筋トレってど~やるの?
ライネンテ国内のとある森でザティスは瞑想していた。
彼女のアイネと猿のようにヤッている割にはけじめはつけており、自分の鍛錬に努力をおこたらないストイックな男だ。
もう硬い岩の上に座りっpなしで一ヶ月ちょっと経ったところだ。
ノークタリアでは筋力を鍛えるのに筋トレや運動は全くいらない。
人体は全てマナ、つまり魔力に依存しているからだ。
筋トレを必死にやるのはマナが少ない人、もしくは全くマナの無いエンプの人々だけだ。
ザティスは都会育ちだったので、森が瞑想に適している。
人によって瞑想の方法はまちまちで、例えばファイセルなんかはリーリンカとデートしているだけで魔力が増えていく。
おまけにリーリンカも飛躍的にパワーアップしているのだ。
ただ、ザティスの場合はそばにアイネがいるとムラムラしてしまうのでこんな辺鄙な森へとやってきてしまったわけだ。
「………………………………」
目をつむってメディテーションしているとわずかに岩が振動したのを感じた。
ザティスは眼をつむったままであぐらの姿勢から一気に飛び上がった。
それはグスモとは比べ物にならないジャンプ力で、彼の3倍は高く跳んだ。
岩をぶち破って現れたのはキリング・アースワームだった。
座ティスは手足を伸ばして空中でストレッチを始めた。
そして眼下の化物を観察した。
「ふ~ん。なんだ。ザコじゃねぇか。10秒だな」
彼ははるか上空から化物ミミズの全身を見た。
「でけぇな。30mってとこか」
滞空して回避されたのがわかるとキリング・アースワームは素早く着地して更に高く飛んだ。
そして縄でグルグル巻きにするようにザティスをしめつけて地上へ落下した。
彼は身動きがまったくとれなくなった。
それもそのはず、縄どころではなく金属製のロープ並の圧迫感があった。
巻き付かれた一瞬でミンチになってしまう。
「ぐっ、ぐっ、ぐっ……くっ、苦しい!! 死ぬ!! 死んじまうよぉ!!」
ザティスはぐったりとしてしまった。瞳もつむって死にかけた。
次の瞬間だった。
「へへん。バーカ。こんなクソザコに俺が負けると思ってんのかよ。教会でのアンナベリーとの修行の日々の成果、見せてやるぜ!!」
彼は心を落ち着け、まぶたをとじた。
「いくぜ!! ウルフィッシュ・ブルー。スペル・オープン!!」
すると青年の体が真っ青な炎のようなオーラにつつまれた。
「ウィンク・モーメント・タイムアクセラレート」……つまり超加速呪文には欠点があった。使うと一週間程度、体中に激痛が走って動けなくなる。それだと戦場では足手まといに成るだけだ。そこで、俺の色づいた能力がこれってわけだ。身体能力が大幅に上がって、しかも燃費もいい。今ならバレン先生にも勝てそうだぜ?」
ザティスは巻き付かれたまま直立していたが、ウルフィッシュ・ブルー発動と同時にキリング・アースワームはバラバラに吹き飛んだ。
「なんだぁこの液体は? 体がヌルヌルするぜ。溶解液だなこりゃ。ま、俺くらいになるとなんでもねぇが」
狂犬から狼に進歩した彼はしゃがみこんでくまなくあたりを探し回った。
「コイツたしか最強クラスだったよな? 適当にレアな肉片とか溶解液とか持ち帰ってアシェリィにプレゼントしてやるか。ま、アイツは『トレジャーは自分で集めなきゃ意味ないんです!!』って言うだろうけどな」
ザティスは森の中をくまなく探して持ってきたズダ袋に適当に詰めていった。
その時、明らかに異質なものが落ちていた。
「ん? 人形か?」
よく眼をこらして見るとそれは本物の人間だった。
「飲まれたんだな。死んじまったか。しょうがねぇ、どこの誰だかしらねっが、埋めて墓でも立ててやるか」
そうして狼が小さな小さな少年を両手で持った。
……トクン……トクン……
「!! こいつぁ!!」
ザティスは無言のままさきほど破壊された岩に戻った。
「水場が近くにあると便利でな。滝があるんだ」
実際、かなり距離があったのだが、ザティスは30秒で到着した。
「おらよっと!!」
彼は豪快に少年を滝壺に投げ込んだ。
滝の流れで少年は深くへ沈んでいってしまった。
ザティスは腕組みをしてその様子を伺っていた。
(溶解液さえ流せば死ぬこたねぇだろ……)
しばらくすると自然と少年が浮き上がってきた。
「あばばばっうぶぶぶごぼぼぼ!!!!!!!!! 溺れる!! 溺れるでやんすよ!!」
「ほれみろ!!」
ザティスは笑いながら器用に泳いで彼を救出した。
そして滝壺のそばで火を炊いて魚の串焼きを作りながら雑談した。
まだ火が弱く、少年はタオルを全身に巻いてガタガタ震えていた。
「おいチビ、お前、名前は?」
「あ、あ、あ、あっしは……ぐゅぐう……グスモでやんす」
ザティスばあぐらをかいて前のめりで話を聞いた。
「あ~、ここ、ソエル大樹海だったな。どうよ? いっぺん死んでみて」
実は彼がたまたま修行に来ていた森とはソエル大樹海だったのだ。
グスモは無言だった。顔はもう青ざめて戦う事は無理だと思っていた。
「リ……リジャント……ブイルの生徒なんすが、た、たいがくしようとおもう。も、もうあっしには戦うことなんて……」
ザティスはなぜか微笑んでいる。
「おっ、後輩じゃ~ん。おい、グスモ。何か不思議な感じがしねぇか?」
よく見ると彼は深緑色の制服を着ていた。
グスモはいつの間にか体がポカポカしはじめていた。
「おい、その状態で服着たまま滝壺泳いでみろ」
死にかけた人間になんて無茶ぶりするヤツなんだ!!
そうグスモは思った。しかし、命の恩人のアドバイスに逆らえなかった。
彼はゆっくり、ゆっくりと滝壺に入っていく。
するとどうだろう。いくら深くへ潜っても陸と体温が変化しないのである。
それどころか体は温かく、呼吸も出来る。
ためしに泳いでる魚を手でキャッチしたらあっさり捕まえることができた。
水から出ようと急上昇したらなんとザティスと同じくらいの高さまで舞い上がった。
「うあああああああああああああ!!!!!!!!!!! こんなの着地出来るわけないっす!!!!!」
少年は目を閉じてしまった。
そして猛スピードで地面に叩きつけられてしまった。
まるでスーパーボールのように転がりながら彼は着地した。
(あぁ……死んでしまった。今度こそ)
彼が恐る恐る目を開けて体をペタペタさわってみるとどこも痛くないし、怪我もしていない。
服まで破れていなかった。
「こっ……これは?」
すぐにやってきた狼は満足げな表情をして言った。
「死にかけると魔力のマナの限界値が一気にあがったり、場合によっては特殊魔術が発現することがある。残念ながらお前さんは特殊魔術じゃなかったみたいだな。だが、それで身体能力全般が上がって、打たれ強くなった。まぁどこまで痛ぇかってよく研究しとくんだな。あ、なんなら体術の稽古つけてやってもいいぜ? 安心しろよ。手加減する魔術もあるからよ」
グスモはしばらくぼーっとしていたが、すぐに真剣な目になり、うなづいた。
「あっしはいつ死んでもいいと悟った気になっていたんすが……。だけど一度死んだこの生命無駄にするのは恩人に申し訳ないでやんす」
「おう、良い返事だ!! 俺はザティス。ザティスアルバール!! よろしく頼むぜチビ助!!」
ザティスはしゃがみこんで小さな手を優しく握手した。
何杯もある手だったが、彼はまるでひな鳥をつつむかのように手を握ってくれた。
こうして、2人の猛烈な特訓がソエル樹海で繰り広げられることになった。




