テイミング・クリーチャー
未知のクリーチャーを手なづけるためにファイセル達は樹の実を集め終わった。
「さて、誰が飼いならし(テイミング)に適しているかじゃが、シャンテ様かリーリンカ君が適しているとわしは思う。じゃが、流石に教会の巫子様に謎の生物とコンタクトさせるわけにはいかん。ここはリーリンカ君に頼もうかの」
それを聞いた彼女は不服そうに答えた。
「はぁ? なんで私なんだ。言い出しっぺの爺さんがやればいいだろうに」
リーリンカは不機嫌そうに腕を組んだ。乗り気でもないのにそんな役割を振られれば当然といえば当然だ。
「まぁ聞くんじゃ。相手は臆病な生物。体が大きく、声も低く威圧感のある男性はテイミングには向かんのじゃ。アニマル、モンスターテイマーに女性が多いのはこのためなんじゃよ。このメンバーの中ではリーリンカ君が一番小柄で威圧感が無い。引き受けてくれんかの?」
ジルコーレは両掌を合わせながら頼み込んできた。
「リリィ、僕からも頼むよ。だって何だか面白そうじゃないか」
「人の気も知らないで」と言い返したいところだったが、旦那の頼みとあっては期待にそえたいところだ。
ギョロッと飛び出した目は不気味ではあったが、行動を見る限りでは人を襲う魔物では無いように思えた。
危険を伴わないようであれば、遊びに興じるのも悪くないかと思考を切り替えてリーリンカは仕切り直した。
「で、どうやるんだ?」
サランサ以外の面々は楽しそうな表情でこちらを見つめてくる。
(まったく、自分がやらないからといってこんな顔をして……)
頼まれた小柄な女性がOKサインを出すとジルコーレ老は人差し指を立てた。
「まず、パルモアの実をいくつか抱える。そしたら連中に近づくんじゃ。それで連中が逃げたら作戦続行、積極的に寄ってきたら中止してこちらに走って逃げてくるとええ。まだどんな行動をとるかわからんからの。そしたらその場で樹の実をいくつか地面に置くんじゃ。ほいで、ゆっくり、ゆっくりと後退りする。それであいつらが実を食べに来れば第一段階クリアじゃ」
パルモアの実を齧りながら彼は続けた。
「あとは簡単でそれの繰り返しじゃ。すると徐々に警戒心が薄れてきて、向こうから近寄ってくるようになるハズじゃ。そこまで来たら手渡しで餌付け可能か試してみる。手から実を直接食べるようになる頃には体に触れても逃げ出さんじゃろう。そしてボディタッチのコミュニケーションを繰り返して、騎乗にトライする。これでテイミング完了じゃ」
リーリンカは首を傾げた。
「う~ん……。本当にそんな都合よく行くものなのか? やるにしてもかなり時間がかかりそうだが……」
樹の実を食べていた老人は残り半分をこちらを凝視している動物に向けて背中越しに投げた。
彼らは我先にとその樹の実をキャッチしようとピョンピョンと跳ねた。
ジルコーレは親指を立てて背後を指さした。
「あいつら、相当に飢えとるのお。ポッと出の変異種じゃから、まだ環境に適応できておらんのじゃ。今なら餌で釣る作戦は十中八九成功する。そして、見たらわかるように、連中は食料を前にしても互いに傷つけあっておらん。気性は穏やかと見ていい。となると、騎乗まではそう時間がかからんじゃろう。早ければ3日ってとこじゃな」
ファイセルは考え込んでいたが、巫子に確認をとった。
「3日か……。シャンテ様、巡礼の旅が中断してしまうことになりますが、よろしいでしょうか?」
すかさずサランサが噛み付いてくる。
「貴様ら、こんなわけのわからない化物を飼いならそうとは正気か!? シャンテ様、惑わされてはいけません。私達は一刻も早く、雨乞いをして巡礼の旅を―――」
彼女がそう言いかけるとシャンテは自分の意見を述べた。
「サランサ、時にはこういった経験も大事ですよ。どうもあなたは性急なきらいがある。旅を楽しむくらいの心持ちで居ないと大切な事を忘れてしまいますよ。僕は賛成です。果たして彼らをテイミングすることが出来るか否か。大変興味深く思っています。僕も見届けさせてください」
彼は茂みの向こうの奇妙なクリーチャーを眺めながら言った。
かくして謎の生物テイミング作戦は始まった。
リーリンカは早速、彼らに近づいた。
ジルコーレの予想通り、ダバダバと足音を立てて散開して逃げ出していく。
「ふむ。かなり臆病みたいだな。さて、パルモアの実を置いて……」
ポト……ポト……ポト……
パルモアの実をいくつか置いた青髪の女性はソロリソロリと後退した。
すると、その歩みに合わせるようにじわじわと変な動物がこちらに近寄ってくる。
「餌に釣られてるんだな。チョロい連中だ……」
ある程度、距離が離れると5~6体のオレンジ色の生物たちが実を貪りはじめた。
近くで見るとわかったが、彼らはアテラ・サウルスの変種だった。
体格はほとんど変わらない。だが、体のあちこちが丸みを帯びていて威圧感がなくなっていた。
背中も丸っこいので、鞍が無くても乗れそうではある。
早くも第一段階はクリアした。またもやリーリンカは地面に実を置く。
あっという間にパルモアの実を完食した彼らはすぐに新しい食料に飛びついた。
実の持ち主がたいして下がっても居ないのにそれに群がる。
気づくとファイセル達の居る茂みとかなり近いところまで戻ってきていた。
もしかすると既に手渡しでの餌付けが可能かもしれないと思ったリーリンカは試してみることにした。
手の上に樹の実を置くとその場で立ち止まった。
地面のパルモアの実を食べ終わった生物たちは再びこちらを見た。
ギョロギョロとした目であきらかに彼女の手や抱えている実に注目していた。
「さぁ来るなら来い!!」
若干の恐怖を感じつつも、彼女は賭けに出た。
「ほほ~。いきなりトライするとは肝が座ってるのお。さすが学院生じゃ」
余裕をかます老人をよそに、他の一行はドキドキと緊迫していた。
次の瞬間、クリーチャーの群れがリーリンカに飛びかかった。
「リリィ!!」
ファイセル達が臨戦態勢を取った直後だった。
「くふふふふ、あはははは!!!!! やめろって!!!! くすぐったいって!!!!! あはははは!!!!!!」
すぐに彼女の手の上の実と持ち込んでいた実は食べ終わられてしまっていた。
それだけでは物足りないのか、彼らは彼女をもみくちゃにして全身を不気味な青い舌で舐め回し始めた。
敵意がないのを確認した一行は戦闘の構えを解除した。
「ふ~む。実がなくなっても舐めているのは親愛の証じゃろうな。これならば触れても問題なさそうじゃ。騎乗も試せるやもしれん。というか、この調子なら餌さえあれば誰でもテイミングできるじゃろうな。飼いならしやすいということは使役動物の必須条件じゃ。これは大発見じゃぞ」
おしくらまんじゅう状態になったリーリンカは助けを求めた。
「あははは!!!! ふくっ!!! バカ!!!! お前ら呑気に見てないで、樹の実を投げて気をそらしてくれ!! このままじゃっ!! わたしが!!! ふくく、あははははは!!!!!」
ベロベロ舐め回された女性はたまらず体をよじった。
「……なんかそういうマニアックなアレみたいじゃなコレ」
間の抜けた感想を述べながらジルコーレはパルモアの実をリーリンカの周囲に投げ始めた。
他の者もそれに続いてポンポンと桃色の果実を投げた。
実が飛んでくると新種の動物はリーリンカから離れて、餌に意識を向けた。
真っ青なベロで器用に果実を拾い上げて口に放り込んでいく。
こちらもひたすら投げているとすぐにパルモアの実は底をついた。
だが、彼らも満足したようでおとなしくなった。むやみに舐め回すのも止めたようだ。
「いい感じじゃ。そしたらどれか一匹、選んで優しく撫でてみぃ。この調子なら反応によっては飛び乗ってみるのもアリかもしれん。暴れるようならすばやく降りれば怪我はせんじゃろう」
全く無茶を言ってくれる。そう思いながらさんざ舐められていた女性は唾液を拭い、体格のいい一匹へ触れた。
首筋から胴体にかけて丁寧に撫でる。
「クルクル……キュルルルル……クキュー~~~」
不気味な見た目の割には可愛い鳴き声だ。
触感はウロコも無いことからツルツルのペタペタだった。
やがてうっとりした様子で頭を下げてきた。
喉元、頭と触れていくと気持ちよさそうにしている。
「こんな短期間で生物の弱点である頭や喉を許すのか……。なんて警戒心の薄い連中なんだ。ええい、こうなったらやってやるまでだ!!」
彼女は勝手に代表にさせられたり、羞恥心を感じたりして半ばヤケクソ状態だった。
優しく接していたクリーチャーの首元をピタピタと軽く叩くとジャンプしてその個体にまたがった。
「キュルルル!!!!!! クキュルルルルr!!!!」
オレンジ色の生物は驚いて上半身を起こしてのけぞった。
「どうどう!!! どう!! どうどう!!!!」
すぐにリーリンカは取り付いた生物の首元をポンポンと叩いてから心を込めてさすった
「頼む!! お前の力を貸してくれ!!」
そうして撫でていると気持ちが伝わったのか、またがった生物は暴れるのを止めた。
新種のクリーチャーが首を上げると立派な動物ライダーのフォルムになった。
思わずファイセル達はその勇ましさに感嘆の声を上げた。
「や、やりおった……!! 流石に1日目でこれとはお手柄じゃぞい!!」
「最高だよリリィ!! よく無理難題を聞いてくれたね!! 今度は僕が頼みを聞く番かな」
「お……驚きました。み、未知の生物のテイミングは初めて見ました。異種間に生まれる信頼関係……。全くもって素晴らしいです!!」
「実際に飛び乗るというのは中々出来ない。リーリンカさんは見かけによらず、度胸がおありになるのですね……。これが学院生……」
「フン!! たまたま上手くいっただけだ!! それにそのヘンテコリンな生物が何の役に立つというんだ」
リーリンカは乗った生物の首にしがみついて方向を変えさせた。
まだ鞍が無いのでやりにくいがこうするしか無い。
そしてそのままとっととっとと歩いてこちらに寄ってきた。
近くまで来ると結構大きく、大柄な人でも乗れそうなサイズだった。
「名前をつけてあげようよ」
ファイセルの提案に皆が頭をひねったが、ジルコーレが名付け親を推薦した。
「こういうときは識者の巫子様につけてもらうべきじゃろう」
視線が集まって少しシャンテは驚いた顔をしたが、すぐに答えを返した。
「パルモアの実が好きなわけですから種族としては”パルモアティー・パルモア”という学名が適していると思います。この子自体の名前は……そうですね……ルーンティア教の神話に出てくる走る獣”ポロマ”とかどうでしょうか?」
サランサが反対の声をあげた。
「シャンテ様!! ポロマは聖獣!! こんな気味の悪い生物につける名前ではありません!!」
巫子はポロマに近づくとピタピタと体をいじった。
「そうですか? 僕は結構、愛嬌があると思うんですが……。あはは!!」
彼はベロベロと舐め返すパルモアティー・パルモアとの仲睦まじい様子を見せた。
「くっ……」
それ以降、女騎士は何も言わなかった。
「ふ~む。飼いならし(テイミング)には成功したが、念のために研究が必要じゃ。一旦、ポロマを連れてケルクまで戻るぞい。村人はびっくりするじゃろうが、どのみち接触するわけじゃしの。仕方あるまい」
ジルコーレの意見に同意した面々はポロマと一緒に来た道を帰っていった。




