長い長い10min
体が軽い。誰がこの不思議な補助魔法を使ったのだろうか。
ファイセル達はピョンピョンと跳ねてジャイアント・アテラ・クイーンを翻弄していた。
サランサとマルシェルにこんな魔法が使えるとは聞かされていない。
となると、後ろの死んだふりをした老人が使ったとしか考えられない。
早速、勢いにのせてサランサがランスを巨大恐竜の額に突き立てた。
「せえええええええええぇぇぇぇッッッ!!!!」
確実に脳を貫く軌道だ。誰もが決まったと思ったその時、ガチンとランスの先端がウロコに弾かれた。
オスのニワトリのような真っ赤なトサカがゆっさゆっさと動く。
「なっ!?」
そのまま体勢を崩した彼女をパカッっと開かれた大きな牙と口が襲った。
「サランサさん!!」
「サランサ!!」
「サランサ!!」
思わずその場の三人は同時に声を上げた。
巨大恐竜の顎は閉じ始め、女騎士は飲み込まれてしまったと誰もが思った。
だが、急に化物が苦しみだした。その口からサランサが飛び出る。彼女は唾液でベタベタだった。
「外側からでダメなら内側から貫くまでッ!!」
よく見るとジャイアント・アテラ・クイーンの口につっかえ棒のように女騎士のランスが深く刺さっていたのだ。
そのため、奴はまともに噛みつく事ができなくなっていた。
「全く、無茶するよ!!」
ファイセルは冷や汗を拭いながら飛び出してきた女性の方を見た。
「サランサはいつもこんな感じですから……」
呆れるようにマルシェルが言う。
「おい、ファイセル。外からの守りが硬いのなら……。あとはわかるな? 今のあの口の開き具合ならばいけるはずだ」
そう言うとリーリンカはマントの奥を漁りだした。何かを探しているようだ。
「ああ、”アレ”だね!! 了解したよ。喰らわせてやろう!!」
二人は互いの戦法を把握しきっているのでツーカーで作戦を共有することが出来ていた。
「これだ!! 超強力毒殺薬、グリム・リーパーZだ!!」
彼女が取り出した大きめなフラスコには鈍い虹色をしたヤバそうな粘着質な液体が揺れている。
誰が見ても劇薬であることは一目瞭然だった。
「これを体内に取り込むとその生物の組織は壊死していく。人間くらいのサイズなら2~3分で死に至るが、こいつの大きさだと毒が体に回りきるまで10分前後かかりそうだ。それまで時間を稼ぐんだ!! 麻痺毒も混ざってるから動きは多少鈍くなるはず!! ほれ、いくぞッ!!」
そう言うとリーリンカは毒薬を宙に投げた。
それをすかさずファイセルの群青色の制服、オークスがキャッチしてそのまま一直線に女王の口の中に飛び込んだ。
「よしッ!! 毒盛り完了!! くらえっ!! メガトンアッパー!!」
両腕の拳に力を入れるような動作をした深緑色の制服、グラーフィは猛スピードで上昇し、恐竜の顎にアッパーを決めた。
ズズン!!
「グギャアアアアアアアアァァァァッッッ!!!!」
攻撃はクリティカルヒットして、巨大なモンスターを数メートル空中に浮かせた。
サランサもマルシェルも老人もこのパワーには驚いて目を丸くした。
中身が空っぽの制服が放ったパンチなのだから無理もない。
敵は着地には成功したが、頭への強烈なショックでふらふらしていた。
「まだだ!! もう一発ッ!!」
今度、グラーフィは右ナックルを女王恐竜の鼻の先めがけて打ち付けた。
ブンッ!!
「グギャオッ!!」
またもや攻撃を受けた側は首が回りきるほど頭の付け根をよじった。トサカが揺れる。
樹木を何本も倒しながら巨大恐竜はのけぞった。
するとヒューっと群青色の制服のオークスが口から飛び出してきた。
胃液でベタベタになっていて、気味の悪い色に染まっているということは上手く毒薬を胃で破裂させたのだろう。
「よし!! あとはサランサさんの武器を回収!!」
するとグラーフィは力技で顎に刺さっているランスを引き抜いた。
アテラ・クイーンは無理やり傷口をこじ開けられて苦しんだ。
あっさり槍を引き抜いた制服はサランサの元へすぐに戻ってきて、ランスを手渡して返した。
「か、かたじけない……」
彼女は困惑した様子で服から巨大なランスを受け取った。
だが、モンスターも一方的にやられるだけではなかった。
体をグルグルと回転させて尻尾で地面を手当たり次第、薙いできたのだ。
「ほっ!!」
「よっ!!」
「ていッ!!」
「ふっ!!」
老人の補助魔法のおかげで4人は高くジャンプして尻尾の大ぶりをかわした。
そのまま再び跳んだサランサがしかける。今度は目を狙ってランスを突き立てた。
「これならどうだーーーーーーッッッ!!!!」
見事に槍はターゲットの目に直撃し、片目を潰した。
「グガアアアアアアアアアアアアアアアァァァッッッ!!!!」
痛みで赤い大きなトサカの敵がバタンバタンと激しく足踏みをすると辺りの地表はグラグラと揺れた。
ファイセル達は揺れで足をとられないように長距離ステップやハイジャンプを駆使した。
宙高くからリーリンカが大きなフラスコを投げ下ろす。
それはクイーンの足先に直撃した。するとその部位がドロリと爛れた。
「よし!! 直撃ッ!!」
薬使いは思わずガッツポーズをとる。
片足のバランスが取れなくなった巨大恐竜はグラリと姿勢を崩した。
「まだだ!! 畳み掛ける!! オークス、グラーフィ!! “ネック・ハンティング”だ!!」
彼がそう指示すると2つの制服は腕の袖同士をつないでピンと張ると勢いをつけて化物の首めがけて突っ込んでいった。
首の形にそって腕が思いっきりしなる。首周りが大きかったのでやがて制服の本体も首に張り付くような形になった。
そのままアテラ・クイーンの首を狩るように強烈なラリアットが決まった。
「ガグガアアアアアッッッ!!!!」
後ろに押しやられた恐竜は爛れた足で立った姿勢を維持できず、思いっきりコケた。
森の樹木をなぎ倒しながら地面を這うようにもがき、暴れながら吹っ飛んでいく。
(な、なんなんだこいつらは一体……!!)
(二人なのになんて戦闘能力……。恐ろしいほどだわ……)
教会の巫子のお供の二人はとても驚いていた。
それもそのはずで、ファイセルとリーリンカの腕っぷしが並の神殿守護騎士より遥かに強かったからだ。
ライネンテの国の軍事力の一角を担う集団だけあってその戦闘力は伊達ではない。
「ほっほ!! こりゃいい。あの娘、活きがいいのを呼んできたわい!! さすがミドル(中等部)といったところじゃな。こりゃ今の援護を続ければこれ以上、わしの助けはいらんじゃろう。このまま見ものといこうかの」
老人はニヤリと笑いつつ、パタリと頭を地につけて死んだふりをした。
ここまで5分ほど経過しただろうか。まだ致死に至るまで時間は残っている。
「皆、そろそろBtoBアーマーが切れるわ。タッチ&チャージよ!!」
グラス・ホッペストの呪文で機動力が大幅に上がっていたが、攻撃をくらう恐れはある。
ファイセル、リーリンカ、サランサは横に並んで次々に、素早くマルシェルと背中を密着させた。
巨大恐竜はまだ森の奥でのたうち回っている。
片方の足先が完全にダメになったせいで起き上がるのにも苦戦しているようだ。
勝負あったかと思われたその時だった。
なんと、ジャイアント・アテラ・クイーンはローラーで地ならしするように体を転がしてこちらに迫ってきたのだ。
もはやなりふり構わない攻撃である。それでも何とか相手を殺そうとする殺意がピリピリと伝わってきた。
4人はすかさずジャンプしてまるで縄跳びでもするかのように恐竜を飛び越した。
眼下にローリングする怪物が見える。同時に死んだふりをしたままの老人が目に入った。
空中から見ていた面々は迂闊だったと思った。そう、彼が残っていたのだ。
「危ないッ!!」
ファイセル達がそう叫んだ直後だった。
老人はモンスターのローラーに轢かれる寸前に逆立ちになると腕の力で軽快にポンと跳ねた。
そのまま華麗に跳ぶと、干した布団のように腹部を下側にして太い木の枝にひっかかった。
それ以降、ピクリとも動かない。どうやらまた死体のふりを始めたようだ。
(ほっほ。おんしらが跳べて、わしが跳べんという道理はないじゃろう? バケモノの下敷きの煎餅になんてわしはなりたくないからの。ぐぐっ……にしてもこの体勢はやや苦しいのぉ……)
老人は大きなため息を漏らした。
彼が無事なのを確認した4人は冷や汗をかきつつも、改めてクイーンに視線を戻した。
転がって攻撃が当たらないことがわかると、今度は陸に打ち上げられた魚のようにビタンビタンと体を地面に打ち付け始めた。
毒で苦しんで悶ているだけのように思えたが、まだ生きている片目は確実に獲物をその目に捉えていた。
なんと巨大恐竜は体をよじって生じる反動で高くジャンプした。
大きく口を開いて、尻尾を振り回し、宙に居る4人に強襲をかけてきた。
狙いは当てずっぽうだったが、体が大きいのでこのままだと全員に体当たりが直撃する。
流石にこれは予想外だった。おまけに既に浮いているので無防備で、回避行動をとることが出来ない。
ファイセルが制服で仲間を拾おうとしたその時、木の枝にかかった老人が叫んだ。
「ドラゴンフライ・フライヤー・フライトゥン!! おんしら!! 全力で走れ!! 腕を振って空中を蹴れ!! 走るんじゃあ!! 目一杯、宙を駆けなされ!!」
突然の呼びかけにファイセル達はキョトンとしたが、他にとる手段もないのでそれぞれが走るフォームをとった。
すると何故か何もない空間なのに地面を踏みしめるような奇妙な感触がする。
そのまま右足、左足と踏み出すと体が横方向に移動しだした。
少しして”自分たちは今、空中を走っているのだ”と認識することが出来た。
回避不可能と思われた襲撃を4人は全速力で宙を走ってかわした。
それぞれが別の方向へ向かい、散開する形になった。
跳ね上がった女王は空中で滅茶苦茶に暴れた。
BtoBアーマーを張っているとはいえ、これに衝突したらただではすまないだろう。
空を走りながらリーリンカは懐中時計型のマギ・クロックをチラっと見た。
「よし!! 8分経過!! あと少しやり過ごすんだ!! 攻撃を食らうんじゃないぞ!!」
追い詰められた生物というのは時に信じられない力を発揮するものである。
このG・A・Qもその例にもれなかった。
激しい落下音を立てて地面に横たわった怪物は諦めて死んだかのように見えた。
だが最後の力を振り絞って跳ね上がりつつ、体を猛烈に回転させて広範囲を尻尾で薙ぎ払ってきた。
体の大きさが大きさだけに尻尾のリーチは非常に長かった。
地表から一気に上昇しつつ、隙の無いテール・スクリューがファイセル達の高さまで迫る。
無茶苦茶に暴れていたのとは打って変わって、極めて冷静で安定した軌道の攻撃だ。
敵から距離はとったものの、これだけリーチが長いと尻尾の回転に巻き込まれてしまう。
空中で無防備だった4人は直撃を覚悟したが、老人の声が耳に入った。
「その呪文は横方向だけじゃなく、縦にも走れる!! 自分が壁を駆け上がるシーンを想像し、見えない壁を意識してそれを蹴って駆け上がるんじゃ!! 早くせんと大怪我するぞ!!」
壁を垂直に駆け上がるのは高等テクニックで一部の腕利きしか出来ない芸当である。
それを真似ろというのだから無理があるのは間違いなかったが、必死で逃げる彼らはそれに賭けた。
それぞれが老人の言葉を復唱しながら行動に移す。
「壁をっ……」
「想像して……」
「蹴るように……」
「駆け上がる!!」
正直、そんな事が出来るわけないと思っていた4人だったが老人の指示通り脚を動かすと壁の感触があった。
すかさずそに脚をかけると体がが地面と並行になった。真っ青な空が視界いっぱいに広がる。
「な、なんだこれ!?」
「阿呆!! ボーッとしてないで走らんかーーーッッッ!!!」
ファイセル、リーリンカ、サランサ、マルシェルは全力で垂直に走り出した。
背中側から尻尾スクリューが接近してくる。巻き込まれるスレスレの状態のまま、4人は汗だくで走り続けた。
やがて巨大恐竜がジャンプの限界点の高さまで達すると回転を止め、力なく地上へと落下していった。
本当に当たるかどうかというところでファイセル達は攻撃から逃げ切ることが出来た。
そのまま地面を正面に見ながら歩いて地表へと降りた。相変わらず宙を歩くこの感触には慣れない。
地上には淡い紫色に変色し、毒で息絶えたジャイアント・アテラ・クイーンの死骸が転がっていた。
確かに死んでいるのを確認すると4人は緊張の糸が切れてへたりこんだ。
彼らをサポートした老人は樹の高所から難なく降りるとこちらへやってきていた。




