言葉はなくても
魔法都市ミナレート、八ツ窯亭の向かいを入ったところにレーニー公園という場所があった。
ここはいくつかある春のスポットの一つで、猛暑を避ける人々の憩いの場だ。
樹人とも呼ばれる植物と人間の亜人、ドライアドのはっぱちゃんはここがお気に入りだ。
レーニー公園は彼女が暮らしていたエルフの園とよく似た気候だったからだ。
ゆったりゆったり足代わりの根を動かして彼女はベンチに座った。
はっぱちゃんは喋りもしないし、派手な動きもしないが公園内では癒やしの存在として人気があった。
蒼い小鳥が飛んできて手の代わりの枝の先に止まる。
リラグゼーションの効果で徐々にドライアドに人が集まり始めていた。
「わー!! 木のおねーちゃんだー!!」
「ねーねーぶらさがってもいい?」
彼女は安らかな表情しか浮かべることは出来なかったがコクリと首を縦に振った。
「うわーい!! ねーちゃんありがとーーー!!」
「あたしもあたしも~~~~」
子どもたちが集まってくる。
「これこれ。あまり無茶をいいなさんな。一人一回にせい」
そばにやってきていた老人が子どもたちを諭した。
「そうだよ? いい子はおねーちゃん大事にしなね。気持ちが落ち着くのはおねーちゃんのおかげなんだから」
同じく近くで休憩していた若い女性もそう忠告した。
(いつもみなさんありがとう……)
はっぱちゃんは自分の置かれた環境にとても満足していた。
というのも、ほとんどのドライアドには意志が無い。
エルフにあごでこき使われて生活するだけの毎日を送っているのである。
そんな中、なぜ自分は自我を得たのだろうか?
今の今までずっと考え続けてもその答えが出ることはなかったが。
だが今の自分が幸せだというのは揺るぎない事実であると彼女は認識していた。
そもそも、ドライアドが幸福感を感じること事態が異常なのではないかと戸惑う事もあった。
だが、こうやって多くの人と触れ合ったり、癒やしたり、そしてクラスの仲間達と過ごしてみてそれも悪くないのではと思えるようになった。
きっと今も仲間たちは機械のように隔離された森で酷使されているだろう。
ドライアドには名前という概念がない。
学院に入学してアシェリィが名付けてくれた”はっぱちゃん”という名前も最初は戸惑ったが、今は宝物だ。
ただの使い捨ての道具でもロボットでも無い大切な証。
周りの人々を癒やしていると見慣れた顔がやってきた。
黒髪に近い青のミドルヘア、ナッガンクラスのファーリスである。
彼女はこちらへやってくるとベンチに座った。
知り合いが来たのだとわかった公園の人々ははっぱちゃんのそばから離れていった。
「はは。相変わらず君は人気者だな」
「………………………………………………」
「やはり、ドライアドは春の気候が好きなんだろう? エルフの園は春に近いという噂だしな」
「………………………………………………」
私は嫌いじゃないが、ミナレートは暑いな。よく枯れないものだ。
そう言いながらファーリスははっぱちゃんの葉を観察した。
「………………………………………………」
一見するとファーリスは独り言をしゃべっているようにも見える。
ただただ樹木の亜人は穏やかな表情を浮かべて葉をゆらすだけである。
だが彼女にも自我があり、意志がある事はわかっていたのでナッガンクラスのメンバーは返事はなくとも積極的に彼女に話しかけていた。
実のところ、学院の学生証には高度な翻訳機能のあるチャットピクシーがついている。
なので言語や文字で困ることはないはずなのだが、そこはナッガンの強い方針で彼のクラスでは自力で翻訳する必要がある。
タコ人間のニュルなどは言語体系が人間に近いらしく、コミュニケーションが比較的容易なのだが。
そういうわけではっぱちゃんはクラスみんなの話を聞くことになるのだが、その内容は多岐にわたる。
雑談から始まって、ガールズトーク、世間話、愚痴、中には恋の相談をしてくるものも居る。
本人は『まるで丘の女神像だ』などと思ったりもしているが、頼りにされるのは悪い気もしない。
さて、今回のファーリスとの会話はどうなるだろうか。
彼女は楽しみに耳を傾けた。
「ハァ……。聞いてくれるか。私、スランプに陥っててな……」
少女は憂いの表情を浮かべた。
ファーリスが目に入った時、彼女は表情がすぐれていなかった。
どうもお悩み相談だと予想が事前についた。
「ほら、私はピアスをビットのようにして戦うんだが、どうも近接戦に弱くてな。距離を詰められてしまうとにっちもさっちもいかなくなってしまうんだよ」
綺麗なピアスがキラリと揺れる。
「おまけにナッガン先生は何か新しい魔術を新学期までに編み出せというじゃないか。ただでさえいっぱいいっぱいなのに、かなり厳しいぞこれは」
クールビューティーの彼女はベンチにのけぞるように深く座り込んだ。
「お……」
宙を視ていたファーリスは穏やかに呼吸した。
同時に荒っぽかった仕草がおしとやかに変わっていった。
「はは。やはり君はすごいな。ストレスだけでなく不安も取り去ることが出来るんだな。とてもいい魔術だよ。大切にするといい」
強張っていた少女は笑顔をみせてはっぱちゃんの幹をなでた。
「しかし……君にも新たな魔術を編み出す課題は出てるんだろう? どうするつもりなんだ?」
(う~ん。私もファーリスと大差ないわ。全く思いつかないし、修行とかしたことないし……)
こちらの声は相手には聞こえないので隣の少女は明るく声をかけた。
「これだけ優秀な魔術なら発展させるなり、なにか閃くなり出来るだろうな。私みたいにスランプで公園にふらふらやってくるような人ではないよ君は」
ドライアドは内心戸惑った。
(う~ん、こういうときに返事出来ないのは不便だなぁ。私もこの気持ち、共有したいのに。私なんて全然出来る方じゃないし、テストの結果の悪さでみんなと騒いだりしてみたいんだけど……。翻訳してくれるアシェリィはありがたいけど、やっぱ遠慮しちゃうしなぁ)
そう思いながらはっぱちゃんは自身の性格がだいぶ活発的になってきている事に気づいていた。
以前だったら思いつかない事や、やらない事をやってみたくなってきていた、
ますます彼女の自我は発達しているのであった。
「そういえば……」
ファーリスは何か思いついて口に出した。
「私のピアスでの遠距離攻撃と君の葉っぱ飛ばし、いい刺激になると思わないか? よければ学院の修練場で練習試合してみたいんだが。どうだろうか? なにかヒントを得ることができるかもしれない!!」
こういった時、決まりがあった。
はっぱちゃんに物事を頼むときは彼女が自分の意志で立ち上がったり座ったりで示すということ。
今はベンチに座っている彼女だが、乗り気になったのかその場ですくっと立ち上がった。
(戦いは好きではないけれど、ファーリスの役に立てるなら私は行くわ)
「おお!! 相手をしてくれるのか!! ありがとう!! ではさっそく修練場まで行こうじゃないか!!」
あれやこれやと雑談した気になって2人は学院に着いて修練を開始した。




