決意のフォーリン・ナイト・ラブ作戦
ミナレートのジュース類が豊富なオシャレなカフェ、「カフェ・カワセミ」で少年は頭を抱えていた。
「あ~~~、俺ってば、本当に何やってんだよ……。結局、レーネさんに『夏休みになっても会いたいんですけど』って伝えたかったんだけど……チキン過ぎて聞く前に夏休みになっちゃったじゃね~かよぉ~!! ここがお気に入りって前に聞いたからもしかしてと思って毎日通ってるけど会えねぇじゃんかよぉ~~~!!」
クラスの男子達には「夏休みのうちにレーネとお近づきになる」などとふかして別れたがそれどころではなかった。
百虎丸は早まって何らかの行動を起こすことを心配していた。
だが、それは杞憂で現実はその真逆だった。
もう一人の金髪碧眼の少年はカフェの脇のとても急なトロンボ坂を見て思い出に浸っていた。
「今思えば、アイシキュート・ゴーレムに立ち向かった時がピークだったよなァ……。たまたまとはいえ手を握ったり、ちょっとだけどお茶も出来たり。それ以降、全く進展ナシだよ。ハァ……どうして俺には度胸が無いんだろ。レーネさんに会いたいなァ……」
もう何杯目かわからないドリンクを飲みつつ、少年は深い溜め息をついた。
その時だった。誰かが突然、肩に手を置いてきた。
「!?」
びっくりして振り向くとそこにはクラスメイトの女子、カルネとヴェーゼスが立っていた。
「恋愛警察アル!! ガン・ビゼー!! 神妙にお縄を頂戴するアルよ!!」
黒髪をお団子にして似合いもしないエセっぽい赤チャイナ服を着たカルネはどっかりと少年の向かい側の椅子に座り込んだ。
「な~にが恋愛警察よ。着いてきて正解だったわ。あんただけじゃ何しでかすかわかんないし」
呆れた様子でヴェーゼスは美しいブロンドの長髪をかきあげた。
こちらはピッチリとしたドレスを着ていて、胸元の露出が際どかった。
悲しいかな男の性でガンはそちらに釘付けになってしまった。
「おい!! 聞いてるアルか!? ガン、ショーコは揃ってるアルぞ!!」
呼びかけられて我に返るとガンはカルネの方を向いた。
「ちょっと待って。話が読めないっすよ。”レンアイケーサツ”って何の事っすか?」
恋煩いの少年は別に女性自体に弱いわけではなかった。
普通に会話もできるし、コミュニケーションもとれる。
ただ、見てくれは良いのに口調や態度などから三枚目に甘んじてしまうのだ。
その上、レーネに対してはつい奥手になってしまうのである。
「ふふ~ん。説明してやるアル。君がレーネが好きというのはもうわかっているアルよ」
ガンは身を乗り出して目を白黒させた。
「どどどっどど、どど、どこでそんな事を!?」
彼は素っ頓狂な声を上げてのけぞった。
「フフフ……図星? 好きなことは否定しないのね……」
巨乳美女は意地悪げに笑った。
「このカルネの恋愛センサーをナメてもらっては困るアルな。だが安心するアル。この事実を知っているのは女子の中でもごくわずか。レーネ自身はもちろん知らないし、他の女子もバラすような奴はいないアルよ」
カルネの言葉に安心したガンは胸をなでおろした。
だが、この二人に自分の好意がバレているのはあまりよろしい状況とは言えない。
ふてくされた顔をして、少年は質問した。
「……で、冷やかしにでもきたんすか? こっちは真剣に悩んでるっすよ?」
彼のもとにやってきたのは限りなくお邪魔虫に近い助け舟だった。
「私がガンとレーネが上手くいくよう手伝ってあげようと言うのにその態度はどうかと思うアルよ?」
カルネに関しては信用ならなかったが、藁にもすがる思いとなれば彼女を頼る他ない。
「あ~、安心して~。私も一応、手伝ってあげるから。カルネだけだと危なっかしいからね。さんざ引っ掻き回した挙げ句、酷い結果になったりしたら可哀想だし……」
やや年上のクラスメイトは頬に手を当ててつぶやいた。
それを聞くと恋する少年は一気に朗らかな顔になった。
「うわぁ!! やったぁ!! 恋愛百戦錬磨のヴェーゼスが手伝ってくれるなら一安心っすよ!!」
喜ぶガンだったが、一方のヴェーゼスは明らかに不機嫌そうだ。
「ちょっと~。いくら私が色香の魅惑魔術を使うからって、軽い女だって思わないでくれる? 百戦もしてないわよ。至って人並みの恋愛遍歴です!! そういう余計なこと言うからガンはザンネン系なんだよ!!」
彼女はむくれてしまった。頼みの綱が切れるのはまずいと焦ったガンはすぐに失言を謝った。
「す……すんません。悪気はなかったんす……」
言い訳がましい返答であったが、大人のレディの対応でその場は収まった。
「本題に戻るアル。迷える子羊よ。意中の人とねんごろになりたくはないか?」
ヴェーゼスはジト目でカルネを見つめながらツッコミを入れた。
「キャラが安定してないわよ……」
それを無視して恋愛警察は続ける。
「良い提案があるアル。乙女の窮地を助ければ男の株があがると相場は決まっているアル!! そこで、レーネには悪いけど、彼女の弱点を利用させてもらうアル!!」
話を聞いていた二人の金髪男女は首を捻った。
「弱点? レーネさんに苦手なもんなんてあるんすか? 見てる限りでは全くそんなの思いつかね~っすけど……」
頭に手を当ててガンは考え込んだがそれらしいものは思い当たらない。
カルネのお守りもこれには思いあたりが無く、疑問符を浮かべた。
「ま、これはわたしの独自捜査の末のタレコミでアルからして君たちがわからないのも無理はないアル。わたしの情報網をナメないことアルね」
彼女は得意げに胸を張ったが、そこは平坦だった。
「……で? レーネの弱点ってなんなのよ」
まどろっこしい前振りにしびれを切らし、胸のあるほうの女性は問いただした。
「ズバリ、レーネは暗闇が怖いアルよ!! 特に一人っきりで暗いところに居る事に弱いらしいアル!! 子供っぽい苦手意識だから人前では強がってるらしいアルが……」
ヴェーゼスはしばらく期待はずれといった顔をしていたが、なにか思うところがあったのかその話題に食いついた。
「アンタねぇ……。どっからそういうプライバシーな情報を……。でもまぁ、言われてみれば当たってるかもしんないわね。前にクラスの女子会をノークターナル☆ウィンクで開いたことがあったんだけど、なんかすごく具合悪そうだったし」
夜をテーマにしたカフェがあるというのは学院生の間では周知の事だったので、店名だけでガンはその状況を想像できた。
「で、でもそれってレーネさんの弱みにつけこむってことっすよね? ちょっとそれは可哀想というか、レーネさんが苦しむのは良くないっす……」
ガンはカルネから目をそらして軽く拳を握った。
(お、案外と硬派なとこあるじゃん。ちょっと見直した)
ヴェーゼスは腕組みしながら何度か頷いた。
だがチャイナ服を着た悪魔の誘惑が迫る。
「ガン、本当にそれでいいアルか? このままだと大して会話も出来ないまま4年間が終わってクラスが別れてしまうアルよ? んん!? いいアルか? 本当にそれでいいアルか?」
彼が自分に意気地がないと悩んでいる点をつつくいやらしい煽りだ。
(うわ……エッグ。こいつの恋愛を茶化すこの執念は一体どっから来んのよ……。いや、本気で善意のキューピッドのつもりなのかも……。だとしたら余計タチが悪いわね)
選択を迫る様子が目に余ったので、呆れたお守りの女性は苦言を呈するつもりだったが、ガンがわずかに早かった。
「や、やるっす!! ここで逃げて一生後悔するなんてまっぴらごめんっす!!」
恋する少年は決意を固めたようで顔を上げ、真剣な表情でそう言い放った。
(あちゃ~。結局乗せられちゃうか~。レーネへの思いやりはどこいったのよ。まぁあの脅し文句じゃ仕方がないか……)
必死なガンを見て恋愛警察という名の悪魔は満足そうに首を縦に振った。
「よく言ったアル!! もう残念チキンなんて誰にも言わせないアル!! お前は立派な漢アルよぉ~!!」
心なしかラヴ・ポリスの目は潤んでいた。
「ハァ……ところでカルネ。レーネが暗がりに弱いのはわかったけど、どうやって二人のお膳立てをするのよ? ノークターナル☆ウィンクまでレーネを誘い込んだ後は?」
待ってましたとばかりにカルネは握った拳をかざした。
「よく聞いてくれたアル!! 闇夜のカフェに連れ出すまではわかるアルな? わたしとヴェーゼスはよくつるんでるから二人でレーネを呼び出すことはそう不自然なことではないアル」
言われてみて悪魔の相棒はふと思った。
(カルネとつるんでる扱いされるのちょっと不服かも……)
不機嫌そうに彼女はセクシーに脚を組み直す。
「で、助っ人を何人か買収しておいてわたしとヴェーゼスをレーネから自然に引き離すように依頼しておくアル。するとレーネは暗い中一人っきり!! そこに颯爽と偶然を装ったガンが現れ、彼女の恐怖心を取り払うアルよ!!」
ヴェーゼスは目線を泳がせながら顎に指を当てた。
(ふむ。意外にまともな作戦ね。もしかすると成功するんじゃないかしら? 成功するに越したことはないけど、カルネが実績を作って天狗になるのは出来れば避けたいところ……)
お守り役は内心複雑だった。
「でぇ!! 一緒のテーブルについたら手を握って言うアル!! 『暗がりが怖いなら俺と慣れる練習をしよう!! 毎日のようにこのカフェに通うんだ!!』ってこまめに会う理由をつけてアピールするアルよ!!」
ここでヴェーゼスのストップが入った。
「ちょっと待った。特別好きでもない男子にそんな事言われてYESって言うと思う? だってガン君ってレーネの中では面白い人止まりでしょ? ほとんど声かけないせいでかろうじてお友達レベルじゃん」
恋に悩む少年はまるで心臓にナイフを突き立てられたような心の痛みを感じた。
「うぐぅっ!! そうっすけど!! ……そうすっけど……」
恋愛警察は黙っていなかった。
「いくらなんでもその言いようは無いアル!! 燃え上がりそうな炎に水をぶっかけるようなものアル!! 重要なのは今までじゃなくて”これから”アルよ!!」
カルネの熱の入った抗議を聞いてヴェーゼスは思わぬ感心の念を抱いた。
(へぇ~。色々アレなクセに良い事言うじゃん。カルネのこういうとこがやめられないんだわ。そこまで言うんならあたしも乗ってやろうじゃんか。闘技場と同じくらい面白い賭けだわ!!)
おもむろにヴェーゼスがカフェのテーブルの上に手をさし出した。
「ん?」
「は?」
他の二人は疑問の声をあげた。
「円陣組むわよ。ホラ、一番上ガンね」
すぐにカルネは彼女の手の上に手のひらを重ねた。
女子の手なんてほとんど触れたことのないガンは手汗をかきながら、カルネの手のひらに自分の手を重ねた。
「フォーリン・ナイト・ラブ作戦、決行アル!! いくぞ~!!」
女子二人はガンの方を向いた。
「や、やるっすよ!! おー!!」
こうしてオシャレなカフェの片隅で恋愛オペレーションが幕を開けた。




