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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter5:Crazy Summer Nights
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治療の裏で見えた教会の闇

ジルコーレが”幻魔さん”とファイセルとリーネに声をかけてくるしばらく前のことだった。


宿屋のお姉さんの後をついて部屋に入るとそこには真っ青な顔をしたシャンテが寝かされていた。


老人が指摘する前に、ファイセルは事態を飲み込んでいた。


(これは……!! 出魔性ショックだ!! それも、結構時間が経ってる。この状態になると内臓の活動が落ちる。中でも一番まずいのは心臓機能の低下。出魔性ショックの死因の中でこれがトップを占める。急いで心臓の活性化を図らなきゃ!! リーネ!! 内臓潜入インナー・ダイブの準備を!!)


リーネはシャンテが同行すると同時に厄介事を避け、液体に完全に義体化していた。


だが、そばにいるファイセルとは頻繁ひんぱんに交信出来ていた。


今もこうやって意志を伝えることが出来ている。


「そ……そりゃあ出来るけどさ……。でもさ、あんだけの魔法薬学マギ・ファーマシィ治癒魔法ヒーリング・スペルがありゃ十分なんじゃねぇの?」


誰も気づいて居なかったが、ファイセルはけわしい顔をした。


「もし、どちらかが失敗したら? 不測の事態におちいったら? 念のために動くことは無駄にはならないよ」


いつもの柔和な顔に戻った彼は瓶詰びんづ妖精フェアリーに微笑みかけた。


「頼むよ。これは君にしか出来ない」


サランサとの一悶着ひともんちゃくの後に、シャンテの腕に注射するリーリンカと彼の胸に手を当てるマルシェルが見えた。


「あ、あたし、男の人にダイブするの……はっ、初めてなんだよね」


その姿は見えないがモジモジしている彼女が容易に想像できた。


「そこを何とか!!」


必死に二度目の頼み込みをすると妖精はしぶしぶ了承してくれた。


「しっ、しかたねーなー!! お前の頼みだから聞いてやるんだぞ!? 内臓潜入インナーダイブの成功率を上げるためにあのガキんちょとシンクロする必要がある。しばらく時間をくれ!! あと、完了するまではびんに気づかれるなよ!! 他人の意識が近づくとシンクロの精度が落ちるんだ!!」


するとホムンクルスのびんの中のアクアマリンの液体は軽く渦を巻きだした。


「これだけ時間が経過していると、たとえ私がベストだったとしても!!」


ベッドを殴りつける音を聞いてそちらに視線を移す。


直後、ジルコーレ老もヒーリングが使えないと伝えてきた。


部屋はシーンと静まり返った。


(やっぱり、リーネをスタンバイさせておいて正解だった。これならシャンテ様を助けることが出来る!!)


ファイセルが巫子みこの救命を確信して拳を握ったその時だった。


リーリンカが真剣な表情で別の治療方法を提案してきたのだ。


「手がないわけではない。魔強心剤まきょうしんざいといって、心臓を刺激して機能を一気に回復させる薬がある。ただ……これはできれば使いたくない……」


(げぇっ!! 魔強心剤まきょうしんざい!? いわくつきのアレじゃないか!! そんなもの使わなくても……あっ!! リリィはリーネが人体に潜れるのを知らないんだ!! だから最後の手段に!! リーネ、シンクロはまだ!?)


リーネはすぐに応答した。


(まだだ!! なんとかして時間を稼げ!!)


「どうして?」


ファイセルはできれば使いたくない理由を知っていながらすっとぼけたふりをして聞いた。


首だけ彼女の方を向き、腰のびんを上手く隠す。


するとリーリンカがそれに関しての説明を始めた。


(う~ん……しかし、どうやったらリーネの存在をバラさず、かつ円滑えんかつにこの液体をシャンテ様に飲ませることが出来るだろうか? 何かの薬とでも言おうか? だとしてもまだシンクロは終わらないみたいだし……まずいぞこれは)


彼が考え込んでいるとマルシェルはファイセルにシャンテを拘束するように伝えてきた。


「え、僕も!?」


驚きのあまりうっかり振り向きそうになるが、踏みとどまって妖精に気づかれないよう体の向きを維持した。


いよいよリーリンカもマギ・トローチを取り出した。投薬秒読みである。


ファイセルはだらだらと脂汗をかいた。もうダメだと思ったその時だった。


(待たせたし!! ガキんちょとあたしの波長を合わせた!! もう誰かに見られても問題ない!! これなら口から進入して心臓を活性化させることができる!! 万能薬とでも何とでも言ってとっとと飲ませろし!!)


リーネがダイブの準備完了を伝える。


(よしッ!!)


一同と少し距離を置いていた青年はコソコソする必要が無くなったので、治療の輪に加わろうとした。


その時、ジルコーレが「もっと穏便に治療できる」と言い出した。


ファイセルが言おうとしていた事をそのまま口に出した彼はこちらへ近づいてきた。


(のお、聞こえておるんじゃろ? “幻魔さん”よ)


「!!」

(!!)


誰にも気づかれて居なかったはずだ。それに今まで彼に悟られた気配もない。


(なぁに。その液体にちっとばかし見覚えがあるだけじゃ。そう構えなさんな。減るもんじゃないという言い方は乱暴じゃが、真理でもある。それに、そのためにおんしらはコッソリとやりとりしておったんじゃろ? ……ほっほ。そう怪訝けげんな顔をするな。ただの年のこうじゃよ。さぁ、きっかけはわしが作った。あとはそれを坊やに飲ませれば解決じゃ。よくやったの)


そうささやき終わると老人は前に出るよう青年にうながした。


「確かに僕の腰のびんのこの美しい液体はあらゆるやまいに効果があるとされるものです。ですが、自分の万が一の時までとっておきたかった。それに、その薬で治るのなら大事なこの液体をわざわざ使うこともないかと……」


色々訳ありで苦しい言い訳になってしまった。これでは我が身可愛さと非難されてもいたし方ない。


「貴様!! ふざけるなッ!! なぜもっと早くそれをよこさなかった!! もしそのご老人が指摘しなかったら、シャンテ様が苦しむ姿をのうのうと見ているつもりだったのか!? 貴様~!! そもそもシャンテ様と貴様のような不信仰者ふしんこうしゃの命なぞ天秤てんびんにかけるまでもないのだぞ!! わかっているのか!?」


彼女は懐刀ふところがたなを取り出して、ファイセルの腰のびんひもを強引に切断した。


そしてホムンクルスの瓶をひったくって、その持ち主を思い切り突き飛ばす。


いきなりの事でバランスを崩し、ファイセルは尻もちをついた。


「あだっ!!」


これには流石にリーリンカが声を荒げた。おっとへそんな態度をとられて黙っている訳にはいかない。


「おい、お前!!」


子供と大人ほどの身長差があったが、リーリンカはサランサの胸ぐらにつかみかかった。


「ハン!! どけ小娘!! お前の旦那が寄付してくれたこの薬をいますぐシャンテ様に飲ませねばならない!! 邪魔するな!!」


サランサは胸ぐらを掴む手を弾き飛ばしてベッドへと駆け寄った。


マルシェルは座り込んでベッドによりかかりながら、サランサをにらみつけた。


「サランサ……あなた、いくらシャンテ様のためとは言え、そんな横暴おうぼうが許されると思って!? シャンテ様に意識がないのを良いことに!!」


ジルコーレも渋い顔をして首を横に振った。


「これぞルーンティア教会のおごりであり、目を背けることの出来ぬ暗部じゃよ。今は亡きクレティア様がなげいておられるわ……」


瓶のフタを開けながら、サランサは反論した。


「ええい!! 貴様ら!! 言わせておけばッ!! 私はシャンテ様を救うために行動しているだけだ!! 教会の人間としてお前らに否定される筋合いはない!! マルシェル、お前にもだ!! お前は信心しんじんが足りない!! だからこういう時に正しい物事の判断が出来んのだッ!! さぁ、シャンテ様、この霊薬れいやくを……」


サランサは両手で大きめなびんを傾けてシャンテの口に流し込み始めた。


この状態だと飲めずに口からこぼれるところだったが、既にリーネの内臓潜入インナーダイブは始まっていた。


薬を飲ませた女騎士は不安そうな表情でベッド脇にしゃがみ、巫子みこの手を握った。


「大丈夫か? 災難だったな。しかし、お前、あれが薬ってどういう……」


リーリンカはぶつぶつと言いながらファイセルに手を差し伸べた。


「ああ、ありがとう。詳しいことは後でね。今はリーネに任せよう。心配はいらない」


二人が話しているとジルコーレが近づいてきた。


「すまんの若いの。お主が直接、名乗り出たほうが良かったのお。しかし、あと少しでお嬢さんが投薬しそうじゃったからな。なんとかして止めねばと思ったんじゃ。堪忍してくれ」


ファイセルは両手を左右に振りながら答えた。


「いえいえ。そんな。僕ももう少し上手いやりかたがあったかもしれませんし」


そんなやりとりをしているとリーネから交信があった。


(心臓に到達したし。前回入った経験からするとここに居座ってポンプみたいな役割をすればいいんだったっけ。やってみる!!)


そう連絡が入ってからしばらく経つとシャンテの血色がみるみる良くなっていった。


苦しそうだったが、段々と呼吸が穏やかになっていく。そしてゆっくり目を開いた。


「サ……サランサ? それに皆さんも……。これは……。なんだかとても眠いです。ふぁ、ふぁあ~~~あ……」


そのまま彼は「スースー」と寝息を立てて眠ってしまった。


「シャンテ様!! シャンテ様!!」


かたわらの女騎士は叫んで呼びかけた。


「ふむ。体力をかなり消耗しておったから眠ってしまうのは無理もない。経過としては問題ないじゃろう」


横になっている巫子みこの首筋をリーリンカは触った。脇から鋭い視線を感じるが無視する。


「ああ。顔色、呼吸、そして脈。全て正常だ。ふぅ。どうなることかと思ったが、何とかなったようだな。今はゆっくり休ませてやるのが一番だ。こんなに大人数で見守ることもあるまい。ファイセルにご老人、私達は部屋を出ることにしようか」


呼びかけられた二人はうなづいた。


リーリンカ、ファイセル、ジルコーレは宿屋の娘の自室から出た。


宿の部屋は埋まっていると聞いたのでこの後、どこで暇をつぶそうかと廊下で話し合おうとした時だった。


シャンテとサランサの居た部屋からマルシェルが出てきた。


とても申し訳無さそうな様子で頭を下げた。すぐに顔を上げる。


「ごめんなさい。こんなところ、あなたたちには見られたくなかった……。教会も一枚岩じゃなくてね。サランサみたいにかつての教会の権力を取り戻そうとする”回帰派かいきは”という派閥はばつが存在するの。中でも過激な人たちは自らの規範を事実上の新たな教典きょうてんとする”革新派かくしんは”と言われているわ。サランサは”革新派かくしんは”の期待の若手なの」


そう説明されて教会について詳しくないファイセルとリーリンカは納得した。


「あぁ……だからあんなに荒っぽいことを平気でやるんだね。不信仰者ふしんこうしゃに人権はない……か。何とも恐ろしい教典きょうてんだね。きっと他教徒にも厳しいんだろうな」


高齢なのにフサフサの白髪をたくわえたジルコーレ老は腕を組んだ。


「今は鳴りをひそめたり、他人にいつわったりしてはいるが、教会が軍事力を持っていた頃に強いあこがれを持つ”回帰派”はかなりおるんじゃ。だから、水面下では着実に教会は武力をたくわえておる。専守防衛せんしゅぼうえいというには過ぎるほどの力をな……」


伏し目がちに老人が語るとマルシェルは身構えた。


「あ……あなた!! そんな事、教会の内部でも一部の者しか知らないはず!! あなたは一体!?」


すると彼はそっぽをむきながら適当にやり過ごした。


「だ~か~ら~。年のこうじゃと言っとろうに。それに、その程度の事は知っとるもんは当たり前のように知っとる。こんなの極秘情報トップ・シークレットに分類されんわい。世間話レベルじゃ」


マルシェルが食い下がる。


「ジルコーレさん。あなた、どこでその情報を?」


しれっと言い放った老人に3人の視線が集まった。


一見してただの爺さんのようだが、節々から只者ただものではない雰囲気ふんいきかもし出している。


おまけに見た限りでは魔術の腕も並大抵ではない。


「おんしら、そんなに見つめるでない。れるではないか。マルシェル殿、部屋に戻らなくてええのかえ? サランサ殿に手柄をもっていかれるぞ。そしたら”革新派かくしんは”の株が上がってしまうのう……。さて、若いのとお嬢さん。わしらは茶でもしばきにいくか。おごってやるぞえ。ほらほら」


老人はサプレ夫妻の肩をポンポンと叩くと二人を連れて宿屋から出ていった。


「やっぱり……わからない。だってそんな事、知ってるはずが……」


残されたマルシェルはつぶやきながらシャンテのいる部屋へ戻った。


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