ぐだぐだがーるずとーく
アシェリィの召喚術クラスのチームメイト、ラヴィーゼはイライラしていた。
「ほあ~~~。朝練つっかれた~。これで午後の部もあるとか冗談きついよ……」
背後でそうぼやくのは双子の姉であり、ナッガンクラス所属のクラティスだ。
学ランを脱ぎ捨ててタンクトップに短パン姿でラヴィーゼのベッドに寝転んでマンガを読んでいる。
「あのさぁ、ねーちゃん、本ならいくらでも貸すから自分の部屋で読んでくんない? 宿題に集中したいんだよね」
彼女は見た目的には勉強に熱心でなさそうに見えたが、隠れて努力するタイプだった。
それなのに、頻繁に話しかけてくる姉は邪魔そのものだった。
頬杖をついてため息をついて彼女は時計を見た。
「ハァ~~~。そろそろ来る頃か~~~」
コンコン
部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「はいは~い。どうぞ~」
返事をしたのは部屋の主ではなくクラティスだった。
「おじゃま~」
入ってきたのは全身ショッキングピンクのゴスロリ少女、リコットだった。
彼女も召喚術クラスでアシェリィと同じ班に所属している。
「やぁやぁリコっち。まま、お菓子もジュースもあるからゆっくりしてって」
姉妹とは言え人の部屋にあがりこんでのこの態度は傍若無人以外の何物でもなかったが、もはや呆れ果ててラヴィーゼは何も言わなかった。
「いや~。あたしは燃え系の少年漫画派なんだけど、少女漫画も面白いもんだね。にしても”ラーちゃん”がこんなロマンチックな趣味があるとは思わなかったな~。もっと男らしくてサバサバしてる印象あったんだけど」
夏休みに入ってからラヴィーゼの部屋はクラティスとリコットのたまり場になってしまっていたのだ。
その結果、早めに夏季休暇の宿題を終わらせて遊びたいと考えていた彼女の計画は大きく狂ってしまった。
最初のうちは貸し出すから自分の部屋でマンガを読んでくれと頼んでいたのだが、思いの外、おじゃま虫2人が意気投合してしまいこうなってしまったのだ。
しまいにはマンガそっちのけでだべっていたりする。
「ハァ……おたくら、宿題どうすんのよ……」
半身をよじってベッドに座ったり寝転がる2人を振り返る。
「んー、まぁ私は部活動で課題がいくらか免除されてるからね。その分、練習はキッツいけど。こんな暑いのに黒の学ランとか蒸し死ぬって」
姉のクラティスは応援団で旗振りをやっている。同時にその旗を武器としているのだが。
「あたしは~。まぁ宿題なんて最終日にやるもんっしょ。明日から本気出すし~~」
一方のリコットは帰宅部で特に何かしているわけでもない。
だが、コイツは天才肌なのでその気になれば一夜漬けで課題を仕上げることが出来るだろう。
そう考えると無駄にあがこうとしている自分がバカバカしくもある。
ラヴィーゼも出来る方ではあるが、リコットは全てにおいて常識の通用しないあさっての方向を行っている。
「ハァ……帰郷したアシェリィは……元気でやってるかなァ……」
机に向き直って大きくため息を吐いた。
多少お転婆なところはあったが、彼女はいい妹分でラヴィーゼをやや目上として慕っていた。
死霊使い(ネクロマンサー)の講義で大きく助けられている面があったからだ。
しかしラヴィーゼは調子に乗らず、彼女をリーダーとして立ててつつ自身はムードメイカーに徹した。
人懐っこく接してくるアシェリィに妹でも居たらこんな感じなのだろうなという感情を抱いたりしていた。
まぁ実際のところ血がつながっていると良いところ悪いところとどちらもあるものなのだとラヴィーゼは割り切っていたが。
「でねー、ラーちゃんスカートめくりされたヤツ相手にパンチぶちかましちゃってさ~」
「あ~、イメージどおり~~~~」
ガタッっとイスの音を立てて課題をしていた少女は振り返った。
「な、な何の話をしとる何の話を!!」
照れる妹をにんまりと見つめた。
「ラーちゃん、こう見えて結構ウブなんだよね~。そんな漢前な性格で彼氏が出来ないんじゃないかとお姉さんは心配だよ~~~」
何か言い返そうとしたが、この面ではどうしても姉に勝てなかった。
「くっ……!!」
クラティスは女子なのに学ランと華が無さそうだが、プライベートでの女子らしさはあるのでファンは多い。
学ランと普段着のギャップがたまらないという声もあるくらいだ。
また、姉御肌で人に頼られている。
そんな姉に女性としての魅力では敵わないなと妹は常々思っていた。
「ま、素材は悪くないから努力したまえよ」
悔しいが抵抗することが出来ない。
「それはそうとリコっちはどうなん?」
リコットはセミロングのピンク髪の先端を指でクルクル巻きながら答えた。
「あ~た~し~は~、キョーミがないわけじゃないけどどこか他人事っていうか~。異性と付き合うイメージがわかないっていうか~~~」
クラティスは腕を組みながらうんうんと頷いた。
「そういう人も居るね~。私もどっちかといえばリコっちに似てるかな~。友達はやれ恋愛だのやれ付き合うだの言ってるけど、自分自身のこととなるとね~。理想の男性像はあるけど、どうなるかは全く想像つかないなぁ~」
彼女は頬に指を当てて視線を泳がせた。
「あ、ちなみにラーちゃんはね―――」
とっさに自分のことに話題が移って妹は慌てた。好みのタイプを暴露されると思ったからだ。
「ちょっ、ねーちゃんやめてくれよ!!」
予想は的中していたらしい。クラティスは意地悪げに笑った。
普段話さないだけあってリコットも気になっているらしく、興味ありげにベッドから半身を起こした。
「っへぇ~。男らしいラーちゃんにも好みの異性のタイプがあるとはねぇ~。意外だなぁ~」
こちらもネチネチするような笑みを浮かべてこちらの顔色をうかがっている。
「この子、こう見えて頼りになる男性が好みなんよ~~~」
姉は両手を組んでキャピキャピしながらさらりと言ってのけた。
「あちゃ~」
ラヴィーゼは額に手を当てて左右に振った。
リコットは驚きの声を上げる。
「え~!? ま~じ~!? 全くそんな素振り見せないんだけど~~~。強がってるっていうか~~~? 性格がアニキすぎて自分を超える漢らしさに出会えないとか~~~????」
ピンク少女は言いたい放題言っている。
あまりの狼藉についに堪忍袋の緖が切れた。
「お~ま~え~ら~なぁ~~~!!!! そんなこと言ったらリコット、あんたはどういうタイプが好みなんだよ!?」
ブチ切れるかと身構えていた2人だったが、出てきた言葉は恋愛絡みだった。
なんだかんだで話にのってきていると確信したサボり組2人は顔を見合わせながらニタニタとした。
課題に集中していたラヴィーゼを引っ張り出せてきたからだ。
「あ~た~し~? そうだな~。あたしは優しい人が好みかな~。あとはシンパシーを感じて気が合うかどうかが重要かなぁ~~~」
双子の姉妹は疑問に思った。
こんな個性の塊のような全身ピンクで固めた不思議ちゃんと価値観の会う男性がいるのかと。
居たとしても相当物好きには間違いないだろう。
ただ、リコットは容姿が幼めで可愛く、本人の自覚はともかくとして結構モテていた。
クセのあるアニメ声もその評価に一役買っていた。
カッコいい系のラヴィーゼ、かっこかわいい系のアシェリィ、かわいい系のリコットといったところだ。
「でぇ~、あんたら今気になってる人いんの? ちなみにあたしは特には居ないかな。告られる事はあるけど」
クラティスがいきなり話題を振った。しかも若干の自慢が織り交ぜられている。
リコットは首を傾げてつぶやいた。
「特に居ないかなぁ~。こう、なんていうかパッションを感じる人がまだ身近にはいないっていうか~~~」
彼女を落とすにはかなりの”パッション”が必要そうである。
いつの間にか話題に乗せられていたラヴィーゼも自分の近況を語った。
「ん~。特には居ないかな。残念ながらねーちゃんの分析はあたってるかもしれないな。あたしを上回る男らしさの人を見つけられてないのかもしれない」
いつの間にか恋愛に関して真剣な表情をして考え込む妹を見て姉とリコットは面白がった。
今まで課題課題騒いでいた人物が自分の色恋沙汰について誰より大真面目に悩んでいるのである。
そのギャップが面白くないわけがなかった。
マンガを読み読み2人はしばらくその様子を観察していた。
机に向かうでもなく横に座り頭を抱えていてとてもではないが宿題どころではないといった様子だ。
(う~ん……う~ん……このままでは行き遅れる……? 乙女としてそれは流石に死活問題だよなぁ……)
クラティスは目を閉じてコクリコクリと首を縦に振った。
(うんうん。そうだ妹よ。青春の悩みというのは悩み抜いて解決するしか無いのだ……)
彼女は自分を棚に上げて妹を思いやった。
(ししししし……どうしてこう人が恋愛関係で悩むのを見るのはたのしいんだろうか)
一方のリコットは頭の中ではそうからかっていた。
部屋はしばらくの沈黙に包まれたが、部屋の主は我に返った。
「はっ!! なんで宿題もやらずにこんな話につきあっとんじゃあ!! お前ら出てけぇ!!」
とうとうラヴィーゼが机を叩いてブチ切れた。
半ば八つ当たり感もあったが、悪いのはクラティスとリコットである。
さすがにそろそろ撤退しないと鉄拳制裁の可能性もありうる。
課題を邪魔していた二人組はベロを出しながら怒るラヴィーゼの部屋から逃げ出したのだった。




