見える"死"
ナッガンクラスの罠師の少年、グスモ・レークはアシェリィの実家のアルマ村を走っていた。
猛スピードで駆け抜けるので村人たちは驚いていた。
そのままラーグ領南の大森林「ソエル大樹海」を突っ切る。
この大樹海はライネンテの三分の一をしめる巨大な樹海で、アルマ村がライネンテ最南端の集落となる。
南には鉱山の産出国「トーベ国」があるが、高いトーベニア山脈が結界のごとく行く手を阻んでいる。
おまけにソエル大樹海の深部は凶暴なモンスターがウロウロしていて、死者は数知れない。
大昔は魔術の研究が発展していなかったので、集落の全滅は日常茶飯事だった。
アルマ村はその最後の生き残りなのである。
現代ではドラゴン・バッケージ便の開発で安全にトーベに行けるようになった。
樹海の危険性も国と契約した腕利きのハンターや野良ハンターがそこを職場としているので凶暴なモンスターは討伐されている。
ただ、深部に行くほど放置状態にされており、そこは死が日常の世界である。
それだけハンターが居るのにアルマ村が繁盛しないのは狩人のサバイバル能力の高さにある。
村を拠点にして活動しているようでは100%死ぬというのが彼らの常識だからだ。
それに、アルマ村は樹海の西部の端に近く、アクセスが非常に悪い。
これでは補給や緊急時に逃げ込むのは無理なのである。
ならば、チームを組んで乗り切ろうするとソエルのモンスターは血の匂いに非常に敏感だ。
魔法薬で無臭にしたつもりでも、ほんの僅かな匂いで連中を誤魔化すことは決して出来ない。
匂いを0にする魔術の使い手でないと次々と血に飢えた魔物が群がる場所なのだ。
よってソロハントが基本であり、出来ないものは入るべきでないという認識の場所である。
グスモは半日走り続けて樹の木陰で休んでいた。
彼は故郷である隠れ里「ノーノン里」を目指して走っていた。
彼は小柄だったので、そこそこのスタミナで速く走れるのが特技だった。
ただ、非常に打たれ弱く上位のモンスターの攻撃を喰らえば一撃で致命傷になりかねない。
そんな場所をウロウロしているのに命を落とさないのは少年の頭脳と冷静さにあった。
「砂漠の遠足のクジラに比べりゃここの連中なんて朝飯前よ。あいつは硬すぎて罠があまり効かなかった……。あんなのはじめてでやんすよ……」
ズン……ズン……
地面が揺れて樹木を倒しながら巨大なカメが歩いてくるのが見えた。背中にはキノコが生えている。
「マッシュトータス……。人間の匂いを嗅ぎつけて来たみたいでやんすね。毒を撒き散らしながらやってくるものの難易度・易」
グスモはすっぽり覆うマスクをつけると、腰のポーチから球体を取り出して地面に置いた。
そしてゆっくりカメをおびき寄せた。カメは大きな口を開けて少年に食いつこうとしている。
彼は素早く一直線上に走った。
するとマッシュトータスが地に置いた珠の上に乗った。
すると突然、地面に巨大な穴があいた。
物凄いスピードでカメは落下していく。
「そのまま土に帰るといいでやんす」
落とし穴の底には真っ白で強烈な溶解液が溜まっていた。
みるみる巨大カメはその姿を消していった。
グスモは両掌を合わせた。
「……ごちそうさまでした」
彼は殺生をすると決まってこう言う。
それが自分が殺めてきた生物に対する感謝だと思っているからだ。
その直後だった。忍び寄る気配を抜群のセンスで感じ取ってグスモは高速で跳躍した。
彼の全力でのジャンプは樹海の空高く舞い上がった。
下からは長いヘビのようなモンスターが襲撃を仕掛けてきていた。
「こいつは!!!! キリング・アースワーム!! なんでこんなところに超危険モンスターが!! 油断してたわけじゃないのに、これじゃ飲まれる!!」
牙の無い暗黒の口が迫る。
「ぐぅっ!!」
結局、グスモは半身を飲み込まれてしまった。
じたばたともがくが、化物の口は獲物が抜け出せないような作りになっている。
「くっ!! うあ!! あああああ…………」
ついにキリング・アースワームは少年を丸呑みにした。
苦しいかと思えた体内だが実はとても快適で母の胎内とはこんな感じなのだろうなと思えるほどの空間だった。
(あ……あっし、このまま死んでしまうんでやんすね……。あっけないもんだなぁ。おっとさん、おっかさん。先立つ不幸をお許しくだせぇ。苦しまずに死ねただけあっしは幸せでさぁ……)
こうして溶解液に溶かされながらグスモは死んだ。




