いつ何時もスイーツ
クッキング科のバハンナ教授の前にナッガンクラスのミラニャンは呼び出されていた。
「お前な、確かにスイーツの腕は認めるし、貴重なマナ回復要員でもある。でもな、作ったものが必ず甘い物になるってのはどうにかならないのか? それじゃマナは回復できても体力の回復は見込めないぞ。お前の体質的なところはあるのかもしれないが、解決策は必ずある。それが長期休暇中にお前に課する課題だ」
片目を茶色の髪で覆い、腰にカバーについた包丁をさした女教授はそう言い放った。
とぼとぼとミラニャンは学院の門をくぐった。
彼女に自信はまったくなかった。今まで半年かけてこの件については克服しようとしてきたのに手応えが全くなかったからだ。
コンプレックスであるぽっちゃり体型のおなかをつまんでつぶやいた。
「ハァ……。また味見かぁ。それに甘味以外の味見には自信がないしなぁ……」
それでも彼女はこの課題を成し遂げる覚悟でいた。
「よーし!! せっかく苦労して学院に受かったんだ!! これくらいでめげてちゃお父さんもお母さんも心配するよ!! 作って作って作りまくらなきゃ!!」
その時、ミラニャンはひらめいた。
(作りまくるなら食べまくる人が居てくれればいいじゃん!!)
ピンポーン
思い立ったが吉日とお菓子女子は女子寮の一室を訪ねた。
「んあ? 誰っすか?」
出てきたのはピンクのキャミソールに水色の短パンを履いたナッガンクラスのリーチェだった。
「なんだミラニャンじゃん。なんか用?」
彼女はアイス棒を口にくわえて外気の暑さからかけだるげにしていた。
「リーチェ!! お願いがあるんだけど!!」
スイーツ女子は両手を合わせて頭を下げた。
その様子を見て赤髪の大食いクイーンは気まずくなって頬を掻いた。
「お? どしたん? そんな頭下げて。何か困ってることでもあんの?」
ミラニャンは頭を上げるとリーチェに頼み込んだ。
「かくかくしかじかで……リーチェに私の料理の味見役をやってほしいの!! ホラ、リーチェなら量もいっぱい食べれるし、甘いものも好きでしょ? これ以上の適任はいないかなって思って!!」
追い詰められた彼女の目は軽く潤んでいた。
頼られた方は一瞬、戸惑ってしまった。
だが、友人のピンチに駆けつけないとは仲間ではないと思った彼女は二つ返事で味見役を引き受けた。
「なんだ。もっと重大で深刻な頼みなのかと思ったよ。いや、深刻ではあるか……。いいよ。好きなだけ料理作りなよ。私が全部食べてやるからさ」
その頼りがいのある姿にミラニャンは後光が見えた。
それを聞くとミラニャンは和んだ顔で引き受けた少女の両手を握った。
「ふわああああぁぁぁ~~~!!! リーチェ、本当にありがとう!! きっと何かお礼するからね!!」
青髪のパティシエは情熱のような赤髪の少女に感謝した。
リーチェはちっちっと舌打ちしながら指を振った。
「そういうのは成功してから言うもんだよ。それに、スイーツ食べ放題ってだけで十分な対価だからね。私にお腹いっぱい甘味を味わせてよ。あ、いけね。なんとかして普通の味の料理を作らなきゃなんだったね……」
アイスを食べ終わった少女はキャミソールに短パン、サンダルといった出で立ちで部屋から出てきた。
彼女の服装はかなり露出が高かったが、ここは男子禁制の女子寮である。
女子生徒が薄着一枚でウロウロする事は珍しくない。
ずらっと並んだ迷路のような寮を数分歩くとミラニャンの部屋についた。
「ささ、あがって」
「お邪魔しま~す」
味見役はスイーツ少女の部屋に訪問するのは初めてだった。
入った途端、目に入ったものに思わず感嘆の声を上げた。
「すごい!! これ全部、調理器具なの?」
「てへへ……」
ミラニャンは思わずはにかんだ。
「何に使うのかわわからない器具……というかマジックアイテムがいっぱいあるんだなぁ。あたしはせいぜい包丁とかコンロとか、フライパンくらいしか使わないよ」
調理人は首を横に振った。
「ううん。私も普段は一般的な調理器具しか使わないよ。こんな器具を持ち運ぶわけにはいかないしね」
「ふ~ん……」
リーチェは部屋を見渡した。調理関係だからか部屋は清潔に保たれていた。
チリ一つないのではと思えるレベルだ。
(は、はは……あたしもちょっとは見習わなきゃな……)
とっちらかった部屋の少女は反省した。
「ささ。イスに座って。さっそくいくよ!!」
一通り部屋を見て回ったリーチェはテーブルについた。
机からはキッチンが眺められるような間取りになっていた。
ミラニャンの料理速度はまさに早業だった。
実戦でモタモタしていると足を引っ張ることになってしまう。
5分程度で料理が完成してテーブルの上に出てきた。
「はい。赤ホウレンソウのベーコンつきパスタの塩味、出来ました!!」
料理を待っていた味見役はフォークをかざして満面の笑みを浮かべた。
「お~!! いつ見てもミラニャンの料理はウマそうだな~~~!!! ほいじゃ、いただきま~~~す!!!」
だが、そのパスタを口にする前に大食いガールは味の予想がついていた。
というのも、このぽっちゃり少女が作る料理は間違いなく甘いというのはクラスメイト周知の事実だったからだ。
もちろんどの甘味料理もおいしいのだが、さすがにそれだけでは料理人としてもヒーラーとしても問題が出てくる。
至って普通の見た目、色をした麺を口に入れる。
「どう?」
不安そうな顔をして調理人は尋ねた。
「う~~ん……。おいしいけど、これはパスタの味ではないね。かなり甘いよ。デザートの味だよ。ゲロ甘カルボナーラって感じ」
遠慮の無いジャッジにミラニャンは肩を落とした。
「ねぇ……。まさかとは思うけど塩と砂糖、間違ってない? ああ、決してバカにするつもりはないんだよ? 一回あたしの指定したレシピで作ってごらんよ」
スイーツメーカーはめげずにまた料理を完成させて持ってきた。
「よし!! これなら成分的には全く問題ないはず。いただきま~す!!」
フォークで麺をまきとって口に放り込み、咀嚼する。
「こ、今度は?」
リーチェは額に手を当ててうつむいた。
「あちゃ~。ダメだ。風味は変わったけどやっぱり甘いよ。今度はめちゃ甘ミートソースだ。素材も無視した味が出るなんて、これもう魔術の副作用なんじゃないの? いや、あたしは大歓迎なんだけど、皆がいつもこんな感じの食べてたら嫌になる人もいるだろうね……」
またもやがっくりミラニャンは肩を落とした。
「ほらほら!! 大食いさせるためにあたしを呼んだんだろ? くじけるにはまだ早いよ。じゃんじゃん料理を作ってよ!!」
力強く喝をいれられると勇気が湧いてきた。
「うん!! 私、頑張るよ!!」
そこからミラニャンはひたすら料理を作り、リーチェは片っ端から平らげていった。
「うっし!! まずはサンドイッチだ!! これだけシンプルな料理なら……って、なんじゃこりゃ!! 菓子パンみたいな味がするぞ!!」
「ジパで人気の”ラーメン”って麺料理なんだけどどうかな?」
「むわっ!! 激甘おしるこみたいな味する!!」
「じゃあ定番のカレーライス!! これなら!!」
「甘口ってレベルじゃない!! スイーツだこりゃ!! おまけにライスまでめちゃくちゃ甘くなってるよ!!」
「ステーキ単体が甘いわけないよね!!」
「甘いんだなこれが!! チョコレート食ってる気分だよ」
いつごろこの料理練習が始まったのか2人はもうわからなくなっていた。
リーチェは大食いのあまり、床に髪の毛がつくほど伸びていた。
ミラニャンもぶっつづけの料理に疲労困憊でへたりこんでいた。
「あ~……あち~。汗だらけでベタベタだよ。なぁ、銭湯でも行ってリフレッシュしない?」
「あたし、銭湯とか行ったこと無いんだよね……。恥ずかしいなぁ……」
リーチェはひらひらと手を降った。
「ばっか。女同士だろ。さ、汗を流しに行こう」
「……………………わかったよ」
外に出るともう日が暮れて夜になっていた。
「こんな時間になるまで練習してたのか……。今日はお互いに疲れたろ。さっさとお風呂入って寝よう」
結果が出なかったミラニャンはテンションが低かった。
「ここだよ。万之湯。由来は寿命が万年伸びるかららしい。銭湯とは言っても実際に温泉をひいてきてるんだ。だから疲労回復、マナ回復の効果があるって人気スポットなんだよね」
依然、ミラニャンの顔は暗く、黙りこくっている。
「そんな落ち込むなよ。まだ始まったばかりじゃないか。いつでも付き合うからさ」
2人は脱衣所で服を脱ぎ、一日の疲れを癒やすように体を洗った。
そして湯船へと浸かった。
「あっ、なにこれ~~~気持ちいい~~~~」
思わずスイーツ料理人は快感の声をあげた。
「ほらみろ。気持ちいいじゃん? それに、裸の付き合いってのも悪くないだろ?」
ミラニャンは恥ずかしさのあまり顔を赤くしてそっぽを向いた。
「えっとだな、ここにはいろいろ効能があってだな……。こびりついた物全般落とします。他、諸々に効果があるらしい。……ん!?」
効能の一覧の看板を読んでいたリーチェが水音を立てたのでミラニャンはそちらを向いた。
「ん? どうしたの?」
彼女はなぜだか真剣な表情をしていた。
「ねぇ、気持ちいいけど熱いよ。もう出ようよ」
ミラニャンが声をかけてくるが温泉女子は返事をした。
「もうちょい。あとちょい」
そのままミラニャンがのぼせる寸前まで入って2人は銭湯からでた。
「ふあ~~~。フラフラするよ~~~」
彼女の脇を抱えてリーチェはのぼせた少女を部屋に連れて行った。
その頃にはすっかり湯冷めして平静を取り戻していた。
「んもう!! もう二度とリーチェとはお風呂行かない!!」
そんな反応を聞いてか聞かぬか風呂好き少女はオーダーをした。
「赤ホウレンソウのベーコンパスタ、塩味一人前で」
突然の注文にのぼせ少女は首をひねった。
「ん?」
「いいから頼むよ。作ってみて」
またもや早業で5分ほどで料理が上がってきた。
味見役は真剣な顔をしてパスタを口に運んだ。
「グレート!! やったぜミラニャン!! ちゃんとしたしょっぱいうまいパスタだよ!!」
「えっ!?」
彼女も駆け寄ってきてパスタをフォークで食べた。
「ホントだ!! 甘くない!! 甘くないよぉぉぉぉぉ!!!!」
ミラニャンとリーチェは抱き合って喜んだ。
「実はな、さっきの銭湯の効能に”こびりついた”ものを落とすってあったんだ。だからもしかしてミラニャンにしみついた甘味が落とせるかもしれないと思ったんだよ。さすがにここまでうまくいくとはおもわなかったけどね!!」
「うわ~~~ん!!!! ありがとう!!! リーチェは私の恩人だよ~~~!!!! 毎日でも銭湯に付き合うからね!!」
「い……いや、流石に毎日はいかなくていいよ……」
ぽっちゃりではあるが、自分よりナイスバディのミラニャンを見たリーチェは内心、自信を失ったのだった。




