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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter5:Crazy Summer Nights
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筋金入りのチキン野郎の漢気

裏亀竜の月の5日目、カルナとヴェーゼスは女子寮のレーネを訪ねていた。


彼女に会いたいならこれが一番手っ取り早いのだが、残念ながら男子は女子寮には入れない。


その逆もまた然りである。


「よっ!! レーネ、夏休み満喫まんきつしてるアルか?」


カルネは元気に片手を上げて今回の作戦のターゲットに挨拶あいさつした。


「ハ~イ。久しぶり……ってほどでもないけどね」


一方のヴェーゼスはひらひらと軽く手を振った。


「やあ。よく来てくれたね。今日はヴェーゼスも一緒なんだね。夏休みはとにかくソーサリィ・ボーリング部が忙しくってさ。毎日の練習の後、疲れて眠りこけちゃうんだよね。たまたま今日は休みなんだ」


短めな小倉色おぐらいろの髪の少女は満面の笑みで二人を迎えてくれた。


いかにもアスリートらしい健康的な体つきに日焼けした肌がまぶしい。


(そりゃそうアル……。部活が休みの日を調べて来ているアルからな……)


恋愛警察は密かにしたり顔をした。


(う~ん……この純朴じゅんぼくな娘をだますっていうのは良心の呵責かしゃくあるわ)


ヴェーゼスは反射的に彼女から目線をそらした。


「で、今日は何の用? ウチでよければお茶とお菓子くらいならあるけど。カルネの好きな爆裂海藻ヨウカンあるよ」


「わーい!! さっそくいただ……じゃないアル!! ゴ、ゴホン……」


この話からするにしょっちゅうカルネはレーネの部屋に入り浸っているらしい。


ヴェーゼスの部屋にもよく上がり込んでくるので、おそらくクラスメイトの女子の部屋は彼女の庭と言ってもいいのだろう。


それならカルネの異常なまでの情報収集能力の説明もつく。


世間話や噂話を集めてはそれをリンクさせて、正確な情報網を構築こうちくしているのだ。


もっともそれが善良な行動に活用されているかと言われると怪しいところがあるが。


「ん? 私の部屋に遊びに来たわけじゃないの?」


レーネは軽く首を傾けて不思議そうな顔をした。


不審に思われる前にカルネは本題に移った。


「今日はちょっと趣向を変えて、レーネを誘って3人でカフェに行こうと思っていたアルよ。きっと厳しい日々の練習の気分転換になると思うアル」


その提案に部活少女は笑顔で返した。


「うん。いいよ。で、どこのカフェに行くの?」


カルネとヴェーゼスに緊張が走った。もしかしたら彼女の苦手な暗いカフェに行くとわかったら断られる可能性も0ではないからだ。


「ノ……ノクターナル☆ウィンクに行こうと思うの」


恋愛警察ばっかり話していると不自然なのでそのおりが提案を挟む。


本人は気づいていないのかもしれないが、確かにレーネの表情がひきつったのを二人は見逃さなかった。


しばらく沈黙が3人を包んだ。何とも言えない微妙な空気である。


「ノ、ノクターナル☆ウィンクってあの夜をイメージしたカフェだよね? も、もっと明るいとこでも良くないかな~なんて……」


疑惑は確信へと変わった。彼女が明らかに軌道修正をかけてきたのである。


しかし、レーネは強がりなところがあるという情報が確かならここで揺さぶりをかけるのが有効な一手だった。


「あっれ~? レーネ、暗いところニガテだったアルか~? 人は見かけによらないもんアルね~」


彼女は相手の顔をのぞき込むような仕草しぐさをとった。


(うわ~。ウッザ!!)


ヴェーゼスは恋愛悪魔の容赦ようしゃなしのえげつないあおりに唖然あぜんとした。


そんな嫌味じみた発言にも関わらず、暗がり恐怖症の少女は笑顔に戻った。


「そ、そんな事無いよ。い、いやだな。暗いところが怖いなんてそんな子供みたいな……。わ、わかったよ。今日はそこへ行こうよ。私、準備してくるから二人とも待っててね」


そう言いながら彼女はそそくさと外出の支度したくをはじめた。


(ああ~、ごめんね、レーネ。悪意じゃないとは言え、やっぱこの娘をだまくらかすのは心が痛むわ~。後で埋め合わせるするから許して……)


あまりの申し訳無さにヴェーゼスは部屋のドアから目をそらし、反対側に見える広大なオーシャンビューに逃避した。


「ふん♪ ふん♪ ふ~ん♪」


背後からごきげんなカルネの鼻歌が聴こえる。こいつに良心というものは無いのだろうか。


彼女なりの良心はあるのかもしれないが、それは極めて独善的どくぜんてきであると言える。


故に動く度、特に恋愛絡みでトラブルを誘発するナッガンクラスの火薬庫の一人だ。


ただ、基本的に空回りなので今まではやし立てた恋愛関係が成就じょうじゅした試しはない。


しかもそれでいて悪意は全く無いので厄介極まりない。


そんな中、いよいよ”恋愛警察”に手応えのある”事件”が舞い降りたのだ。


当事者たちを置いてけぼりにしつつ、彼女のテンションが上がるのも無理はない。


ヴェーゼスはいっそレーネを連れて逃げ出そうかと考え始めていたが、ガンの真剣な顔つきが脳裏をよぎった。


(や、やるっすよ!! 俺、やるっす!! このまま……このままなんにも無いままレーネさんと別れるなんて、後悔してもしきれねぇっす!!)


「ハァ……なんでこんな事に首突っ込んじゃったかなぁ……」


最初はカルネのおりで、暴走を止める気で同行したのだが気づけば自分も作戦の片棒を担いでしまっていた。


廊下の手すりに寄りかかって彼女がうなだれていると、音を立てて背後のドアが開いた。


パステルピンクの半袖ポロシャツに同じくパステルブルーのミニスカートを履いたレーネが部屋から出てきたのだ。


足元は紺ソックスに動きやすい白のスニーカーだ。まるで部活着そのままのようだった。


「おまたせ……」


心なしか先程の活気が抜けて顔色がすぐれない。そんな彼女にカルネはツッコミを入れた。


「レーネは相変わらず普段着が地味アルな~。こう、もっとオシャレな柄の服とかミュールとか履かないアルか?」


デートを意識しての指摘なのだろうが、そもそもレーネはこれから何が起こるか知らない。


なまりのように重い体を起こして、ヴェーゼスは彼女のほうを向き直った。


「あ~、女子だけなんだし、そんなのいいじゃない。じゃ、早速ノクターナル☆ウィンクへ行きましょう」


ガンの為には仕方ない。そうヴェーゼスは割り切って先導するように歩き出した。


カルネの後ろから明らかに重い足取りでレーネがとぼとぼと着いてくる。


3人はそのまま寮を出てウォルナッツ橋を渡りルーネス通りをしばらく歩いてから路地へと少し入った。


すると漆黒の壁に星と月が描かれたオシャレな建物に到着した。


ここが夜空や星空をテーマにした例のムーディーなカフェだ。


カフェの前でパタリとレーネの足取りが止まった。


他の二人が振り向いて様子をうかがうと彼女は首をブルブルと左右に振った。


「う、ううん。なんでもない。さ、入ろっか……」


ドアを開けて店内に入るとランプのほのかな灯りしか光源がなかった。


入り口が閉まると更に辺りは暗くなった。


「ひゃぁ!!」


可愛らしい悲鳴を上げたのはレーネで無く、カルネだった。


「はぁ……レ、レーネ。いきなり腕にしがみつくのはやめるアル。何事かと思ったアルよ……」


そう声をかけられて彼女は飛び退くようにカルネの腕から手を離した。


「あ、あはは……。ごめん。ちょっとつまづいちゃって……」


彼女の苦手意識を知らなければ何でも無いやりとりだったが、知っている二人にとっては白々しい言い訳にしか聞こえなかった。


ピッタリとカルネの後にひっついたまま3人は席に向かって座った。


メニューを見ているとウェイターがやってきた。


「……ネ!! レーネ!! 何頼むアルか?」


暗がりに意識が行っているのか、彼女は上の空だった。


「ああ、ああ。じゃあね、ドライアドの蜜をスパークリングで」


暗闇ニガテの少女の隣に座ったヴェーゼスは気づいた。


普段はそんなこと無いのだが、レーネが珍しく貧乏ゆすりをしている。


口にこそ出さないものの、少なからず恐怖を感じているようだった。


そのあとしばらくはとりとめのない女子トークが続いた。


若干の違和感がありながらもレーネは普通に会話に参加できていた。


だが無常にもオペレーションの火蓋ひぶたは切って落とされた。


「あっ、カルネじゃね? アンタこういうオシャレな店にもくるんだ~。意外~。あんたにゃ大食いがお似合いじゃね?」


ギャルっぽい少女がカルネに声をかけてきた。


「ムッキー!! リン、失礼アルな!! 私だって人並みにはオシャレアルぞ!!」


話し相手はヒラヒラと手を振った。


「あー。へいへい。それより面白れぇ恋バナあんのよ。ちょっとツラ貸さねぇ?」


恋愛警察は大げさに首を振った。


「うんうん。行くアルよ!! と、いうわけで私はちょっと席を外すアル。程々で戻ってくるから気にせずくつろいでいるヨロシ!!」


彼女は親指を立てると友人に案内されて別の席に移動してしまった。


その場にはレーネとヴェーゼスが残った。


「全く。カルネったら言い出しっぺなのにね……」


隣のターゲットに声をかけると彼女は苦笑いを浮かべた。


それとほぼ同時にまた誰かが声をかけてきた。


「え!? ヴェーゼス!? お前、こんなところに居たのかよ!!」


若い男性が近づいてくる。


「あ、あなたこそ!! 懐かしいわね。学校の卒業式で会ってい以来ね。その後、調子はどう?」


背の高い男性は嬉しそうに答えた。


「ああ。船乗りになってね。たまたまミナレートに寄ったんだ。積もる話があるんだけど、これから二人で話さないか?」


共犯のセクシー女学生はカルネと同じように勢いよく首をふった。


「ええ!! いいわね。是非ぜひ話を聴きたいわ。あ、レーネ。悪いけど私もちょっと席を外すわ。そんなにしないうちに戻るからヨロシク~」


「あっ!!」


彼女が何か言うスキを与えず、ヴェーゼスは男性にひっついていってしまった。


もちろんこの二人は仕込みであり、買収された人達である。


カルネとヴェーゼスは席を外すと素早くサングラスに帽子を被り変装して、レーネが見える席に座り直した。


「ふふん♪ 暗いってのは便利アルな」


「あー、本当にここまできちゃったか~。あとはガン次第ね」


2人は状況を確認しつつ、GOサインのタイミングを見計らっていた。


隣の隣の席にガンは座っている。こちら意識しなければまず気づかない位置取りである。


「でもさ、レーネほっといたら逃げ出さないかな」


「いや、よく見るアル。顔を伏せてブルブルふるえてるアルよ。あれじゃきっと立ち上がることも出来ないアル。潮時しおどきアルな!!」


そう言うとカルネはガンに向けてついに手でGOサインを出した。


恋する少年は立ち上がって通路を歩き出した。緊張からか、手と足が同時に出ていた。


そしてすぐにレーネの座っている座席の横に到着した。


ここで彼女に声をかける手はずになっているのだが、ガンはレーネの隣を素通りしてしまった。


彼にそんな勇気はなかったのだ。


「あんのバカ!!」


「筋金入りのチキン野郎だわ!!」


あまりの度胸の無さに思わず2人は声と鼻息を荒げてしまった。


もうダメかと思われたが、予想外の展開が待っていた。


「ガン君!! ガン君なんでしょ!?」


暗がりで怖がる少女は恋愛チキンの少年の手のひらをひしっと掴んだのだ。


「え?」

「お?」


一番驚いていたのはもはや諦めていたガンだった。


「レ、レーネさん!?」


手を強く握ったまま、彼女は手にじっとり汗をかいて早口でまくしたてた。


「あ、あのね、カルネとヴェーゼスと私で女子会してたんだけど二人とも席を外しちゃってね。それで、べ、別に暗くて不安とかそういうんじゃないんだけど、話し相手が欲しいかな~。なんて、あはは、えへへ……。とりあえず向かいに座ってくれないかな?」


ガンは言われるがままに震える少女の向かい側に座った。


「いいアルぞ~!! ここで計画通り口説くどくアル!!」


「お、おぉお…………」


2人は本人たちの気も知らず、エキサイトしていた。


一方、計画に乗った当事者の少年は自分の行いを後悔していた。


(レーネさん……顔色は真っ青だし、握ってる手はガタガタ震えてるっす……。やっぱ、こんなの間違ってるっす!!)


長いことお見合いが続いていてカルネはしびれを切らし始めた頃だった。


ガンが突如、席を立った。


「レーネさん。こんな辛気臭しんきくさいいところから出るっすよ!!」


そう言うと彼は怖がる少女の手を引いて、全員分の精算をして店外に出ていってしまった。


「追うアル!!」


立ち上がるカルネの腕をヴェーゼスはわしっとつかんで制止した。


「これ以上は野暮ってものよ。なんだ、アイツ根っこはしっかりしてんじゃん……」


一方のガンとレーネはギラギラの真夏の太陽に照らされていた。


「あは、あはは。ガン君、本当に……ありがとうね」


計画が台無しになってしょんぼりしたガンは振り向きざまに言った。


「はは、ははは。お礼を言われるような事は何もしてないっすよ……」


このまま、ここで解散して振り出しに戻る。少年はもどかしさで拳を握った。


「あ~。注文したドリンク、一口も飲んでなかったよ。それに、気分転換がしたいな。ガン君、この後、カフェ・カワセミにでも行かない?」


「え……あ……ウソ? いんや、行きます。行かせていただきます……」


こうしてトロンボ坂の騒動以来、初めて彼らは2人っきりでカフェ・カワセミに行った。


いくらか緊張がとけてきたので、ガンは思い切って意思表示をした。


「夏休みに入ってからレーネさんに会いたくて、しょっちゅうここに来てたんっすけど会えなくて……」


レーネは自分を指さしてキョトンとしていた。


「え……? 私に会いたくて? ふふふ。ガン君って変わってるのね」


ガンは至って真剣だったが笑われてしまった。


「部活が忙しかったの。そっか。そういうことならここに来る日を教えておくね。その日ならここに居ると思うから」


彼女は肩から下げたスポーティーなバッグから赤い手帳を取り出し、休日をガンに伝えた。


なんだかんだで長期休みのうちに6回くらいは会えそうである。


「い、いいんすか? 部活あるみたいだし、ゆっくり休みたい日もあるんじゃないっすか?」


そう問われてレーネは笑顔で返した。


「君は命の恩人だから。恩返ししなきゃね。……それに男の子に会いたいって言われたの初めてだからなんだか嬉しいしね。えへへ……」


彼女はかすかにほほを赤らめて軽く身をよじった。


その姿の愛らしさにガンはうっかり失神しそうになった。


(こ、これ、夢じゃないっすよね? ドッキリでも無いっすよね?)


それから残念男子は彼なりに頑張って話を弾ませた。


結果的にいい感じでレーネとの距離を縮める事ができたのだった。


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