ハッスル! マッスル! ベジタブル!
明るい茶色で丸っ鼻の青年は新聞「ライネンテ・タイムス」を読んでいた。
時折、黒縁のメガネをクイッっと持ち上げる。
野菜大好きナッガンクラスの田吾作である。
彼は意外にも時事に敏感で毎日、新聞に目を通すのが朝の習慣となっていた。
空いた方の片手で黒キュウリをかじる。
「ん~。んめぇだな。この甘み、かすかなエグみ。こらケイナ産だべ」
ポリポリと音を立てて彼はにっこりと笑みを浮かびながら海外面に目を通した。
ポリポリ……
機嫌よくライネンテ・タイムスを読んでいた彼の目がある記事で止まった。
“ケイナ国にて神出鬼没、正体不明の大食い獣、『シュカブー』が出現 ライネンテが対策を検討中”
ケイナはライネンテの東隣りの国で農産物の産地として知られていた。
ライネンテに輸入される野菜の3割がそこで作られると言われている。
田吾作は口をパクパクさせた。
「こ……こらエラいことだで!! こらなんとかせにゃ!!」
彼は麦わら帽子に白のタンクトップ、カーキの短パンといった虫取り少年のような服装に着替えた。
他の部屋よりも大きなマナ・クーラーからありったけの野菜をモスグリーンのリュックに詰め込んだ。
「この緊急事態じゃきっとケイナのドラゴン・バッケージ空港は封鎖されてるだ!! それに、ドラゴン・バッケージ便だと東部まで2~3日はかかってまう!! それじゃああ遅すぎるだでよ!! ……それなら”パチンコ屋”に頼むしかねぇでな……」
青年は寮の扉を飛び出して、ベージュ色をした背の高い建物を目指した。
息を全く切らさずそこの屋上まで走りきった。
そこにはカモフラージュされて遠くからは見えにくくなったY型の謎の装置が設置されていた。
「ああ。あんたか。久しぶりじゃの」
非常に猫背で白いヒゲを生やした老人はにんまり笑った。
「オヤジ!! ケイナまで頼むだ!!」
オヤジと呼ばれた老人は目を見開いた。
「ホホォ……。あすことはまた遠出じゃな。いいじゃろう。ただし、パチンコで死んだり、その他損害を受けても一切責任は負わないからの」
田吾作は両腕を縦にシャカシャカ振った。
「だー!! もうその説明はいいだ!! さっさとやるでよ!!」
代金を手渡された老人は頭を掻いた。
「まったく。せっかちなやつじゃて。じゃ、いくぞい。思いっきりこのゴムに体を預けるんじゃ」
青年はソファーに体を預けるようにびよーんと伸びるバンドに寄りかかった。
「え~っとじゃな。ケイナは……ここらへんかの? ほれぇ!!」
爺さんは高齢とは思えないパワーでヒモを思いっきりギリギリと引っ張った。
そしてバンドから手を離すとその反動で田吾作を空高く吹っふっとばした。
「うおああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーッッッ!!!」
“パチンコ”屋の店主は目を細めながらヒゲをなぞった。
「ふ~む。何度かあやつに頼まれたことはあるが、さすがにケイナまで生身で飛んでいくのは無茶じゃ。今度こそ間違いなく死ぬな。ま、金はもらったから知らんけどな」
ここは非合法の移動手段、”パチンコ”の店だった。
名前の通り子供の玩具のパチンコと同じ仕組みで移動したい人やものを弾き飛ばすのだ。
古くに開発された装置で安全性に大いに問題があった。
着地に失敗する大量の死人が出て、その責任を負わない営業主も多かったからだ。
ドラゴン・バッケージ便が未開発だった頃の名残でもある。
現代、表向きにはほとんどその姿は見なくなったが、今でも闇営業しているところもある。
着地時のダメージが大きいというデメリットの代わりに、ドラゴン・バッケージ便より遥かに早い速度を出すことが出来る。
もっとも、相当な使い手でも無傷では済まず、使うのはごく一部の変わり者か急ぎの者だけである。
たとえ魔術に秀でた学院生でもこの”パチンコ”での長距離移動すると多数の死人が出るくらいだ。
そんな利用手段である。一般人が利用したらどうなるかは子供にもわかった。
田吾作は遥か上空を舞った。
「ううう……風が寒いだ……このままでは凍えてしまうだあよお……。こんな時のために……」
彼はポケットから小さな実を取り出した。
「これだべ!! 根性トウガラシ!! いただきますだ!!」
体の冷え切った青年はトウガラシをいくつか口に放り込んだ。どんどん顔が赤くなっていく。
「っかぁぁぁぁ!!!! 体がポッカポカに温まってきただぁ!!」
おそらく目的地までは半日以上かかるだろうが、空の旅は案外楽しく退屈しなかった。
「おっ、暴れドレイクでね~か。やっぱはえーべなぁ!!」
そうこうしているうちに高度が急に落ち始めた。
「ん!! そろそろ着陸だべな。これに失敗すると下手すると死んでまうでよ!!」
ぐんぐん地上が近づいて来た時だった。
田吾作はニンニクをポケットから取り出した。
「フルブースト・ガーリックだなやぁ!!」
この時、彼は中肉中背の至って普通の見た目だった。
だが、野菜を食べると同時にすぐさま筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)のウルトラマッチョマンに変化した。
普通なら地面に叩きつけられてペシャンコというところだが、彼は巧妙に姿勢を変えた。
筋力だけでなく動体視力もパワーアップしていた。
まるで鳥が着陸するように両足を道路につけた。
そしてそのまま火花と爆音を上げながら道を滑走した。
ギャリギャリギャリギャリ!!!!!
シュウウウウウウウウ…………
煙を立てて見事に野菜青年は着地に成功した。
「あんりゃあ、ここがケイナけ?」
田吾作が当たりを見回すと少し開けて整備された道路の上に着いたのがわかった。
ガサガサとリュックをあさって地図を出す。
彼は地図を読むのも得意だったのですぐに自分の位置を特定した。
「あんりゃこりゃダメだぁ。こらベジタブル・ウェイでねぇでか!! ケイナまで届いてねぇでよぉ!!」
筋肉のお化けはワシャワシャと頭をかいた。
まだドラゴン・バッケージ便が発達する前、ケイナからの野菜は主に陸路で運ばれていた。
治安の悪いライネンテ東部を抜けたりせねばならないので、ライネンテはケイナを結ぶ道を整備して警備を置いた。
これがベジタブル・ウェイである。
昔ほどではなくなったが、今も野菜や交易品の流通やキャラバンが通ることがある。
かなり本格的に整備された道なのでこの近辺はたとえ東部でも治安が良いのである。
今回、田吾作はうまいこと着地したが、警備の目に触れたりウォールネール便などにぶつかったら大騒ぎだ。
逆にこちらが新聞沙汰になってしまう。
青年は汗を拭うとクラウチングスタートの構えをとった。
「ケイナまで全速力だぁよ!!」
彼はそう言うと猛スピードで走り出した。
一見すると彼の肉体強化は何の変哲もない野菜を食べるだけで効果を発揮する。
すさまじい性能があるように見えが、致命的な弱点があった。
まずは野菜を食べ続けなければ能力の維持は不可能であるという点。
食べるのを妨害されたり、口が開かなくなるとパワーダウンしてしまう。
次に燃費の悪さだ。ほぼノンストップで野菜を摂取しないとならないため、持てるだけ持ってもすぐ使い切ってしまう。
肉体強化だけではなく、武器や防具として使うこともあるのでなおのことである。
そういう意味では種をすぐに野菜に生育させられるノワレのシードアウェイカーとの相性は抜群なのだが、ノワレは彼にあまり興味がなかった。
持ち込んだ野菜を使い切ってガリガリになった田吾作はなんとかケイナに到着して民家の戸を叩いた。
「なんだべか?」
若い女性が出てきた。よそ者には厳しいのかなんだか視線が冷たい。
「あんのぉ……野菜を売っていたでけねでか?」
野菜青年は麦わら帽子を脱いで胸に当てて頼み込んだ。
ケイナならばライネン語は通じるはずだが……。
険しかった女性の顔がゆるんだ。
「あ~、そこと、あそこの畑、出来すぎてまってな。みんな売り物にならんで廃棄なんだわ。好きなだけ食うなり持ってくなりするとええよ」
田吾作はあまり神様は信じない質だったが、今回ばかりは神がかった幸運としか思えずに祈りを捧げた。
彼は譲ってもらった巨人キャベツをものすごい勢いで片っ端から食べ始めた。
ガリガリな体型から再びムキムキが戻ってくる。
その様子を見た農家の女性はあんぐり口を開けた。
「はえ~~~。おどれぇた。もしかしてあんたが噂の大食い獣っちゅうシュカブーか?」
それを聞いて野菜に夢中なマッチョは振り向いた。
「ふ、ふかぶー……ゴクン!! シュカブーを知ってるだか!?」
畑の主は首を縦に振った。
「んだ。なんでもケイナ北東の森から現れたっちゅう話だ。ライネンテから助っ人が来とるみたいやが……」
一畑分の野菜を食べ終えた青年は残りの廃棄野菜をありったけリュックサックに詰めた。
そして振り向いて麦わら帽子を脱いでお辞儀をした。
「ありがとやんした!! とてもおいしかったで!! ほんでな!!」
エネルギー補給に成功した田吾作はまた全力で走り出した。
辺りは一面の畑が広がっている。
ケイナはライネンテの三分の一ほどの面積しかないが、収穫物には恵まれているのだ。
割と狭い国土なので、筋肉質の野菜野郎が問題の場所に到着するまで時間はかからなかった。
「はぁっ、はぁっ。つ、着いたでよ!!」
まず目に入ったのは3mはあろうかという茶色のモップのようなもじゃもじゃの巨体である。
つぶらな瞳でローラーのように作物を飲み込んでいっているのだ。
「ムフー……。モゴモゴモグ……モゴモフ……ムグムグ」
男性が頭を抱えた。
「ああああああああああ!!!!!!! オラの畑がぁ~~~~!!!!!」
よく見るとリジャントブイル生も十数人集まっている。他にもハンターや生物学者が来ていた。
国軍の姿もあった。神殿騎士は見られなかった。
ルーンティア教はかつての横暴で嫌われている国もそこそこあるのだ。
彼らはあれやこれやと話を続けている。
「このままだとケイナの農業に深刻な影響が出るぞ」
「どうする? 狩るか? しかし相手は未知の生物だぞ。リスクが高い」
「ままま待ちたまえ!!!! 生け捕りには出来んのか生け捕りには!!」
すぐに村中の人々が集まってきた。長老は言う。
「シュカブーは聖獣様。穢れを取り除いてくださる。もしこのまま村が、国が滅びるならそれもまた運命。聖獣様に手を出してはならん」
一同が静まり返ったときだった。
田吾作はリュックの中のツルギ大根をバクバク食べだした。
「へへっ。爺さん、オラの村長さと同じこというだな!! んだばこうすらわかってくれるべよ!!」
はちきれんばかりの筋肉をまとった青年はシュカブーめがけて突っ込んでいった。
左右のモップのような毛をぐぐっと掴んで全力で聖獣を押し始めた。
この行動に誰もが驚いたが、謎の生物に張り合うパワーにも驚かされた。
「ぎぎっぎぎ!!」
少しずつマッスルマンは押されていく。
リュックを背負いから片手に抱えて中の野菜をドカ食いした。
「うりゃああああああああああああ!!!!!!」
今度は青年が押す。
モップ生物はじりじりと後ろへとおいやられていった。
「ムームームームー」
相手はまだ踏ん張った。
「んだばオラの好物!! サンダー・トマトさぁ~~~!!」
大事にポケットにいれておいた黄色いトマトを食べると最大級に彼の筋肉は膨れあがった。
「ムームーキュ~~~~」
田吾作に押されてシュカブーは森に消えた。
周りの人々は彼の活躍に湧いた。
「なんだよお前学院生かよ」
「どうりでやるわけだよ」
「ホッ。生かしておいてくれてありがとう」
「みすぼらしくなっちゃったわね。早く野菜食べなさい」
ヒョロヒョロに戻った青年は森の方を見た。
「あいつのせいでライネンテ中部では貧しい思いをしたけんども、近くの荒れ地を浄化してくれたんよ。今度は押し合いに勝って借りを返す事が出来ただよ。敵でもあり、恩人でもあり。ともかく狩られなくてよかっただ」
田吾作は野菜片手に拳を天高くかざした。




