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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter5:Crazy Summer Nights
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龍之便の同郷者

ジパ行きのドラゴン・バッケージ便は蛇のように胴が長く、ヒゲの生えた変わった形のドラゴンが引いている。


金色のウロコが陽の光を反射してきらめいていた。


向こうでは龍と呼ばれたりするタイプのものだ。そのため、龍之便りゅうのびんと呼ばれたりもする。


その下の大きなゴンドラの中で百虎丸びゃっこまるは寒いわけでもないのにガタガタと震えていた。


「お、お、お、お師匠様の体調がとても悪くなったというふみを読んで、急ぎで龍之便りゅうのびんに乗ってみたはいいでござるが、やはり拙者、た、た、た高いところは……」


まるでフォリオのようにおどおどした口調になってしまっていた。


「ししし、しかもよりによって窓際の座席とは!! 南無三なむさんッ!!」


彼は高所恐怖症こうしょきょうふしょうゆえに海の船旅しか経験したことが無かったのだ。無理もなかった。


緊張と恐怖のあまりだんだん呼吸が早くなっていく。


「ハァ……ハァ……ハァ……!!」


その時だった。麦わら帽子に白いワンピース、サングラスをかけたいかにも観光客といった風貌ふうぼうの女性が百虎丸びゃっこまるの左の席に座った。


パッっと見で彼の調子が悪いのがわかったのか、彼女は声をかけてきた。


サングラスをひょいっと上げておでこにひっかけて亜人の顔をのぞき込んだ。


「ウサ耳にゃんこさん、大丈夫ですか? 顔が真っ青だけど……」


百虎丸びゃっこまるは力なく首を左右に振った。


「せせっ拙者……高いところが苦手ゆえ……。しししかし、急ぎの用事でして……」


観光客の女性は口にてのひらをあてた。


「まぁ大変!! すぐに私と席を交換しましょう。窓際は怖いでしょうから」


「か……かたじけない……」


そう言うと彼は座席を交換してもらった。それでも震えは止まらない。


息使いは荒くなって、呼吸の頻度ひんども増えていった。


パニックを起こしていて、このままでは過呼吸になりそうな勢いだった。


隣の女性はそんなケモ耳亜人の手を握って優しく語りかけてくれた。


「大丈夫。大丈夫だから目を閉じて深呼吸してね。はい。す~は~、す~は~……」


暖かな手の感触が伝わってくる。徐々に心が解きほぐされていく。


「す~、は~、す~、は~」


麦わら帽子の女性は彼に微笑みかけた。


「そうそう。その調子!! そろそろ出航しゅっこうだよ。そのままそのまま。でもジパまでは3日くらいかかるから、だんだん慣れていかないとね」


彼女は茶目ちゃめっ気を出してウインクした。


ふわっと浮き上がる感触がした。ついに龍とゴンドラが離陸したのである。


「うぅっ!! この内臓が浮き上がるような感じ……気分が悪いでござる……。そ、それに高いところにいると思うと……」


また百虎丸びゃっこまるは震えだした。


「しっかり手を握っててあげるから大丈夫だよ。ほら、また深呼吸して。落ち着くから平気だよ」


亜人は瞳を閉じて沈黙していたが、しばらくするとゆっくり目を開いた。


「ふぅ……なんとか山場は乗り切ったようでござる。窓の外を見なければ何とかなりそうでござる。あ……あの……いつまでも手を握っていてもらわなくても大丈夫でござるよ?」


ちょっと照れた表情でネコ顔の亜人は視線をそらした。


いい歳なのに子供のように扱われるのは少し恥ずかしかった。


それにレディに手をギュッとされるのにも慣れていなかった。


「あ、ああ。ごめんね。でも何とかなりそうで良かったよ。救急搬送しないとまずいかと思ったんだけど」


パッっと手を離しながら女性は胸をなでおろした。


「ところで……貴女あなたのお名前をまだうかがっていなかったでござる。拙者せっしゃ百虎丸びゃっこまると申す者でござる」


観光客の女性は額からサングラスを外してバッグに入れた。


「私? 私はカエデ。見ての通り、ライネンテには観光で来ていてね。常夏のミナレートが好きでよく遊びにやってくるの。今回も常夏のバカンス帰り。名前でわかると思うけどジパの出身でね。キョートに実家があるの」


それを聞いて百虎丸びゃっこまるはウサギのような長く垂れた耳をピクピクと動かした。


「奇遇でござるな。拙者もキョートに実家があるでござるよ。同郷者どうきょうしゃというわけでござるな」


カエデの目には彼の体には似つかわしくない刀が見えた。


「あなた、お侍さん? 刀を使って戦ったりするの?」


そう問われた亜人は何とも言えない表情をした。


「ふ~む。まぁ侍と言えば侍でござろうか。誠心流せいしんりゅうの門下生で活人剣かつじんけんを主義としているのでござる」


白いワンピースの女性は人差し指をほほにポンポンと当てながらつぶやいた。


誠心流せいしんりゅうかぁ……。ふ~ん……」


彼女は少し目線を泳がせていたが、すぐに自分についても語った。


「私は何の変哲へんてつもない町娘よ。食堂のお手伝いをしてて、おこづかいを貯めて、こうして気ままに旅行したりしてるの」


こんな感じで二人は他愛たあいのない雑談を続けていった。


ジパが近づく頃にはすっかり互いに打ち解けていた。


無事、フライトが終わり百虎丸びゃっこまるとカエデは故郷の大地を踏みしめた。


ウサ耳亜人は世話になった礼に彼女に昼食でもおごろうかと思ったが、お師匠の具合が気になって一刻も早く駆けつけたかった。


拙者せっしゃ、お師匠様を急いで見舞いにいかねば!! カエデ殿、本当にありがとうでござる。また何かの機会に会えるといいでござるな!!」


カエデも癒やし系の笑顔でそれに答えた。


「いえいえ。うさ耳にゃんこさん、次にドラゴン・バッケージ便に乗る時は気をつけてね!! じゃあね!!」


互いに会釈してから手を振って別々の方向へと別れた。


まさに一期一会いちごいちえというやつである。百虎丸びゃっこまるはいい出会いだったなとめた。


そして、歩みを早めて誠心流せいしんりゅうの道場へと向かった。


道場に着くと大勢の門下生もんかせい達が道場の縁側えんがわに集まっていた。30人は居るだろうか。


嫌な予感がしてそこへかけこむと布団に寝かされたお師匠様が居た。


「先生!! 百虎丸びゃっこまるさんが来ました!!」


教え子の一人が彼がやってきたのを伝えた。


すると周りの人々はまるで道を作るように場所を退いた。


それもそのはず、百虎丸びゃっこまるは門下生の中でも屈指くっしの実力を持っていたからだ。


菜翁さいおう様!!」


「お、おお……”とら”か……。そんな顔をするでない。医者には剣は握れんが、命に支障はないと言われておる。お主らが騒ぎ過ぎなだけじゃよ……」


老齢の男性は苦しそうにゴホゴホと布団でき込んだ。


「そんな!! まだお師匠様から教わりたいことは星の数ほどあるのです!! まだ隠居するには早すぎるでござるよ!!」


菜翁さいおうは首を横に振った。


「何を言う。”とら”や、他の者……。お主らはもうこの道場で学べることは全て学んだはずじゃ。わしからお主らに教えることは何もない。また、わしにこだわって今後、満足な稽古けいこを受けられないというのは由々(ゆゆ)しき事態じゃ。そこで、門下生たちは実力に見合った他の稽古場けいこば推薦状すいせんじょうを送ってある。誠心流せいしんりゅうはこれをもって解散とす……」


「お師匠様ししょうさまァッ!!」


それを聞いた教え子達は声を揃えて叫んだ。悔しさに顔をゆがめるもの、泣き出す者も居た。


「わしは鍛錬を止めたお主らはみとうない。じゃから、わしにむくいたいなら移籍先いせきさきで一層、剣術に励むことじゃ。わしの見舞いになぞ来るでないぞ!! そんないとまがあるのなら己の研鑽けんさんにつとめい!! うおっほ!! ゴホゴホッ!! ガフッ!!」


無理をして怒鳴りつけた師匠は胸を押さえてもだえ苦しんだ。


門下生たちが混乱する中、百虎丸は彼の枕元に置かれた移籍先の書かれた巻物を広げて目を通した。


開いてすぐに自分の名前が書いてあった。


百虎丸びゃっこまる……武家・西園寺家さいおんじけ推薦すいせん……」


小さなさむらいは巻物を置くと教え子たちに向かって振り向いた。


誠心流せいしんりゅうは消えども、我らの中の魂は消えず!! 同志たちよ!! 今旅立ちの時!! こくなようでござるが涙を拭いて、新天地で剣を振るうでござる!! さぁ皆、巻物を読んだから早々に往くでござる。お師匠様ししょうさまをいつまでも騒がせてはいかんよ」


「”とら”や……ええんじゃ……それでええんじゃ……ガフッガフッ!!!」


ネコ顔の侍ははニッコリとその場の面々に笑みを向けた。そして、人並みをかき分けて颯爽さっそうと道場を後にした。


背後からはまだ自分を呼ぶ声がする。後ろ髪を引かれるのを振り切って彼は最愛の道場を去った。


幼少の頃より剣術を学び、親しんだ道場である。


もちろん本当は百虎丸びゃっこまるだって泣きたいくらい無念だったが、菜翁さいおうの意志をむのがすじだと思った。


虚脱感きょだつかんに負けないように彼は背筋を伸ばしてキョートの街の一等地まで歩いてきていた。


「ここが西園寺家さいおんじけの本家でござるか……。都で一番手の武家であり、並々ならぬ戦闘集団と噂には聞くが……。剣術道場と言うには随分ずいぶんおもむきが異なるが、はて……」


なぜ、お師匠様ししょうさまはここを推薦すいせんしたのかがわからず、彼は首をかしげた。


「ジパの武家は学院と同じく、国の危機の際に駆けつけるという役割を持つ……。剣術をみがくだけでなく、国をになう者となれという意味があるのやもしれん」


百虎丸が門を叩こうとすると同時に中庭からハリのあるけ声が響いてきた。


「せええぇっ!!!!」


思わず彼は反射的に門の扉を開いていた。


突然の来客にも集中力を失うこと無く、開けた中庭で真剣勝負は続いていた。


「あまいッ!! ハルカ!! 振りが大きすぎるわよ!!」


白い小袖こそでに朱のはかまを身にまとった女性が相手の攻撃をひらりとかわす。


「そこッ!! 氷顎隆成刃ひょうがくりゅうせいじん!!」


彼女がゆらりともう一人とすれ違うと地面から鋭利な氷の柱が突き出した。


「きゃあああああああぁぁぁ!!!!!!」


それをモロにくらった女性は天高く舞ってから落下してきて中庭に叩きつけられた。


すぐに救護班が来て倒れた少女は運ばれていく。


これは本当に稽古けいこなのだろうかと思うほどの緊迫感だ。殺気さえ感じられた。


百虎丸びゃっこまるは驚いていた。戦いもさることながら、刀を振るう女性の顔にも見覚えがあったからだ。


「あ……貴女あなたは……龍之便りゅうのびんで会った……カエデ殿!?」


呼びかけられた女性は刀を片手に持ったまま顔の汗を拭っていた。


目から手ぬぐいが離れると彼女もこちらに気づいたようで、視線を向けてきた。


「え? あ……ウサ耳にゃんこさん……?」


どうして町娘のカエデがこんなところに?


百虎丸びゃっこまる戸惑とまどいを隠せなかった。


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