独り歩きするホウキ
学院のグラウンドでは連日、フライトクラブが猛練習を繰り広げていた。
「連中、今日もやってるぜ。よくやるよ。感心するね」
女子生徒の顔面にボールがクリーンヒットし、吹っ飛んで障壁に受け止められた。
フライトクラブという名だけ聞くと空を飛ぶ部だと思われるが、その実態は”なんでも屋”で空中でやる競技全般に取り組んでいる。
今日は大会が近い”エアリアル・ドッヂ”の特訓が続いていた。
この競技は手に収まる程度のボールを互いに投げあうものだ。
地上でやるドッヂ・ボールの空中版と例えられる。
通常のものよりも避ける方向が多く、逆に狙える場所も多い。
見栄えする回避や、それをテクニカルに叩き落とすなどが見どころだ。
そのため、学院でもメジャーなスポーツであると言える。
紅蓮色のエルダーの制服を着た部長が勢いをつけて黒いボールを投げた。
シュウゥッゥゥゥッッ!!
今度は体格のいい男子生徒が吹き飛んだ。アッパーパンチを喰らうように上空へ吹っ飛んでいく。
「もういっちょだ!! っしゃおらぁ!!」
普段は優しいがトレーニングには鬼と化す厳しい部長のしごきが続く。
「ああああ、あわわわあわわわ!!!!!!」
フォリオは強烈な一発をひらりと回避した。
避けたはいいが、部長兼監督に怒鳴りつけられてしまった。
特訓となるとまるで別人のようである。
「おーーーい!!!!! キャッチだよキャッチ!!!! 回避率は文句ないが、反撃に転じなきゃどーしょもないって!!!! フォリオ、お前さっきから避けてばっかじゃないか!! やる気あるのか!! おらぁ!!」
今度は絶妙に追尾した球が飛んできた。
「そそそそ、そそそんなこといいいいっったって!!!!!! ここここコルトルネーーーーッ!!」
愛用のホウキの名前を叫ぶとそれに答えるようにホウキは宙を一回転して避けにくい一発から逃げ切った。
「はっ……はっ……。あれを避けるとはあいつ、やるじゃねぇか……。あとは肝っ玉だけなんとかなりゃあいいんだが……」
少年が恐る恐る部長を見下ろしていたときだった。突如として学院のチャイムが鳴ったのだ。
キンコンカンコン……
緊急連絡です。ミナレートの高層ホテル”象牙の塔”高層階にて大規模火災が発生しています。
当学院にも救援要請が入っています。救助に当たれそうな生徒は直ちに”象牙の塔”へと向かってください。
学内がざわついた。
象牙の塔はミナレートで一番高いがウリのホテルである。
そこの高層が炎上しているとなればまさにフライトクラブ頼みの事案と言えた。
だが、毎日限界ギリギリまでトレーニングをしていた部員たちは満身創痍だった。
「いっつつつつ……!!!! こ、こんな特に限って……」
「ぐっごほっ……。あたしも内臓イッてるわ……」
「俺もこの骨折では厳しいっす……!!」
「部長ォ……もうちょっと加減してくださいよぉ……」
「俺だって似たようなもんだ。1000本ノックの激痛で上半身動かねぇよ」
まともに動けそうな者は居ないと思われた。
「あ、フォリオ……お前ならほとんど当たってないし、いけるんじゃないか?」
ある部員が彼を指さした。
皮肉にも彼は逃げ腰のため被弾率が低く、疲れこそはあったものの身体的ダメージは殆どなかった。
「でででででっでもぼく!!!!! そそそそそそ、そんな!!!」
眉をハの字にして少年は恐怖に震えた。
そんな彼を部長は言い聞かせるように震える少年に声をかけた。
「いいか、今日はフォミュの祝祭日。対応が悪いと評判のミナレートの交通課は休日で人が足りてないはずだ。だから象牙の塔の周辺の交通用バリアが解除されるまでにそれなりに時間がかかる。誰かが強行突破して建物のバリアに風穴を開ける必要がある。それが出来るのはフォリオ、お前くらいだ。いいか、お前は自分が思っている以上に出来る奴だ。わかったら救助用のゴンドラを下げてホテルを目指せ!! いいな!!」
フォリオはなんとも言えない様子で口をポカーンと開けていたが、我に返ると真顔に戻ってグラウンドを飛び立っていった。
その様子を大の字に寝そべった部員たちは見届けた。
「部長……フォリオの事、ベタ褒めじゃないですか~。そこんとこ、どうなんすか?」
指導者はため息をつきながら腕を組んだ。
「半分は本音、半分は豚もおだてりゃ木に登るってとこだな。勇気、根性などなど足りねぇところだらけだがホウキと心を通じ合わせた美しい翔び方をする。伸びしろは間違いなくあると思うぜ」
グラウンドを這ってきた女子先輩もその話題に加わった。
「ふふ……ふふふ。でも本当にあの子にやれるんですかね? ちょっとそういうの、想像つかないっていうか……」
部員数人はドッっと笑いを浮かべた。
決してバカにしているわけではないのだが、それくらい彼と勇気を結びつけるのには無理があるのだった。
「ま、あいつがダメでもすぐに他の学院生がなんとかしてくれんだろ。それより俺らが問題だ。試合に支障がないうちに休みに入るぞ」
ズタボロのフライトクラブの部員たちは揃って挨拶をするとそれぞれの乗り物に張り付いて帰宅していった。
この緊急時に彼らはマイペースに見えたが、フライトクラブ不在でもなんとかなるという学院生への信頼がこの態度へと繋がっていた。
同時に自分たちのやるべきことはエアリアル・ドッジの対外試合に勝つことであるという使命感のためでもあった。
解散する頃にはほとんどがフォリオの事を忘れていた。
決して蔑ろにしたわけではないのだが、彼を思いやるにはあまりにも疲れすぎていたのだ。
一方のホウキ乗りの少年は猛スピードでミナレートの空を駆けていた。
魔法都市の上空には無数の飛行物が飛んでいる。
そのため、ちゃんとした交通規則が存在するのだが、フォリオはそれを無視しつつ器用に他の飛行者を避けた。
「こらこら、き―――」
交通整備員のおじさんの声が一瞬にして通り過ぎる。
目標の建物は探すまでもなく目立っていた。
「ぞぞぞぞっ、ぞうげの塔ってああああ、あれかぁ!!!! ほほほほほ、ほのおがあがってる!!」
真っ白な塔をイメージした高級ホテルから悪魔の手のような炎と煙が上がっている。
塔の周囲は飛行物との衝突事故を防ぐために交通用のバリアが張られている。
だが、今はそれが仇になっていた。
既に救助者たちが集まってきていたが、障壁を突破できずにいた。
「うううう、うちやぶらなきゃなのは……こここここ、このばばばばりあ……」
目視できる薄く黄色い透明なバリアに触れるとグミのような感触がした。
「ここここ、これなら痛くないかもししししれない!!」
フォリオはソロリソロリと後退すると瞳を閉じて集中した。
フライトクラブ部長の言葉が彼に勇気を与えた。
(おおおおお前は、じじじじ自分が思っている……いいいい以上に出来るややや奴だ……)
言い聞かせるように心の中で何度もその言葉を反芻した。
そして今まで逃げ続けてきた少年とは思えない勇ましい表情に変わった。
「ううううあああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!」
ゴンドラをぶらさげたままホウキ乗りはバリアに突っ込んだ。
流石にミナレートの障壁だけあって、すぐに突破することは出来なかった。
(く……いいい息が……。くくく……苦しい!! ……ぜぜぜ全身が熱い!!)
しばらくせめぎ合いが続いたが、フォリオは弾き返されてしまった。
(まままままだだだ……ままままだかかか加速があまい。とととととまどいがああああるんだ……。ここここのまままじゃ、ひひひひとがしんじゃうかもしししれないんだぞ!!!!!! しんじゃうかもしれないんだぞぉ!!!!)
彼は瞳を閉じて両手で思いっきり自分の頬を叩いた。
思わず出ていた涙の雫が宙に散ってきらりと輝く。
そして姿勢を整えて助走をつけるともう一度、決死の思いで真っ向勝負を挑んだ。
「つつつつ貫けぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーー!!!!!」
少年の体は弾力性のある壁にめり込むようにして前進していく。
ピシッ……パリパリ……
ある一点を超えるとそう音を立ててバリアにヒビが入った。
すかさず他の救助者達もそこへなだれ込む。
すると象牙の塔の周辺の交通用結界に大きな穴が開いた。
こうなればあとはこちらのもので、ホテルの上部に居た人達はバケツリレーのように助けだされた。
フォリオももちろんゴンドラに人を載せて救助を手伝った。
こうしてこの火災事件は人的被害はなく大事に至らずに幕を閉じた。
翌日の新聞のライネンテ・タイムズの見出しは『ホウキ乗りの少年お手柄』と掲載されていた。
記事にはフォリオの活躍が記されており、火災事件の最大のヒーローだとまで書かれていた。
ただ、身元までは特定されておらず、ホウキの少年が独り歩きしている状態だった。
フライトクラブの面々はこれにとても驚いて、フォリオを見直すと同時に褒め称えた。
ただ、彼の性格をよく知っていた部員たちはそっとしておいてやるのがいいと判断し、これは部内だけの秘密事項となった。
本人も妙に目立って浮足立たなくてすみそうでホッとしているようだった。
後頭部をかきながら恥ずかしげにメンバーたちにつっつかれていた。
「へへ……えへへ……えへへへ…………」
その日の”エアリアル・ドッヂ”の試合はリジャントブイルチームが大差をつけて圧勝した。
競技中、ちょっとだけフォリオにも”挑む姿勢”が見られたようで部長は満足げだった。




