上げた。
「こいつが……リッチー!!」
ニャイラはハンカチを差し出して復讐に燃える優しく少女の背をさすった。
「待った待った。落ち着いてよ。さっきも言ったようにオーザは他のリッチーとの接点は一切無いんだ。だから彼女を敵視するのはお門違いだよ。試しに聞いてみなよ。キミの敵について」
初めて会うリッチーに顔を歪めたままの少女は尋ねた。
「……あなた”悦殺のクレイントス”を知っていて? 同じリッチーですから何か知ってるわけでなくて?」
慈骸は揺蕩いながらローブを被った頭を左右に振った。
「いえ……第三次ノットラント内戦で東軍の英雄と呼ばれながら、家の者を虐殺して処刑された男という事くらいしか。それも歴史書や文献で読んだ程度で、リッチーとして転生したという情報は自力で知り得たものではありません。私は完全にリッチー同士のコミュニティの外にいるのです」
オーザはローブ越しに手を振ってクレイントスとの関係性を否定した。
「ほら、言ったでしょ? オーザは外界とリンクしてないんだよ。敵探しは振り出しに戻っちゃったわけだけど、リッチーを間近で見られたのは収穫だね。その調子で隅から隅まで観察するといいよ」
するとエルフの少女はリッチーに疑問を投げかけた。
「破壊すると滅ぶと言われているリッチーの遺品ってどんなものですの? 宝石類や貴金属をイメージしていましたのですが……」
するとオーザ、ニャイラ、カラグサの3人はヘラヘラと笑いだした。
「な、何が可笑しいのですの!?」
真面目な復讐者は何事かと辺りを見回した。
「自分の命に関わる弱点を人に教える者がありますか? たとえ一例であっても教えるわけがないでしょう。あえてヒントを出すなら全く想像のつかないようなものを遺品に指定している場合もあります。裏をかくんです」
「オーザ、ルーキーだかってそりゃ甘やかしすぎだよ」
「ボクもそう思うよ」
自分の認識が甘かったことを恥ずかしく思い、ノワレは赤面して黙り込んだ。
「じゃ、ボクの番だね。オーザ、今回は2人のリッチーと出会うことが出来たよ!!」
彼女は無言のままローブ越しに拍手をした。骨がぶつかるような音がする。
あの中身はきっと魔力を帯びたコアである骸骨なのだろう。
「素晴らしい。聞かせてくれますか?」
ニャイラは首を縦に振った。
「まずは拘形のオンサール。ライネンテ西部の海岸沿いの夜に出没してるリッチーさ。こいつが部類のフィギュア好きでね。旅人に欲しいフィギュアが無いかと聞いて回ってたらしいんだ。でも大人しいリッチーで、被害報告とかはなかったよ。彼なら交渉の余地があると思ったんだ。そっからが大変で……」
ニャイラはメガネをポケットにいれて目をしばしばさせた。
「オンサールの欲しがってたフィギュアは中古で50万シエールを軽く超えてた。だけど問題はそこじゃなかったんだ。彼は新品以外には全く興味がなかったんだよ。ポン・DE・フィギュアってガチャガチャの景品だったんだけど、当たる確率がめちゃくちゃ低くてね。かかった金額もさることながら、何日座り込んでガチャを回したやら……。もうガチャは見たくないね。美少女フィギュアももういいや……」
カラグサは腕組みしながら尋ねた。
「んで、報酬は?」
「これ……売ると200万シエールらしいけど……」
ニャイラの手にはパンチラで露出度の高い美少女フィギュアが握られていた。
ノワレは呆れ、カラグサはクスクスと笑った。
「もう一人は乞潮のレッサァ。こっちはライネンテ中部に居たよ。無害だったけど、ひたすら塩水を飲みたがって人に声をかけるもんだから不気味がられていたね。試しに汽水域の水をあげたら海の水が良いって。しょうがなくミナレートの海水を上げたら満足したみたい」
リッチー研究家はポケットからキラキラ光る小さな宝石を取り出した。
「レッサァが海の水飲みながらポロポロ泣いてさぁ。リッチーの涙だね。これは。立派なトレジャーだと思う。飲むだけ飲んで消えちゃったから厳密には対価をもらえてないんだけど……。ま、いっかって感じ」
オーザの表情はわからないが、満足げだった。
「上出来ですよニャイラ。貴女の魔術を活かすためにも今後もリッチーと接触していきなさい。ただし、くれぐれも有害なリッチーには気をつけてください」
「はい」
返事をする彼女はプロの顔つきだった。
「さて……せっかく来たのですからそちらのエルフの子も学んで帰りなさい。リッチーやここにいる不死者に対する知識だけでなく、実践をも学ぶのです」
オーザとカラグサとニャイラは揃って頷いた。
ノワレは険しい顔を浮かべながら腐臭に満ちた地下墓地の荒れ地に立つのだった。




