仲間を活かす為ならば
カークスはナッガンに呼び出されて教授室の前に居た。
(え~、あたしなんで呼び出されたんだろ……。心当たりがあるのは学期末テストの成績……。うわ~いやだな~~~不安だなぁ……)
淡いピンクの髪を揺らして少女はドアをノックした。
「入るといい」
部屋に入るとナッガン教授が心地よさそうなチェアに腰掛けてテーブルの上で何やら職務をこなしていた。
入ってきた少女に向き直る。
「ようこそ。カークス。さて、お前を呼んだ理由なんだが……」
彼女はゴクリとつばを飲み込んだ。もしかしたら追試や休暇返上での課題かもしれない。
「アシェリィ、百虎丸、スララ、アンジェナ、そしてお前……うちのクラスのリーダー達だ。この中で一番リーダーとして出来が悪いのはカークス、お前だ」
情け容赦の一切ない宣告に呼び出されたリーダーは声を上げた。
「がび~ん!!」
ナッガンは顔色を全く変えずに呆れたようにグレーの髪をオールバック気味になぜた。
「他の者達は少なからずリーダーとしての指示や振る舞いを意識し、悩みつつも努力している。だがお前はどうだ? リーダーと慕われてはいるが、所詮チームとしてはただの仲良しこよしに過ぎんのではないか? それに、実際に引っ張っているのはニュルではないか。お前にリーダーとしての矜持はないのか?」
「はわ……はわわわ……」
カークスは強烈な指摘に面食らった。
「俺はお前なら気づくだろうと思っていたのだが……どうやら買いかぶりだったようだな。おっと、真に問題なのは俺に叱責されることなどではないぞ。お前の指揮力不足のせいで味方が死ぬことだ。よく考えてみろ。今、他のチームと正面衝突してお前らが勝てるか?」
少女は頭を抱えながら左右に首を振った。それぞれの班員たちの姿がはっきりと思い浮かぶ。
「くっ……うううう…………勝て……ないよ……」
そのままカークスはその場でへたりこんでしまった。
「そうだ。実際のところ、お前のチームは他の連中と大きく差を空けられている。だが、それはあくまで策の話だ。俺は決してお前らの班の一人一人の力が劣ってるわけではないと考えている。つまり、お前の指揮さえなんとかなれば他と互角に渡り合うことは可能だと断言する」
ナッガンは勝算ありげな笑みを浮かべて頷いた。
「え……?」
いくらノーテンキでもここまで精神を抉るかのような物言いをされれば泣きそうにもなる。
だからこそ、それを聞いて彼女は顔を上げた。
「何かやるときにお前らの班だけ惨敗しても面白くないし、鍛錬にもならんからな。そういうわけでリーダー養成用のカリキュラムを用意してある。だが、予め言っておくが、これはかなり厳しいものだ。休暇は全てつぶれ、アシェリィとノワレの特訓のようになるだろう。ただ、参加不参加はお前に委ねる。訓練を休み、休暇を謳歌しても誰もお前を攻めることは出来ないからな」
教授は返答を問うように両腕を組んで少女を見下ろした。
クシャクシャになったピンク髪を整えると彼女はすくっと立ち上がった。
「先生ッ!! わたし、やります~~~!! アシェリィとノワレだって生きて帰ってきたんだし!! 私だって……いや、私のためじゃない!! 班のみんなを活かすためにはやんなきゃなんないことだと思う!!」
ナッガンは内心、驚いていた。
(入学直後のカークスは魔法の制御が上手く行かずに敵ばかり作っていた。それだけではない。コミュニケーションも下手で他人にさほど興味がなかった。遠足では味方を容赦なく爆破していたしな。じゃじゃ馬……いや、暴れ馬だった。それがこの短期間での人間的、魔術的な成長……。秘められた才能が開花していくこの感覚……。やはり教員職はやめられんな)
スパルタ教授はほのかに微笑んでいた。
「お前の場合は武器や装備類はいらんからその気になればすぐに修練に入ることが出来る。どうだ? 何かやりのこした事があるなら済ませてからでもかまわん」
カークスは目線を泳がせて考えていたようだがすぐに答えが帰ってきた。
「友達が尋ねて来ることがあるので、寮の扉に張り出しをしておくくらいですかな~」
「ほお……」
気の許せる友達が出来たのかと満足げに教授は首を縦に振った。
「家族への連絡はいいのか?」
短めのピンク髪の少女は目をそらしながら答えた。
「ほら……あたし、ここに来るまではさんざん暴れてきたじゃないですか~。だから皆の恨みを買ってるっていうか~。それは家族も例外じゃなくって……学費は出してくれているけど、もう長いこと音信不通なんですよぉ。故郷に帰りたい気もするけど、いまさらどういう顔して帰っていいかわからなくて~。きっとみんなイヤな顔するんだろうな~~~」
それを聞いてナッガンは物思いに耽っているようだったが、すぐに意識をこちらに戻した。
「ふむ。悪いことを聞いたな。だが、俺には今のお前は充実しているように見えるぞ。もうお前はかつてのように一人ではない。それだけは忘れるなよ」
時々、彼はぶっきらぼうながら心優しい言葉をかける。それがカークスの胸に響いた。
「じゃ、じゃあ先生、準備してきますね!!」
彼女の目からこぼれる涙をナッガンは見逃さなかった。
小一時間で彼女は教授室へと戻ってきた。彼女は群青色の制服に着替えて気合をいれていた。
「戻ったな。それではカリキュラムの説明に入るぞ」
「はい!!」
なんちゃってリーダーの少女は勇ましい表情で答えた。
「いいか、これは学院内でないと出来ない高度な訓練だ。リソースを割いてくれた学院や生徒に感謝するように。まず、このカリキュラムの目標はお前の指揮力を養うことにある。お前自身の特訓も兼ねているが、最終的に一人ではどうにもならないということを理解するように」
カークスはゆっくりと頷いた。
「まず、ここにあるイミテーション・ゲルを使う。触れてみろ」
薄汚い泥のような色をしたドロドロとした物体に少女は手を突っ込んだ。
すると瞬時にそれは泥色の人型に変化した。
「やっほ~。クズのあ・た・し!!」
「うわぁっ!!」
驚いてカークスは飛び退いた。
「これはお前のコピー……というかまがい物だ。服装や外見、魔術まで真似るとコストがかかりすぎるが、シルエットや人格を模倣する程度なら比較的容易だ。もっとも、低級のゲルで真似たからか、性格がひねくれたようだが……。まぁいいだろう。コイツを相手にしてもらう。暫定的にダークシルエットを呼ぶことにする」
ダークシルエットは高笑いした。
「ギャハハ!!!! 家族から絶縁されてて、故郷にも帰れないヤツが私に勝てるわけねーじゃん!! 作戦のさの字もわかんねぇクズがさぁ!!!! ギャハハハハ!!!!!!!」
少女は言い返そうとしたが、ナッガンがそれを腕で遮った。
「カークス。決着は訓練でつけろ。ここでこいつに食ってかかってもなんにもならんぞ。それに、こいつの喋ることは全くのでたらめではない。お前のしがらみでもあるのだ」
輪郭だけ本人とそっくりのゲル人形は笑った。
「おっ、話がわかるじゃ~ん。あたしもコイツと決着つけたいんだよねぇ。ボッコボコにして半殺しにしてあげる♥ センコー、さっさと解説しなよ~~~」
ナッガンは無視して説明を始めた。
「まず、お前とダークシルエット、それぞれにニュル、田吾作、キーモ、はっぱちゃんの駒を与える。私のレポートを元にゴーレムの動作を研究している学院生が組んだものだ。非常に弱体化していて、会話などは出来ん。だが、それぞれの役割や行動パターンは再現してある。ゲルも借りものでな。何もこれはお前一人の特訓ではなかったというわけだ」
彼が担当の生徒たちに課題として無理難題を課したのが目に浮かぶ。
「それで、だ。この駒達に花火弾はあまり効かない。お前らが自分で駒を蹴散らしたら、作戦を立てる意味がまったくないからな。というわけで、お前らは駒へと適切な指示を出して、相手の大将……ダークシルエットを倒せば終了だ。ただし、カークスが負けた場合は回復の後、勝つまで延々(えんえん)と続けてもらう。これが修練だ」
カークスは自分の分身を睨みつけた。
「おー怖。まぁ安心しなよ。たっぷり可愛がってやるからさ。でも忘れちゃやだな。私はあんたそのものなんだからさ!!」
気づくと2人と互いの駒はボードゲームの台座を模した空間へと転移していた。
ナッガンの声が聞こえる。
「その限られた空間で勝負してもらう。時間が惜しい。早速始めるぞ」
先手を打ったのはカークスの方だった。
「ニュル!! 相手のニュルを食い止めて!!」
彼女がそう言うと卓上ゲームの駒のようなニュルが突進をかけた。
「ニュル!! ガード&パリィ!! か~ら~の~田吾作マッスルラリアート!!」
ダークシルエット側のニュルは守りと回避に専念し、その後ろからすれ違うように一気に田吾作が前線に出てきた。
その結果、カークス側のニュルは首元を狩られダウンし、その後ろで控えていたカークス側の田吾作もふっとばされた。
「は~い。残りはキモオタと植物だけ~。あんたは戦力にカウントする気にもなんねーわ」
圧倒的な差にヤケクソになった淡い桃色髪の少女は、陰のチームに花火を打ち込んだ。
「うわああああああああああああああ!!!!!!」
ドパン!! ドトパン!! バリバリバリバリ!! ドドカン!! バカーン!!!!
これでもかというほど花火を浴びせて息を切らしていると、煙の中から”奴ら”は現れた。
ほとんどダメージを受けている様子がない。
「ウ……ウソでしょ……。実力差が……ありすぎるよ……」
「は~い。1敗目ご苦労さんっと」
敵側の田吾作の組んだ拳で思い切り頭を殴られて彼女は気絶した。
「本当はもっとこう、タコの百烈斬りとかでズタズタにしたいんだけど、行動にリミッターかかってるからなぁ。ま、時間の許す限り痛めつけてやんよ。フフフ、アハハハハ!!!!」
その一部始終をナッガンは見ていた。
「ふむ。まぁこんなものだろうな。カークスには作戦を立てる、味方を指示して動かすという経験があまりにも不足している。やはり今のままでは話にならんな。もっとも、ダークシルエットの作戦の立て方には俺の記録した個人記録のレポートがフルに反映してある。班員すべての情報を熟知した戦い方をするように組んでいるからこれに勝つのは至難」
いつのまにか真っ赤なジャージに着せ替えられたカークスは長いことボードに伏していた。
「これがあと約半月続くか。我ながら酷だな。正直、いくら努力しようとあがこうとダークシルエット相手では勝ち目は無いに等しい。たとえ負け続けても自信を持ってリーダーを任せられるようにはなればそれでいい。……もしかするとまたもや爆発的な成長を魅せてくれるかもしれんしな。出来る限り見守ってやる。修行に励めよ……カークス」
数十分後、彼女は目を覚まして体をむくりと起こした。
「いっつ~。もう!! 遠慮なくやって~!! もぉ許さな……って、なんじゃこりゃ!! 服が赤ジャージになってる!! だっさ!!」
それを見たダークシルエットは大笑いした。
「ギャハハハハハ!!!!!! だっせ~~~!!!!! さぁ、立ちなよ。”赤ジャージお・ん・な”」
少女は相手を見据えた。今度は冷静でいられた。
「作戦や指揮が云々(うんぬん)だけじゃないよね。私のしがらみ……あなたを倒すってのが修行って言うならやるしかないない!!」
味方のニュル・田吾作・キーモ・はっぱちゃんの駒は彼女を見守るように佇んでいた。




