巫子の息吹は力強く
ファイセル、リーリンカ、ジルコーレは酒場であれこれと雑談していた。
三人ともノンアルコールでジュースやお茶を飲んでスナックを食べている。
酒場でお茶をしばくのは場違いに見えたが、カフェなどの気の利いた店のないこの村ではここしかなかった。
やはりサプレ夫妻はジルコーレ老人が不思議に見えた。
一体どういう人物で何をしているのかが気になって、会話の中で探りを入れてみたりしたがうまい具合にはぐらかされてしまった。
それはファイセルの師匠のオルバが実践する隠者の賢人のセオリーによく似ていた。
もちろんこちらもそれに対抗するように旅の目的はそれっぽく語り、雲の賢人に関する情報にはあえて一切触れなかった。
結果的に互いに無難な自己紹介と情報交換でその場は留まった。
外が少し暗くなった頃、なんだか騒がしくなってきた。
様子を見に行くとキャラバンの集団が南下する準備をし始めていた。
代表らしき中年男性がこちらへやって来る。
「やぁ。また君に助けられたな。我々のキャラバン隊は長いこと足止めを食ってしまった。そのため、これより南では物資が不足しているはずだ。我々は危険を承知で今から南下しようと思う。なに、夜になる前にはヨーグの森を抜けられるだろう。それに狩人の偵察ではモンスターの気配は無いそうだしな」
恰幅のいい男性はウィールネールの馬車から袋を出してきた。
「これは報酬の30万シエールだ。命を賭けて戦った人間に渡す額ではないが、今回は討伐者が多かったものでな。どうかこれで勘弁して欲しい」
そういうとキャラバン隊のリーダーは深く頭をさげた。
そしてもう一度一礼すると号令をかけてヨーグの森へと向かっていった。
「30万……か。こっちは6人だから1人5万だね。とりあえず、ジルコーレさんには渡しておきますよ」
そう言いながらファイセルがお金の入った袋に手を入れるとすぐに彼は答えた。
「あー、いらんいらん。わし、金には困っとらんし、そこまで興味も無いんじゃ。金より大切なものは腐るほどあるからの」
かといってこのまま自分たちだけ受け取る訳にはいかない。
「でも!!」
「わしは報酬なんて知らん。見とらんからな!! 受け取る場合は教会の連中にはだまっておくんじゃぞ」
珍しく彼が頑固な態度をとった。これ以上、話を続けるのは野暮に思えた。
「そうおっしゃるなら……。ありがとうございます。僕たちで大切に使わせてもらいます」
サプレ夫妻は深くお辞儀した。
「ほっほ。止めい止めい。それより、キャラバン隊が発ったんじゃから宿に空きができてるんじゃないかえ? いってみようじゃないか」
3人が宿屋へ行くと宿主のお姉さんは笑顔で接してくれた。
「ええ。2部屋は空いていますよ。お泊りになるんですね?」
こうしてファイセルとリーリンカ、ジルコーレがそれぞれ部屋を借りて一晩を過ごした。
次の日の朝、3人は合流するとすぐにシャンテの様子を見に行った。
すると半身を起こして窓の外の陽を見る少年とそのそばで眠りこける女騎士が見えた。
彼はこちらを見るとニッコリと穏やかに笑った。
「あ!! ファイセルさんにリーリンカさん!! それに……えっと、そちらのご老人は……」
少しシャンテは戸惑っている様子だった。
「ほっほ。森で彼らと知り合ったジルコーレ・ナンバラスというしがないロートルじゃよ」
老人の自己紹介に巫子も自己紹介をした。
「僕はルーンティア教会の巫子、シャンテ・ラ・オルシェと申します。よろしくお願いしますね」
少年は礼儀正しくペコリと頭を下げた。
「それはそうと話は聞きました。ファイセルさん、すいません。貴方の大事にしていた霊薬を僕に飲ませて頂いたようで……」
それを聞いてファイセルはある問題点を思い出した。
(あっ!! どうやってリーネを回収しようか……。彼女が自分から出ようと思わなければ体内から排出されてしまう心配はないんだけど。でも回収するなら体外に出なきゃ。尿に乗って脱出して合流するのがベストだけど、それこそどうやって採取するんだ……。リーリンカと組んで尿検査って事にでもするか?)
青年は考え込んでいたが、すぐに顔を上げて笑顔を返した。
「いえいえ。シャンテ様が助かってよかったです。薬はそのうちまた手に入るでしょう。どうかお気にせず。それよりお具合はいかがですか?」
シャンテは眠るサランサの手をそっとよけると立ち上がってみせた。
「この通り!! あんなに苦しかったのがウソみたいです。あ、強がってるわけじゃないですよ。今すぐにでも巡礼を再開できそうです。中部には困っている人がまだ居ます。できる限りすぐに出発したいと僕は思っているのですが……」
白髪の老人は何度か首を縦に振った。
「出魔性ショックは適切な処置ができていれば、短時間で回復するんじゃ。後に引きずるものでもないしの。巫子様の様子を見るに、すぐに出発しても問題ないじゃろう」
そう年長者に太鼓判を押されてシャンテは喜んだ。
だが、マルシェルがそれを止めた。
「なりません。少なくとも今日のお昼くらいまでは経過を見させていただきます。それに……サランサは寝ずの番でしたからね。彼女を休ませるという意味でも、もうしばらくこの村でゆっくりしていましょう」
眠っている女騎士以外は皆それに同意した。
その場で解散したあと、ジルコーレはマルシェルに近づいて小声で語りかけた。
周りに聞こえないささやきでの会話が始まる。
(騎士のお嬢さんの横暴については巫子様に報告しないのかえ?)
魔術師の女性は伏し目がちになった。
(……シャンテ様はとても寛大でお優しいお方です。ですから今回の不祥事はお赦しになるでしょう。それに、もし教会本部にこの一件を報告したところで”革新派”に揉み消されるだけです。今はどの巫子にも一人は彼女の同志が付いています。彼ら彼女らも同じように堂々と横暴を働いているのです。いずれにせよ私一人ではどうすることも……)
彼女は拳をギュッと握りしめていた。
(そうか……。おぬしも大変な立場におるのう。じゃが、ルーンティア様やクレティア様はおぬしのような純粋に教会を想う者を常に見守り、微笑みかけているはずじゃ。どれだけ理不尽な目にあっても、自分を見失わずに己の信仰を貫きなされよ。それがルーンティア教、ひいてはこの国の為になるんじゃ。矜持を捨てるでないぞ)
素性のよくわからない老人から励まされたことに驚きを感じつつも、マルシェルは穏やかな笑みで彼に応えた。
一行は昼過ぎまで休み、昼食をとって一息してから旅支度をした。
「のお、巫子様達。これもなにかの縁じゃ。わしも一緒について行ってはいかんかの? わしもちょうど南を目指しているんじゃよ」
シャンテはそれを聞くと二つ返事で受けた。
「はい。旅は道連れ世は情けとも言いますし、ご一緒しましょうか。いいですね。サランサ、マルシェル」
教会のお供二人は黙って頷いた。
旅のメンバーはシャンテ、サランサ、マルシェル、ファイセル、リーリンカ、ジルコーレの6人となった。
軽めの旅にしては随分な大所帯である。
チームとして意思疎通や連携が取れるギリギリに近い人数と言ったところだ。
しかも、立場が違う人間が入り混じっている。
ファイセルは一抹の不安を感じながら他のメンバーとヨーグの森へと入っていった。
G・A・Qを撃破した後の森は平和そのものだった。
きっとアテラ・サウルス達は逃げて散り散りになったのだろう。
念のために警戒を解かないで森を進んでいくと、森の中で見たこともない生物を見かけた。
「……刺激しないように静かにしゃがむんじゃ!!」
ジルコーレの指示でその場の全員が草の茂みにしゃがみこんだ。
リーリンカはマントの中から双眼鏡を取り出してわずかに背伸びして謎の生物を観察した。
「大きさは……2m弱くらいか? アテラサウルスと体の作りは似ているが、もっと丸っこいフォルムだ。変異種か? 体の色ははオレンジ色をしていて……頭から尻尾みたいなものが生えている。先端についているのは……葉っぱか? 今は……樹の葉っぱを食べているな。草食動物なんじゃないか?」
それから数分間、双眼鏡を回して全員がその生物を見た。
「う~ん、あんなの見たこと無いよ。新種かもしれないね。人に害がないかどうか、調査しておく必要がある。ちょっと僕が近づいてみるよ」
ファイセルが中腰になってゆっくり立ち上がるとそのクリーチャーは樹にある木の実を食べようとピョンピョンと必死にジャンプしていた。
全く届いておらず、実を食べられてはいなかったが。
青年が少し近づくとオレンジ色の生物は一目散に逃げていってしまった。
「あ……。逃げちゃったよ。あれなら放っておいても大丈夫なんじゃないかな?」
彼が茂みに戻るとジルコーレが興味深そうに笑みを浮かべていた。
「ジルコーレさん、どうかしたんですか? そんな面白かったですか?」
声をかけていると周囲から視線を感じた。そちらを見るとまた先ほどとは別の同種の動物がこちらを見つめていた。
「敵意はないみたいだが、囲まれているな……」
リーリンカが警戒すると、すぐに旅のパーティーは背中を向けあって死角を無くした。
「いやぁ。こやつら臆病なだけじゃよ。にも関わらずこうやって寄ってくるという事は人懐っこい証拠じゃ。何か餌付けでもすれば飼い慣らせるかもしれん。それに、あの体のつくりなら乗用に適していると見た。上手く手懐ければライネンテの交通革命を起こせるかもしれん。挑戦してみる勝ちはあるのお。さ、おんしら、そこらの樹の実を集めるぞい」
突拍子もない提案にファイセル達は面食らったが、彼の言うことにも説得力があった。
旅の一行が立ち上がると蜘蛛の子を散らすように新種らしき動物は逃げ出していった。
「この一帯の樹の実はやや高いところにある。わしが軽く呪文をかけるからジャンプしつつ回収するんじゃ。グラス・ホップ!!」
また体が軽くなった感触がした。そのままファイセル達は樹の実をもぎとって集めていった。
リンゴに形状は似ているが、ハデなピンクの色をしている。
「これは……パルモァの実ですね。ライネンテ中部に自生していて、とても甘いけれどクセの無い味の樹の実です。僕は中部に来る度によく食べますが、美味しくて好きですよ。高いところに実るので採るのがめんどくさいんですけどね」
シャンテは収穫されたパルモァの実を眺め、笑ってそう語った。
「皆のもの、ご苦労さんじゃ。さて、では未知の生物の飼いならし(テイミング)にトライといくぞい!!」
シャンテやファイセルは心躍っていたが、サランサやリーリンカは懐疑的だった。
果たしてそんな無謀な事が出来るのだろうか……。




