星詠みと死の翼
ライネンテの最北東のでっぱったのローレン半島にルーンティア教団の総本山「カルティ・ランツアァ・ローレン」はある。
その尖塔を眺められる位置に王都ライネンテがある。
ライネンテ国は南にトーベ、東にケイナという同盟国を持つ。
だが、西方はずっと海岸線が続くのみで陸続きの隣国は存在しない。
北も同様で、国の北と西は海に囲まれた国家なのだ。
ただ、隣接していない国家にも同盟国を多く持つのが先進国である所以でもある。
西部は貧しくはなく、海に面しているため交易や漁を営んだり、農業もそれなりに行われている。
治安もよく、道もさほど険しくない。旅をするには非常に都合の良い道だ。
カルティ・ランツァ・ローレンからしばらく南下した田舎街のアズスにナッガンクラスのアンジェナの実家はあった。
美しい紺色の草が生えたジャンネ丘の上に彼は腰掛けていた。
短めの黒髪が風にゆられ、高い鼻が目立つ。肌はやや色黒だ。
ボーッと空を見つめていると誰かが声をかけていた。
「……また星を詠んでいるの?」
アンジェナは後ろにのけぞるようにしてやってきた少女を逆さまから見ての名前を呼んだ。
「ああ。カシャナか。座るといい」
彼女はバスケットを持ち上げてみせた。
「お昼のラージ・ミミズサンドを用意したのよ。一緒に食べましょう」
長い髪をしたおしとやかな女性は持ってきた敷物を敷いてバスケットの中身をとりだした。
「君の作る手料理は美味いからな。学院にいるとつい思い出すんだよ」
「ふふふ。お世辞を言っても何も出ないわよ」
2人は笑いながら今度は白バッタ・バーガーを食べ始めた。
食べながら雑談を始める。
「何度も言うようだけど、本当に昼なのにお星様が見えるの? そんな人、この街にはいないわよ? いや、他の街にだって……」
料理に舌鼓をうちながらアンジェナは答えた。
「さすがのリジャントブイルだけあって昼に星が見える人は居たよ。でも、太陽が見える人が居て……流石に無茶苦茶でね。信じられなかったよ。夜に地面を見つめると太陽が透けて見えるんだってさ。そんな馬鹿なってね」
アンジェナとカシャナは笑いあった。
「でも、学院に行くとクラスメイトとか仲間の分の星詠みが増えるでしょう? 体は……大丈夫なの?」
星を詠む男は渋い顔を隠さなかった。
「俺の占星術は”危険回避”の魔術だ。仲間や周囲に危険が迫ったり、事前に危険な行動や選択をしているかどうかを占うことができる。まぁそれ以外の占いはからっきしだし、重要な占い結果が出れば俺の体へ負荷として跳ね返ってくる。だから街でゆったりすごせば負荷が少ないし、戦いや戦場に行けば負荷は増える。占わないっという選択肢もあるんだが、なにせ人の命が関わるケースもあるんでね。無視はできないさ」
持ってきたアザリ茶を水筒で差し出して向かいの女性は暗い顔をした。
「それじゃあ……演習とかのある学院生活は負荷が……。私、心配なの。このままあなたが早死してしまうんじゃないかって。だってあなたのご両親は特に病にもかかっていなかったのに2人とも20代で……あなたの物心がつくころにはもう……。だから、あなたまでご両親と同じになってしまったらと思うと私……私!!」
アンジェナは泣きそうになっていたカシャナの肩を抱き寄せた。
「大丈夫さ。フィアンセを放っておいて簡単に死ねやしない。それに、危機回避といっても未来予知なんて完璧なものじゃない。占い結果が外れれば負荷はかからないし、加減をすれば占いの的中率を下げたりすることも可能だ。俺だって反動での吐血はごめんだよ。君が思ってるほど体を酷使してるわけじゃないさ」
「ほんと……?」
涙を流して目を真っ赤にしたカシャナは星詠みの顔を覗き込んだ。
「ああ。本当さ」
アンジェナは少女を優しく抱きしめた。
互いの感触と体温が伝わってくる。
(酷使していないかと言えば大嘘さ。ホントは毎日、綱渡りしているようなものなんだ。許してくれ……許してくれカシャナ……)
(あなた幼い頃、飢饉の予兆を言い当てて死にかけたじゃない。私、ウソついてるの、わかるんだから……)
二人とも無言で抱き合っていた。まるで何を考えているのが互いに伝わるようだ。
沈黙を破るようにアンジェナは笑った。
「はは。クラスメイトの女の子なんてもっとリスクを負ってるよ。なにせ悪魔に寄生されてるんだから。そう聞けば俺の負荷なんて大した事ないだろう?」
抱き合っている少女は苦笑いをした。
「貴方は絶対、死なないでね。私……独り身になっちゃうわ」
星詠みは苦笑いを返した。
「おいおい。そんな戦場に行くみたいにいうなよ。少なくとも今は平和なんだからさ……」
日が暮れてきたのでガールフレンドは先に帰っていった。
後味の悪いウソをついてしばらくアンジェナは一人でいたかったからだ。
頭の後ろに腕を組んで、草むらに横たわり、星を見る。
本来の人が星を見るにはまだ早い時間だ。
そんな彼に星が瞬いた。
「今宵、死を招く翼、汝の集落に降らん……?」
草むらの青年はすぐに跳ね起きた。
そのまま、一直線に町長の家をめがけて全速力で走った。
バタン!!
勢いよく星を詠んだ者は扉を叩きつけるようにあけた。
「これ!! 何事か!!」
あまり体力のないアンジェナは膝に手をついて前傾姿勢で息を切らしていた。
「なんだ。アンジェナではないか。どうした。そんな息を切らして」
老齢の女性町長はメガネを上げて怪訝な表情をした。
「ハァッ、ハァッ……。町長さん、屍骸翼鳥についてご存知ですか!?」
戸惑いながらも町長は首を縦にふった。
「あ、ああ……。なんでも巨大なアンデッドの鳥で、それが撒き散らす羽に触れると命を奪われると聞くが……。アンジェナ、まさか!!」
青年はこくりと頷いた。
「今宵、死を招く翼、汝の集落に降らん……と。今宵という事はまだ時間に猶予があります。集落とあることから、ジャンネの丘なら被害は及ばぬはず!! 混乱無きよう、迅速に町民を避難させてください!!」
町長は覚悟を決めた様子で頷いた。
「アンジェナ、よくやってくれた。まだ夕暮れ前。焦らず各組に連絡すれば十分、避難は間に合う」
「お礼は被害が出なかった時にしてください!!」
こうしてスムーズな対応で夜になるころには街の老若男女、全員がジャンネの丘に避難していた。
星詠みの的中率は街の皆が知っていたので、彼の占いを疑う者は誰も居なかった。
町人が心配そうに待機していると、遥か遠くから青白くボーッと光る何かが飛んできた。
「屍骸翼鳥だ!!」
誰がともなくそう叫ぶ。
青白く燃えるその姿はまるでフェニックスとは正反対のアンデッドだった。
町長はにらみつけるように目を見開いた。
「なんでも”あれ”のばらまく羽に近づくと生命を奪われてしまうと聞く。建物の中にいてもな。人里に現れるのはまれだが、少なからず記録には記されている。ああやって命を吸っては一層燃え上がるまさに死神だ。主に夜に活動して人の寝静まった頃を狙う。アンジェナ、お前が帰郷していなかったらどうなっていたことか……」
街の人々は恐怖におののいたが、不思議な美しさに取り憑かれて巨大鳥を眺めていた。
まるでキラキラ光る雪が降るように羽根が降る様子に見とれたのだ。
幸い、羽根は真下にしか降らず、ジャンネの丘は完全に安全地帯となっていた。
バサリバサリと優雅にゆったりと翼をふって屍骸翼鳥は夜空を舞った。
「あんなに綺麗なのに……。不死者なのよね……」
カシャナは胸に手をあてて震えた。
相手は割とマイペースで人を襲う気はさほど無いらしい。
それでも夜間に集落の上を通過する時点で生命に飢えているのは間違いないのだが。
「ふぅ……行ったか……。文献や体験談によると死の羽は日光に当たれば消滅するらしい。皆、不便かもしれんが今夜は丘で野宿じゃ。女性と子供は簡易テントに、男性は申し訳ないが雑魚寝してくれ」
すぐに臨時キャンプが完成した。
住人たちは屍骸翼鳥の恐怖に晒されたが、幸い集落に損害は無さそうで安心していた。
触れただけで命を奪う羽に関しては不安を口にするものも居たが、町長が言い聞かせて安心させていた。
結果的に、大きな混乱はなくこの危機を乗り切ることが出来た。
アンジェナとカシャナは互いに肩を組んで遠くへ行く骸の鳥を眺めていた。
「占いは当たった。しかも街の人をすべて救うクラスの占いが……。これは来るぞ……」
次の瞬間、アンジェナが大量の血を吐いた。
「うげっ、ゴホゴホ!!! ゴフッガァフ!!! ゲフッゲホッ!!! がはぁ!!!!」
暗闇でカシャナの白いワンピースはどす黒く染まった。
驚いた隣の彼女はすぐに叫んだ。
「大変!! アンジェナが血を……!! マイシャ先生、居ませんか!?」
彼女が張り裂けそうな声で助けを求めたので医師がすぐに走ってきた。
「カシャナちゃん!! 来たよ!! とりあえず空いている簡易テントで治療する!! ついてきなさい!!」
すぐに男性が数人協力してアンジェナを運んだ。
街人達は不安そうに彼を見送った。というか、既に丘に避難している時から大丈夫だろうかと心配していた。
アンジェナの星詠みに強力な反動があるのは周知の事実だったからだ。
テントに寝かされても彼は血を吐き続けた。
血が喉に詰まらないように横に寝かせる。
「がはっ、ハァハァ……ゴフッ!! ゲホゲホ!!!」
医師は彼の腕の太い血管にドロップを押し当てた。
それはすぐにアンジェナの体内に染み込むように取り込まれていった。
「輸血ドロップさ。この街ではこの治療法が限界だ。でも、今から他の街に運ぶのは現実的じゃない。ギリギリなんとかってとこだろうね……」
カシャナは泣きべそをかいて尋ねた。
「あの、その、こんなに血を吐いて内臓とかが悪いんですか?」
マイシャは首を横に振った。
「いや、いつも説明しているように彼の場合は各器官に異常とか損傷はないんだ。ただ、全身から絞り出すようにして血を吐く症状がある。彼のご両親も同じだったからそういう血脈なんだと思うよ。魔術の反動による……ね」
アンジェナは街にいれば危機を占わずにすむと言ったが皮肉にも今回は安らぐはずの場所で魔術を行使せざるを得なくなってしまった。
「ぶふっ……ブフッ!!」
もう咳ごむ力も無く彼は血を垂れ流した。
(あ……このレベルのは飢饉を詠んだ時以来だな。カシャナを残して逝くのは心残りで仕方がないが、遅かれ早かれ人は死ぬからな。かなり苦しい最後ではあったが……)
大量の出血でだんだんと気が遠くなっていく。
ゆっくりと眠るようにアンジェナは瞳を閉じた。




