絵の具をこぼした洞窟
ナッガンクラスのキーモ・ウォタはドラゴン・バッケージ便に揺られてライネンテから南下していた。
「む……距離が離れすぎてチェルッキィーの位置反応が消えていくでござるな。ま、こんなところですかな」
彼はチェルッキィというお菓子によって相手の位置を記憶するという魔術の持ち主である。
ただし、発動するには棒状の菓子の両端をくわえて、キスする限界まで接近するというキワドイものだ。
男子はともかくとして、女子のウケは非常に悪い。
彼がイケメンだったのならまた話は別だったのだろうが……。
だが、この魔術は非常に優秀で幾度となくクラスの役に立っている。
それは誰もが認めざるを得ない事実だった。
「にしてもトーベは入学以来でござるな~。いやはやこの剣山のように尖った山脈を見ていると落ち着いてくるでござるよ」
百虎丸と口調がかぶっているが、彼の場合はオタクのそれである。
キーモはライネンテの出身だが、まるで第二の故郷のようにトーベを愛している。
きっかけは6歳の時だった。彼の父が仕事帰りにトーベで話題のお菓子、チェルッキィーを買ってきたのだ。
それ自体は国内でも出回っているのだが、本場のものは非常に美味らしくお土産の定番だ。
黒いチェルッキィーをかじった少年は衝撃を受けた。
「これは……炭味!? ならばこれは!?」
あっという間にキーモはチェルッキィの虜になってしまった。
それ以来、父と一緒によくトーベ国へ旅行へ行くようになった。
酒場でアルバイトするようになるといつしか一人で好きな時にでかけていくようになった。
その頃にはトーベリア語もペラペラで問題なく暮らしていけるレベルだった。
彼はあまり気乗りのしないタイプのバイトで結果的に鍛えられ、こう見えてもかなりコミュニケーション力は高くなっていた。
レッツ・チェルッキィ時に熱くなる以外は……だが。
ガリガリヒョロヒョロ、チェックのシャツ、ビビッドカラーのバンダナ、瓶底眼鏡、穴あきグローブ、リュックサックなど一見するととっつきにくい人間に見える。
それでも何不自由なく彼がナッガンクラスでやっていけるのはそれなりの努力があってのことだった。
そうこうしているうちにキーモは鉱山をくり抜いて作られた空港へと降り立った。
「あ~~~、いいでござるな。この砂っぽい感じ。いつ来てもこの空気はたまらんでござるよ」
オタク少年は大きく深呼吸して第二の祖国の空気を味わった。
「あ、そうでござった!!」
メガネをくいっと上げながら腰のポーチから手紙を出した。
(キーモへ。トーベに来ると聞いている。粗末なところだが、俺の孤児院に是非、顔を出してくれ。大したものはないが……ウェルカム byレールレール)
彼とは以前からこの国の話で盛りがっており、この間の孤児院の話の後に来てみないかと誘われていたのだ。
「え~とぉ? クァリテって読むのでござるかな? ふむ。空港のあるここ、小都市”ガリテー”にあるでござるな」
地図はアバウトだったが、キーモも相当ガリテーの地理を把握していたのですぐに近くまで来ることが出来た。
「この路地を左に曲がって……。おお、これは…………」
孤児院と聞くとボロボロの小さな建物に飢えた子供達を想像するところだったが、そこは小さいながら立派な学校だった。
「ほぉ~……。素晴らしい孤児……いや、学校でござるな!!」
「へへ~ん!! そうでしょ!?」
突如後ろから声をかけられてメガネ少年は飛び上がった。
「ひゃ、ひゃあ!! どどど、どなたでござるか!?」
振り向くと髪の長い生意気気な少女が腰に手を当てていた。
その隣には厚い胸板が見えた。これは!!
見上げるとレールレールが買い出しから帰ってきた最中だった。
「おお!! キーモ!! よく来た。今、客間に案内する。ついてくるといい」
そう言うと大男は買い物袋を子どもたちに預けて、教員室の方へと向かった。
「へ!? レール、あんたの知り合いなの!? あなたの妻になる私に紹介なさいよ!!」
キーモは少女の突然の言葉に唖然として口をポッカリあけた。
グレーの髪の青年は呆れたように首を左右に振った。
「ヘレナン、バカを言うな。いいか、フィアンセごっこをやめないと絶交だぞ」
それを聞くと長い銀髪の少女はむくれて黙り込んだ。
「悪いな。こいつはここの出なんだが、どうものぼせていてな。俺をからかうのが楽しいらしい」
レールレールはポンポンとヘレナンの頭を置物のように叩いた。
「ごっこじゃねぇし!! わたしはなぁ!!」
「はいはい。ヘレナンちゃんはこっちで遊びましょうねぇ~~」
今度は優しげな声でおちついた物腰の女性がやってきた。
「やれやれマテル。助かったぞ。こいつを引っ張っていってくれ……」
マテルと呼ばれた女性はヘレナンの腕をがっしり組んでその場を去っていった。
「両手に華ってやつでござるな……」
「くだらん。さ、客間に案内しよう」
ゴタゴタの末に2人は客間の向かい合ったソファーにどっかりと座り込んだ。
まずはトーベ国の良さについて互いにじっくり話し込んだ。
その上で、やはり問題点や現状の厳しさについての話題も出てきた。
ついのめり込んで話し込んでいたが、今日やってきてくれたのは識者ではない。親友だ。
「ところでキーモ。今回の目的はやはりチェルッキィか?」
孤児院の主は興味深げに半身を乗り出した。
「ハハ……さすがレールレール殿。バレていたでござるか。今回の長期休暇で浴びるほどチェルッキィーの染料やそのものを食べて、研究するつもりでやってきたでござるよ。トーベでしかチェルッキィの素材は採れないでござるからな」
キーモは嬉しそうにメガネをクイクイっと持ち上げた。
「お前なら大丈夫だと思うが、この国の鉱山内では何があってもおかしくない。くれぐれも油断すること無く、準備してから満喫してくれ……」
かつて鉱山の危険箇所で働いていた青年の忠告は重く響いた。
「わかっているでござる。死を覚悟するくらいなら山には入るな。そう口を酸っぱくして言われてきたでござるからな。拙者とてこんなところでは死ねないでござるよ」
オタク少年は苦笑いを返した。
レールレールが黙って拳を突き出したので、彼は微笑みつつ握りこぶしを押し当ててそれに答えた。
レールレールに見送られながら、チェルッキィに心躍る少年は地図を開いた。
「あ~、ギンザン坑道もすてがたいでござるが、やはり王道の色味の洞窟も
捨てがたい……。しかし、色見はあらかた開拓された後でござるからな。ここは穴場のジーザイの洞窟を攻めて見るでござるか!!」
キーモは市場で一通りの坑道内向けのサバイバルグッズを揃えるとジーザイの洞窟へ向かった。
トーベでは鉱山や洞窟に入る際に入り口の事務所で探索届けを出すのは常識だ。
万が一、遭難した場合に身元の特定と救助が早くなるからだ。
メガネオタクは受付の若いお嬢さんの前に立った。
「デデデ……デンジャラス☆チェルッキィ?」
「はい。承っておりますよ。準備は出来ております。どうぞチェルッキィなさってください」
トーベにはチェルッキィー使いがそれなりに居て、こういった場所での理解が進んでいる。
もし、遭難した場合でもこのお姉さんの位置情報を元に自力で帰ってこられるというわけだ。
「それでは失敬して……」
キーモは腰のカラフルな箱から手際よく真っ赤な棒状のお菓子を取り出して自分の口にくわえた。
「ムチュ~~~~~~~~」
受付のお姉さんとのLet’sチェルッキィが始まった。
瞳を閉じたまま互いに接近すれば探知性能は跳ね上がるが、キスしてしまう可能性も高い。
キーモは美人の女性を前に目を血走らせて菓子を口の中で溶かして猛接近していった。
互いの鼻息がかかる距離まで接近する。
受付嬢はすっかり慣れているようで安らかに眠るような表情で片方を加えている。
(3……2……1!!)
唇と唇が密接する寸前でチェルッキィは溶けて魔術は成功した。
「ハァ……ハァ……ありがとうございましたでござる!!」
ドキドキが止まらない少年は深く頭を垂れた。
「いえいえ。こちらこそお役に立てて何よりです。あとは無事の帰還をお待ちしております」
お姉さんも気持ちのいい笑顔で返してくれた。
キーモは「ホッ」っと短いため息をつくとリュックサックを背負って事務所を出た。
ジーザイの洞窟はチェルッキィの染料を楽しみ来ている観光客や、それを売ろうとする業者たちが採取を続けていた。
「あいかわらず、ここは人が多いでござるなぁ。ここでも十分楽しむことはできるのでござるが、やはり通としては物足りないところ……」
チェルッキィマニアは誰も居ない洞窟の隅の泉にたどり着いていた。
「ムフフフ……」
彼は笑いながらリュックサックに持ち物を詰め込んで防水シートでくるんだ。
そして、それを胸側で抑え込むようにしてかかえると小さな泉へと飛び込んだ。
着衣のままだったが、器用に水中を進んでいく。
(ムッッフッフッフッフ!!!! 実はこの水場はヒミツの場所へと通じているのでござるよ!! まさかこんなところにスポットがあるとは誰も気づかないでござろう!!)
眼下を見ると色とりどりの美しい鉱石や洞窟魚がキラめいて見える。
まるで絵の具をばらまいたような洞窟だ。
(はぁ~。いつみてもこの光景は惚れ惚れするでござるな~~~)
しばらくすると水面から光がさしている場所に到達した。
(さて、ついたでござるな。チェルッキィ・パーティーの開幕でござる!!)
勢いをつけて穴場に飛び出したキーモは思わずたじろいだ。
なんと、予想外の先客がいたのだ。
「ど、どうしてこんなマニアックな場所の事を……!!」
「ん? 少年、そりゃこっちのセリフだよ。よくこんなとこ見つけたね。自力で見つけたんだとしたら大したもんだ。素質あるよ」
向こうの持つカンテラで相手の顔がハッキリと見えた。
「あ、あ、あ、あなたは、ももももしや!!!!!」
思わずキーモは眼鏡を連続で何度もクイクイクイクイッと上げた。




