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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter5:Crazy Summer Nights
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どうしても譲れないもの

百虎丸びゃっこまる西園寺家さいおんじけの長い渡り廊下を女中じょちゅうに案内されて歩いていた。


部屋がいくつもある立派な作りの武家屋敷だ。


やがて、大きなふすまの前に着くと女中じょちゅうは身を引きつつそこを開いた。


大きな座敷に初老の男と若い女がポツンと正座していた。


推薦された亜人は前に出て、深く礼をすると彼らの正面に立ってから正座の姿勢をとった。


「拙者、百虎丸びゃっこまると申す者でござる。拙者が属していた誠心流せいしんりゅうの道場から推薦書すいせんしょが届いていると思うのでござるが……」


代表と思われる男性はコクリと頷いた。


「私が西園寺家さいおんじけ当主の康一郎こういちろうだ。君がかの菜翁さいおう推薦状すいせんじょうの……そして私の娘、カエデが出会ったという剣客けんかくだな?」


相対あいたいする武家の二人は刺すような視線でこちらを見つめてきた。


緊張感でその場の空気が張り詰めたが百虎丸びゃっこまる萎縮いしゅくせず、胸を張った。


それを見た当主は声をかけた。


「いい目をしている。立派なもののふの面構つらがまえだな。肝もわっている。確かに推薦すいせんの書は受け取っているが、これだけでは君の実力を知ることは出来ない。悪いが試させてもらおう。ここに居る次期当主、西園寺さいおんじ かえで一太刀ひとたち交えてもらう。我が家の武士に迎え入れるかはその結果次第しだいで決める事にしよう」


格式ある武家だけに、ただでは済まないだろうと事前に覚悟を決めていた百虎丸びゃっこまるはこの話にあまり驚かなかった。


ただ、カエデと刀を向け合うことになるとは流石に予想外であり、その点については困惑せざるを得なかった。


その顔色を察してか、カエデは微笑みながら話しかけてきた。


「ふふふ……まさかこんなことになるなんてね。ごめんなさい。私が西園寺さいおんじの人間って事、黙ってて。それに町娘ってウソもついちゃった。知ってるとは思うけど、まぁ色々事情があってね……しょうがなかったの。でもやるからには真剣よ。くれぐれも手加減しようなんて思わないでね。逆に大怪我おおけがすることになるわ。私を斬り捨てる気でかかってきて!!」


早速、さきほど稽古けいこが行われていた屋敷の中庭に通された。


中庭をぐるりと囲む廊下にはこの家の武士達が多く集まり、これからぶつかる二人を見つめていた。


「広いから大丈夫だと思うけど、庭と廊下の間には障壁しょうへきが張られているわ。遠慮なく刀を振るってね」


カエデは優しい笑みを浮かべてかがみ、視線を合わせてこちらに語りかけてきた。


西園寺家さいおんじけはしばしば容赦ようしゃなく人を殺めることがあると聞く。


本当にこんな心優しい女性が刀を握り、人を殺すものなのか。


百虎丸びゃっこまるはわからなくなった。


釈然しゃくぜんとしない彼に向けてカエデは立ち上がりながら忠告した。


「手加減だけじゃなく、剣に迷いがあっても大怪我おおけがするわ。実際の戦場ではそれが命取りになる……。あなたが信じる誠心流せいしんりゅう……見せて頂戴ちょうだい!!」


そう言いながら彼女は鞘から刀を抜刀ばっとうした。刀身がキラリと光る。


百虎丸びゃっこまるはそのプレッシャーに気圧けおされた。


(な、何という気迫きはく!! 今までの刀の使い手と比べ物にならんでござる!! これは先手必勝!!)


重圧じゅうあつけるように彼は走り出した。


一気に距離を詰めると抜刀の勢いを上手く活かした斬撃を放つ。


背中の日本刀「飯倉西蔵いいくらさいぞう」を両手で持ち、斜めに斬りつけた。


キィン!!


刀の刃と刃がぶつかり合う。そのままスキを作らずに小さなウサ耳亜人は剣技を放った。


かつ昇嵐のぼりあらし!!」


すかさず相手を巻き込むようにして天高く打ち上げようとしたが、カエデは後ろに飛び退いてそれをかわした。


「両手で扱ってるから自然と振りが大きくなるのよ!!」


空振った百虎丸びゃっこまるは宙高く舞った。


「まだまだッ!! かつ龍降りゅうおろし!!」


今度は落下の勢いを刀身に乗せて空中から一気に地上の女侍へと奇襲きしゅうをかけた。


この流れるような一連の動きを捉えきることは出来ず、彼女はこの剣技を自分の刀で受けた。


キィン!!!!! ギリギリギリギリギリ…………


つばぜり合いの状態になって、互いに刃がぶつかりあう。激しい衝突に火花が散った。


屋敷の中庭の武士たちは戦いを見るのに集中し、静まり返っていた。


「まだまだっ!! 勢いに乗せたつもりでしょうけど、その体格じゃあ軽いッ!!」


カエデは叩きつけられた一斬ひときりに対し、自分側の刀をかたむけ、うまい具合に相手の刃を滑らせた。


その結果、百虎丸びゃっこまるとすれ違うような位置取りになった。


彼女は目にも留まらぬ早業はやわざで左脚を軸とした右脚による回しりを亜人の背中めがけて打ち込んだ。


「ぎゅむっ!!」


藍色あいいろ小袖こそでの背中を思いっきり蹴りつけられた亜人は吹き飛んだ。


同時に彼はあることに気づいた。


(間違いない!! この太刀筋たちすじ!! 確かに見たことがあるでござる!! これは……イクセント殿のそれと酷似こくじしているでござるよ!! 相手の刀の勢いを殺したり、格闘術を挟んだりするところがソックリでござる。しからば!!)


吹っ飛んだ百虎丸びゃっこまるが柱に正面衝突する直前だった。


「はっ!!」


彼はネコの特性を生かして空中で鮮やかに一回転し、肉球のついた小さな足で柱をった。


これはぶつかると思っていた立会人達は感嘆かんたんの声をあげた。


さきほどからカエデは片手しか使っていない上に剣技も全く使っていない。


飛車角落ひしゃかくおちにも関わらず、互角以上の相手だとさとるのに時間はかからなかった。


だが、それでも彼は恐れること無く、果敢かかんに攻めた。


「手加減をするのは必ずしも相手の為とは限らん!! それは間違いでござるぞッ!!」


異形いぎょうの侍は体の横に剣を構えたまま、宙を突進していく。


(ここで斬り払うフリをしつつ、突きをお見舞みまいするでござる!! イクセント殿ならこの攻撃は嫌がって反射魔法で避ける。ということはこの流派も何らかの対策を取らねばならない局面になるはず!! そのスキを突くでござる!!)


一方のカエデは刀を垂直に立てたまま構え、瞳を閉じた。


(むむ!! 斬り払いに備えた!! これなら!!)


二人の距離が一瞬で縮まる。


かつ蜂刺突ほうしとつ!!」


百虎丸びゃっこまるは素早く流れるように突きの姿勢へと移行した。切っ先が試合相手に迫る。


それとほぼ同時にカエデは開眼かいがんした。


疾風はやてのような速さで手首をひねり、刀の平たい面で突きを受けた。


そのまま、刃へと先端をずらして攻撃の軌道を絶妙にそらした。


彼女の長く艶のある黒髪が数本散り、頭のすぐ横を彼の刀の切っ先がかすめていく。


その後のカエデの反応は恐ろしく早かった。


一突きをかわすと同時に刀をさやに重ねるような位置に振るとそのままつかで強烈な一撃を相手のみずおちに打ち込んだ。


「うぐぅっっふぅ!!!!!」


柄はウサ耳侍の急所にクリーンヒットし、彼は宙に打ち上げられながらもだえた。


彼は薄れゆく意識の中で、師匠である菜翁さいおうの言葉を思い出していた。


「”とら”や……この奥義はの、使いどきを考えねばならん。なぜならこの技は不殺ころさずの誠心流の中でも邪道中の邪道。それでも誰かをまもりたい時や、どうしてもゆずれぬ事態になった時。そういう時はこの技を使うがよい。ただし、ゆめゆめ忘れるでないぞ。これが人を殺めかねん奥義であることを……」


高く打ち上げられた獣の剣客けんかくはもがいてバランスを崩していたが、精神統一せいしんとういつを図って姿勢を整えた。


もう西園寺家さいおんじけ所属の許可はどうでもよかった。


手も足も出ないまま試合に負けることほどみじめなことはない。


百虎丸びゃっこまるは意地でもカエデに剣技を使わせ、一矢報いっしむくいることだけに執心しゅうしんしていた。


一方の次期当主は空を見上げた。真っ青な空に日差しがまぶしい。


そこに黒い影が見えていた。相手を見据えると彼女は刀を納刀のうとうした。


一見無防備に思える行為だが、抜刀術の基本の構えでもある。迎え撃つ気は満々だった。


「にゅおおおおお!!!!! いくでござる!!!! 奥義おうぎ斬鬼裂波ざんきれっぱ!!!!」


百虎丸びゃっこまるは中庭の地面めがけて宙から刀を何度も振り回した。


剣から放たれる気が斬撃となってカエデを襲った。


おそらく、かなり硬いものでもこれが直撃したらスパッと真っ二つに斬れるだろう。


並の使い手ならば即死はまぬかれない。


圧倒的な実力差はハッキリしている。それでもおくさず向かってきた事に対して、彼女は感動していた。


「あなたの本気、見せてもらったわ!! 私もそれに答えましょう!!」


迫りくる剣気が至近距離まで近づいたその時だった。


月詠弧閃つくよみこせんみね!!」


カエデは抜刀と同時に刀を逆手に持ち替え、そのまま上空にを描くように振るった。


彼女に当たりそうだった百虎丸びゃっこまるの奥義は一刀両断いっとうりょうだんされた。


逆に月詠弧閃つくよみこせんの一刀はまるで透き通る月のようにそれらを打ち破り、空中のネコ侍の胴に直撃した。


「ぐはっ!! み、峰打ち……。技は使えど……真剣を使う気は……さらさら……無いという……」


彼は宙で気を失ってだらりとしたまま落下してきた。


カエデは納刀のうとうするとそれをしっかりと抱きとめた。


女性の腕に収まるくらいのサイズの侍とは思えない戦いぶりだった。


「もうウサ耳にゃんこさんなんて言ったら怒られちゃうね。百虎丸びゃっこまるさん……」


そんな二人を見ていた西園寺家さいおんじけの武士たちは惜しみない拍手を挑戦者に送っていた。


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