独り身卒業とかウソでしょ!?
コロシアムで深緑色の制服を着たラーシェが佇んでいる。
彼女はナッガンクラスをサポートする先輩役、”セミメンター”を務める少女だ。
それを5人の群青色の制服を着た学生が囲んでいた。
「みんな、準備はいいかな? しっかり準備運動しないとケガするよ!!」
深緑の女性は腕を組んでストレッチしてみせた。
「大丈夫そうだね。じゃ、始めるよっ!!」
ラーシェの掛け声とともに一斉に周りの5人は彼女に襲いかかった。
まずは矢が飛んできた。それをひらりと避けつつ矢をわしっと片手で掴んだ。
すぐに先端のやじりを握って潰し、つぶて状にする。それを弓が飛んできた方に思いっきり投げ返した。
ビュオッ!!
矢は恐ろしい勢いで飛んでいき、使い手の弓に直撃した。
ベキィッ!!
「うああっ!!」
つぶてが直撃した弓はポッキリと折れてしまった。
すぐに次の生徒が突っ込んでくる。今度はオーソドックスなロングソードだ。
白刃取り(しらはどり)を警戒して太ももを薙ぐように横から切りつけてきた。
「残念~!! そっちも守備範囲だよっ!!」
彼女は大きく足を蹴り上げた。スカートがひらりとめくれる。
だがその下にはスパッツを履いていて、下着は見えないようになっていた。
切り上げてきた刃をラーシェは素早く右足の腿の内側とふくらはぎでがしっと挟んだ。
そしてグッっと剣を固定したまま、挟んだほうの脚を回し蹴りするように負荷がかかる方向にひねった。
メリメリ……ボキッ!! キィィィィン……
まるで音叉のような残響を残して蒼いロングソードは真っ二つに折れた。
「ウソだろ!?」
剣を折られた男子は台無しになった得物を見てわなわなと震えた。
「スキさえ与えなけりゃ!!」
今度は双剣を振り回す女子学生が突進してきた。
ラーシェはすかさずバク転、側転、ロンダートと決めて猛攻を全て回避した。
だが、着地後に鈍ったのを女性とは見逃さなかった。
「ツイニー・エッジ!!」
2つの双剣を相手を切り刻むように振り回した。
直撃かと思えたが、刃は止められてしまった。
「さっきあえて回避しなかったの、気づいた?」
なんとラーシェは人差し指と中指で両方の双剣を受け止めたのだ。
「う~ん、軌道を変速にしたのはいいけど、まだまだ遅いね。それにこの双剣、まだ強化魔術がうまくいってないね」
そう言うと彼女は指に力を入れた。
パキッ……
まるでガラスが割れた時のような音を立てて双剣は両方割れてしまった。
「あぁぁああああああああーーーーーー!!!!」
愛用している武器の容赦ない破壊に女子生徒は叫ばずにはいられなかった。
「ええい!! 突きィィィィィーーーーーーーー!!!!!」
今度は槍を持った生徒が突っ込んできた。
「見切った!!」
深緑の制服の少女はその場を動かずに直立した。
「ハッハーーー!!!! 避ける気が無いのに見切ったとはこれいかに!!」
事実、ラーシェは回避の挙動を全くとっていなかった。
このままではスピアの先端でグサリである。
「もらったーーーーー!!!!!」
次の瞬間、衝突スレスレで左半身を一歩前に出して槍の柄に背中を向ける形となった。
そして目にも留まらぬ早業で腕をくの字に後ろでにまわしてガッシリとスピアの柄を掴んだ。
「あ……!! あ……。突けもしないし、抜けもしない。ああああ!!! やめて、それだけは!!」
「よっ!!」
ラーシェが腕をギュッっと締めると槍の柄はバキッっと音を立てて3つに折れた。
最後に立ちはだかったのは巨大なハンマーを持った男子生徒だ。
「うっす」
かなり硬そうな素材で出来ていそうな武器だ。
(これは……アレを使うか……)
男子は無言のままオーバーヘッドで槌を振り下ろしてきた。
(この角度じゃ厳しいかな。やれそうな位置取りにおびき寄せて……)
次に彼は横スイングでラーシェをぶっ飛ばそうとした。
「ジャスガ・デストラクト!!」
未知の鉱石のハンマーがラーシェに触れた直後、それはバラバラに砕け散った。
(ジャスガ・デストラクト……攻撃を受けるとほぼ同時に発動できれば相手の武器を高確率でブレイクする魔術。動きが早い武器とは相性が悪いけど、こういう鈍器系にはめっぽう強いんだよね。ま、これに頼らなくても武器破壊は出来るからあんま武器による得手不得手は意識してないけど)
武器を完全に破壊されたエレメンタリィの学生5名は悲しみに沈んでいた。
「みんな。ごめんね。でも、戦場で武器が壊れることはよくあることだから。だからこんな練習をするわけであって。めげずに武器を修理してまた挑戦してよ。いつでも挑戦受け付けてるからさ!! いや、武器の仇討ちとかはお断りだよ……?」
武器を壊されたものは怒りや悲しみに包まれるが、美人のラーシェに「ごめんね」と謝られてしまうと許さざるを得ない状況になってしまう。
後輩の面倒を見るコーチ役でも有名人だが武器を壊して戦う名手としても彼女は有名である。
その裏腹なギャップに惹かれるものも多かった。
帰り際、闘技場での一件を見ていたらしい男子がやってきた。
「ラ、ラ、ラ、ラーシェさん!! ぼ、ぼ、僕とお茶してくれませんか?」
「あーごめんね~。帰って課題やらなきゃ」
そう即答して彼女は男子を突っぱねた。
それを目撃していたラーシェの親友、メリッニとソールルがやってきた。
「ほれ~、また断って~。だからいつまで経っても彼氏が出来ないんだよ~」
「メリッニちゃんそれちょっと辛辣……」
ラーシェは顔をプイっとそむけた。
「まったく、いい歳して白馬の王子様待ちとかやめたら?」
「メリッニちゃんそれは個人の好みだよ……」
すぐに独り身女子は言い返した。
「私、別に白馬の王子様なんて期待してないし。ただ私の納得する相手を探してるだけ!! お付き合いする人を妥協で選ぶとかありえなくない!?」
メリッニとソールルは顔を見合わせた。
(理想が高いってそういうこというんだよなぁ……)
(理想が高いってそういうこというんだよね……)
その次の日は初等科相手ではなく、中等部相手にレベルの高い練習をしていた。
ラーシェはグリモアルファイターというサブクラスに所属している。
これは肉体強化をメインとして戦う戦士たちのクラスだ。
それに加え彼女の魔術として武器破壊のウェポン・ブレイクがある。
ちなみにメリッニとソールルはグリモアルファイターの同じ班のメンバーで仲が良い。
なんでも言い合える仲なので、衝突することもしばしばなのだが。
今日も彼女らはラーシェの修行を見学に来ていた。
「うわーすっげ~。あんなでかい斧、割れるんかい」
「ホントだね~。受けたり避けたりはともかく、壊すのは全然別のスキルだからね~」
2人が呑気に見学しているうちにラーシェは汗だくになっていた。
見ている分にはびっくり人間ショーみたいで面白いのだが……。
そうこうしているうちに特訓は終わった。見学二人組はゆっくりと席を立った。
闘技場の外に出るとラーシェが一人立っていた。
声をかけようかとメリッニが歩みだした時、ソールルが彼女の口をふさいだ。
(!? モゴムググモゴ……)
(ちょっとまって!! 今日も告白の男子が来たみたい!!)
有名人だけあって多くの生徒がラーシェの様子を伺っていた。
「ぷはぁ!! ラーシェのことだからいつもの言い訳で断って帰るに決まってんじゃん!!」
雑踏でここからでは声が聞こえない。野次馬が耳をすましても無駄だった。
するとなんとラーシェが声をかけてきた男子とあるき出したではないか。
しかも結構、距離が近い。
「うそーん!! 白馬の王子様きちゃったわけ!?」
「ウソでしょ……? ラーシェが男子とお茶なんて……わたしもまだなのに……」
2人はショックを受けていたが、すぐに我を取り戻した。
「追うよ!!」
「うん!!」
他の学院生達も不落の城が落ちそうになったので大慌てかつこっそり2人を追跡した。
男の髪の毛はややプラチナがかった金色、縞ストライプのシャツ、ジーパン、そしてサンダルとずいぶんフランクだ。
「あれちょっとチャラくね?」
「ラーシェがちょいワル好きだって聞いたこと無いけど?」
やがてラーシェと男性は和風甘味カフェ「素逸庵」に到着した。
今まで見せたことがないほど彼女は楽しそうな表情で雑談している。
さぞかし気の合う男性なのだろう。
「ま~じ~か~」
「ま~じ~だ~」
喜ぶべき事なのだが、なぜだか2人の心にはポッカリ穴が空いたような気分になった。
「なんかさ、カップル覗き見てんの惨めじゃね?」
「だね~」
そんな調子で一部を残し諦めた野次馬達は解散していった。
次の日、ご機嫌そうなラーシェにメリッニは重い口を開いた。
「なぁラーシェ……昨日さ…………」
「あ!!」
突如ラーシェが声をあげた。
「昨日と言えばさ、長いこと会ってなかったクルシェお兄ちゃんが来ててね。なんでもOB・OG集団の”リジャスター”として活動してて忙しいらしくてね~。ほんとに久しぶりで嬉しくなっちゃってさ。夜までずっと雑談してたんだぁ~!!」
しばらくその場を沈黙が包んだ後。
「そ、そうか~。そりゃ良かったな!!(ホッ。やっぱ彼氏なんてできるわきゃないんだ)」
「そ、そだね~。よかったねよかったよかった(ホッ。先乗りじゃなかったのね)」
満面の笑みで喜ぶラーシェだったが、素直に祝福出来ない2人であった。




