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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter5:Crazy Summer Nights
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恐竜女王と死んだふり

薄暗いヨーグの森にファイセルたちは入り込んだ。


地面の揺れはだんだん大きくなっている。怪物に近づいている証拠だった。


すぐに救助に行こうとする一行の行く手をモンスターがさえぎった。


森や草むらににカモフラージュしたような色合いの高さ2mほどの恐竜だった。


それが一度に5匹集まって素早くメンバーを取り囲んだ。


「くっ!! 前に来た時よりデカくなってる!! 突然変異種のイレギュラーもそうだけど、恵みの雲の副作用があるのかもしれない。こりゃ師匠せんせいに報告しなきゃだな」


そう分析しつつもしっかり彼は戦闘態勢に入っていた。


その脇でサランサとマルシェルが背中をピッタリとくっつけたままじっとしていた。


ファイセルとリーリンカは何をしているのだろうかと思ったが、すぐにマルシェルが説明した。


「これ、私の魔術。BtoBボディ・トゥ・ボディアーマーっていうの。背中を密着させると様々な攻撃に対する防御力が上がるわ。ただし、効果時間は数分。しばらくしたらまた背中をくっつけてチャージする必要があるの。治癒術ヒーリングも出来るのだけれど、私の得意なのはこっち。ダメージを極力受けないようにって作戦よ!!」


それを聞いていた学院生二人は顔を見合わせると、すばやくそれぞれがマルシェルと背中をくっつけあった。


心なしか体が暖かくなったような気がする。


「二人は知らないかもしれないけれど、この”アテラ・サウルス”はメスがリーダーなんだ。オスを呼び集めて、けしかけるのはメスのアテラ・クイーン。そいつを潰さないとキリなく仲間を呼ばれることになるんだ!! 厄介な事に、巨大化したのはクイーンのほうらしい。だから大きな女王を狩らないと森に平穏は戻らない!!」


青年の話が終わらないうちにサランサは一体の恐竜の心臓を巨大なランスで一突きして仕留めた。


深く刺さった死体を蹴り飛ばしながら槍から抜く。


「ハン!! 恐竜風情きょうりゅうふぜいが!! お前らにやられるほどヤワな鍛え方はしてはいないッ!!」


これは嬉しい誤算で、思ったより彼女はたくましかった。これなら余計な心配をする必要は無さそうである。


マルシェルをまもるように他のパーティーは位置どった。


「悪いが、私はまともにやりあってやる気はないからな」


リーリンカは着込んでいたマントの奥から怪しげな色の入ったフラスコを取り出し、地面に叩きつけた。


すると真っ赤な煙が辺りを包んだ。色がついているだけで視界はそこまで悪くはなっていない。


するとアテラ・サウルス達は苦しそうにもがき出した。


的外れで明後日の方向に噛み付いたり、引っ掻いたり、尻尾を振ったりしている。


「こ……これは……目潰しの薬物……?」


困惑しながらそういったのはマルシェルだった。


「正解~♪ 北方砂漠諸島郡ほっぽうさばくしょとうぐんとアレやコレやにゴニョゴニョを混ぜてだな」


彼女はしてやったりという表情を浮かべた。


「!? しかし、私達も煙をじかに浴びてるじゃないか!! なぜ目が潰れんのだ!?」


不思議ふしぎな現象にサランサは驚いた。


青い髪の薬使いはチッチッチと舌を鳴らして人指し指を振った。


魔法薬学マギ・ファーマシィを甘く見てもらっては困る。敵味方の区別をつけるのは造作ぞうさもないことなのだよ」


戸惑いつつも、巨大槍の騎士は二匹目を仕留めた。


その直後、新たに三匹の恐竜が襲いかかってきた。


戦いの最中、目をつむって集中していたファイセルが目を開いた。


「捕まえた!! こっちと、そっちだ!!」


彼の着ている制服の反応からここからでは見えない普通のアテラ・クイーンの位置をとらえたのだ。


「行けッ!! グラーフィ、オークス!! アテラ・クイーンの首を絞め落とせ!!」


青年は重ね着していた深緑色と群青色の制服を脱ぎ捨てて宙に放り投げた。


その下には落ち着いた藍色あいいろで、ポケットや収納スペースの多いサバイバル・ジャケットを着ていた。


投げ出された制服達はまるで海を泳ぐエイのような動きで右へ左へと散っていった。


乱入してきた三匹以外の恐竜は強烈な魔法薬のせいでもはや戦闘不能になっていた。


しかし、新たに来た連中はこちらに牙を向いてきている。


「なら、お前らにはこれをお見舞みまいいしてやる!!」


魔法薬学科の女性はパチンコを取り出した。


「そんなオモチャで何をしようというのだッ!!」


嘲笑ちょうしょうを浮かべながらサランサはまたもや一体仕留めた。


ヒクヒクと弱々しく震える恐竜を蹴りとばしてランスから引き抜いた。


馬鹿にする声を無視してリーリンカはまたマントの内側から何かを取り出した。


球状の小さい透明な容器に怪しげな液体が入っている。


「くらえっ!! 溶解液だ!!」


彼女はそれをパチンコで弾き、見事に敵の顔面に直撃した。


「グギャアアアアアアアアッッッ!!!!」


ドロドロとグロテスクに恐竜の顔面が溶けた。


すぐにもう一つ同じものを取り出して構える。


「もう一発ッ!!」


最後の一体の顔面にも溶解液弾がクリーンヒットした。


「オモチャがなんだって?」


小柄なリーリンカは身長の高いサランサと背中合わせになって警戒体勢をとった。


身長差が激しく、デコボココンビといった感じだった。


「オモチャが何だって?」


パチンコを持つ女性は得意げに背後に視線を送って笑った。


「フン!! 少しはやるじゃないか。それなら足手まといにはなるまい!!」


女騎士のほうはあまり愉快そうな表情ではなかった。


「その言葉、そっくりそのままお返しする」


二人が言葉をかわしていると鈍い音が聞こえた。


「ゴキッ!!」

「ベキャッ!!」


それはファイセルの制服達が近くのアテラ・クイーンを締め殺す音だった。


10秒もしないうちに近くの草むらがガサガサと揺れた。


低空飛行で飛び出してきたのは青年の着ていた2着の制服だった。


「アテラ・クイーンを倒したからこれですぐには群れを呼ばれないよ。また別のクイーンが来る前に大型のやつを目指してガンガン進もう!! もしかしたらこいつら大量発生してるかもしれない。途中でまた群れにあっても強引に突破すること。時間がかかると犠牲者が出るかもしれないからね!!」


ファイセルの制服は宙に浮いたままヒラヒラしていた。


いつ戦闘になるかわからないので着込まずに待機させているのだ。


一行は更に森の奥めがけて走った。


だんだん地面の揺れが大きくなっていく。


先に進むとあちこち樹がなぎ倒され、森が無茶苦茶になっていた。戦闘の痕跡こんせきがある。


これだけの背丈の樹をなぎ倒すということはやはりかなり大型らしい。しかもパワーもある。


荒れた場所を踏み分けながら進むと、深い茂みの先に突如として開けた空間があった。


ヨーグの森には街道沿いにこういった広場のような樹の生えていないポイントがいくつか存在する。


茂みでわからなかったが、そこには例の巨大なアテラ・クイーンが居た。


普通の個体をそのまんま大きくした感じだが、真っ赤なトサカが肥大化して王冠のようになっていた。


聞いていたよりスケールがでかかったので思わずファイセル達は言葉を失った。


「で……でかい!!」


やっと一言、口に出すと徐々に各々が状況を把握し始めた。


突然変異のアテラ・クイーンと交戦しているのは5名。


群青色の制服を着た学院のエレメンタリィ(初等科)が3人と、ハンターらしき人物が2人。あとは使い魔が数体出ていた。


しかし動きが鈍い。戦えはしているが消耗していて、かなり負傷しているようだった。


そして、周囲には倒れている人が居る。1,2,3……全部で8人が地に伏していた。


後から来た4人は彼らが戦っている間に、素早くしゃがんでけが人の様子を見た。


「かなり酷い傷だけれど、あれを相手にこの程度の負傷ですむかしら? 誰かが治癒魔法ちゆまほうを使っている……?」


マルシェルは辺りを見回すがそれらしい人物は見当たらない。


「とはいえ、このままでは命が危ない!! ファイセル君、実はシャンテ様は強力な治癒呪文が使えるの。村にさえ運べればみんな助かるわ。なんとかならないかしら?」


それを聞いたファイセルは大きな声を上げて交戦中の者達に伝えた。


「待たせて悪かったね。助けに来たよ!! あとは僕らでなんとかする!! だから今、戦っている人達は逃げつつ倒れてる人たちを村まで運んで!!」


戦士達は絶体絶命の危機に訪れた助けに笑顔を見せたり、安堵の表情を浮かべたりしたが、戦いを途中で投げ出すというのは気がのらないようだ。


「そうは言われても!! 先輩たちだけに背負わせるわけには!! 俺らだってまだ戦えますし!!」


一人の男子学生が不満そうにそう答えたが、ファイセルは彼らをさとした。


「この人達を救えるのは君たちだけしか居ない!! それに、学院生ならわかってるはず。これ以上、戦うのは無茶だって!!」


救助に来た4人は前に出てジャイアント・アテラ・クイーンの気を引いた。


「今だ!! 速く、けが人をつれて逃げて!!」


渋い顔をしながらもエレメンタリィの学生とハンターは攻撃を止めて、倒れた人達を拾いながら撤退し始めた。


「先輩すんません!! 俺たちも回復がおわったら戻りますから!!」


ツノの生えた大きなユニマジロが大人2人をかついだ。


その子どもたちも丸まって次々と戦場から離脱していった。

その肩にはその子供が乗っていた。


「あ!! 先輩!! ピュンちゃんのSOS、聞いてくださって本当にありがとうございました!! おかげで命拾い出来ました!!」


女子生徒が頭をペコリと下げる。あの小さな使い魔のマスターなのだろう。


「おにいしゃんたち、むりしたらだめでしゅ~~~。かてそうになかったらにげてくだしゃい~~~」


助けを求めに来た”ピュンちゃん”は健気けなげに手を振った。


しかし、あれだけ集中攻撃を受けていたにもかかわらず、目の前のバケモノはピンピンとしている。


想像以上の強敵である事は間違いない。


その場に残ったのはファイセル、リーリンカ、サランサ、マルシェルとなった。


……はずなのだが、背後に一人だけ倒れている老人男性が居る。


救助し忘れたのだろうか。いや、そんなはずはない。


老人は絞り出すようなか細い声でこちらに声をかけてきた。


「これこれ……死んでいるフリをしているのじゃからこちらに構うでない。気づかれてしまうじゃろうが……。ふぅ……あれだけの人数を援護・治癒ちゆするのは骨が折れるわい。おそらくあの調子なら死人は出ないじゃろ。いや、わしが既に死にそうじゃ。だがあと一息やらねばの……。おんしら、わしは死んだものとして扱ってくれ」


そう言うと、彼は眠るようにパタリと地面にしてしまった。


なんだかよくわからない人だが、話からするに魔術師のようである。


彼に気をとられていると変異種のアテラ・クイーンがいよいよこちらに向かってきた。


「みんな、タッチ&チャージ!!」


マルシェルが指示を出したので流れるように彼女とサランサ、リーリンカ、ファイセルとそれぞれ背中をくっつけあった。


「リリィ!! これはさすがに体術を駆使して避けないとまずい!! 副作用覚悟で肉体エンチャント系の薬を飲もう!!」


彼女もうなづいてマントの中から薬を取り出そうとした瞬間だった。


老人が聞こえる最低限の小さな声でつぶやいた。


「まだマギ・メディスンを使うのは早い。わしの呪文にのっかるんじゃ。いくぞ。グラスホップ・グラスホッパー・グラスホッペスト……」


巨大恐竜は待ってはくれない。彼が唱え終わるかどうかという時に思いっきり踏みつけてきた。


死んだふりの人以外、全員が踏み潰しの足の陰に入ってしまった。


すかさず、4人がステップすると不思議な現象が起こった。


まるでバッタが跳ねるように、地面を蹴った自分の体がありえないくらいふわっと軽く、浮き上がったのだ。


「こっ、これはジャンプ力の強化エンチャントか!?」


重装備のサランサがふわりと浮きながら困惑する。


ステップから着地した後、ジャンプも試してみると難なく高くぶことが出来た。


軽くモンスターの頭を越える高さまで浮きあがる。


でかいモンスターの戦い方を見るに、こいつは横方向の攻撃は強力でパターンも多いが縦方向の振りには弱そうだった。


これはいけるかもしれない。ファイセル達の猛攻が始まった。


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